「殺さないで……殺さないで……」
片手で首を掴まれて持ち上げられて、泣きながら懇願するのは大男。
彼は数十人の手下達を率いて、幾つかの島を縄張りとしている海賊団の船長だ。
新世界の海賊なだけあって、実力はそれなりにあるのだが――喧嘩を売ってきた相手が悪かった。
「女の子が言うならいいけど、筋肉ムキムキマッチョマンに言われるとちょっと何か……」
大男を軽々と持ち上げているのはルナシアだ。
彼女はこの海賊団が略奪をしていたところを幸運にも発見し、人気のないところに空から降り立ち、堂々と真正面からブチのめしていた。
「何でもしますから……お願いします……!」
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている大男はそう口走ってしまう。
「ん? 今、何でもするって……?」
「はい……! だから命だけは……!」
「じゃあ、今からあなた達は私の部下ね。心から忠誠を誓って、ついてくれば甘い汁を吸わせてやるわ。でも裏切ったり逃げたりしたら……分かっているわよね?」
獰猛な笑みを浮かべて問いかけるルナシアに大男は何度も頷いた。
「その、本当にありがとうございます。海軍もこの島のように小さなところには手が回らないみたいで……」
「いいのいいの」
ルナシアは町長からのお礼に手をひらひらさせて答える。
そんな彼女に町長は問いかける。
「ところであなたは……失礼ですが、あのルナシアさんでは……?」
「どのルナシアか知らないけど、ちょっと前に新聞に載ったルナシアは私ね」
ルナシアの答えに町長はあからさまに表情が強張った。
5億ベリーの賞金首で、ついさっきまで街を襲っていた海賊団の船長は7000万ベリーである。
危険度ではルナシアの方が圧倒的に上で、助けたお礼に何を要求されるのだろうか、と町長は戦々恐々だ。
「で、助けたお礼として……」
そらきたぞ、と町長は身構えつつも先手を打って告げる。
「何分、小さな島ですのでお金などは……」
「あ、そういうのはいらないんで。これに協力してくれれば」
ルナシアはそう答えつつ、懐から紙を1枚取り出した。
それは広告であった。
あなたの街を海賊から守ります!
料金応相談。カネ以外の支払いも受け付けます!
特産品といったものは勿論、小麦や材木などでも大歓迎!
開拓移民大募集!
一攫千金のチャンスをあなたにも!
私と交易しませんか?
適正料金を先払いでお渡しします!
不当な値下げを要求しません!
それを読んだ町長は胡散臭いものを見る目をルナシアに向ける。
しかし、そういう視線は彼女にとってもはや慣れたものだ。
「実はちょっと開拓事業をしていてね……できれば協力して欲しい」
そう言って頭を下げるルナシアに町長は困ってしまう。
5億ベリーの賞金首には到底見えない。
「えーと……海賊から守るというのは、具体的には何を?」
「この島を私の縄張りとする。また警備船を定期的に巡回させて周辺海域の安全を確保する」
「……本当に海賊なんですか?」
「海賊らしくないってよく言われるけど……私は海賊だと思っているから海賊だと思う、たぶん」
「例えばどんなことを思っているのですか?」
「5000兆ベリー欲しい」
「それは誰だって欲しいと思いますよ」
「あれ……私って海賊なの……? でもほら、5億ベリーって懸賞金がついているからそれが海賊だって証のはず……」
ルナシアの困りっぷりに町長はすっかり毒気を抜かれてしまう。
これが演技なら大したものだが、街にとっては悪い話ではない。
先程海賊達を叩きのめしていたことから、実力は確かである。
「住民と協議しますので、1時間程お待ちください」
「あっはい……よろしくお願いします」
再度、頭を下げるルナシアに町長は笑ってしまった。
「私の圧倒的な交渉術による戦果……すごくない? これまで全部契約率100%よ」
「いやそれ、明らかに違う気がする」
バッキンは意気揚々と契約書を掲げるルナシアにツッコミを入れた。
事の次第を聞けばいつもの通りだ。
略奪をしている海賊達を見つけてはぶっ飛ばし、住民から感謝されつつ契約を取り付けてくる。
しかし、バッキンからすると住民達に舐められているんじゃないか、と心配してしまう。
どこの世界に住民に頭を下げて契約をお願いする海賊がいるのだろうか。
もっと居丈高に――助けてやったんだから、契約しろくらい言うのが普通なんじゃなかろうか。
「アンタ、海賊やめたら?」
「え……ヤダ」
「向いていないと思うんだけど……」
「そんなことない。私、自由気ままに振る舞っているし、殺しだってたくさんしているし」
「それはそうかもしれないけど……」
バッキンは悩ましい。
彼女としても色々と恩恵を貰っている以上、ルナシアの意見を尊重してあげたいし、海賊をやりたいなら海賊をやればいいとは思うが――性格的に向いていない気がしてならない。
いわゆる大物感がないのである。
よくこれで覇王色の覇気を扱えるもんだ、とバッキンは不思議に思うが、むしろこういう性格だからこそ、ついていく奴もいるのかもしれないと最近考えるようになっている。
ルナシアが拠点と定めた島々にはあちこちから開拓移民達が少しずつやってきており、また必要な物資も届き始めている。
開拓移民達は到着してから聞かされるルナシアの計画に仰天してしまう。
彼女が色々と美味しいところを持っていくんだろうな、という移民達の予想を覆すものだ。
ルナシアは実際に来てくれた移民達の生活を第一とし、彼らが豊かな暮らしを送れるような開発計画を提案する。
これはワノ国で働いていたときの経験が活きていた。
更に彼女は移民達と協議しつつ、計画を修正する労力を厭わない。
私の考えた最高の開発計画『NAISEI』とかなんとかルナシアが言っていたのをバッキンは聞いたことがある。
「もっと海賊らしいことをしたら?」
「将来の幹部候補を育てるべく孤児達を集めまくろうと思う」
「……いや、どうしてそういう発想になるのよ?」
「教育っていうのは重要よ。それによって人生は変わる」
「それはそうなんだろうけど……もっとこう、海軍を襲うとかそういうことを……」
バッキンの言葉にルナシアは閃いた。
それはロックスができなかったことだ。
「かなりの準備時間が必要だわ。もっと私が強くならないと……さすがに生還できるかどうかは怪しいし」
「何をやるつもり?」
「内緒。でも、世界をひっくり返せるわ。その為にはどうにかしてシキを味方に引き入れないと……」
どうしてそこで金獅子の名前が出るんだろうか、とバッキンは不思議に思ったが、ルナシアがやりたいならその意思を尊重するまでだ。
「何をしてもいいけどアンタが死んだら、私やアマンド達が路頭に迷うから死ぬんじゃないわよ」
「だからバッキンって好き」
ルナシアは満面の笑みを浮かべてバッキンに抱きついた。
抱きつかれた彼女は軽く溜息を吐きながら、ルナシアの頭を撫でる。
「バッキン、ちょっと明日から私、修行の旅に出るから。数ヶ月くらいで戻る」
「分かったわ。ちなみにどこへ?」
「ロジャーをぶっ飛ばしてくる」
ルナシアの言葉にバッキンは思う。
ぶっ飛ばされるんじゃないかな――?
しかし、彼女は優しいので口には出さなかった。
バッキンとの会話から2週間後。
ルナシアはロジャー海賊団の船が停泊している島を空から見つけた。
彼らから離れたところに降り立って、彼女は歩いて酒盛りをしている彼らの前に現れた。
既に気配で察知していたのか、彼らに驚きはない。
「ルナシア! よく来たな! 俺の船に乗れ!」
酒瓶を持って陽気にそんなことを宣うロジャーにルナシアはニッコリと笑って、背中にあった夜を鞘から抜いた。
その切っ先を彼女はロジャーへ真っ直ぐに向ける。
「ロジャー! お前達が私の手下になれ! 今、人手不足なの!」
「そいつはできない相談だ! よし! 殺るぞ!」
「野郎! ぶっ殺してやる!」
駆けるルナシア、対するロジャーも己の得物を鞘から抜いて受けて立つ。
両者のぶつかり合いに凄まじい衝撃波が巻き起こるが、ロジャー海賊団の面々は酒の肴にちょうどいいと笑いながら観戦する。
ルナシアは強いが、ロジャー程ではないという確信があったからだ。
事実、その通りでルナシアの猛攻をロジャーは楽しそうに笑いながら受けている。
そこには余裕があった。
「おいルナシア! 俺が言うのもなんだが、もうちょっとお淑やかにしたほうがいいんじゃねぇか? そこらの海王類よりも怪力だぞ!」
「海王類が非力過ぎるの!」
「それもそうだな!」
2人のやり取りに観戦している船員達は笑う。
「余裕でいられるのも今のうち! 将来、絶対追い越してやる!」
「楽しみに待っているぞ!」
「私と毎日戦って私を鍛えろ!」
「俺の船に乗ったらいいぞ!」
「それはヤダ!」
そんなことを言い合いながら、ルナシアとロジャーのぶつかり合いは夜明けまで続いた。
基本的にルナシアが攻め、ロジャーが受けるという形であったのだが――ルナシアはロジャーの強さを身を以て味わった。
どんなに攻撃をしようとも崩せず、偶に行われる彼の反撃は鋭く速く重かった。
勝敗の決め手となったのはロジャーの腹が減ったという宣言で、ルナシアも同意したことで戦闘は終わった。
「メシ、食ってけ」
「食う!」
ロジャーに誘われ、即答するルナシア。
こういう展開には慣れているレイリー達はルナシアの分もちゃんと用意してくれていた。
彼女はレイリー達に感謝の言葉を述べつつ、有り難くメシを食べる。
「礼儀正しさではルナシアの勝ちだな、ロジャー」
「俺が負けただと……?」
レイリーに言われて本気で落ち込むロジャーを見て、ルナシアはけらけら笑う。
「ところでルナシア。お前は何を目指しているんだ? この前、デカデカと新聞に載っていたが……」
レイリーの問いにルナシアはドヤ顔で答える。
「ちょっと見つけた島々を開拓している……最後に勝つのは私だ……!」
「意味がよく分からんが、海賊はやめたのか?」
「……やめていたら、ここにこうしていないわよ」
レイリーは首を傾げる。
するとロジャーが問いかける。
「ロックスの真似事か?」
「あそこまで過激じゃないわね……でも、ロジャーとは合わないやり方。あなた、自由気ままだから」
「おう、それが俺だからな」
豪快に笑うロジャーにルナシアは溜息を吐く。
「何というかね、バックアップがしっかりしていないと不安になるのよ。休めるべき拠点があって、補給も十分に受けられて、海軍にも手出しされない……そういう海賊がいい」
「それ、軍隊じゃねぇか?」
ロジャーの問いにレイリーや話を聞いていた他の船員達も頷く。
「海賊って難しいわね……」
肩を落とすルナシア、その背中をロジャーは軽く叩く。
「周りのことなんぞ気にすんな! お前が海賊だと思ったら海賊だ! 俺とやり方は違うが、そういうのもいいと思うぜ」
「ロジャー……」
ルナシアはロジャーの言葉に感動してしまう。
彼は更に言葉を続ける。
「俺の前に立ち塞がったらぶっ潰すだけだしな」
その言葉にルナシアは深く溜息を吐く。
「あなたって方向性は違うけど、ロックスと似ているわね……」
「そんなことはねぇ! 俺は冒険しているだけだ!」
「自由過ぎるところが同じなのよ」
呆れ顔のルナシアにレイリーは問いかける。
「しかし、ルナシア。またどうして強くなろうと?」
「ちょっと将来、面白いことをやろうと思っているのよ。世界が仰天することなんだけど、その為に強さが必要なのよ」
「お宝か?」
「宝もあるかもしれないけど、海賊がそこに辿り着いたってことが重要ね」
ルナシアの言葉にレイリーは顎に手を当てて考え――
「マリンフォードか?」
「違うわ」
難しいな、とレイリーは苦笑する。
「強くなりてぇなら俺の船に乗れ! 強くしてやる!」
ロジャーの誘いにルナシアは渋い顔をする。
確かにそれは手っ取り早いかもしれないが、どうしたものか、と。
ルナシアとしてはロックスの仇であるからということではなく、ロジャーのところに行くと苦労しそうだという単純な理由からである。
ロックスが死んだことは悲しかったが、彼のやっていた事を考えると海軍やロジャー達を恨むというのも何だか違うと彼女は5年前に考えて、気持ちにケリをつけてあった。
「というか、ロジャーが私に拘るのって何で?」
「そりゃお前……面白いからだ。能力がおもしれぇ、考え方がおもしれぇ……よし、仲間にしよう! 当然の思考だろ?」
どうだ、と言わんばかりのロジャーにルナシアは肩を竦めてみせる。
「私が裏切るかもしれないわよ?」
「それはねぇな。そういうことはしないって俺の勘が言っている」
言い切るロジャーにルナシアは目を丸くしてしまう。
そんな彼女にレイリーは告げる。
「諦めろ、ルナシア。ロジャーはこういう奴なんだ」
ならば、とルナシアは告げる。
「自分のやりたいことがあるから、ちょこちょこ途中で抜ける。そういう条件でもいいなら」
「構わねぇ!」
「あっさり過ぎない? レイリー、いいの?」
即答するロジャーに呆れつつ、ルナシアはレイリーへと問いかける。
すると彼は肩を竦めて答える。
「ま、船長がそういうならいいさ。ただし、指示には従ってくれ」
「懇意にしている記者の取材に応じたりとかは……?」
「……それは別の場所でやってくれ。所属していることを話してもいいが、内情を喋ったりだとかは……」
「しないわよ。その代わり、そちらも私に関して余計な詮索はしない。それで良い?」
ルナシアの問いかけにレイリーは頷いた。
それを見て彼女は問いかける。
「ねぇ、レイリー。やっぱりうちに来ない? 色々苦労してそう……」
「それは遠慮させてもらう。ロジャーを放置すると何をやらかすか分からんからな。それにアイツといると面白いんだ」
そう言って笑うレイリーにルナシアはロジャーへ視線を送る。
その視線に気づいて、彼は不敵に笑う。
「ところでレイリー、ロジャーって人に物を教えたことってあるの?」
「記憶にある限りではないな」
「色々と強くなる為に必要なことを教えて頂けると……」
「それは働き次第だ」
そう答えるレイリーにルナシアは渋い顔となる。
「……分かった、分かったわよ。私の実力をとくと見るがいいわ!」
「よし、じゃあメシも食ったし殺るか!」
散歩でもしようみたいな感じで提案してくるロジャーにルナシアはちょっと頬が引き攣ったが、闘志を無理矢理に奮い立たせる。
「ルナシア、君は経験を積めばもっと伸びるだろう」
レイリーはそう言いながら立ち上がり、自らの得物を鞘から引き抜いた。
「ロジャー、新入りの歓迎ということで……いいか?」
「おう、勿論だ!」
ルナシアは涙目になりながらヤケクソ気味に叫んだ。
「皆纏めてかかってこい! 相手になってやる!」
この後、ルナシアがフルボッコにされて――ちゃんと寸止めしてくれた――戦いが終わり、またもや宴会となったのは言うまでもない。
こうしてルナシアは強さを求めてロジャー海賊団に入ったのだが、彼女が海賊団に入って2ヶ月程が経った頃にモルガンズが取材にやってきた。
彼女はレイリーに言われた通り、船から離れたところでモルガンズの取材に応じた。
すると彼は取材をさせてくれたお礼としてある情報をルナシアへ教えてくれる。
北の海にある世界政府非加盟国に元天竜人の一家が移住してきたという。
彼も自分の目で確認したわけではないとのことだ。
ルナシアはほくそ笑んだ。
その笑みを見たモルガンズはスクープの予感に胸がときめいた。
彼女はただちにロジャーとレイリーに告げて許可を貰い、次いでモルガンズに自身の密着取材を提案し、即座に彼は承諾する。
そして、2人は北の海へ急いで向かったのだった。