レンガ造りの建物が多く立ち並ぶ間の狭い路地裏をすり抜けていく。この辺りを通るのは毎日の事だから、迷うなんてことはあり得ない。
表通りを通ればわかりやすいんだけど、人通りが多いから疲れるんだよね。
ひょいひょいと角を曲がり、目的地の扉へ。少し回りにくい鍵を回して建物の中に入る。ついこの間油を刺したばかりなのに……。そろそろ交換するかぁ。
中に入ってすぐに目に入るのはカウンターと、酒瓶がいくつか納められている古ぼけたバックバー、そして小さな調理スペース。
表の大窓から日の光が入ってきているといっても奥、つまり今しがた入ってきた裏口側は少し薄暗い。なのでポケットからマッチを取り出して、吊るしてあるオイルランプに火をつける。
これは昔客船で使われていたアンカーランプで、数年前のマキナタの骨董市で購入したもの。中々自慢の逸品なんだ。使う道具はお気に入りの物で揃えるのが仕事に精を出すための僕なりのコツ。
ちなみに、察しの良い人ならわかるだろうけどここが僕の店。といっても、料理店とかバーってわけではないよ。
座ることができるスペースはこのカウンターのみで、少し広めのフロアには等間隔に棚が並んでいて、そこにはグラスがたくさん。
そう、僕の店はグラス専門店。「あなたの口当たりを探そう」ってのがキャッチコピー。
お客さんには最高のグラスを持って帰ってほしいから購入前に一度、酒やジュース、なんなら水でもなんでもいいから注いで一度口につけて貰うってのがポリシー。
だから店の奥にバースペースがあるんだ。あんまり酔ってグラスを割られると困るから何杯も飲ましたりはしないけどね。
ゆらゆらと揺れるランプの灯りに反射して、店内のグラスが煌く。僕はそれを眺めながら各棚のディスプレイが崩れていないかチェック。
そして最後に、喧騒が聞こえてくる表通り側の扉の鍵を空けて、店前の看板の「CLOSE」を「OPEN」に変えれば開店準備はおしまい。
それではグラス専門店「薄氷堂」、開店です。
ハクメイとミコチ 二次小説「日々是好日」
「薄氷堂」
普段は店で販売しながらグラスの修理を請け負ったり、飲食店にグラスを卸したりして生計を立てている。
マキナタは旅人の街ってことで色んな種類の飲食店がいっぱい開店されるから、こう見えても需要はある方なんだ。
おかげで平日はのんべんだらりとグラスを磨いたり商品の入れ替えをしたりして、偶にお客さんの相手をするだけでいい。
一日の間に10組も来てくれたら「おっ、今日は少し忙しいな」ってなる具合かな。
だからいつも店内をブラブラして、あちこちから買い付けたグラスを眺めて偶に手に取ってみる。
少し埃が溜まっちゃってるかなってグラスはカウンターに持って行き、後でまとめて手入れするんだ。ちょっとくらいならその場でやるけどね。
でもそんなルーティンも午後になってくればやりつくしちゃうわけで。もはや僕ができることはカウンターを隅から隅まで丁寧に拭きあげることしかない。
「今日は暇だなぁ」
何と本日のお客さまはゼロ。もう開店時間は残り二時間程なのに。
偶々昨日の内に納品も終わり、依頼されてたグラスの金継も終了済み。
無聊を慰めようと、ドライトマトとジャガイモを取り出してざくざくと切っているとドアベルが鳴った。
「おー、なんかいっぱいあるぞミコチ」
「ちょっとハクメイ、いきなり離れないでよっ!……こ、こんにちは」
「いらっしゃい、ようこそ薄氷堂へ」
手を拭きながら店口に顔を出しに行くとお客さん二人。先に入ってきた豪胆ぽい子は水色主体のスモック風。後から来た個は赤い帯がワンポイントの着物風だ。
どうやらハクメイさんとミコチさんって名前みたいだね。
「なかなかな品揃えだな」
「結構あちこちで買い付けてるからね。アンティークからデザイナーものまで幅広くあるよ」
「あっこのグラス可愛い……」
「少し面倒かもしれないけど買う前に一度試飲してもらってからお会計する感じでお願いね。水だけでも良いからさ」
「試飲させてくれるのか?」
「うん、グラスって人によって好みの飲み口変わるでしょ?だから試すべきってのが僕のポリシー。気になったのがあったら持ってきてね。店の奥にいるからさ」
うちの基本ルールを伝えてからバースペースに戻る。さっき中途半端に準備しちゃったしちゃちゃっと終わらせようか。
フライパンにオリーブオイルとざく切りにしたニンニクを投入。しっかり香り出しをしていく。
十分に香りがついたらまずは下茹でしたジャガイモを放り込み、焼き色が付くまで少し待つ。
良い感じになったらドライトマトと刻んだ唐辛子を入れて軽く炒めて、塩コショウを少々振って完成。
「なんだなんだ、ここは飯も出してるのか?」
「違うよ、さっきまですっごく暇だったから作ってたんだ。ところでお気に召したものは見つかったかい?」
「えぇ、色々と。これとかもう一つある?棚には一つしかなくて……」
「うん、その系統のゴブレットならいくつかあるよ」
「これうちの地元の方で掘り出されたやつだな。前行った町で見たことあるぞ」
「無骨な見た目たけど銀化してできた色味が綺麗でね。お姉さんムカクの人?」
「そうそう。私はハクメイ。こっちは……」
「ミコチよ。よろしく」
「僕はヒムロ。ここのオーナーやってるよ。よろしくね、ハクメイさん、ミコチさん。あっ僕のことは呼び捨てでいいからね」
「私たちも呼び捨てで良いわよ?」
「さん付けは僕の性分なんだ」
お互いに手を差し出して握手。どうやらいくつかグラスに目をつけてくれたみたいなのでカウンターへご案内。
「これメニューね。ポン酒から火酒、ビールやリキュール各種。わりと種類あるよ、もちろんジュースも」
「ホント、こっちの品揃えもすごい豊富ね」
「本格的に飲み屋じゃないか」
「でもお酒は三杯までね。あくまで試飲だし、べろべろになって棚を倒されたら一大事だ」
「ハハッ、それもそうだ」
ハクメイさんが笑う横でミコチさんは思案顔だ。メニューとにらめっこしている。
「うーん、私はオススメでいいかなぁ。ハクメイは?」
「ビールで!珍しいやつ!」
「それじゃあミコチさんはグラスにちなんだ、ムカク産のワインにしよっか。ハクメイさんは……よし、こいつだな」
受け取ったグラスを軽く水洗いして丁寧に拭き取る。その後に注文された酒を注いでご提供。
「お待たせ」
「これまた変わったものが出てきたな」
「なんか赤いね、そのビール」
ハクメイさんがぐびっと一口。「甘酸っぱいけどうまいな」
「でしょ、カシスの果汁が入ってるんだ」
「へぇ……あっこのワインおいしい」
「それは重畳」
「でも飲み口がちょっと厚いわね。うーん、このグラスは……」
「まぁ年代物だし作りがちょっと甘いかも。後二杯までは別のグラスで飲んでもいいよ。折角だから色々試していってね」
「ありがとう、じゃあ今度はこっちのグラスでお願い」
「同じの飲む?」
「フフッ、まだグラスに残ってるわよ。飲み干すまでに考えとく」
「それもそうだね」
残念ながら一つ目のグラスはお気に召さなかったみたい。グラスの好みは千差万別。それがおもしろい所なんだよね。
「ところで、結局そこで出来立てのヤツは相伴にあずかれるのか?」
「えっ……あぁ別に良いよ」
「こらハクメイ。ごめんねヒムロ」
「いいよいいよ、気にしないで。暇つぶしに作ったもんだし。でも僕も食べるからね」
ハクメイさんに催促されたし、さっきの炒め物を大皿に盛ってカウンターに置く。
「それじゃ早速……あむ」
「私も貰おうかな……はむ」
「よいしょっと……もぐ」
三人同時に口に運んでもぐもぐ。うーん、これは。
「「「いまいち」」」
皆一様になんとも言えない表情に。あんまり分量とか計らないから適当に作るものはいつもこんな感じなんだ。
おいしいかいまいちか、大体フィフティフィフティ。
「これは芋のゆで過ぎか?なんかべちゃってしているぞ」
「いや、そもそも下味があんまりついてないのも原因の一つね。にんにくも火が通り過ぎてて少し焦げ臭いし」
「こんなの出しといてなんだけど君ら中々図太いね」
さて、どうやら食には一家言あるらしい二人がどうすれば美味しくなるか議論を始めている。少し肩身が狭いぞ。
まぁ、本職じゃないしご愛敬てことで!
今回も読んでいただきありがとうございます。
妄想を文章に起こすのって難しいですよね。
皆さん凄いなって思います。