寝て起きたら異世界に転生していた。
それも女の子として。
しかも生まれたところがよりによって、治安が最悪の島であった。
両親はいなかった為に彼女は子供のうちから、自分の食い扶持を稼ぐ為に働きたかったが、子供をわざわざ雇う者はどこにもいなかった。
路地裏でゴミ箱を漁るという毎日であったが、やがて彼女は現状にブチ切れた。
このままでは遠からず死ぬ――!
どうせ死ぬなら野となれ山となれ――!
ちょうど良く港に停泊している海賊船に忍び込んで、財宝掻っ払ってきてやる――!
我慢に次ぐ我慢を重ねてきたが故に、それが爆発したときの彼女は精神的な意味で無敵になった。
恐怖心は消え去り、残ったのはたった一つ。
やればできる――というイケイケ状態に陥ってしまった。
計画とかそういうものは何にもなく、行き当りばったりで搬入される木箱の中に隠れて海賊船に忍び込んだ。
しかし、彼女は知らなかった。
この島が新世界と呼ばれる海域にあり、島にやってくる海賊は腕利きしかいなかったことを。
「楽しい追いかけっこも終わりだ」
船長の宣言に船員達のゲラゲラと笑う声が周囲に響き渡る。
あっという間に見つかって、船内を逃げ回ってようやく辿り着いた財宝が保管されている船倉。
しかし、それは明らかに誘導されたものだと気づいたのは船倉に入った途端に撃たれた為であった。
どうやらここに船長と船員達が集結しているようだ。
暇潰しに侵入してきた彼女を嬲り殺す為に。
「といっても、お前の命もあと僅かだな。痛いだろう?」
船長の問いかけに彼女は答えられない。
あまりの痛みにうめき声を上げるだけだ。
そんな彼女を船長は蹴り上げれば、そのまま財宝の中に飛び込んだ。
「おら、欲しいだろう? 軽く数千万ベリーはあるからな。まあ、死んだらカネは使えねぇから、死ぬまでは楽しみな」
せめてもの慈悲だと告げる船長に、船員達は歓声を上げる。
痛みに苦しみながらも、彼女は目の前にあったものに目が点になった。
それはどうやら宝箱に入っていたらしく、近くに小さな宝箱が転がっていた。
奇妙な模様が入った毒々しいキノコっぽいものであった。
全体的に血のように紅く染まっており、食べたらヤバそうな雰囲気しかない。
だが、彼女にとってはそれがたまらなく美味しそうに見えた。
マトモなものを食べてこなかったが故に、せめて死ぬならこれを食ってやろうと彼女は思い、最後の力を振り絞ってそれを両手で掴んで齧りついた。
血のような味がして、めちゃくちゃに不味かったがそれでも空腹で死ぬよりはマシ。
彼女はそれをあっという間に食べ終えた。
何故か食べた瞬間から痛みが無くなり、身体がスゴく軽くなった。
「あの悪魔の実を食べやがったのか!?」
船長が叫ぶ。
しかし、彼女からすれば何を言っているんだ、と思いつつ立ち上がって――そこにいた彼らが何故かとても美味しそうに見えた。
彼女の気分的には空腹時、レストランの前で食品サンプルを見るような感じである。
「見るからにヤバそうな実だったから、売っぱらおうとしていたのに……」
船長からすれば、目の前のガキが能力者になったことよりもそっちのほうが大事だった。
軽く見積もっても1億ベリーの損失だ。
見た目から食べたら危険だと誰もが思うものであったが為、まさか死にかけのガキがそんなことをするとは思ってもみなかった。
過ぎてしまったことは仕方がない、ととりあえず船長は死にかけの彼女にとどめを刺そうとして銃を構えて撃つ。
狙い過たず、その心臓を弾丸は貫いたのだが――
「ちょっと痛い」
血が出たが、それだけだった。
彼女は小揺るぎもせず、立っていた。
しかし船長も船員達も動揺することはない。
「キノコだったから、ヒトヒトの実の何かだと予想していたんだが特に何も起こらない……? まあどうでもいい」
新世界でそれなりに名が売れ始めている彼らからすれば、強大な能力者を相手に戦った経験も当然あった。
その為に恐れも焦りもなく、冷静であった。
しかし、それが悲劇になってしまう。
能力者を封殺するには海楼石が有効だが彼らは持ってなかった。
しかし、もっと手っ取り早くここで海に落とせば悲劇は防げたかもしれないが、なまじ実力に自信があった為に小癪な子供を自らの手で殺そうと思ってしまった。
船員の1人が剣を抜き放って武装色の覇気を刃に纏わせて彼女の首を飛ばした。
それは見事な早業であり、これで終わりだと誰もが確信する。
首を切られて生きている人間なんぞ存在しない。
ましてや覇気を纏っていることから、
悪魔の実を食ってすぐの子供がどうにかできる実力差ではなかった。
普通ならば。
しかし、信じられないことが起こる。
飛ばされた頭部は風船が破裂したかのように弾け飛ぶ。
飛び散ったものは全てが血液へと変わりつつ、頭部のない胴体へ向かって集まり始めたのだ。
船長達は誰もが目を離せず、そのまま見ているしかない。
やがて、血が切断面に集まって球体を作っていき、やがてそれは彼女の頭となった。
「殺せ! こいつを殺せ!」
船長の一言に船員達が彼女へと飛びかかった。
何かの間違いだ、そんな筈はない、といくら何でも予想外過ぎる事態に視野が狭まってしまう。
しかし、何故か彼女は恐怖どころか脅威すらも感じておらず、鴨が葱を背負って来たとばかりに笑みを浮かべた。
そして、彼女は両手を合わせて告げる。
「頂きます」
挨拶は大事であった。
「ぬわぁああああ」
船倉で海賊共を美味しく頂いて甲板へと出た彼女は日光にやられて叫んだ。
慌てて戻ったところで、彼女は焼けた皮膚を見た。
すると、皮膚は早回しのように有り得ない速度で再生している。
「……どう考えても吸血鬼だ、これ」
吸血鬼になってしまったこととか色々なことへの絶望とかショックはない。
彼女にとって、そんなことなどどうでも良く、大事なことは予想外な力が手に入ったことだ。
せっかくなので座り込んでこれからのことを考える。
「知識が足りない……」
マトモな教育なんぞ受けられなかったために、この世界の常識というか基礎知識というかそういうものが圧倒的に不足している。
海賊が言っていた悪魔の実というのも知らない。
次に必要なのはやっぱりというか力だ。
先程の戦いは酷いもので、彼女にはノーガード戦法しかなかった。
というよりも海賊達の剣やら何やらの振るう速度が速すぎて目では追えないし、一撃でも受ければ真っ二つだしで何もできなかった。
吸血鬼の不死性と驚異的な再生能力を生かして身体を犠牲に相手に噛み付いて血液を一気に吸うことでどうにか勝利できたが、早くも弱点の一つは明らかになった。
日光に当たると焼けるのは確定した。
おそらく銀製のものや祝福を受けたもの、十字架で傷がついたり、心臓に杭を打ち込まれたり、流水を渡れなかったり、ニンニクに弱かったりと強大であるが故に弱点も多い。
だが、こちらに関して望みはある。
こんな漫画みたいなぶっ飛んだ世界なんだから、こちらも前世にあった漫画で見たものを参考にして鍛えればそういうものは克服できるかもしれない。
日光や銀とかそういうのが効かない吸血鬼なんぞ、漫画やらアニメやらにはゴマンといる。
試してみる価値はあるだろう。
「どうやって知識を得たり、身体を鍛えたりとかしようかな……」
そこで彼女は閃いた。
幸いなことに船倉には財宝がたくさんある。
あれを使って家庭教師を雇えばいいのではないか、と。
できれば物事に精通していて、腕っぷしも強いヤツが最高だが、そんなに都合良い輩がいるわけもない。
いたとしても、こんな島に来る輩なんぞ海賊くらいなものだ。
海賊に財宝を献上して教えてもらう――?
財宝だけ頂かれるのがオチである。
かといって人脈なんぞもない為、じっくりと腰を据えて――
「おい、そこのガキ。この船に乗っていた海賊共はどこ行った?」
突然話しかけられて、彼女はビクッと震え上がった。
そこにいたのは――見るからに海賊といった風貌の男で髪がうねって逆立っているのが特徴的だ。
彼を見ながら彼女は答える。
「あの世に送ってやった」
すると男はゲラゲラと笑う。
「ということは先を越されちまったか? 俺も狙っていたんだがよ」
「財宝のこと? 悪いけど、私が手に入れたから……」
彼女の言葉に男は手を左右に振る。
「違う違う。そっちじゃない、そんなのよりももっとすげぇもんだ」
「すげぇもん?」
そんな財宝あったかな、と首を傾げる彼女に男は告げる。
「見るからに食ったらヤバそうなキノコみたいなやつ、無かったか?」
「空腹過ぎてどうせ死ぬならって思って、さっき食べた」
「……お前、狙ってきたんじゃないのか?」
男の問いに彼女は答える。
「こちとら孤児で長いこと路上生活で毎日ゴミ箱漁りの日々! このままじゃ遠からず死ぬ! どうせ死ぬなら一花咲かせて後は野となれ山となれ! そんなもんよ!」
男は盛大に笑う。
「お前、ガキの癖にクソみたいな度胸があるな」
「我慢に我慢を重ねて、ブチ切れたら極端なことに走るのは誰だってそうだと思う」
「違いねぇな……ってことはお前、食ったんだな? 悪魔の実を」
「食べた。何かスゴイことになったんだけど」
「だろうな。お前が食ったのは
彼の言葉に彼女は頷きつつも尋ねる。
「私を憂さ晴らしに殺す?」
「そんなチンケなことはしねぇよ。それよりも提案がある……」
ずいっと彼は彼女に近づいて、真っ直ぐに瞳を見つめる。
「お前、マトモな教育を受けたこともうまいメシも食ったこともなかったんだろ? 俺には儲け話があってな。それに協力するならお前を教育してやるし、うまいメシも食わせて、甘い汁もたんまり吸わせてやる」
「私が言うのもなんだけど、会っていきなりそんなことを言う人物を信じられると思う?」
問いに彼は笑い、そりゃそうだと頷く。
「そういう警戒心があるヤツは嫌いじゃねぇ。誰だってそうだ、俺だってそうだな……だが、俺の提案はお前にとって悪くねぇ話だ」
「悪くない話だけど、どうして? 私が悪魔の実を食べたから?」
「それもあるが、破れかぶれになって海賊船に突っ込むような馬鹿は嫌いじゃねぇってのが理由だな」
「……どうせ行くところもないし、あなたのところでお世話になるわ。ただし、私を世界最強になれるくらいに教育して鍛えて欲しい」
「おうともよ。お前、名は?」
名前と言われて彼女は気がついた。
自分の名前なんぞ生まれてこの方、呼ばれたことも尋ねられた事もなかった。
何かいいものはないか、と彼女は考えて――
「ルナテミシアにする」
吸血鬼といえば月、月といえばアルテミスという連想に月の呼び方を加えた名前だ。
しかし、男はそんな彼女の考えなんぞ知ったことではない。
「なげぇ! 変えろ!」
「うるせえ馬鹿野郎! 頑張って考えたんだぞ! こちとら生まれてこの方、名前を呼ばれたことも尋ねられたこともなかったんだ!」
怒った彼女の反論に男はハッとしたのか、頭をかく。
「……すまねぇ。お前、ぼっちだったんだな……」
「合っているけど間違っているから!」
それから10分くらい、ギャーギャー言い合いながらも彼女はようやく彼も納得した上で名前を決めた。
その名はルナシアである。
名前も決まったところで、彼女――ルナシアは尋ねる。
「で、あなたの名前は?」
「俺はロックスだ」
「……どっかで聞いたような名前な気がする」
首を傾げる彼女にロックスはゲラゲラ笑う。
「俺の名を知って、そんな反応をするヤツは初めて見た。おもしれぇ奴だ……女にしておくにはもったいねぇ」
ロックスの言葉にルナシアはどうやら彼は有名人らしいので、とりあえずサインをねだることから始めようと思ったのだが、彼女は共に過ごすうちにあることに気がついた。
「ロックス、あなたって1人で海賊やっているの?」
「当たり前だ。それで十分だからな」
ロックスの言葉にそれもそうだ、とルナシアは納得してしまう。
彼についていくことに決めて2週間が経過していた。
この間、彼についてあちこちの島へと赴いたルナシアは彼についてよく知ることができた。
彼は一言で言えば――良い意味でデタラメであった。
絵に描いたような海賊の親分みたいな性格で、自分の力を思う存分に振るって殺し略奪なんでもやりたいことをやる。
しかし、その一方で人を惹き付けるカリスマ性があり、器のデカさも半端ではなかった。
そして口こそ悪いが、博識で更に教え上手であり、ルナシアが最初に望んでいた物事に精通していて、なおかつ腕っぷしも強いという条件を完璧に満たしていた。
「そういや儲け話だがよ。その儲け話の為に海賊団を作る。お前は最初の船員ってことで副船長にしてやる。どうだ? 嬉しいだろ?」
「それは光栄過ぎて涙が出てくるわね。でも弱かったら舐められると思う」
「分かっているじゃねぇか。3年以内にそれなりに強くなれ。でないと海に放り込むからな」
ロックスは冗談めかしているが、ルナシアは本気でやりそうだと感じていた。
海に放り込まれると1人では出ることができず、死ぬことになるだろう。
どこぞの宇宙に放り出された究極生命体みたいなことになるのは勘弁願いたいので、ルナシアはこれまで以上に必死にやろうと覚悟を決めた。
「それじゃ、今日から日光の克服訓練を始めるか」
日傘を差すという簡単な方法でとりあえずの対策はできていたが、そんなものを差していては戦闘なんぞできない。
「何かいい方法はある? 覇気とかっていうのを纏ったりとか?」
「悪魔の実には覚醒っていうのがあってだな、そうなると大きくパワーアップできる」
「つまり?」
「よく聞く話だが、死にかけたり窮地に陥ったりすると覇気が使えるようになったり、覚醒したりするらしい。一番手っ取り早いよな?」
「嫌な予感しかしないんだけど……」
「大丈夫だ、お前は死なねぇ!これはお前にしかできねぇ訓練方法だ……!」
「不死身なら、殺されることに精神的にも身体的にも慣れてしまって意味がなくなるとか……」
「安心しろ。死んだほうがマシだと思えるような痛めつけ方を俺はたくさんできる。慣れさせやしねぇよ」
そう言ってあくどい笑みを浮かべるロックスにルナシアは諦めることにした。
なのでせめて口だけでもカッコいいことを言ってみせる。
「かかってこい! 相手になってやる!」
「おらいくぞ! お前がどこまで不死身か、俺が試してやる!」
ロックスもノリノリでルナシアに襲いかかった。
そして2人は三日三晩に渡って――ルナシアは日光に焼かれながら――戦ったが、それはロックスによる一方的なものになったのは言うまでもない。
戦闘が終わったのもロックスが腹が減ったと言って攻撃するのをやめた為だ。
ロックスに対して頑張って攻撃をしたり、攻撃を避けようとしたり戦闘における基礎を覚えようと彼女は必死だった。
3日間で数え切れない程殺され続けたのだが、それでもルナシアは死ななかった。
ロックスは大いに満足して、これまでの座学に加えて戦闘訓練という名の殺し合いも日課に加わる。
それから程なくして、ロックスを狙ってきた海賊や賞金稼ぎの相手までするようになったのは自然な流れであった。
そんな毎日を送っていると、いつの間にかルナシアは日光に当たっても大丈夫なようになっていた。
今度は流水を克服するぞ、とロックスは宣って戦闘訓練の最中に川に放り込まれる回数が激増した為、ルナシアは泣いた。
彼女にロックスをどうにかできるわけもなかったので、やるしかなかった。