昨日の夜に見たら、お気に入り登録が十件となってて、嬉しかったですね。
それでは。
高校生活も始まって、私の王子様、宮森先輩と出会ったあの日から数日が経った。
週も変わり、段々と新しい生活に慣れてきたのか。
学校の中の空気も人も落ち着きを感じさせてきている。
授業もあと五分もしないうちに終わるというのに、私は机に突っ伏したまま、ふと宮森先輩のことを頭に思い浮かべる。
今頃、先輩も授業受けてるんだろうなぁ……。
登校初日からガラの悪い男たちから助けてもらった。
一条先輩のことでまるで兄のように諭してくれた。
私のことを校門で待ってくれたり、うちの和菓子屋まで送ってくれたり、そこで連絡先を交換したり……。
あれからというもの、私は嬉しさのあまりに、顔がにやけてどうしようもなく、体をくねくねさせながら、少しの間悶えていた。……お母さんに気づかれるまでそうしていたせいで、お母さんに散々に弄ばれたのだけど。
先輩に会いたいなぁ……。
連絡先を交換したその日の内にメッセージを送るべきか、そしたらどんなメッセージを送ればいいのか、延々と頭を悩ませていた。
そんな私に、先輩の方から『これから、よろしくね』なんて、逆に連絡が来た時に感じた、胸の高鳴りを今でも時々思いだしちゃうくらいだ。
それから今日まで、メッセージのやり取りはちょこちょこと続いているけれど、同じ学校にいるのだから、そろそろどうしても会いたくなってきてしまう。
顔に熱が灯ってくるのを感じて、それを紛らわすように、机に突っ伏した頭を両腕で覆い隠す形に体勢を変えると、今度は別の先輩のことが浮かぶ。
……一条先輩。
集英組のヤクザの一人息子で、彼女がいるにも関わらず、許嫁がいたり、お姉ちゃんを狙ったりしていて、私のパンツを、不可抗力だったとはいえ、二度も見た人。
けれど、落としたプリントを一緒に集め、職員室に運ぶのを手伝ってくれた。お姉ちゃんや宮森先輩にも信用されているみたい。それに、この前の休日にうちの和菓子屋のバイトに来て、お母さんにまで認められてしまってる人。
実際にあの人が作った餡はビックリするほど美味しかったり、人並み以上のお人好しなところがあるのは認めよう。あの人は根っからの悪人という訳ではない。お姉ちゃんや宮森先輩の言葉、実際の一条先輩とのやり取りを通じて伝わる。
だが、私の大好きなお姉ちゃんに、彼女持ち・許嫁持ちでありながら近づいてくる点で、私はまだまだ一条先輩には心を許すつもりはない。
そうこう考えている内に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだろうか。教室が賑やかになっていくのが、見えないながらも感じ取れた。すると、足音が一つ、私の方へ近づいてくる。
「大丈夫?春」
心配そうに、三つ編みのおさげに手を触れさせながら、風ちゃんが尋ねてきた。
「んん~……。ちょっと考え事してた……」
閉じていた目を開け、起き上がりながら私はそう答える。
「そっか。もしかして宮森先輩のこと?」
「ううう、そ、そうでもあるんだけど……」
あの日あったことは、風ちゃんに話してしまっていた。
にこやかにそう聞いてくる風ちゃんの口から、宮森先輩、と出されると、私は思わず赤面してしまう。
「そうでもある?てことは……、一条先輩のことも考えてた?」
「え」
風ちゃんはエスパーか何かなのだろうか。私は目を丸くして風ちゃんを見る。
「昨日電話で一条先輩がバイトに来たとか言ってたでしょ?それに、今の春が考え事するなら、その二人の先輩のどちらかかなと思ったから」
「そ、そうなんだね」
風ちゃんの観察力と洞察力に、私は感心してしまう。
この親友には、私が何か隠し事をしたとしても、何でもお見通しにされる気がする。
「それで、具体的にはどんなこと考えてたの、春?」
「一条先輩のことは、やっぱりお姉ちゃんとのことがあるから、私がちゃんと見極めないとなって考えてて……。宮森先輩については……、ただ気になって、せっかく同じ学校にいるんだし、会いたいなぁって……」
改めて風ちゃんに考えてたことを話しているうちに、だんだんと恥ずかしくなる。
私は目線を逸らしながら、声をミュートにしながら、そう呟く。
「ふふふ。春って、カワイイ」
にこやかな表情をさらにニコニコさせて、風ちゃんがそう言う。
私は頭から湯気が立ち上ってきそうなくらい、体に熱が帯びてくるのを感じる。
「気になるならさ、ちょうど放課後になったし、先輩達のいる教室に突撃してみようよ」
「ええ?!」
風ちゃんからの突然の提案に、私は立ち上がってしまうほど驚く。
「私も、春の王子様の宮森先輩や、一条先輩が、実際にはどんな人なのかは興味あるしさ。それに、春のお姉さんもどうしてるか、春は気になるでしょ?」
風ちゃんは先輩達の教室へ突撃する理由をいくつか上げていく。いまだ驚いて固まってしまい、どうしようか悩んでいる私に、風ちゃんは視線を合わせてくる。
「だから、どうしよっか、春?」
微笑みを浮かべながら尋ねてくる風ちゃん。
私も、宮森先輩やお姉さんに会いたい気持ちと、一条先輩を確かめなくてはという使命感めいたものが湧き上がってくるのを感じて、決意が固まった。
「行こう、風ちゃん!」
私たちは先輩達のいる二年C組の教室へと、急ぐようにして駆けだした。
「……あの人?」
「そう、一条先輩……!」
「なんだか、あんまり怖そうじゃないね」
「見た目はそうなんだけど……」
私たちは二年C組の教室までやってきて、廊下側のドアからひょっこり顔を覗かせながら、教室内を観察している。一条先輩やお姉ちゃん、この前の先輩方の姿は確認できたけど、宮森先輩の姿は確認できない。宮森先輩、どこにいるんだろう……。
「あ、お姉さんに話しかけるみたいだよ」
「なっ……!」
やはりというべきか。一条先輩は、彼女がいる身でありながら、ぬけぬけとお姉ちゃんのことを狙っているようだった。私がちゃんとお姉ちゃんのこと守らないとな。
「あ、けどなんか別の人もきたよ」
「あ!あの人だよ、一条先輩の彼女って……!」
今度は桐崎先輩がやってきたようだ。
今日もまたモデルさんみたいに綺麗で、思わず尊敬の念を抱いてしまう。
「あ、今度は男の人が来たよ。もしかしてあの人が宮森先輩?」
「え、確かにすごいイケメンだけど、違うよ」
宮森先輩の名前が出てきてビクンとしたが、風ちゃんの指しているあの人のことは知らない。
けど、見た目だけなら芸能人みたいで、宮森先輩といい勝負かもしれない。
「あ、また女の人」
「げっ、あの人は……!」
この前の廊下の一件でも、彼女がいる一条先輩に構わず抱きつくなど、大胆不敵で美人な橘先輩。
……実は、あの人が一番面倒な人なのかもしれない。
それからというもの、また橘先輩が一条先輩に抱きついたり、男の人が銃みたいなのを一条先輩に打ったりで、その場は無秩序と化してしまった。
何が何やら、もう分かんなくなってしまいそうだ。
お姉ちゃんも、その様子を困ったように見てるし……。
「あら、春じゃないの」
突然私たちの背後から声がしたので、思わず振り返る。
「あなた、同じ学校だったの」
「あっ、るりさん!!お久しぶりです」
声をかけてくれたのは、お姉ちゃんの中学からの親友である、るりさんだった。
「ちょうど良かった、るりさん……!一条先輩ってどんな人なんですか!?」
二年の教室までわざわざ見に来るまでに至った経緯も説明しながら、私は物事を冷静に捉えられるるりさんに頼る。
「……そうね。一言でいえば、鈍感クズ野郎……といった所かしら」
るりさんは何故だか邪悪なオーラを纏いながら言う。
一条先輩って、やっぱり悪い人なのかな……。
けど、鈍感クズ野郎だと何だか少し違う気も……。
「……でも春。あんたは余計な事をしない方がいいわよ」
「え?でも、お姉ちゃんが……」
「……いいから。あの二人の事は放っておきなさい」
味方だと思っていたるりさんから、釘を刺されるかのように言われたので、私は戸惑いと困惑を隠し切れない。
一条先輩のことを見極めるなんて、まだまだ先のことになりそうだ。
そんなことを考えている内に、重要なことを思い出して、私は慌てて、そのまま教室へと入っていきそうなるりさんを引き留める。
「あの、すいません、るりさん!!実は、もう一つ聞きたいことがあって……」
「……何?」
私があんまりな勢いで尋ねるものだから、さすがのるりさんも少し驚いた様子でこちらを見返す。
「み、宮森先輩って、今どちらにいらっしゃいますか?」
できるだけ自然に思われるように、私は慎重に尋ねる。
「宮森君?宮森君なら、さっき学級長の仕事のことでキョーコ先生に職員室の方へ呼ばれてたけど……。どうして宮森君のことを聞くの?」
「そ、それは……」
ううう、やっぱりるりさん鋭いな……。
「宮森先輩が春の王子様だから、会いたいってことですよ。でしょ?春」
「ちょっ!?ちょっと、風ちゃん!!」
私が適当な返事をしようとしたタイミングで、風ちゃんがド直球なことを言ってしまった。
私はあまりに動揺してしまい、まるでストローで吸い上げられたリンゴジュースのように、体の熱が急激に上昇してくるのを感じる。
……そのことを鋭いるりさんが見逃すはずもなく。
「……ははぁん?どういうことか聞かせてもらおうかしら、春」
結局、宮森先輩とのことを、るりさんには洗いざらい話すことになってしまった。
その内に、隠密がお姉ちゃん達にも見つかってしまい、また一騒動あったのは、別の話。
……今度、風ちゃんには美味しいケーキを奢ってもらうんだから。
あれから、先輩達や風ちゃん達とも別れて、私は一人で校内をぶらぶらしている。
結局、それ以降も宮森先輩とは会えなかった。
そんな少しの落胆の気持ちを、ため息で追い出しながら、角を曲がる。校庭にも面している屋根付き通路の中央に自動販売機を見つけた。
せっかくだから、お気に入りの抹茶ラテを飲もう。私はポケットから財布を取り出し、100円玉を自販機へ手を伸ばす。
すると、私よりも他の誰かの手が先着して、その人の100円玉が吸い込まれた。
もう、なによ。心の中で悪態をつきながら、その人の方へじろりと目線を移す。
「あれ、小野寺さんか」
「み、み、宮森先輩!!?」
そこには、さっきまであんだけ探していたはずの、私の王子様が立っていた。
「お、お先にどうぞ!先輩の方が早かったんですから!」
「そうか、悪いな」
暴れだす心臓と表情筋を抑え込めるように、何とか口に出す。
宮森先輩がどんなのを飲むのか気になり、私は先輩の背後にささっと回って、先輩が飲み物を選ぶ様子を眺める。
やっぱり背も高くて、足も長くて、雰囲気があって……。きっとモテモテなんだろうなぁ……。
ぼやぼやとしている内に、先輩もどうやら何にするか決めたらしい。紙コップの抹茶ラテだ。
「お待たせ」
「ど、どうも……」
よりにもよって、まさか先輩が私と同じ抹茶ラテ選ぶなんて。もしかして先輩も抹茶ラテが好きなのかな。
自販機に目を向けると、抹茶ラテの欄に『売切』と表示されていて、私は思わず固まってしまう。
せっかく先輩と一緒に抹茶ラテが飲めたのに………。
「……やるよ、これ」
すると、先輩は私に抹茶ラテを差し出してきて、また自販機に100円玉を投入する。
「え!?い、いいですよ!先輩が買ったんだから、先輩が飲んでくださいよ!」
「……好きなんだろ、抹茶ラテ。真っ先に手伸ばしてたし」
どうしてあれだけのことで分かるのだろう。
先輩にるりさんや風ちゃんのような、いやそれ以上の目敏さや恐ろしさをちょっと感じる。
「……で、でも」
「いいんだよ。今日は先輩の奢りってことで」
そう言って、ニッと爽やかなその笑顔を向けられては、今の私にはどうしようもできない。
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ」
私は素直に先輩から差し出された抹茶ラテを受け取る。
先輩は、今度はレモンの天然水をほぼノータイムで押した。
「先輩は、それがお気に入りなんですか?」
「そうだなぁ……」
ふと思ったことを口に出しただけのつもりだった。
けれど、先輩はペットボトルの飲み口を見つめながら、何かを考えこむようにしている。
「……自販機だと、気づけばいつもこればっかり選んじゃってて。最近は、新しい飲み物に挑戦しようかなと思って、いろいろ試してるんだ」
それで、抹茶ラテを選ぶのに、少し時間がかかっちゃってたのか。それなら……。
「よろしければ、飲み物、交換しませんか?」
宮森先輩に、私の好きな、抹茶ラテをという飲み物を知ってほしい。
「いいのか?抹茶ラテ、好きなんだろ」
「いいんですよ!それに、私もいつもと違う飲み物に興味ありますし……」
「……そういうことなら」
先輩は驚くような表情を浮かべていたが、私の言葉を聞いて観念したようだ。
ペットボトルを持つ手も持たない手もこちらへ差し出す。私も同じように両手を差し出して、お互いの飲み物を交換した。
ペットボトルの蓋を開けると、中から爽やかなすっきりとした香りが漂ってくる。けれど、いざ飲んでみると、思ってもいなかった炭酸の刺激の強さに思わず顔を顰めてしまう。
「ハハハ、初回はそうなるよ」
先輩はストローを口にくわえながら、ちょっと面白そうに私を見てくる。
なんだか恥ずかしさが浮かんできて、照れ隠しのように先輩へと言葉を並び立てる。
「けど、さっぱりしてて良いですよ。……先輩の方はどうですか?」
先輩はストローから口を離し、先ほどまでのいたずらっ子のような表情とは一転して、感心したような様子で抹茶ラテを眺める。
「抹茶ラテ、美味しいよ。久々に当たりかも」
「ホントですか!?良かった~!」
その言葉を聞いて、私は自分でも驚くほど大げさに喜んでしまう。
それからは、先輩がクラスの学級委員長になった話や、今日風ちゃんと一緒に先輩の教室まで言った話などをした。自動販売機の傍らで、放課後で行きかう生徒も段々と少なくなっていくのを眺めながら、先輩との時間を楽しんだ。
下校のチャイムが鳴った後も、「今日は遅くなったし送るよ」なんて、先輩から言われたときは、どうにかなりそうなくらい嬉しかった。荷物を教室に取りに行って、待ち合わせの校門まで行くのに、自然とスキップしてしまうくらいに。
やっぱり先輩と過ごす時間って、心がポカポカして、幸せな気持ちになれちゃうな。
けれど、そんな時間も、私のお家まで来たところで、終わりを迎えてしまう。
「宮森先輩!今日もお家まで送って頂き、ありがとうございました!」
「こちらこそ。抹茶ラテ、教えてくれてありがとう」
あのとき、勇気を出して、飲み物の交換を提案して良かった、と心からそう思う。
「それじゃあ、またね。小野寺さん」
「はい!また学校で!宮森先輩!」
そう言って背を向け、通りを歩いて行こうとする先輩を、私は家の前で右手をささやかに振りながら見送る。急に寂しさがこみ上げて、また早く会いたいと思ってしまう。
すると、突然何か思い出したかのように、先輩が立ち止まり、こちらへ振り向く。
「今度は二人で、抹茶ラテ、飲めるといいな」
先輩の微笑みをたたえる表情に、私はつい見とれるのと同時に、反射的に返事をする。
「約束ですからね!!」
リンゴのようになった頬の赤さが、夕焼けのおかげで、先輩には上手く隠されているといいな。
私は、先輩を包まんばかりの夕焼けに、そんな淡い期待をかけた。
第四話『ジハンキ』をご一読下さり、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
宜しければ、感想や評価もお待ちしております。
それでは、また次のお話で。