海賊らしからぬ海賊   作:やがみ0821

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※大きく加筆・修正しました。


ルナシアの能力

 エドワード・ニューゲートは信じられなかった。

 ルナシアがロジャーの船に乗っていることもそうであったが、その実力が予想していた程、伸びてはいなかったことに。

 

 センゴク・ゼファー・レイリーの3人とゴッドバレーで互角にやりあっていた記憶がニューゲートにはある。

 

 しかし、ここまでニューゲートは大した傷を負ってはいない。

 とはいえルナシアのパワーもスピードも並の輩では到底太刀打ちできないのだが、あいにくと彼は規格外の輩であった。

 

 しかし、ルナシア相手には傷を与えても意味がないことは百も承知。

 海楼石製の武器でも持ってこない限り、再生するとかいうとんでもない能力だ。

 

 動物(ゾオン)系幻獣種バットバット(・・・・・・)の実、モデル:バンパイア――

 

 ロックス海賊団の頃、ロックスはルナシアの食べた実についてそう語っていた。

 海楼石製の武器以外では何をやっても死なない無敵の能力と彼は断言し、船員達に紹介している。

 一方で彼は能力の凶悪さ故に、ルナシアにはそれしかない(・・・・・・)とも言っていた。

 

 彼女本人はその場にはいなかったが、あの場で嘘をつく必要もないだろうとニューゲートは納得した覚えがある。

  

 何よりもゴッドバレーの時に再生以外の能力があったならば、あの状況で使わない筈がない(・・・・・・・・)

 

「おいクソガキ……お前、この5年間は何をしていた?」

 

 ニューゲートは問いかけながら、片手でルナシアの首を引っ掴んで締め付ける。

 傷を与えても再生されるが、このように痛みと苦しみを与えるだけならば彼女にも効く。

 両手でニューゲートの手を掴んで、必死に振りほどこうとする彼女に彼は再度問いかける。

 

「なぁ、おい……弱けりゃ誰もついてこねぇ……お前は一番よく知っている筈だろう」 

 

 ニューゲートはそこまで告げて、手を離す。

 地面に落ちて咳き込むルナシアに彼は告げる。

 

「お前には何か考えがあるかもしれねぇ……だが、強さは大前提だろうが……!」

 

 仁王立ちして睨みつけるニューゲート、そんな彼を見上げるルナシア。

 

 怯えていたり、怖がっていたりしたら拳骨の一発でも叩き込もうと彼は思っていたのだが――彼女の顔には一切そういう感情が無かった。

 いいようにやられたことに対する怒りがそこにあるだけだ。

 

 何かがおかしい、とニューゲートは気づいた。

 彼が息子と呼ぶ船員達の中からはルナシアなんぞ大したことがない、という声が聞こえてくる。

 中には過去の栄光に縋っているだけ、なんて声もある。

 視線をロジャー達がいる方に向けてみれば、さすがにそういう声は無かったが、それでも厳しい表情をしている者達はいる。

 レイリーはその筆頭だろう。

 彼は実際に戦ったことがあるだけに、余計に今のルナシアに落胆しているのかもしれない。

 自分やセンゴク、ゼファーの3人を敵に回して互角にやりあったならば、強くあって欲しい――

 

 そういう思いを抱くのも当然といえば当然かもしれない。

 

 しかし、ロジャーは楽しそうに笑っていた。

 

 何か知っている――

 いや、奴のことだから何かを予感している――?

 

 ニューゲートがそう考えたときだった。

 

 

 

「痛いじゃないか、クソ野郎」

 

 泣き言などではなく、戦場に響いたのは怒りの声。

 彼女はゆっくりと立ち上がって、服についた埃を払う。

 

「お前も私のことを海賊に向いていないとかどうとか、言うつもりか?」

 

 問いかけているものの、彼女は答えなんぞ聞くつもりはなかった。

 腕っぷしが重要であることくらい、ルナシアだって知っている。

 

 しかし、彼女は必ず殺すという状況でもない限り、能力を隠蔽したかった。

 それはロックスの教えでもある。

 

 お前が食べた悪魔の実は、動物(ゾオン)系とは思えないほどに色んなことができる――

 だから、なるべく使わない方がいい。全てを使っていいのは目撃者も残さず消せるときだ――

 

 ゴッドバレーの時にはそういう条件など関係なく使った方がいいのではと彼女は問いかけたが、ロックスがそれを拒んだ。

 たとえ全てを使ったとしても物量に押されるだけであり、お前の情報を海軍に収集されるのはよろしくない、というのが彼の判断だ。

 しかし、実際にはロジャー海賊団というイレギュラーが参戦した上、海楼石製の武器でめった刺しにされてしまい、発動しようにもできなかったというのが真相だ。

 

 

 覇気と身体能力、戦闘での駆け引き――そういったものを鍛える為にロジャーのところに来たのだが、ここに至っては仕方がない。

 

 

 ロックス、ムカつくから使うわ――

 

 

 ルナシアが心の中で呟くと、ロックスは笑いながら好きにしろと言ってくれたような気がした。

 そして、彼女の纏う雰囲気は一変する。

 

「この手札は見せたくなかった。でも、もういいわ」

 

 その美しい顔は憤怒に染まり、怒りに満ちた声。

 彼女はニューゲートを睨みつけると同時に溢れ出す覇王色の覇気。

 

 思わず彼は一歩、後退った。

 明らかに先程までとは雰囲気が違う。

 覇王色の覇気は彼だけでなく、観戦者達にも容赦なく襲いかかる。

 

 ルナシアが覇王色の覇気を制御できていないというわけではない。

 

 この場にいる奴は自分以外全員殺す――

 目撃者は残さない――

 

 そのような気迫・心構えでもって、彼女はとある能力を使用した。

 

 

 

 

 

「なぁ、レイリー。どう思う?」

 

 笑いながらロジャーは傍らにいるレイリーに問いかける。

 彼はルナシアと白ひげの戦闘が始まってから、妙にワクワクしたのだ。

 ルナシアが何かをやらかしてくれる、とそんな期待が何故かあった。

 そして、それはこうして明らかになり、彼の予想を越えていたものだ。

 

 レイリーは頭を掻きながら答える。

 

「どうやら、うまく嵌められたみたいだな……私もまだまだ精進が足りない」

「バットバットの実、モデルはバンパイアで不死身なだけが取り柄……昔に掴んだその情報もロックスが故意に流したに違いねぇ。本当にアイツは死んでも迷惑な奴だ」

 

 苦笑しつつ肩を竦めてみせるレイリーにロジャーはそう言ってゲラゲラ笑う。

 言葉に出さずとも2人の意見は一致している。

 

 

 ルナシアは十分に強い――

 

 

 今、白ひげの姿は肉眼では見えない。

 

 突如として観戦していたロジャー達や白ひげ海賊団の船員達も含めて戦場全体が濃霧に覆われてしまった為だ。

 しかし、見聞色の覇気でもって何が起きているかをロジャー達は察知していた。

 

 霧はルナシアそのものであり、霧全体から彼女の気配が感じられる。

 霧に自然(ロギア)系の性質があるなら武装色の覇気を纏えば攻撃は通じるが、彼女の異常な再生能力がそれを無意味なものとする。 

 

 どんなに攻撃をされても一切崩せず、前後左右上下の至るところからルナシアが実体化して攻撃を仕掛けてくるようだ。

 厄介なことに包み込んだ対象の発する音までも遮断する霧のようで、見聞色でなければ何も分からない。

 白ひげの振るう得物とルナシアの得物がぶつかり合っていることが見聞色では分かるが、音は一切聞こえてこなかった。

 その一方でロジャーとレイリーは普通に会話ができる為、音を遮断する対象を選ぶことが可能なのだろう。

 

「私は弱いみたいだからね」

 

 突如として横から聞こえた声にロジャーとレイリーはそちらへ視線を向ける。

 そこにはふてくされた顔で皮肉げに告げるルナシアが立っていた。

 しかし、白ひげと彼女がぶつかり合っている気配は変わらずにある。

 

 彼女の言葉に2人は揃って苦笑いしてしまう。

 ルナシアにあるのは再生能力だけだと思い込んでいた。

 彼らだけでなく、おそらく多くの者がそうであっただろう。

 

 彼女がそもそも他の能力を使わなかったから仕方がないにせよ、こんなにも凄まじい能力を見せられたら弱いなどとは言えない。

 相手が白ひげでなければ、一瞬で勝負がついていたことは想像に難くない。

 

 レイリーは尋ねる。

 

「お前、霧の中なら分身までできるのか?」

「まあそう思ってくれればいいわ。霧全部が私だから、この中で起きていることなら何でも分かる……ニューゲートの手下共が怖がっていることもね」

 

 レイリーの問いかけに答えるルナシア。

 彼女に今度はロジャーが尋ねる。

 

「どうして今までこれを使わなかったんだ?」

「自分の手札を馬鹿正直に見せる奴が世界のどこにいるっていうの? 私とロックス以外は知らなかったのに」

「ゴッドバレーの時は使っても良かったんじゃねぇか? この範囲なら海兵達を覆い尽くせた筈だ」

 

 ロジャーの指摘にルナシアは答える。

 

「海軍の物量や対応力は侮れるものじゃないわ。あそこだけ覆い尽くしたところで、霧の範囲外にも海兵はたくさんいたから確実に対応されたと思う。海楼石は勘弁して欲しい」

 

 ルナシアはそこで言葉を切り、一拍の間を置いて更に続ける。

 

「あとはあなた達というイレギュラーがあったから、私がうだうだしているうちにゼファーに海楼石製の槍でめった刺しにされたから使えなくなった」

 

 なるほど、と頷くロジャーにルナシアはレイリーへ視線を向ける。

 

「レイリー、私は今の覇権争いに参加していないし、海賊団のボスらしさもない」

 

 そこで一度言葉を切って、ルナシアは更に増える。

 瞬く間にロジャーとレイリーの周りを取り囲んだ。

 

「でも、そういうのってどうでもいいんじゃないの? どうせ世界政府と海軍から目の敵にされているんだから、何をやっても犯罪者だし……」

 

 開き直りとも思えるルナシアの言葉にロジャーは笑いながら告げる。

 

「お前は自分のやりたいことをやっている。だから、お前は海賊だ。俺が保証してやる!」

「ロジャーに保証されると何だか不安になるわね……」

「よし! じゃあ戦おうぜ!」

「どうしてそうなるのよ……」

 

 笑いながらそんなことを宣うロジャーにルナシアは溜息を吐く。

 そんな彼女に対し、レイリーは告げる。

 

「どうやら私は自分の考えを押し付けすぎていたようだ」

「いいのよ、私も海賊に向いていないとか誰かに指摘されると一々ウジウジしていたから……もうちょっとロジャーみたいに気にせず突っ走ってみるわ」

 

 ルナシアの言葉にロジャーは胸を張って告げる。

 

「おう! 俺を目標にしろ!」

 

 そんな彼にルナシアとレイリーは互いに顔を見合わせて苦笑する。

 そして、彼女は2人に告げる。

 

「あ、私の能力はこれだけじゃないから。それと本来なら目撃者も消すところなんだけど……一応、今は同じ船に乗っている間柄だから勘弁してあげる」

 

 ルナシアとしては仲間になったという認識はない。

 あくまで呉越同舟、利害の一致で乗っているだけだ。

 しかし、表向きは所属していることになっている。

 たとえ内情は違ったとしても、それを口外するのはレイリーとの約束――内情を話さない――を破ることになるからしていない。

 

 ルナシアの言葉を聞き、ロジャーが目を輝かせて問いかける。

 

「まだ他にも能力があるのか? 見せろ!」

「絶対にヤダ。ところでニューゲート、このまま倒しちゃっていい? しばらく霧に閉じ込めて戦い続ければ、肉体的にも精神的にも消耗していくから手下達も含めて勝てると思うけど」

「アイツも規格外だからな。この能力でも倒せるかどうかまでは分からねぇ……それはお前も分かるだろう?」

 

 そう問われるとルナシアとしても頷くしかない。

 何だかんだでニューゲートは肉体的だけではなく精神的にも強く、そしてしぶといことはよく知っていた。

 今この瞬間にも彼は大暴れしており、手傷を負わせているのだが、一向に衰える気配がない。

 このまま長期戦に持ち込んだところで倒せるかはルナシアとしてもちょっと自信がなかった。 

 

「だが、俺達の目が節穴だったのは確かだ……お前は強い!」

 

 ロジャーの宣言にルナシアは問いかける。

 何となく彼女は察した。

 

「……もしかして戦いたい? 白ひげと」

「実はそう思っている……ダメか? 1人で戦えって命令した手前、そのなんだ……」

「いや、私は別に構わないわよ。面倒くさいし、ニューゲートに何か恨みがあるわけでもないし……」

「じゃあ頼む!」

「分かったわ」

 

 2人の会話が一段落したところでレイリーは問いかける。

 

「このような能力があるのに、何を鍛えに来たんだ? 十分、強いだろう」

「覇気とか戦闘での駆け引きとか立ち回りとか、能力に頼らない部分を鍛えたい。理想は覇気と身体能力だけでどんな敵も倒すことかしら。頻繁にこの能力を見せていたら、必ず対策されると思う」

 

 レイリーは頷いてみせる。

 ルナシアは覇気や身体能力、戦闘時の立ち回りといった悪魔の実の能力ではない部分では白ひげに太刀打ちできなかった。

 そして、その部分は基礎であり、なおかつもっとも重要な部分であるから、そこを鍛えたいということだろう。

 能力に頼らなくても強いが、能力に頼るともっと強い――それこそルナシアが目指している場所だと彼は確信する。

 そして、それを見抜けなかったことを悔しく思う。

 

 そんな思いは顔には出さず、彼は問いかける。

 

「しばらく霧に閉じ込めると言ったが、最長ではどのくらいなんだ?」

「それは内緒。もしかしたら1日や2日かもしれないし、1週間よりも長いかもしれない」

「その間、君だって休息は必要だろう?」

「私は吸血鬼だから、そこらの生物の血を吸えば問題ないわ。あと体力には少し自信があってね」

 

 その発言からレイリーはルナシアが覚醒した能力者だと判断する。

 だが、覚醒によってこの霧のような能力を扱えるのかは判断がつかない。

 

 また彼がもう一つ予想したことがある。

 

 この霧はルナシアそのもの。

 ならば――霧の範囲内にいる生物を全て吸血することもできるんじゃないか、と。 

 

 どこまでできるか分からないが、恐ろしい吸血鬼であるのは間違いなかった。

 

「それじゃ霧を解除するから。ロジャー、後は任せた」

 

 ルナシアはそう言って、霧を解除した。

 そして、濃霧は唐突に消え去り、彼女はロジャーとレイリーの傍に立っていた。

 

「じゃ、後はよろしく」

「任せとけ! 行くぞ、野郎共!」

 

 ロジャーは叫んで、誰よりも早く駆けていった。

 彼の後を船員達が慌てて追っていくが、レイリーは船に戻ろうとするルナシアに声を掛ける。

 

「行かないのか? 行った方が鍛えられると思うぞ」

 

 休む気満々であったルナシアはレイリーにそう言われ、少し悩んだものの、すぐに好戦的な笑みを浮かべる。

 

「今回はロジャーに付き合ってみるわ」

「ああ、それがいい……後ろから斬りかかるのは勘弁してくれよ?」

「裏切りだけはしないから、そこは安心して。言っておくけど、あくまであなた達とは呉越同舟だからね」

「知っているとも。それで構わないさ」

 

 ルナシアの言葉にレイリーは笑みを浮かべて頷いた。

 そして、2人もまた戦場へ向かうのだった。

  

 

 


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