若草のような君に   作:享郎

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 第二十九話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。

 今日から6月ですね、早いものです。

 それでは。


第二十九話 ワカッタ

 十月も下旬に差し掛かり、朝にカーテンを開けて窓へ目を移せば、その白さからいよいよ霜が降りてきたことを悟り、晩秋の季節を強く感じられる。

 本日から三泊四日で、桐崎さんの言葉を借りるならば、高校生活の中でもトップオブトップの大イベントらしい、京都への修学旅行が始まる。

 生徒達は各自でボストンバッグやキャリーケースなどの、持ち合わせてきた大掛かりな荷物を一度置いて、間もなく予定している新幹線の登場を今か今かと待ち合わせていた。

 ところが、クラスの点呼を取ってみた所、見知った二人の姿がそこにはない。羽さんにその旨を伝えた後、こちらからもその二人に連絡するが、どちらも似たような理由で遅刻して来るらしい。

 全く、集合時間に遅刻して来るくらい、道行くおばあちゃんやおじいちゃんの手助けをしてしまう。あの問題児な二人は、極度のお人好しな点が共通している。

 やれやれとため息をつき、ちゃんと向こうで合流できることを祈りつつ、オレは他の皆と一緒に新幹線へと乗り込む。

 新幹線内の座席はクラスごとで割り当てられており、誰と座るかは同じクラスの中で自由であるが、オレは集とともに二人座席へ腰かけた。

 

「いや~、始まりが新幹線とは、ワクワクしてくるね~樹」

「……ああ、そうだな」

 

 通路側にいる集が早速ポッキーの箱を開けようとしながら、窓際で過ぎ去っていく景色を眺め始めるオレに調子よく声をかけてくる。オレらの前方では、四人座席にして桐崎さん達を始めとする女子勢が、やいのやいのと騒ぎ始めている。

 

「にしても、楽と小野寺は大丈夫かね」

「大丈夫だろ。遅れてても、二本後に来るんだから」

「けど、あの二人だから、何かありそうじゃない?」

「……分かる、それだけ少し心配だな」

 

 そう、いくら二本分の遅れとはいえ、楽と小咲のコンビである。真っ直ぐ従えばいいようなルートも、あの二人なら色々と曲がりくねってしまっても、何ら不思議な事ではない。それが例え、新幹線に二時間乗って京都まで行くとしても、だ。

 

「そういや、樹~」

「どうした」

 

 差し出してくるポッキーと一緒に、集はオレに何か尋ねたいことがあるようだ。どんな事を聞かれるか予想しながら、オレはポッキーを一本受け取る。

 

「最近、小野寺の妹とはどうよ~?」

「ああ、春とは変わらず、仲良くやってるよ」

「くぅ~~羨ましいぞこいつ~~」

 

 やっぱり、聞くならそれだと思った。ニタニタとした顔つきで身体をくねらせ、根掘り葉掘り聞き出そうとする集をあしらいつつ、オレは窓から見える多摩川や鶴見川を遠目に見遣り、今は一限の授業を受けているだろう春の事を思い浮かべる。

 この修学旅行に行く前、一緒には行けなくて寂しいからと言って、春はオレにある課題を出してきた。それは、修学旅行中のリアルタイムな写真を送ってきてほしい、というものだった。

 

――――気分だけでも、樹と一緒に旅行できたら、なんて……。

 

 言葉に出してから両手をあわあわと体の前で動かし、頬をリンゴのように赤くさせた春の姿が思い出される。全く、何とわがままで純情なお姫様だろうか。あんな彼女にそのような事を言われてしまえば、オレとしてもやらないわけにはいかない。

 ひとまず、駅での集合写真や新幹線の車内の様子は送信済みで、向こうからもいいねのスタンプが返信されているので、オレは次なる写真は何にしようかと思案する。

 

「ところでさ、樹」

「今度は、何だ?」

 

 新横浜での一時停車から新幹線が走り始めてすぐ、集が再び何か尋ねてきそうなので、オレはコンセントに充電器を差し込みながら応じる。

 

「どうして小野寺じゃなくて、小野寺の妹なんだ?」

 

 どことなく真剣なトーンで集が言うので、オレは充電器を思いの外強く押し込んでしまう。車内はクラスメイト達がワイワイ盛り上がっているので、この会話はここの間でのみにしか耳に入らない。

 

「急にどうしたんだ、あの時は何も聞かなかったのに」

「その時は楽もいたからねえ、ここでならいいかなと」

「……なるほど」

 

 既にオレと春がそういう仲であるのが校内に知れ渡るよりも前に、オレは楽や集に一度、春との事を伝えている。オレと明香里との事も、色々と端折った部分はあるが、大まかなことは話した親友二人だ。皆より先に報告だけでもしておくのは、二人に対する義理だと感じたが為である。

 オレがその話をしてみれば、楽も集も大いに喜んでくれたが、楽には知られていなくて、一方で集だけが感づいている事があるのだ。

 

「それで、どうしてなんだ?」

 

 如何にも興味津々に鼻息を荒くして、集がオレに迫ってくる。こういう時の集は引き延ばすと面倒なので、オレは手短に済ませられるよう、脳内でまとめてあるものをそのまま口に出す。

 

「……そうだな、春となら、新たな自分が、新たな関係が築けそうだなって」

「……というと?」

 

 顎に手をやりながら訝しげにする集を横目に、オレは話を淡々と続けていく。

 

「小咲とは、幼友達のイメージが染みついてしまって、どうしてか妹のようにしか思えないんだ」

「ふむふむ、それで?」

「けれど、春とは、他の誰かとも、明香里とも違う、感情が巻き起こるんだ。春となら、新しい何かを見つけられると確信してる」

「新しい、何かねぇ……」

 

 相槌を打っていた集が、今度は考え込むように目線を落とすので、オレも頃合いだと感じて話を区切りにいく。

 

「簡単にだが、こんな所でいいかな」

「うん、答えてくれてありがとな、樹。参考にするよ」

「ああ、是非そうしてくれ」

 

 結局のところ、キョーコ先生に想いを寄せていた集が、聞きたかったことには答えられたようなので、オレは一息ついて窓の向こうを眺める。

 すると、よく晴れた空の下に富士山が堂々とその姿を現しているので、オレはすぐさまスマホに手を伸ばし、微調整してからシャッターボタンを押す。そして、そのままメッセージアプリに向かい、今頃休み時間のはずの春へその写真を送信する。

 既読が忽ちついて、春からは「綺麗です!!」という文面とともに、クマさんが目を輝かせているスタンプが送られてくる。自然と口角をうっすら上がるのを感じながら、オレはドヤ顔をかますペンギンのスタンプを送り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外にはいくつもの山や田んぼの長閑な景色が広がっており、私はバスの後部座席に揺られながら、一条君と一緒にそれらをうすらぼんやりと眺めている。

 

「……多少時間はかかるけど、さすがにトラブルは起きんだろ」

「そうだね……」

 

 若干疲れたように腰を落ち着ける一条君に、私もまたトラブルが発生しないか不安に思いつつ頷き返す。

 私と一条君は、修学旅行初日の今日、二人揃って遅刻をしでかしてしまい、皆より二本遅れた新幹線で向かうことになった。

 ところが、名古屋駅に着いた際、太平洋側にある温帯低気圧の影響とやらで、強風の為に一時運転見合わせがアナウンスされた。運休を危惧した私達は、先生に相談しないで、JRに乗り換えをし改めて京都を目指すことにした。だが、今度は人身事故が起きてしまったらしく、今はバスに乗り換えて、三度京都を目指している。

 せっかくの修学旅行なのに、どうして私と一条君には、これほど不運が重なってしまうのだろうか。そんな事を恨めし気に考えていると、走り始めたばかりのバスのエンジンが頼りない音を立てたと思えば、車掌さんからエンジントラブルが発生したと知らされる。

 私達は仕方なくバスから降ろされて、次はどうしようかしらと途方に暮れる。ここまでハプニングが連発すると、最早驚くというよりも、むしろ可笑しくって楽しさが出てきてしまう。

 そして、頭を捻らせた一条君が導き出したタクシーという、次の手段を思いついたのと同時に、一条君のスマホから演歌の着信音が鳴る。時刻は既に正午に差し掛かろうとしていた。

 

「もしもし?」

「楽か、今、どこにいる?」

「ああ、樹、実はだな……」

 

 電話の送り主は、樹君のようだ。

 今頃、彼らは京都駅に既に着いていて、市内観光を始めているはずだ。一条君がこれまでの経緯を一通り説明し終えると、電話の向こうからはどうしてか全く応答がない。一条君が新幹線の説明をし始めた辺りから、樹君は黙りこくっているのだが、どうしたのだろう。

 

「……おい、電車で降りた駅の名前は?」

「え、確か、醒ヶ井ってとこ、だったよな、小野寺!?」

「あ、う、うん!そんな名前だったよ!」

 

 電話越しから伝わるほど、ドスの利いた低い声で樹君が尋ねてくるので、一条君と私は額に冷や汗をかく。まずい、滅多な事では腹を立てない樹君が、怒っている。

 

「……今すぐそこへ戻れ。バスでも徒歩でもタクシーでも何でもいい。次に、また在来線に乗って米原で乗り換えろ。運転見合わせでも絶対に待て。各ポイントで必ず連絡を寄こせ。……ワカッタ?」

「「は、はいいぃぃ!!」」

 

 静かな口調で命令してくる樹君が恐ろしすぎて、一条君と私は恐怖心で震え上がりながら、軍司令官の前で怯えたおす二等兵みたいな返事をしてしまう。

 

「……先生にも伝えとく。あ、それと二人共、着いたら説教な」

 

 樹君が最後にそれだけ宣告すると、通話はぷつりと途切れてしまう。私と一条君は、京都に着いた後を想像しないよう、空元気に振る舞いながら、醒ヶ井駅まで呼び寄せたタクシーに乗って戻る。

 駅のホームにあるベンチに座り、コンビニで買ったお昼を食べてしばらく待つと、運行再開を知らせるアナウンスが告げられ、とうとう電車がやってきた。そして、樹君の言う通り、一駅分乗ってから米原駅で無事に乗り換え、今は京都駅まで小一時間の電車旅である。時刻はとうに、八つ時も過ぎていた。

 

「……すまん小野寺。樹の言う通り、大人しく待ってりゃあ、新幹線で今頃京都だったかもしれねえのに……」

「気にしなくて大丈夫だよ。こんなにトラブル続きで、ハチャメチャなヘンテコの旅、他じゃ味わえないし、楽しいよ?」

「そ、そうか……」

 

 申し訳なさそうに視線を下げる一条君にそう感じてほしくなくて、私は素直に感じた事を正直に伝える。何だかんだでやっぱり、ここまでのドタバタは一条君といたからこそ、楽しいと思えるわけだし。一条君の表情は一瞬明るくなったようだったが、また霧がかったものとなる。

 

「いや、やっぱりすまん。せっかく観光とか、樹と回れたかもしれねえのに」

「……どうして」

「え?」

「どうして、そこで樹君の名前だけ出てくるの?」

 

 いくら鈍い私でも、今のはさすがに気になるよ、一条君。やってしまったという表情を隠せない一条君を逃がさないよう、私はまじまじと見つめ続ける。

 

「……実は、あん時、見えてたんだ」

「何が?」

「……七夕の短冊。小野寺、樹の彼女になりたいとか書いてあったろ」

「そう、なんだ……」

 

 一条君が、私の短冊の内容を知っていたのを知り、私は驚くというよりはむしろ、あれだけの状況になれば、そりゃあ見えるのも仕方ないよね、という気持ちになる。それに、その願い事は、あの時も別のにしたけど、今となっては……。

 

「……一条君」

「どうした?」

「私ね、樹君にはもう、フラれてるんだ」

「……は?え、え?マジ?」

「……うん、大マジ。ホントだよ」

「い、一体いつ……?」

「文化祭の日だよ。ミスコンの後」

 

 もう三週間以上前になるのだと、私は時の流れの速さにたじろぐ。彼と春との間で変化した関係にも少しずつ慣れてきて、自分でも納得がいってるからだろうか、今ではすっかり馴染んできているような気もする。

 

「夏休みもあと少しの所で春と一緒に、樹君に告白したの。しばらく返事待ちだったけど、樹君に選ばれたのは春だった……」

 

 最近の春の生き生きとした姿が浮かぶ。この前は少し悩んでもいたようだけど、私と一緒に学校の帰り道を共にして以来は、想いを寄せる人の隣にいれて本当に幸せそうな表情を浮かべている。樹君との事を私にも少しづつ話してくれるので、お姉ちゃんとしては、そんな春の様子に安心している。

 

「私だって、樹君の事、春よりも長い間、好きだったのに……。頑張ってみたけど、敵わなかったな……」

 

 けど、一人の女性としては、まだどこか羨ましくて恨めしい気持ちが残ってしまって、そのような視線で春を無意識に眺めてしまったりする。こんな事、誰にも話してなかったのに、不思議と一条君には流れで話せてしまった。

 

「こんな話されても、困るよね。ごめんね、聞いてもら――――」

「そんな事ねえよ!!」

 

 気づけば私が樹君との事を話してばっかだったので、申し訳なく思えて謝ろうとすると、一条君から遮るような大きな声が飛ぶ。幸い、平日のこの時間は、同じ車両に乗っている人が全然いない。

 

「結果がどうでも、小野寺は樹を好きだったんだろ!?……それに向けて、懸命に頑張ったんだ。堂々と胸張って良い、と思うぜ」

「あ、ありがとう……」

 

 熱の入った一条君に励まされてしまい、私はまた申し訳ないと思うのと同時に、肯定してくれることへの感謝の念を込めておく。一条君は、本当に心が優しい人だ。

 

「それに……、悪い小野寺。今から、困るような事、言っちまう」

「……何?」

「オレ、小野寺の事が、好き、だったんだ。ずっとだ。こんなことずっと、いつだって言い出せなかった」

 

 隣の一条君は体ごとこちらに向いて、その真っ直ぐで意志の強い瞳で私の事を貫いてくる。

 何を言い出すのかと思えば、唐突に一条君から好きだと伝えられるので、私は頬を赤らめながら、その続きを逃さぬようにしっかりと聞く耳を立てる。

 

「小野寺が樹を、好きだって知ってから、ようやく、自分が小野寺をどんだけ好きなんだって気づけたんだ」

 

 失って初めてあったものが大切だと気づくのと一緒で、一条君は私の事をそう感じてくれたのだろう。私だって小学生の時、樹君がいなくなって初めて、自分がどれだけ樹君に懐いていて、好いていたのを思い知ったのだから。

 

「今すぐなんて、無理は言わねえ……。だけど、小野寺の気持ちが、こういうことに前向きになったら、その時はオレの事、少しは考えちゃくれねえか……?」

 

 誰かのために真っ直ぐ突き進む時みたいに、かっこいい瞬間に見せる真剣な眼差しを、一条君はひたむきに私へ向けてくる。そこでまたようやく私は、この瞳も好きだったのだと、何度目か分からないくらいに気づいてしまう。

 

「……まだもう少し、時間かかるかもよ?」

「いつまでも待つよ。それまでにオレも、色々とけじめをつける」

「そっか……」

 

 まだまだズルい私の言葉に、迷いなく一条君は応えてくれる。今は眩しすぎて、あなたの顔を真っ直ぐに見ることが出来ず、別の人の顔が頭に浮かんだりして、思わず目を逸らしたりしてしまう。

 ただそれでも、止まっていた歯車にまるで新しい歯車がはめ込まれて動き出すように、また新しい何かが私の心を動かし始めたような気がした。

 





 第二十九話『ワカッタ』をご一読下さり、ありがとうございます。

 感想や評価等、お待ちしております。

 彼らの修学旅行はきっと楽しいものとなったでしょう。

 それでは、また次のお話で。
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