若草のような君に   作:享郎

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 第九話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。

 温泉の脱衣所で体重計見ちゃうとつい乗りがちなのは、私だけですかね。

 それでは。


第九話 コウブツ

 テーブルの上には、お母さんと春が作ってくれた和菓子がいくつか並んでいる。

 私はそのうちの一つを手に取り、しっかりと吟味していく。

 

「……どお?小咲、秋の新作の感想は」

「んー。もう少し栗の甘みを生かせるといいかも……」

 

 このように、私は料理が絶望的に出来ない代わりに、家の中でも一番味が分かるようなので味見役に回ることが多く、その度にお母さんからは感想を尋ねられる。

 

「それにしても気が早いな~。まだ夏もこれからなのに……」

「このくらいから準備しないと間に合わないんだよ」

 

 春の疑問ももっともであるけれど、実際に季節ごとで新商品を考えているようでは生産が追いつかず、数か月前から取り組まなくてはならないのだ。

 

「じゃあお父さんに感想伝えてくるね。あ、そうだお姉ちゃん」

 

 新作の商品も全て味見を終えて、春が片付けをして厨房の方へと戻っていこうとする際に、何かに気づいたようにこちらへと戻ってくる。

 

「味見役頼んどいてなんだけど、最近少しお肉付いてきてないない~?気をつけないとすぐ太るよ?」

「だっ……大丈夫だよ。ちゃんと気をつけてるもん!」

 

 春が私のほっぺをぷにぷにと触りながら、ニヤニヤと言ってくるので、私はちょっと強がるようにして言い返す。

 ……とは言うものの、確かに最近よく甘い物も食べているし、しばらく体重計にも乗っていないことに気づき、私は着替えも兼ねて洗面所の方へ向かう。

 洗面所までやってきて、運動もあんまりしてないし、ちゃんと体調管理しないとなと思いながら、上着を脱ぎつつ、体重計に足を乗せる。

 

 すると、体重計に表れた数字を見て、私は雷に打たれたような衝撃を感じる。

 片足立ちをしてみても数字は変わらない。

 抱えていた上着を洗濯籠に放り投げても変わらない。

 あまりの結果に、私は顔を抑え全身から変な汗が出てくるのを感じる。

 

 確かに味見とか、おやつとか、買い食いとか。思い当たる節は幾つかあるけど、たった数日計んなかっただけで、こんなに増えるなんて……!

 鏡の前でほっぺをぐにぐにしたり、お腹を触ったりしてみるのだが、見た目にはそう変わらなく見えるだけで、実は人から見たら太ってきていると思われているかも……。

 もしかして一条くんや、それに樹君にも……。

 大変だ……!すぐなんとかしないと……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「小咲の様子がおかしい?」

 

 昼下がりのグラウンドにて、体育のサッカーの授業が間もなく終わりを迎えるかといったタイミングで片付けに入る。

 コーナーにあるコーンの元へ向かおうとしたオレに、楽が隣にやってきて、真剣な表情を浮かべながら唐突にそんなことを言うので、オレは思わず聞き返してしまう。

 

「そうなんだよ。どこか顔色が悪かったり、昼飯前に弁当を食べようとしてたり、授業中は珍しく机に突っ伏してたりしててよ……」

 

 楽は心配そうにしながら、今日の小咲の様子についてつらつらと述べていく。

 オレも心なしか小咲が少し元気がなさそうだな、と授業中思っていたのだが、一体どうしたのだろうか。

 

「それに、体育の授業へ移動となった途端、突然ガバッと机から起き上がって、勢い良く向かっていったし……。さっぱり分かんねえんだ」

 

 楽がそこまで言うと、ここまでの情報から、オレは今日の小咲の様子についての謎が解き明かせそうな一つの答えに辿り着きそうになるが、まだ確証はない。

 

「それでだ樹、何か小野寺について分かりそうか?」

 

 コーンを手に持ち用具室へと運びながら、楽はこちらへと視線を投げかける。

 

「そうだな……、どこか顔色が悪い以外に教室の小咲の様子はどうだった?」

 

 オレの中の答えにより確信の持てるよう、楽へと尋ねる。

 

「どうって言ったってなあ……。顔色が悪い以外つったら、何か小野寺の方から音がしたと思ったら咳き込み始めたり、突然お腹叩いたりしたくらいだったな……」

 

 そこまで言ってくれれば十分だった。

 鈍感だが、人の細かいところをしっかり覚えている楽には感心する。

 楽が好きな人だからというのもあるだろうけど。

 恐らく、今日の小咲のおかしな様子の原因は、ダイエットだろう。

 男のオレからすれば、体重のことなどさしたる悩みにもならないのだが、やはりダイエットというのは、小咲を始め思春期の女の子特有の悩みであるみたいだ。

 小咲はそんなこと気にしなくてもいいくらいのはずなんだけどな……。

 

「なるほど、何となく分かったよ、楽」

「ほんとか!?一体どうしてだ、樹?」

「恐らくだけどな……」

 

 こちらに乗り出さんばかりに食いついてくる楽に、オレは少したじろぐ。

 小咲がダイエット中なのではないか、ということをこれまでの情報を根拠にして説明すると、楽は落ち着きを取り戻す。

 ところが、今度はどうしたらよいだろうかという感じで、用具室にコーンを片付けて更衣室へ向かう道中、頭を悩ませている。

 前の集との一件でもそうであったが、このように誰かのために自分のことのように必死に考えられる楽を見て、お人好しというか、人が良すぎるというか、オレは改めて楽のことを良いやつなんだな、と思いながらその隣を並び歩いている。

 しかし、具体的な策が思いつかず、余りに頭を悩ませている楽の様子に、小咲のことで別の心配事をし始めているオレはさすがにヤキモキし始める。

 更衣室で着替えも終えて教室へ向かう道すがら、ある提案を出すことにした。

 

「例えばさ、明日小咲に何か作って持っていくってのはどうだ?」

「ああ!!それなら確かに名案かもな!けどよ、ダイエットなら、もし作っても食べてくれないんじゃないか?」

 

 もっともな質問を楽から受けるが、今回の小咲のような場合、事情が違う。

 

「違うよ、楽。小咲って、ダイエットが必要だと思うか?」

「い、いや、小野寺は細いから、ちゃんと食わないとぶっ倒れないか心配……って、あっ」

 

 楽は何かに気づいたように、ハッとした表情を浮かべる。

 

「そうだろ?だから、明日何か作って持っていくとしたら、ちゃんと一言かけてから渡せば、きっと小咲も観念して食べてくれると思うぞ」

「なるほど……。そしたら何を作って持って行きゃあいいだろう?」

「小咲の好物とかでいいんじゃないかな?」

「好物か……。小野寺の好物って何だろうな」

「いや、知らないのか」

「そ、そういや小野寺の好みの食べ物とかって聞いたことねえなって……。樹なら、何か心当たりあるか?」

 

 全く、どうして好きな子のそういうことはこれまで聞いてこなかったんだか。

 楽の奥手ぶりに若干呆れるものの、せっかくオレを頼りにしてくれているので、小咲の好みが特別変わっていないことを願いながら、思いついたものを口に出そうとする。

 すると、先に教室に辿り着いてたらしい集がこちらに呼びかけてくる。

 

「おい、楽、樹!小野寺が体育で倒れたって!」

 

 どうやらこちらが思っていた以上に小咲は無理をしてしまっていたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「小野寺、大丈夫か……?」

「……え?何が?全然大丈夫だよ……?」

 

 休み時間のチャイムが鳴り終わった後も机に突っ伏していた私に、席が隣の一条くんが心配そうに声をかけてくれる。

 私は辛うじて顔を一条くんの方へ向けて、頬をべったりと開きっぱなしのノートにくっつけながら応答するのにとどまる。

 昨日はダイエットのため朝ごはんを抜いたせいか、一条くんの前でお腹がなったり。 

 隠れて早弁しようとするところを一条くんに見られたりして恥ずかしい思いをしたり。

 千棘ちゃん達とのケーキバイキングも断ってしまい申し訳ない気持ちもしたり…。

 加えて、水泳の授業では力が入らず溺れてしまう始末で、挙句の果てには、家に帰って体重計に乗るとさらに体重が増えてしまっていた。

 なので、私の心はどんどんと沈み込んでいった。

 

「なっ……!なぁ小野寺!」

 

 そんなすっかり絶望したような私に一条くんが声をかけてくれる。

 

「前にさ、オレがこんにゃくの煮付け作ってきたの……覚えてるか?」

「……覚えてるけど……」

 

 確か一年生の時に、一条くんが珍しくお昼ご飯を一緒に食べようって言ってきた時だっけ。

 あのときは朝の占いの結果を真に受けて、一条くんにたくさん迷惑かけちゃったな。

 

「でよ、今度は樹に小野寺の好みを先に聞いて、こんなの作ってみたんだけど……」

 

 樹君の名前が出てきて私は物凄く気になったが、つっこむ間もなく一条くんは鞄の中からタッパーを取り出し、蓋を開けて私の方へ差し出してくる。

 

「大学いも、食べてみてくれるか?」

 

 な、なんでこんな時に……!?

 目の前にいきなり私の大好物が飛び込んできたので、どうしようもなく食べたい気持ちが溢れてきてしまう。

 そこから漂ってくる良い香りから、見ただけでも美味しいと分かるあたり、さすが一条くん……!

 まさかコレ…、私の為に……!?

 そこまで思考が行き着くと、体重のことを思い出す。

 今日は何にも食べないという今朝の決意を取り戻そうと、何度も頭を左右に振りながら葛藤する。

 

「……お……小野寺?」

 

 でも、せっかく一条くんが作って来てくれたんだし、一口くらい……。

 

「いやあの、無理にとは言わねーけど……」

 

 一条くんからの言葉で、私は現実に引き戻されたかのように、大学いもへと無意識に伸ばした手をピタリと止める。

 

「あ……ご……ごめん、一条くん……。実は、今、食欲……なくて……」

 

 何かとんでもないようなことをしようしていた罪悪感のようなものが、私の心の内を埋め尽くしていくの感じながら、私は少しづつ後ずさる。

 

「食欲なくてゴメンナサ~~イ!!」

「えぇ!?ちょっ……!?」

 

 耐えきれなくなった私は、一条くんの制止も振り切って、教室の外へと駆け出して行ってしまう。

 しばらく廊下を駆け抜け、中庭に出る校舎間の連絡通路までやって来てから、通路の壁に少しもたれて中庭の芝生の上に体操座りをしながら、一つ溜息をつく。

 

 食べたかったな……。

 絶対美味しかったのに……。

 せっかく一条くんが作ってきてくれたのに……!!

 

 一体何をやっているのだろう。

 占いの時と一緒で、私の勝手で空回りして、また一条くんのこと傷つけちゃった。

 何て謝ろうか、また食べさせてくれるくれるのだろうか……。

 そういえば一条くん、私の好みが大学いもだって、樹君から聞いたって言ってたっけ。

 樹君、今でも私の好み覚えててくれてたんだ……。何だろう、すごく嬉しいな……。

 

「って、うひゃあ?!」

 

 すると突然、頬にピトッとひんやりとした感触がして、反射で思わず声が出てしまう。

 

「全く……、何やってんだ小咲」

「い、樹君!!?」

 

 振り向くとそこには、お茶のペットボトルを私の頬につけながら、壁をまたいでこちらをどこか呆れたように覗いてくる樹君の姿があった。

 

「あんまりの勢いで教室を飛び出していくから、追いかけてきたんだよ。…全く、楽にも言ってあったんだがな……。あ、そのお茶やるから」

「あ、ありがと……」

 

 ジト目を少しも崩さないまま、樹君は私にペットボトルを渡してくれる。

 つい樹君のことを考えていたところに現れたので、私は心臓のドキドキを抑えきれないまま、ただただ樹君に従いそれを受け取る。

 

「あのな、小咲」

「う、うん」

 

 樹君が今度は真剣で澄んだ表情をするものだから、私はたじろいてしまう。

 

「それなりに理由があってもさ、さすがに逃げ出してきてしまうのは、いくらお人好しの楽でもさすがに困ると思うぞ。楽はな、昨日も小咲の様子が変だってオレに言ってきてたし、今日なんて君のために大学いも作って持って来たんだぞ」

 

 表情を崩さないまま、けど口調は少し穏やかに語りかけてくれる樹君に対して、私は一条くんへの罪悪感や申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。

 

「だからさ、今日のところは、楽に一言言ってから、大学いも食べさせてもらいなよ」

「そ、そうだね……」

 

 こうなってしまうと、私は樹君の言葉に頷かざるを得ない。そういえば、小学生のときも、私が落ち込んでいたり悩んでいたりしたときに、樹君はこうして声をかけてくれたっけ。

 

「それにな、小咲細いんだから、ちゃんとご飯食べてくれないと心配なんだ」

「え?」

 

 小学生の記憶を掘り起こそうとしていた私の耳に、樹君のそんな一言が飛び込んでくる。

 ビックリしたのと同時に、これまで私を埋め尽くしていた負の感情が一気に溶けてなくなってしまうかのような、ほの温かい気持ちに身体が包まれる。

 

「……どうした?急にニヤニヤしだして」

「ううん、何でもないの」

 

 やっぱりあなたはスゴイな。

 こんな私の悩みなんて、あの頃と同じくまるで魔法のように溶かすことができるのだから。

 

「心配してくれてありがとね、樹君。もう大丈夫だよ」

「どういたしまして」

 

 温かな気持ちのままの表情を樹君に向けると、樹君も表情を柔らかくし応えてくれる。

 

「それとね、覚えてくれてたんだね、私の好み」

「ああ、良かったよ。小咲の好みが変わってなくて」

「ふふふ、こういうの結構嬉しいんだよ」

「そうか、尚更良かった」

 

 すっかり私もいつもの調子が戻り、樹君との間でまた心地の良い会話を交わす。

 樹君と一緒にいると、ドキドキとポカポカが入り混じったような何とも言えないような気持ちになれて、この時間ができるだけ長く続くといいなって考えちゃうな。

 

 樹君との間では余計に恥ずかしがることなく、ドキドキしながらも割と自然に接することができるのに。

 どうして一条君との間では、恥ずかしくなってどこかぎこちなくなることが多くて、樹君と再会してからそれを残念に思うことが増えてきたのだろう。

 一条くんは優しくて素敵な人だ。それに、あの約束の男の子かもしれない。

 でも、今は一条くんに恋をしているというよりも、一条くん言い換えれば約束の男の子との恋に恋しているだけなのかもしれない。

 それに、あの絵本の中の王子様のような存在は、小学生の頃からずっと樹君で、今だって樹君は私にとって……。

 

 ……ああ、そうか。樹君を王子様だと幼心に想い、投げつけることのなかったあの頃の気持ちが、一度は諦めていたけど消えることなく残り続けていたから。

 こうして更に成長した王子様と再会し、改めて恋心として浮かび上がってきているのだ。

 

 どうしよう。

 そう意識し始めると、今こうして樹君と並び歩いているこの状況が、何だか恥ずかしくも、嬉しくも、楽しくも、とより一層感じられるようになった。

 心臓の鼓動はどんどん高まり、頬がどんどん熱くなるのを感じる。

 ずっとこのままでいたい気持ちと一度ここから逃げ出したいような気持ちがぶつかり合ってしまう。

 けれど、その心の騒ぎ様が不思議と嫌じゃなくて、むしろそのくすぐったい感じが愛おしく思える。

 

 そんなことを考えていると、いつの間に教室に辿り着いたのか。私は教室の扉の前にいて、樹君は一条くんのところへ向かい何かを言った後、こちらの方へ手招きしている。

 

 あの手に触れることが、包まれることができるのは、今度はいつになるんだろう。

 

 一条くんにどう謝ろうかを頭の片隅で考えつつ、私の頭の大半は樹君のことで埋め尽くされてしまっており、この熱はどうにも今日のうちは引いてくれそうにもない。

 

「小咲、楽に言うことあるんだろ?」

「……うん、そうだね」

 

 一条くん、ごめんね。

 るりちゃんにもまた話さなきゃ。

 

 教室の窓から見える良く晴れた空には、積乱雲が高く高く立ち上ってきている。

 

 




 第九話『コウブツ』をご一読下さり、ありがとうございました。

 いかがだったでしょうか?

 斜面を転がりだした球は、摩擦がない限り、止めようがありません。

 それでは、また次のお話で。
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