海賊らしからぬ海賊   作:やがみ0821

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戦いの終わり

 数多の将官達を相手にルナシア以下ロックス海賊団の面々は奮闘していた。

 個々人の実力では拮抗もしくは圧倒しているのだが、あまりにも数が違いすぎた。

 

 とはいえ、海軍の戦力が多いことは不思議ではない。

 広大な海を海賊から守る為、必然的に海軍は世界に類を見ない程の巨大な武装組織であり、そこに属する将兵も膨大だ。

 兵の数が多くなれば指揮を執る将校もまたそれに伴って増大する。

 指揮系統の集約・明確化の為に大将は3人で、その上に立つ元帥は1人と限定されているが、中将以下の将官達はそれこそ二桁では到底収まらない程に存在する。

 

 そして、ゴッドバレーに集められたのは新世界の海賊共であっても対抗できる精鋭の将官達。

 

 センゴクは天竜人をロックス海賊団から守るという名目で、将官を引き抜けるだけ引き抜いていた。

 天竜人を守るというのは海軍側がどう思っているかはともかくとして、組織上は何よりも優先されるものであり、表立って異を唱えることなどできようはずもなかった。

 

 ロックスがゴッドバレーを狙わないという可能性もあったが、天竜人の団体客がゴッドバレーに来るのならばロックスが狙わない理由がないと考えたのだ。

 マリージョアよりもよほどにゴッドバレーの方が地理的にも手を出しやすい。

 

 そのような判断の下でセンゴクは動いていたのだが――予想外のことが起きていた。

 

 ロジャー海賊団の乱入は――まあいいとして、問題はロックス海賊団が予想以上に粘っていることだ。

 

「時間は我々にとって有利な筈だ……!」

 

 額から血を流しながら、センゴクはそう呟く。

 大仏となってロックス海賊団でもっとも厄介なルナシアと彼は戦っていたが、今は少し離れたところで怪我の手当をしてもらっていた。

 

 今、ルナシアと戦っているのはゼファーとレイリーのタッグだ。

 戦闘開始から少しの間、最上大業物の黒刀・夜と思しきものを振るっていた彼女だが、今は見慣れぬ刀を振るっている。

 特注で作ったか、あるいは世に出ていない最上大業物でも拾ってきたのか、出処はどうでも良かったが、夜を振るっていたときよりも動きが良い。

 なお、彼女の夜は船に放り投げて突き刺さった状態になっている。

 いくら何でもその扱い方はあんまりだとセンゴクは思うが、ルナシアからすれば敵である海軍に取られるよりはマシという考えかもしれない。

 

 

 

 だが、ルナシアは無傷というわけではなく―― 

 

 

「センゴク中将! アレは何なんでしょうか!?」

 

 手当をしてくれていた衛生兵はルナシアを指差して叫ぶ。

 医学の知識がある彼からすればあの状態で動ける人間がいることが信じられないのだろう。

 ルナシアの肩や胸、腹部に背中といったところには合計6本の海楼石製の槍が突き刺さっている。

 それらは彼女の再生能力を阻害し、夥しい血を地面へ垂れ流し続けている。

 

 レイリーはともかくとして、ゼファーの両手にあるのは海楼石を使ったメリケンサックだ。

 彼の強さも相まって、あんなもので殴られれば並の能力者など一瞬でミンチになる。

 

 普通なら動けるはずがない。

 だがルナシアは重傷を負いながらも戦い続けている。

 目まぐるしくあちこちを動き回り、その様子はまるで怪我などしていないかのようだ。

 

「化け物だ。だから、ここで潰さねばならん」

 

 センゴクは決意を新たに、気合を入れ直す。

 そのとき、レイリーとゼファーにルナシアは前後から挟まれた。

 剣と拳、それらは彼女の死角となっている位置から振るわれ――

 

 センゴクは思わず目を疑った。

 死角であったにも関わらず、彼女は避けた。

 ルナシアは軽く跳んで身体を捻って、レイリーとゼファーの攻撃は空を切ってしまう。

 

 あることにセンゴクは思い至る。

 口に出さなかった自分を彼は褒めたくなった。

 

 見聞色の覇気を鍛えに鍛えると、未来予知の領域に達するという。

 戦闘開始直後の彼女はこんな動きをしていなかったと彼は記憶している。

 

 答えは一つしかないが、納得がいってしまう。

 これほどの激戦、後にも先にもない。

 ならばこそ、戦闘の中で成長しない方がおかしい。

 ましてやルナシアは再生能力を封じられ、死の危機に瀕している。

 そういう状態に陥ると、限界という壁を越えやすくなる。

 

 不死身性を封じたが、そのおかげでルナシアが成長したと口に出してしまえばこちらの士気が急低下するのは間違いない。

 

 数で押し潰す――!

 成長されて、手のつけられないことになる前に――! 

 

 そう覚悟しながらセンゴクは戦闘に復帰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勘弁してくれ――

 

 一方でルナシアはそんなことを思っていた。

 レイリーは自分を連れて行きたいらしく、センゴクとゼファーには攻撃せず、ただルナシアだけを狙った。

 センゴクとゼファーもここでレイリーまで敵に回すのはマズイと判断したようで、彼には攻撃を仕掛けていない。

 

 ニューゲートとシキとカイドウを敵に回して同時に戦うのよりはマシと思って、彼女は頑張っていた。

 なお、彼ら3人とリンリンは中将以下の将官達相手に互角か、やや優勢といった戦いを繰り広げていた。

 彼らは既に数十人は倒しているのだが、敵の数が減らない。

 他の船員達も伊達にロックスの船に乗り込んでおらず、敵とは互角といったところだろう。

 

 カイドウが満面の笑みで敵を殴り殺しているのを目撃したとき、ルナシアは彼を肉盾として使おうと本気で考えた。

 しかし、逃がさんとばかりにゼファーとレイリーが回り込んでくる為、近寄ることもできない。

 

 ルナシアにとって厄介であったのは海楼石製の武器だ。

 ワノ国と比べて海軍の海楼石の加工技術は劣るらしく、全体的に不格好で洗練されておらず、鋭利というよりも鈍らな穂先であるその槍をゼファーは片手で軽々と突き刺してくる。

 槍を突き刺しては殴って、槍を取りに戻ってまた突き刺して殴ってという繰り返しがゼファーの戦法だ。

 

 そこへレイリーやセンゴクが襲いかかってくるというどうしようもない状況だ。

 串刺しにされ殴られ斬られ、激痛に襲われながらも黄泉を振り回しつつ動き回る。

 

 足を止めた瞬間に殺されるとルナシアは直感していた。

 

 途中から敵の動きが未来予知みたいな感じで読めてきたが、こんなクソみたいな戦いならそのくらいのレベルアップはしてもらわないと困るというのがルナシアの心情であった。

 そんなときだった、レイリーが攻撃を止めて声を掛けてきたのは。

 

 

「私が言うのもなんだが……もういいんじゃないか?」

 

 このまま戦い続ければルナシアは死ぬ。

 レイリーからすると、ロックス海賊団のことを知れば知る程、何で彼女が副船長をやっているのかが不思議でならなかった。

 彼はちらりとセンゴクとゼファーを見る。

 

「センゴク、ゼファー。彼女を殺して彼女が食べた悪魔の実がどこかで生まれると面倒くさいことになるだろう?」

 

 レイリーの問いにセンゴクとゼファーもまた動きを止める。

 彼の言うことももっともであり、センゴク達もルナシアをなるべくなら生け捕りにしてインペルダウンにぶち込みたいというのが本音である。

 

「ここは間を取ってウチが引き取るという形で……」

「おい、どこが間を取っているんだ?」

「どさくさに紛れて何を言っているんだお前は……」

 

 センゴクとゼファーのツッコミにレイリーは朗らかに笑う。

 そんな彼らにルナシアは笑ってみせる。

 彼女の笑い声に3人は彼女へ視線を向けた。

 

「裏切りだけはしない。それが私の信念というやつよ」

 

 そう言って、ルナシアは黄泉を構えた。

 若干身体がふらつくが、まだ何とかなる。

 弱音を吐くよりも、こういうところでは敢えてカッコつけておいたほうが自分を奮い立たすことができる。

 故に彼女は激痛に苛まれながらも不敵に笑って挑発する。

 

「ブツブツ言ってないで、さっさとかかってこい。相手になってやる」

 

 そう言って中指を立ててみせるルナシア。

 レイリーは笑みを深め、センゴクは険しい顔で、ゼファーは感心したかのような顔で戦闘態勢を取ったが――

 

 

「おいやべぇぞ! ロックスが負けた!」

 

 そのときシキが叫んだ。

 彼はフワフワの実の能力で、空に浮かびながら斬撃を飛ばしつつ、島の中央で行われていた戦闘を見ていたが為に分かってしまった。

 

「寝言は寝て言え!」

「嘘じゃねぇって!」

 

 ルナシアの怒号にシキもまた言い返す。

 彼の言葉を裏付けるかのように、センゴクの下へ伝令が駆け寄る。

 

「報告! ロックスを討ち取りました! なお、島の中央部は被害甚大です!」

「だが、目的は果たした。あとは……」

 

 センゴクがそう言いかけたとき、別の伝令が血相を変えて駆け寄ってきた。

 

「報告! 滞在している世界貴族の方々より、バスターコールの発動要請です! 汚らしい海賊共を消し飛ばせとのこと! なお現在、センゴク中将以外に発動できる権限を有する者はおりません!」

「……さては何かをされたな」

 

 センゴクは冷静に判断する。

 発動要請とは言っているものの、実質的な命令に等しい。

 そして、元帥から権限を与えられているセンゴク以外に発動できる権限を有するのは三大将であったが、伝令の報告を聞く限りではおそらくそんなことができる身体ではないのだろう。

 

 

 島中央部の被害は甚大だが、天竜人に被害が出たとは聞いていない。

 ならば彼らが大事にしている遺跡とやらをロックスに破壊されたことで、怒り心頭であるのかもしれない――

 

 島周辺海域に集まっている軍艦は本来のバスターコールに用意される大型軍艦10隻程度では済まない。

 天竜人の警備の為という名目でロックス海賊団とその傘下にぶつける為に、集結させてあった。

 センゴクには報告がまだ入っていなかったが、ロックス海賊団傘下の海賊達は島に近づくことすらできずに艦隊により撃破されていた。

 

 集結している軍艦を全て投入すれば、ゴッドバレーという島が跡形もなく消える程の砲撃を加えることができるだろう。

 

 とはいえ、センゴクにとって天竜人に顎で使われるのは癪であった。

 立場上、従わねばならないが色々と思うところはある。

 それはほぼ全ての海兵に共通したものだ。

 

 正義を志してきた志願者が天竜人の所業を目の当たりにし、それでも彼らを守護せねばならないとなったとき、精神を病んでしまう者も多くいる。

 海賊と天竜人、どっちが悪であるかと問われた場合、海兵としてなら即答できるが、一個人として即答できる者はいないだろう。

 

「……ゼファー」

「ああ」

 

 気心の知れた仲であるが故に、互いに言わずとも分かる。

 天竜人からの余計な茶々がなければこのまま押し潰せた筈だ。

 だが、連中の命令を無視することはできないし、異を唱えることなど以ての外。

 味方の負傷者を犠牲にする覚悟でバスターコールを直ちに発動したところで、敵が逃げるのは避けられない。

 命令が下ってから軍艦が砲撃開始をするまで僅かな猶予がある。

 それは連中が逃げ出すには十分な時間だ。

 

 センゴクは指示を下す。

 

「バスターコールを20分後に発動する! 総員退避! 全員連れて行け! 誰も残すな!」

 

 海兵だけでなく、まるで海賊達にも告げるように彼は叫んだ。

 レイリーは笑い、ルナシアは目を丸くしながら問いかける。

 

「いいの?」

「私は味方が巻き込まれるのを防ぐ為に決断しただけだ。お前達がどうしようが知ったことではない」

 

 踵を返して歩いていくセンゴク。

 ルナシアは笑みを浮かべながら告げる。

 

「あなたは二つ名の通り仏だわ」

「……出頭するならいつでも応じる。覚えておけ」

 

 センゴクはそう言って去っていき、ゼファーもまた彼に遅れて去っていった。

 2人を見送ってレイリーはルナシアに問いかける。

 

「で、どうするんだ?」

「とりあえず逃げる」

「じゃあ、休戦だ」

「了解したわ」

 

 ルナシアは槍が身体に刺さったまま、歩いてかろうじて原型を留めているロックス海賊団の船へと戻っていった。

 既にその船体が浮き始めつつある。

 シキが能力を発動させたのだろう。

 

「……いや、槍は抜いていった方がいいんじゃないか?」

 

 レイリーは思わずそんなツッコミを入れてしまったが、彼女には聞こえなかった。

 しかし、ここから彼らロジャー海賊団は一苦労だ。

 来る時は軍艦に忍び込んだのだが、帰りは自力で包囲網を突破して船に辿り着かなければならない。

 

 センゴクに見逃してもらった以上、軍艦を沈めながら帰るというのも筋が通らない為、うまくやらなければならなかった。

 

 


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