若草のような君に   作:享郎

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 第八話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。

 今回は誕生日パーティーの回です。

 それでは。


第八話 エンソウ

 月も変わり、夏の匂いがより感じられるようになった金曜の夕方。オレはいつもの面子と一緒に和菓子屋「おのでら」に来ている。

 皆はどうやら小咲の部屋に集結しているみたいだが、オレは小咲の母親の菜々子さんと世間話をしている。

 

「にしても、一条くん、記憶喪失だなんてね~。ヨン様みたいね」

「ヨン様なんて、懐かしい名前出しますね、菜々子さん」

 

 つい昨日のことで、オレは委員長の仕事で居合わせなかったのだけど。

 下校の際、楽が桐崎さんを飛んでくるボールから庇った結果、楽の頭にボールが直撃し、そのまま記憶喪失になってしまったらしいのだ。

 実際に今日のHR前に記憶喪失中の楽と顔を合わせたのだが、オレのことも全く覚えてないらしい。

 普段の様子とは違い、何だか女の子のようにおどおどとしていて、やたらと素直な感じになっていたので、寂しさを覚えつつ、新鮮な感じもあった。

 桐崎さん達は楽の記憶を何とか取り戻そうと、塀の上から飛びかかったり、熱々の中華丼をぶっかけようとしたり、胸ぐらをつかんで首元に銃を突きつけたりなど、楽との出会いを再現してみたのだが、効果はなかった。

 だからこそ、今こうして『第一回楽の記憶を取り戻そうの会作戦会議』なるものを題して、皆は小咲の部屋でどうにか楽の記憶を取り戻すための方法を必死に考えているのだ。それに、今週末の日曜日は桐崎さんのお誕生日らしいし。

 

「一条くん、戻ってくるの遅いわね。麦茶でいいか悪いか、早よ決めてほしいのに……」

 

 麦茶の入れた人数分のコップをお盆にのせながら、菜々子さんはイライラし始めてきそうな様子で、階段の方を見やる。

 先程まで楽も併せて三人でいたのだが、進展具合を確認するのもあって、楽を皆のところへ行かせたのだが、それにしても中々戻ってこない。何かあったのだろうか……。

 すると、足音が一つトタトタと近づいてくる。

 

「樹先輩、一条先輩の記憶の方はどうですかね?」

 

 厨房の方で他の従業員の方々と和菓子作りの作業をしていた、作務衣姿の春が心配そうに尋ねてくる。

 

「まださしたる進展はないかな、春」

「そうですか……」

 

 春にはここへ来るときに事情を話していたので、事情を知っている者として、気にかけずにはいられないのだろう。

 そういうところは、小咲と揃って姉妹で良いところだ。

 一方で、ちらりと菜々子さんの方を見ると、やたらとニヤニヤとしている。

 

「あらあら春~~!!いつの間に宮森君と下の名前で呼び合うようになっちゃって~。小咲と取り合いになっても知らないぞ~」

「もう!!お母さん!!」

 

 相変わらず菜々子さんは随分な恋愛脳のお方である。

 

「ほんとにもう……、私そろそろ厨房の方に戻りますね!」

 

 顔を真っ赤にした春は、逃げるようにして厨房の方へと向かっていく。

 厨房へと入る間際、春は何かハッとしたようにしてこちらを見遣る。

 

 春はニコリとした表情を浮かべながら、ささやかに手を振ってきたので、オレも手を振り返す。

 そうして春は、どこか満足したようにして厨房へと消えていった。

 

「春が男の人に対して、あんな風になるとはねぇ~。宮森君も満更でもない感じ?」

「そういうわけじゃないですよ」

 

 変わらずニヤリとしてこちらに仕掛けてくる菜々子さんに対して、オレは少し困ったようにして適当に流そうとする。

 

「まあ、冗談よ。小咲もそうだけど、男嫌いだった春が、宮森君に対してあんなに懐いてくれてるようだし、母親としては、娘達と仲良くしてもらえてありがたいわ」

「……いえ、こちらこそ仲良くさせて頂き嬉しいです」

 

 菜々子さんは突然母親の表情になってそんなことを言うものだから、こちらは一瞬そのギャップに戸惑ってしまう。

 

「そろそろ、オレもあいつらの様子見てきますよ。麦茶のことも聞いてきます」

「ん、頼んだよ」

 

 思い出したようにして菜々子さんにそう伝えた後、オレは階段を上がり、小咲の部屋の前まで行くと、思ったより静かな様子である。

 

 何やら、楽が一人で話しているようだ。

 女の子、丘の上、絵本、結末、ハッピーエンド……。

 扉の前で聞く耳を立てていたのだが、どうやら楽がたまに付けているペンダントとも関わってくるような話のようだ。楽からは以前から話は聞いていたけど、ペンダントはあまり目にしたことはなかったのだ。

 楽の話が一段落着いたのか、静けさがこちらにも伝わったので、改めてオレは部屋の扉を開ける。

 

「何か進展はあったか?」

「い、樹君!実は……」

 

 小咲や他の皆の話によると、どうやら楽の記憶を取り戻す手がかりとして、小咲の部屋から男の子一人と女の子四人の表紙がある絵本が見つかったそうだ。

 それと楽の持っているペンダント、桐崎さんや橘さん、そして小咲の持っている鍵とが、彼らの間で幼少期に結ばれた約束とに関係しているようなのだ。

 ……薄々感づいていただけで、けっして頭の中に具体的にはっきりしてこなかった。

 だが、楽が小咲に好意を寄せるのも、小咲が昔の約束の男の子を探す気になってないのも、桐崎さんと橘さんとの関係性も含め、ここにきて腑に落ちてきた。

 

 そして、どうやらそのタイミングで第一回作戦会議は終了を迎えたらしく、皆は部屋を片付け始め、オレは菜々子さんへとその旨を伝えに行く。

 階下を降りる最中、オレには一つ、引っかかることが浮かんでくる。

 ほぼ約束の男の子が分かっているはずなのに、どうして小咲から楽への好意は薄らいできているように見えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、家に同じ本がないか探してみる!」

「私も何か手がかりになりそうな物探してみるね!」

 

 千棘ちゃんは、一筋の光が見えたように明るく、鶫さんと一条くんを連れて帰っていく。

 橘さんも千棘ちゃんと反対方向へと向かい、舞子君もこの場からいつの間にか姿を消していた。

 私のお家の前に残ったのは、るりちゃんと樹君だ。

 

「……さて小咲、どうして黙ってたのか説明してもらおうかしら」

 

 後ろから般若でも見えるんじゃないかってくらい、こちらの方へ首を傾けるだけで物凄い迫力を醸し出してくる、そんなるりちゃんに私はたじろいでしまう。

 

「まあまあ、小咲にも話しづらいことだったんだと思うよ、宮本さん」

 

 そんな私を見かねてか、樹君は助け舟を出してくれる。

 るりちゃんもそれで少し落ち着いたのか、一息着いてから視線を私からずらす。

 

「……まさか、こんなことになっていたとはね。あんたも千棘ちゃんも橘さんも皆、一条くんと10年前に出会っていて、“鍵”を持ってる。そして一条君は錠の付いたペンダントを。まさに絵本の通りね。はてさて誰が運命の相手なのやら……」

「まるでおとぎ話みたいだよな」

「そうね」

 

 るりちゃんや樹君の言うように、ほんとにおとぎ話みたいな状況だ。

 

 結局、一条くんの約束の女の子って誰なんだろう。

 私の家からあの絵本が出てきたってことは、私がその子の可能性が高いのかな……。

 

「……それにしても、そんな重要な絵本がずっと自分の机にあったのに気づかないなんて、あんたバカじゃないの?」

「それを言わないで!!自分でも分かってるから!」

 

 るりちゃんに正論を言われて、私はあまりに恥ずかしくなって必死になる。

 けれど、どうして忘れちゃってたんだろう……。

 

「小咲はちょっと抜けてるところあるからな」

「もう、樹君まで……!」

 

 私の心に合わせてくるかのように、樹君はそう言ってくるので、思わず恨めし気な顔を樹君に向けてしまう。

 

「けどさ、よかったじゃん」

「え?」

「約束の男の子、見つかって。昔も言ってただろ?まさか楽のことだったとは、今日知って驚いたけど」

「う、うん……」

 

 静かに穏やかな表情を浮かべる樹君に対して、私は相槌を返すだけで精一杯になる。

 

「とにかく、当面は楽の記憶が戻ることが大事だけどな。じゃあ、オレもそろそろ帰るよ。またね、小咲、宮本さん」

「そうね。また千棘ちゃんのお誕生日で、宮森君」

「ま、またね、樹君……」

 

 そんな私の想いを打ち消すように、樹君は急ぐように手を振って、通りの方へ消えていってしまった。

 

「……小咲。気にはなっていたのだけど、宮森君のことはどう思ってるの?さっきのやり取りといい、昔のことといい、どこか引っかかるのよ」

 

 私の考えていることが表情や雰囲気に出てしまっていたのだろうか。さすがに鋭いるりちゃんには痛いところを突かれてしまう。

 けど、親友として、これまで私のことを応援してきてくれたるりちゃんには、私の今抱えていることを伝えないとな……。

 

「あのね、るりちゃん。実はね……」

 

 それからというもの、私達は家の近くのカフェに移動して、幼少期の頃の約束のことや、樹君との小学校時代の出来事、そして高校二年生になって樹君と再会したことで、一条くんと樹君との間で悩んでいることを伝えたりした。

 大体のことを話し終えたとき、るりちゃんもストローを口に咥えながら、どこか戸惑うような、呆れたようにしながらも、真剣な表情をこちらへ投げかける。

 

「それで、小咲はどうしたいのよ?」

 

 るりちゃんはじろりとこちらを見ながらも、いつも以上に眼差しに力がこもっている。

 

「……一条くんのことは、中学から、それに多分幼いときも、好きだったと思う。何気ない優しさが好きだし、一緒に話したりするのはドキドキするし楽しいし……」

 

 一条くんに対しての、私のこれまでの気持ちに偽りの部分なんてない。幼いときも、中学からこれまでも、一条くんはきっと私にとっては特別な存在であるはずだ。

 

「けどね、樹君といるときはね、なんだかとても落ち着いて安心できるし、ドキドキはもちろんしてるんだけど、それでも自分が自然にいられるような感じがして……」

 

 樹君のことを思い浮かべながら話していると、樹君の表情や話し方、そういったものが近くに感じられるようで、心がポカポカとしてしまう。

 

「それにこの前ね、私が風邪をひいたときに樹君が一条くんとお見舞いに来てくれて、その時に昔のように手を繋いでもらったの。そしたら、樹君のことが私にはすごく昔のように特別のように感じられて……。樹君は約束の男の子ではないけれど、小学生の頃と変わらず、私にとっては王子様のように感じられるの……」

 

 そこまで言うと、いよいよ私の心のうちは私にも分からなくなってきてしまう。

 それまで一条くんに恋をしていたのは確かなはずなのだけれど、今はその対象が樹君に取って代わっていくいるような感じがする。

 るりちゃんは、どこかで聞いたフレーズね、と窓の外を見て一言呟くと、再びこちらへと向き直り、少し困ったようにしながらも、諦めたようにして口を開く。

 

「確かに、人の気持ちは変わるものだし、好きな相手が変わるのだって仕方のないことなのかもね。私は小咲の味方だから、引き続きあんたの恋愛相談に乗るわ」

「る、るりちゃ~ん……!!」

 

 私はすっかり視界がぼやけちゃいながらも、るりちゃんに対する感謝の気持ちがあふれ出してくるのを抑えきれず、思わずテーブル越しに抱きついてしまいそうになる。

 

「……だからこそ、あんたは今、一条くんと樹君との間でまだまだ揺れはするのだろうけど、きちんと考えた上で、どちらに想いを寄せるのかハッキリしなきゃダメだよ」

 

 私からの特攻に少し照れくさそうにしながら、るりちゃんはまた真剣な面持ちで私に助言を与えてくれる。確かに、もう少し頭と心を落ち着けて考えるべきかも。

 

「そうだね……。ちゃんと自分の中で答えを見つけないとね……!」

 

 そう力を込めた瞬間と同時に、私のグラスの中にある氷がカチッと音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い、お姉ちゃ~ん」

 

 日向ぼっこするには最適なくらいの、晴れた日曜の昼下がり。今日は桐崎先輩のお誕生日パーティーということで、私は風ちゃんとポーラさんと一緒に、先輩達と待ち合わせの場所である駅前の広場までやって来た。

 

「春ちゃん!ポーラ!あと風ちゃんだっけ……。お前らもパーティーに参加すんのか?」

「はい!一応招待して貰いましたし」

 

 私の呼びかけに、つい今日に日付が変わる頃まで一時的な記憶喪失になっていたらしい、一条先輩が応じる。

 私たちが来ることまでは知らなかったようだ。

 先輩方の方を見ると、一条先輩やお姉ちゃんに加えて、鶫先輩や橘先輩、舞子先輩やるりさんの姿があるが、私のお目当ての人物の姿がない。

 

「樹君なら、用事があるみたいで、千棘ちゃんのお家に直接向かうって聞いたよ、春」

「そ、そうなんだ」

 

 そんな私の少なからずの動揺を感じ取ったのだろうか。

 お姉ちゃんが樹先輩のことについて伝えてくれる。

 心の内を言い当てられたかのようで、さすがはお姉ちゃんと感じる一方で、お姉ちゃんの口から、樹君、と言われて少しドキリともする。

 

「それでは、宮森君を除くと、皆様お揃いのようですし、ご案内いたしましょう」

 

 鶫先輩の声掛けで、私たちは広場から一塊となって歩き出す。

 

「言っとくけど、千棘んち見てもビビんじゃねーぞ?あいつんちのパーティーは規模がちげーから」

「ご心配なく!お姉ちゃんから大きな家だって聞いてますから」

 

 一条先輩から私と風ちゃんにまるで注意事項のように聞かせてくる。

 昨年も桐崎先輩のお誕生日パーティーに参加しているお姉ちゃんからも、桐崎先輩のお家のことは聞かされているので、そんなに驚くこともないだろう。

 と、気軽にどんなお家なのかワクワクしてたのだけれど……。

 

「でかーーーー!!!」

 

 お城みたいな大きなお屋敷が見えてきた辺りから薄々感じてはいた。

 けれど、いざ門の手前までやってくると、まるで空を覆いつくさんばかりの迫力を身に受けて、思わず思ったことがそのまま飛び出てしまう。

 あまりのお家の大きさに驚いて、口をパクパクさせたままでいたけれど、私たちの傍にタクシーが一台止まったので、目を向けると、そこから降りてくる人物に目を奪われる。

 

「お待たせ、皆」

 

 いつも通りの優し気で落ち着いた表情に、白のアンダーシャツの上にアイボリーのジャケット、黒のスラリとしたデニム。

 いつもよりもさらにオシャレな姿が樹先輩に組み合わさって、どうしようもなく胸が高鳴ってしまい、ドキドキが収まらない。

 どうしよう、かっこよすぎて、直接見るのさえ恥ずかしくなっちゃう……。

 

「我々もちょうど着いたところだよ、宮森君」

「そうか、良かった」

 

 鶫先輩は樹先輩にそう声をかけた途端、自分のスマホを取り出して通話を始める。

 おそらく桐崎先輩に連絡して、こちらに来てもらうようにお願いするためだろうか。

 

「春と風ちゃんも来てたんだな」

「うひゃあ!?」

 

 いつの間に私の目の前に来たのだろうか、瞬間移動したような突然の樹先輩に、顔も直視できない今の私は飛び上がるほど驚いてしまう。

 

「そうなんですよ、私達も桐崎先輩から招待を頂きまして」

「そっか、お互い楽しめるといいな」

 

 そんな私の代わりに風ちゃんが樹先輩に応じてくれて、樹先輩もそれだけ言うと私たちのもとを離れて、お姉ちゃん達のところに向かう。

 

「も~春。あんまり驚いちゃうと宮森先輩だって驚いちゃうよ」

「ううう。でも、風ちゃん~…」

「ふふふ、春って可愛い」

「もう……!」

 

 すっかり真っ赤に頬が染まった私に対して、風ちゃんはさらに弄んでくるので、まだこの頬の色は元通りになってくれそうにない。

 何とか頬を冷まそうとしながらいると、樹先輩とお姉ちゃんが喋っている姿が見える。

 私も何かお喋り出来たらよかったのに、と少し勿体ないことをした気分になる。

 一方で、お姉ちゃんが頬を上気させながら何だか楽しそうに樹先輩と話しているのを見て、胸を針でプツリとつつかれてるような気持ちになる。

 

「……お待たせ皆……!」

 

 モヤモヤを抱えそうなタイミングで、玄関の方からドレスアップした桐崎先輩がちょっと恥ずかしそうにしながらこちらへとやって来る。

 

「キャ~~!!桐崎先輩すっごくキレ~~!!」

「……ありがとう」

 

 お家といい、その姿といい、桐崎先輩はまるでお姫様みたいだ。

 

「かわいいドレスだね、千棘ちゃん」

「……なんかやけに気合入ってんなぁ」

 

 お姉ちゃんや一条先輩達も、それぞれ桐崎先輩のドレスアップした姿に対して、各々の感想をやいのやいのと伝えあっている。

 

「ま、私の方がかわいいと思いますけどね」

「……主役より目立ってどうすんだお前」

 

 ……そんな中でも、橘先輩のぶれない姿勢に呆気に取られてしまう。

 そういえば、私も今日はパーティーだからとそれなりの恰好では来たつもりではあったので、樹先輩に一言でも貰えたらよかったな……。

 そんな乙女心が、逸した機会をさらに惜しく感じさせてくる。

 このモヤモヤした気持ちと一緒に、空を流れる雲のように流れて行ってしまえばいいのに、と願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐崎先輩のお誕生日パーティーも終盤に差し掛かった頃。私はあれから樹先輩と特に話すこともなく、風ちゃんやお姉ちゃん達と一緒に取り皿で取った料理を口にしながら、一息ついている。

 お屋敷へ入り広間の扉を開くと、まず大勢のギャング(?)のような方々から桐崎先輩が派手な祝福を受けていた。それからも、信じられないようなバイキング形式で出てくる料理の数々に驚いたり、中にはプレゼントとして自家用ジェット機なるものを用意してくる人に唖然としたり……。

 中々に密度の濃い時間を過ごしてきたので、こうして今は落ち着いて食事を取れていることに気がほぐれるような気分だ。

 ところが、何やらステージのような所から差し迫ったような声が聞こえる。

 

「おい、弾けないってどうゆうことだよ!!」

「すまん、さっき配膳を少し手伝ったときに手を怪我しちまって………」

 

 どうやらパーティーを盛り上げるバンドのメンバーの内で欠員が出たみたいだ。

 もちろんメンバーといっても、余興として準備してきたんだろうギャングの人達なのだけども。

 

「どうすんだ!!お前ほどギターを上手く演奏できるやつなんて他にいねえぞ!」

「ほんと、すまん……!」

 

 欠員が出たのはギター担当の方のようだ。

 私たちだけでなく、周囲の方々もざわざわとし始め、何やら落ち着きのない雰囲気に変わってゆく。

 すると、見覚えのあるアイボリーのジャケット姿の男性が彼らの元に歩み寄る。

 

「もしよろしければ、オレが代わりに弾きますよ」

 

 こちらからは後ろ姿しか見えないけど、声をかけに行ったのは樹先輩で間違いがなかったので、私は驚きのあまり開いた口が塞がらない。

 

「てめえ!!舐めてんのか!」

 

 バンドのメンバーの一人が声を荒げて、樹先輩に掴みかからんとする勢いなので、私はビクッとしてしまう。

 

「……本当に弾けるのか?」

 

 ギター担当の方が、まるで救いの神でも現れたかのような視線で、樹先輩を見上げる。

 

「普段は一人で引いてるんですけど、合わせる分には問題ないレベルのはずですよ」

「……オレのギター、貸してやってくれ」

 

 その有無を言わさぬ態度のおかげで、他のメンバーの方もそれなら仕方ない、ということで、樹先輩をステージ上のギターと椅子が用意されたところまで連れていく。

 

「いいか、オレはまだお前の実力を見てねぇ。だから、まずは何か曲を何小節弾いて、お前の実力を確かめさせてくれ」

「わかりました」

 

 バンドのボーカル担当の方からそう告げられると、樹先輩は一言だけ応答して椅子に座る。

 ギターをセットすると、真剣な眼差しで準備を行う。すっかり会場の人達はステージの方へ注目してしまっている。

 その準備のことを、近くにいた人の会話から聞く限りチューニングらしい。

 ギターのことをよく知らない素人目から見ても、樹先輩のチューニングのスムーズさと正確さはずば抜けているみたいで、バンドメンバーの方々は目を丸くしている。

 チューニングが終わったのだろうか、樹先輩は音を止めた。

 

「それでは、始めますね」

 

 その言葉を皮切りに、まるで踊りだしていくかのように、樹先輩の弾くギターから音が流れ始め、あっという間に会場全体を覆いつくしていく。

 飛び出して来る音のリズムと旋律は、何とも華麗で鮮やかだ。

 ギターを弾く樹先輩のいつもより真剣でちょっぴり楽しそうなその姿と相まって、わずかの間ではあったけれど、魅力的で素敵な演奏だった。

 数小節の演奏が終わりを告げると、それまで水を打ったように静かに樹先輩のギター演奏に聴き入っていた会場全体に、ドッと盛り上がり拍手が巻き起こった。

 それと同時に、バンドメンバーの方へと演奏を要求している。

 バンドメンバーの方々もすっかり感動し興奮した様子で樹先輩の元へ駆け寄っていく。

 

「さあ、どんな曲を演奏します?」

 

 さも得意げに言う樹先輩のその笑顔は、いつもよりも眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 演奏も終わり、パーティーもすっかり終幕に近づいていく中、オレはベランダに出て夜風に吹かれながら、レモンスカッシュを飲んでゆったりとしている。

 そうしていると、屋内から一人の少女がこちらへと近づいてきた。

 

「樹先輩!さっきの演奏、スゴかったです!!私、感動しちゃって……」

 

 春はすっかり興奮した面持ちで、さきほどまでの演奏について語ってくれた。

 演奏の方は、上手くいった。

 最近はいつも一人で練習し、大勢の人前で演奏するなど滅多にやらない。

 だが、たまにはこうしたセッションのような形で他の何人かと演奏するのも良いものだと感じられた。

 

「それにしても、樹先輩!ギターをお弾きになるなんて、初めて知りましたよ!」

 

 春はまだまだ興奮冷めやらぬ様子でこちらに尋ねてくる。

 

「だよな、こっちで誰かの前で弾くなんて全くなかったから」

「そうだったんですね!ギターの方は、誰かに教わったんですか?」

 

 誰かに教わった。

 その言葉を聞いただけで、あの人のことが頭の中を埋め尽くさんとばかりに思い出されてきて、オレは少しだけ次の言葉に詰まってしまう。

 

「……そうだな、前にある人に教わったんだよ」

「へぇ、どんな人だったんですか?」

 

 ごまかそうとした記憶は再び心のうちに溢れ出してくる。

 

「どんな人、か……。大人とは思えないほど無邪気で明るくて、けど大人らしく落ち着きのあるところもあって頼りになって…、それでもたまに孤独な感じも見えるような人だったかな」

 

 少し語り過ぎたかも、と思い春の方を見ると、春からは興奮していたような感じは消え、どこか不思議に思っているような様子でこちらを見つめていた。

 

「先輩にとって、その人って大事な方だったんですね」

「……ああ、何と言ったってオレの師匠だからな」

「いいなあ、そんな師匠のようなお方がいらっしゃったなんて、羨ましいです!」

 

 春はきっと額面通りに受け取ってくれただろうか。

 師匠という言葉は全くの真実ではある。

 けれど、そこにまだ内包されている想い、感情などは今はまだ悟られたり、知られたりはされたくないし、そうあってほしくない。

 

「樹君~!春~!みんなで集合写真撮るって~!」

 

 そんな思いをかき消すように、小咲がオレたちを呼びかける声がする。

 

「はーい!今から行くよ、お姉ちゃん!」

 

 大好きな姉に呼びかけられたからだろうか、春は元気よく小咲へ返事をする。

 

「それじゃあ、行きましょうか。樹先輩」

 

 腕を後ろに組み、半身で頭を少しこちらへ傾けて、はにかむように、けどどこか名残惜しそうにしながら、春はオレに目を合わせる。

 今日は人前で演奏をしたからだろうか。

 それとも、自分のことを少し話したからだろうか。

 いや、パーティーで少し浮ついているから?

 

 あの人のことを思い浮かべたからだろうか?

 

 いつもよりかは少し高めの体温を感じながら、結局はパーティーの雰囲気のせいにして、自分だけこうしたむずがゆい思いに囚われたくなくて、春を呼び止める。

 

「春」

 

 すでに歩き出そうとしていた春は、驚いたように足をパタリと止める。

 

「どうされたんですか?」

 

 さて何を言ったら、と自分で呼び止めておいて少し戸惑う。不思議そうにこちらを覗く春の今の姿を改めて見て、まだ言ってなかったことに気づく。

 

「今日のその服、よく似合ってるよ」

「ふ、ふえぇぇ!!?」

 

 こちらに目線を寄こしながら、首から下はまるで石造みたいに固まってしまった春の横を通り過ぎ、オレは集合写真を取りに、小咲のいる方向へと向かう。

 空はよく澄んでいて、上弦の月が微笑ましくこちらを見渡している。

 

 




 第八話『エンソウ』をご一読下さり、ありがとうございました。

 いかがだったでしょうか?

 本当のところ、樹にとって、あの人は一体どんな存在なのか。

 それでは、また次のお話で。
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