連投はこれまでです。
第三話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。
それでは。
「……はぁ……」
空が茜色に移り変わり、あらゆる影がその長さを伸ばし始めた頃。私はようやく下駄箱で靴を履き替え、帰路につくところだった。
今日という忙しない一日を思うと、一息つきたくなる。
朝の登校中にいきなり男の人に囲まれた。
それを宮森先輩に助けてもらって、そのまま先輩におんぶされて学校まで行った。
風ちゃんにからかわれ、ポーラさんに冷たくあしらわれ。
プリント運びを手伝ってもらった先輩があの一条楽先輩だと分かった。
そしたらお姉ちゃんや宮森先輩、桐崎さんや橘さんまで現れて……。
ほんとにいろんな事が起きた一日だった。
あれからというもの、一条先輩とは飼育小屋でも出くわした。そこで再びパンツを見られてしまった。さすがにカッとなって先輩をぶっ飛ばしてしまったけど。
先輩は噂通りに性格が悪いというわけではないだろうけど、やっぱりあの先輩はサイテーだ。女の敵だ。
なのに、どうして、お姉ちゃんも、宮森先輩も、一条先輩を庇うのだろうか。それに、あんな超絶美人な桐崎さんも橘さんも。あの先輩のどこがそんなにいいのか、全く見当もつかない。けど、私はとにかく、お姉ちゃんをあの一条先輩から守らなければ。
そう決意する私に、また別のことが頭に浮かんでくる。
「宮森先輩へのお礼、どうしようかな……」
うわ言のように、そう呟く。
私のスカート見られた発言の後、桐崎さんに一条先輩がぶっ飛ばされた頃には、とっくに宮森先輩の姿はその場から消えていた。
あの時、先輩を引き留めて、お礼の件について話せたらよかったのにな……。
けど、明日だって、その次の日だって。先輩と学校で逢えるチャンスがきっとあるはずだ。
そう思い直し、下駄箱から校門の方へ歩いていくと、校門にいるはずのない人影が見える。
「あ、やっぱりまだ学校にいたんだな」
「み、宮森先輩!!?」
そこには、もう帰ったはずの、私の王子様の、宮森先輩がいた。
「ど、どうしてここに!?」
「いや、あのまま帰ってしまおうと思ってたんだけど、小野寺さんのお礼の件、今日の内にどうにかできた方がいいかな、って考え直したんだ。それで、考え事でもしながら、少しここで小野寺さんを待ってみようと」
私は、ここにいるはずのなかった先輩が私の目の前にいる。驚きと嬉しさと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。高鳴る鼓動と火照ってくる躰ををどうにかして落ち着けようと試みる。
「それに、今日に限っては、下校中にまた男どもに囲まれでもしたら困るだろ?今日のところは小野寺さんのボディーガード代わりに送ってくよ」
その一言で、私のささやかな試みは無残に崩れ去り、リンゴのように赤面してしまう。
「じゃ、じゃあ、その、よろしくお願いします……」
「ああ」
そう言って、先輩と私は、帰り道を並んで歩き出す。
日がさらに傾いたのだろうか、その赤みは先刻からより深くなったような気がする。
「それで、風ちゃんがですね……」
夕陽が眩しく町並みをオレンジ色に染めてきた。
オレは、隣で今日の出来事を思い出すように、はにかみながら話す少女―小野寺春と、彼女のお家までの帰り道を歩いている。今の話題は、小野寺さんの親友であるらしい風ちゃんのことだ。
「その風ちゃんって子、気配りができて、いい子なのな」
「そうなんですよ!風ちゃんはほんとにいい子なんです。今日だって、私が一緒に登校しようって約束破っちゃったんですけど、怒らずに私の心配してくれて……」
どうやら小野寺さんには頼もしい友人がいるらしい。
一度その風ちゃんという人物にも会ってみたいものだ。
次に、話は放課後の出来事へと向けられる。
「それにしても、あの一条先輩って人、確かにひどい人ではないのかもしれませんが、桐崎さんという超絶美人の彼女がいる身でありながら、橘さんという許嫁もいるし、その上、お姉ちゃんに手をかけようとしているなんて……、信じられません!!」
先程まで、風ちゃんについて、優しい表情を浮かべ、慈しむように話していたのに。
打って変わって楽のことになると、小野寺さんは頬を膨らませながら話す。
楽と桐崎さんのことについては、教室での騒動後に、本人たちから既に事情を聞いた。
それに、楽が小咲に想いを寄せているだろうことは、先程のやりとりでも何となくではあるが、ある程度感じ取れている。小咲の方からはそんな様子はあまり感じ取れなかったが……。
ともかく、ある程度の関係が掴めているオレは、小野寺さんを宥めようとする。
「楽にも、それなりの事情があるんだろう。さっきも言ってたけど、楽は小野寺さんが思ってるような悪い奴ではないぞ」
「先輩がそう言うのなら、そうかもしれませんが……。やっぱり彼女のいる身でありながら、お姉ちゃんにまで手を出そうとしてるのは、受け入れられません!」
小野寺さんの、楽への誤解を解くには、かなりの時間を要しそうだ。
すると、小野寺さんが、あることに気づく。
「……そういえば、先輩。お姉ちゃんのこと、小咲って呼んでませんでしたか?先輩ってもしかして、お姉ちゃんと親しかったりするんですか?」
小野寺さんは不思議そうに、疑うように、そう尋ねてくる。
「実は小学生のとき、和菓子屋おのでらの常連だったんだよ。そこで、売り子をしてた小咲と何度か話す内に、同級生ということもあって、次第に仲良くなったんだよ」
「そ、そうだったんですね……」
小野寺さんは、何故か少しだけ小鼻をふくらましたような感じになっている。
「あ、そうだ!小野寺さんのお礼の件なんだけど」
そこでオレは、紛らわすように、一気に本題の方へ話を進める。
「は、はい!」
突然にやってきたお礼の話に、小野寺さんは肩をびくつかせて、強張った返事をする。
「久しぶりに、和菓子屋おのでらの和菓子が食べたくなったからさ。和菓子を一つ、オレが頂けるってのはどう?」
こちらから提案したことであれば断りづらいだろう。
そう思いついたことを、できるだけ自然に聞こえるように小野寺さんに伝える。
「そんな、うちの和菓子であれば勿論喜んで差し上げたいですけど、助けてもらったお礼として、そんなものでよろしいんでしょうか?」
小野寺さんは、どこか釈然としない表情とともに、体をこちらの方へ乗り出して、オレに疑問を投げかける。
「ああ、充分なお礼だよ」
オレは、偽りなく、感じていることをそのまま口に出す。
「けど、それじゃあ、何というか私の気が済まないというか……」
それでもまだ納得がいってない、といった様子で、小野寺さんは引き下がってくる。
「いいんだよ、小野寺さん。あんまりのものをもらっても、逆に困るしな」
まだ十分に納得がいっていないのだろうか。
若干不満そうな小野寺さんを宥めている内に、目的地で、小野寺さんのお家である、和菓子屋おのでらの前まできた。
「そ、それじゃあ入りますか……」
「そうだな」
少し恥ずかしそうに、小野寺さんがおずおずと扉に手をかける。
「ただいまー」
小野寺さんが店の正面の扉を開くと、店内の様子が映り込んでくる。
正面に和菓子を並べたショーケース。
隅には待合用の座席と店の名前が書かれた暖簾。
こじんまりとしながらも、どこか温かさや清潔さを感じられるような空間。
四年以上経ってもほとんど変わることのない、内装と雰囲気に思わず懐かしさを感じずにいられない。
すると、店の奥の方からこちらへと近づいてくる足音がする。
「おかえり、春。おや、そちらは……」
小咲と小野寺さんの母親で、娘たちとよく似た容貌でありながら、どこか男勝りな印象を抱かせる、
「お久しぶりです、菜々子さん」
見知った人物の登場に、感慨もひとしおな気持ちで、挨拶をする。
「思い出した。あんた、四年くらい前までよくウチに来て、小咲とくっちゃべってた、樹君じゃないかい。なんだい、すっかりと男前になったじゃない?」
懐かしみとともに、どこか感心したような様子で、菜々子さんはオレを見つめる。
「どうも。覚えてもらえているなんて嬉しいです。またこの街に帰ってきました」
「それじゃあ、またこの店の常連さんになってくれるのかい?」
「はい、そのつもりです」
そいつはよかった、と菜々子さんは口元を緩ませる。
菜々子さんは目線をオレから、このやり取りをただ見つめていた小野寺さんへと移す。
「それにしても春~。男嫌いの春が、男の人を連れて帰ってくるなんて~。春も隅に置けないなぁ~」
「ちょっとお母さん!!!」
……そういえば、菜々子さんって恋バナめいたもの大好物だったな。オレと話してた小咲が、菜々子さんに面白いように弄ばれてたことも思い出した。
「まあ、それはさて置き、どうして春は樹君と帰ってきたんだい?」
つい数秒前の、いまだ残る少女らしさ一面から、いかにも母親らしい雰囲気を纏って、菜々子さんは小野寺さんにそう尋ねる。
「じ、実はね、登校中に男の人達に囲まれたところを、宮森先輩に助けてもらって。そのお礼として、うちの和菓子を一つもらってもらおうってことになって」
少し眉をひそめたように、小野寺さんは今日の出来事をつらつら述べる。
「そういうことね。何とお礼を言ったら……。娘を助けてもらったこと、恩に着るわ、樹君。うちの和菓子で良ければ、今日は特別に一つ持っていきな」
事情を知った菜々子さんは、こちらへと向き直り、真剣な面持ちで感謝の思いを伝えるとともに、労うように提案を受け入れてくれた。
「ありがとうございます、菜々子さん」
つられるようにしてオレも、菜々子さんに、贔屓の店の品物が一つ頂けることの感謝を伝える。
「い、いえ、宮森先輩。こちらこそ、困っているところ助けて下さり、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
そう言い、小野寺さんも改めてこちらに深々と頭を下げてくる。お礼のことといい、本当のところは礼儀正しくて素直な子だな。オレはお返しをしながら小野寺さんを眺める。
「それじゃ、アタシは厨房に戻るから、後はよろしくね、春。樹君と仲良くよろしくやってなさいな」
「もう、お母さん!!!」
オホホホと、菜々子さんはこの様子を見て、満足そうに仕事場へと戻っていった。
嵐が過ぎ去った後のように、二人の間には静寂が訪れる。
「じゃ、じゃあ、持ち帰る和菓子を選ぼうかな」
「そ、そうしましょう」
お互いにどこか気まずさを感じながらも、小野寺さんと一緒に、和菓子の商品が並べられているショーケースへと、足を運ぶ。
「先輩は、何か好きな和菓子とかありますか」
とても気になるといった感じで、小野寺さんがこちらへ顔を覗かせてくる。
「そうだな。甘い物好きだから、基本的に和菓子は何でも好きなんだけど、強いて上げるとすれば、餡菓子かな」
「へぇ、餡菓子ですか!私も、大福とか、餡で作られる物には目がなくてですね……」
それからというもの、餡菓子の魅力について熱心に語ってくる小野寺さん。
和菓子屋の娘というのもあって、その熱弁からは、和菓子が本当に大好きなんだな、とひしひしと伝わってくる。
「あ、すいません。つい話し込んでしまって……」
「いいんだよ、小野寺さんって、和菓子大好きなんだな」
「もちろんです!」
小野寺さんはさも当然かのように、えっへんと胸を張って返事する。
「それで、和菓子選びの方はどうですか、先輩?」
「ああ、もう決まったよ」
そう言って、オレはショーケースの中にあるそれを指差した。
「石衣ですか……」
小野寺さんは、まるで刻むこむように、ポツリと呟く。
「うん、やっぱりいつも買ってたやつにしようかなって。それに、この店の石衣好きなんだ」
「ふふっ、そうなんですね。じゃあ、ちょっとお待ちくださいね」
別の餡菓子でもいいか、とも考えはした。けれど、久しぶりに来たことだし、お気に入りの品に落ち着くことにした。
小野寺さんは、トタトタとショーケースの向こう側へ駆けていく。そこから石衣と書かれた包装を取り出し、丁寧に袋に入れて、わざわざこちらへ戻って来た。
「はい、先輩!お礼の品です!本当に今日はありがとうございました!」
「ああ、こちらこそありがとう」
何度目か分からないお礼の言葉を述べながら、小野寺さんは花が咲いたような満面の笑みで、袋を差し出してくれた。
その可憐な表情に、心穏やかで暖かな気持ちを抱くとともに、その笑みに思わず彼女の姉の小咲の笑顔が重なり、まさしく姉妹だなと感じる。
「それじゃあ、オレもそろそろ帰るよ」
「あ、そうですよね……」
一気にシュンとなってしまった小野寺さんを他所に、オレは背を向け扉の方へと向かう。
扉に手をかけて、また学校で、と言おうと振り返ろうとした、まさにその時。
小野寺さんが「あの!」とオレに呼びかけてきたので、咄嗟に固まってしまう。
「どうした?」
小野寺さんは、両手を前にしてスカートの裾をキュッと掴んで、さも大事なことがあるといった様子で口を開く。
「あの……、私、その、男の人が苦手で、これまでも男の人と話すときはいつも警戒したり、嫌悪感を抱いたりしてて……。けど、宮森先輩は、今までの人達と違って、話すと自然と笑顔になれるというか、安心出来るような、そんな人で……」
目に涙をためながら、目線を少し下にずらしながら、頬を赤らめながら。
全身に力を込めて一生懸命に伝えようとする小野寺さんを、オレはただ黙って見つめる。
「だから、これからも、先輩がよろしければ、学校でも、この店でも、また違う場所でも、もっと先輩と仲良くしなりたいですし、もっとたくさん先輩とお話したいです……」
そう言い終えると、薄茶色のつぶらな瞳が、願うようにこちらを見つめてきた。
「そうだな……。オレも、小野寺さんのような素敵な後輩の子が、仲良くなりたい、なんて言ってもらえるのが嬉しくて。むしろ、そういうことはこっちからお願いしたいくらいだよ」
それを聞いた小野寺さんが、光が差してくるように嬉々とした表情を浮かべていく。その様子を見て、オレは一つ提案してみようと思い立つ。
「よければさ、連絡先交換しない?」
「っ!!?いいんですか?!是非お願いします!」
そう言うと、小野寺さんは大急ぎで自分の通学鞄を持ってくる。そこからスマートフォンを取り出し、自らの電話番号とメールアドレスを差し出してきた。
オレが、自分の電話帳に新たな連絡先として登録した後、小野寺さんに向けて空メールを送信する。
すると、小野寺さんは「来ました!来ましたよ先輩!」なんて大げさに喜んで、眩しい笑顔をこちらに向けてくる。可笑しいような感じがして、思わず口角が上がってしまう。
連絡先も無事に交換し終えたので、改めてオレは扉に手をかける。
「さて、今度こそオレは帰るよ。またね、小野寺さん」
「はい!またお会いしましょうね、宮森先輩!帰り道、お気を付けてくださいね」
オレが扉を開けて、外に出て、扉を閉め終えるまで。
小野寺さんは、満足そうな笑みを浮かべながら、こちらにささやかに片手を振っていた。
こちらも小野寺さんに片手を振り返した後、扉を閉め終えると、辺りの静寂に包まれる。
夕日は既に沈みかけていて、夜の気配がしてくる時間帯に差し掛かっていた。
帰り道と、空の澄み切った夕焼けを重ねたうちに、明日も晴れになる気がした。
第三話『カエリニ』をご一読下さり、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
ひとまず第三話まで投稿してきました。
第四話より先の話について、ストックはまだまだあるのですが、翌日以降に投稿していこうかなと考えております。
それでは、また次のお話で。