「……どうして私、コイツを拾ったのかなぁ」
ロックス海賊団を再結成し、世界をひっくり返したルナシアは途方に暮れていた。
彼女の前には筋骨隆々の男が白目を剥いて倒れている。
彼相手に52戦52勝という連勝記録を更新中だが、明日にはまた記録を更新することになるだろう。
ロックス海賊団の解散を宣言した後も、勢力を拡大していたルナシア率いる海賊団。
海賊団というよりも海賊国家とか海賊連邦というのが正しいが、そんなところに喧嘩を売る輩は限られる。
しかし、とんでもないヤツがたった1人で彼女に戦争を吹っかけてきた。
それは数ヶ月程前の話だ。
ルナシアもその存在を知ってはいたが、誰彼構わず手当たり次第に喧嘩を売りまくる輩なんぞ、すぐに死ぬと大して気に留めなかった。
そのように高を括っていたら、自分のところに喧嘩を売ってきたのである。
傘下の海賊団がボッコボコに叩きのめされ、ほうほうの体で逃げ帰ってきた。
どうやらわざと彼は痛めつけるだけに留めたらしい。
早速ルナシアは詳しい情報を得るべく、幾つものルートで彼の詳しい情報を集めた。
すると、まさかのことが分かったのだ。
自分達がマリージョアから始まる一連の襲撃事件を起こしていなかったら、あるいはもう少しズラしていたら海軍は彼にバスターコールを発動し、捕らえるか殺害する予定だったという。
今の海軍にはそんな余裕は無いのは言うまでもない為、彼――ダグラス・バレットは好き放題に暴れていた。
そんな衝撃の事実が明らかになりながらも、とりあえずルナシアは彼をぶっ飛ばした。
彼は強いことは強いのだが、バスターコールを跳ね返す程の強さではなかった。
ルナシアにしろ、白ひげ達にしろ、単独でバスターコールを跳ね返せるどころか、こっちから出向く手間が省けただとか鴨が葱どころか鍋まで背負って来たとか思ってしまう。
ともあれ、バレットをぶっ飛ばしたルナシアであったが、彼がロジャー海賊団に所属していたという縁で殺しはしなかった。
故人を直接知る人物が減るのは悲しい、という思いによるものだ。
だが、彼は懲りずに喧嘩を売ってきて、ルナシアはその度にぶっ飛ばしたのだが、彼はそれが楽しいようだった。
毎回傘下をぶっ飛ばされて喧嘩を吹っかけられるのも面倒なので、仕方なく彼女は自分の部下に誘った。
夜以外はいつでも勝負を仕掛けて来ていい、という条件で。
「く、くそぉ……」
「あ、気づいたのね、バレット」
「また、負けた……」
「はいはい、もうちょっと寝ときなさい」
ルナシアはバレットの頭に拳骨を食らわせて気を失わせる。
「カイドウに送りつけたら、絶対うっかり殺しそうだし……リンリンは性格的に合いそうにないし……白ひげとシキはロジャーのライバルだったし……」
私しかいないのかぁ、とルナシアは溜息を吐く。
こんな筋肉男ではなく、綺麗な女性だったら大歓迎なのにと思う。
「いっそのことカマバッカ王国に送り込んで……いやでも、この見た目のままそうなられたら私でも耐えられない……」
想像して寒気がしたルナシアはアマンド達が待つ、自分の屋敷に戻ろうとした。
ブエナ・フェスタがやってきたのはそんなときだった。
彼はルナシアを探し、このルナシア専用の鍛錬場までやってきていた。
「あ、ルナシア様。バレットを借りていいか? 今度の海賊ケンカ祭りの目玉として出したいんだ」
「目玉なら私を出したほうが……」
そう告げるルナシアにフェスタは全力で首を左右に振りつつ、両手でバツ印を作る。
「ダメダメ! あんたが出たら賭けは成立しないし、白ひげとか来そうだから! ヤバい戦争になるから!」
フェスタは戦争仕掛け人ではあっても、冗談抜きで世界が滅亡するかもしれないような洒落にならない戦争はゴメンである。
もっともルナシアのところに来て以来、彼は戦争仕掛け人としてではなく、もっぱら祭り屋として精力的に仕事に取り組んでいた。
そもそも祭り屋としてロジャーに敗北を感じて隠居をしていた彼だったが、マリージョア襲撃から始まる一連の事件に熱狂し、当時のロックス海賊団をも凌ぐ新生ロックス海賊団の暴れっぷりに大興奮した。
おまけにやることをやったら解散宣言まで出すという、祭りの締めまで見事にやってみせた。
そんな彼女が襲撃事件から少し経った時、自分のところまでやってきて頭を下げて頼んできた。
祭り屋として色んな興行を自分の勢力圏でやって欲しい、あなたの力を借りたいと。
そうまでされてはフェスタも断れない。
承諾した彼をルナシアは幹部待遇で迎え入れ、専門の部署まで創設して人員と予算も豊富につけた。
彼は気前の良さに仰天したが、すぐにルナシアの非常識なところに頭を抱えた。
その最たるものが海賊ケンカ祭りである。
既に何回か開かれており、海賊だけでなく一般人にも大人気の祭りだ。
第一回目のケンカ祭りを計画した時にルナシアはフェスタにドヤ顔で告げた。
私と白ひげ、金獅子にビッグ・マム、カイドウを呼んでケンカしよう――!
絶対盛り上がる――!
フェスタが必死でそれを止めたのは言うまでもない。
以後、ケンカ祭りの度に隙あらばルナシアが出ようとするのを彼が止めるというのは恒例行事となっている。
「まあ、お祭りのことはあなたに任せるわ。良きに計らえというやつよ」
「ああ、ありがてぇ……」
「んじゃ、必要な書類ができたらまた持ってきて頂戴」
ルナシアは手をひらひら振って、その場を去っていった。
後に残されたフェスタは軽く溜息を吐く。
そして懐からようやく発行されたルナシアの新しい手配書を出し、それを見つめる。
これを知らせても良かったのだが、金額が気になった為、出すに出せなかった。
「懸賞金額55億5963万ベリー……ロジャーに少しだけ及ばないが、この端数はふざけているのか?」
ゴクロウサンである。
まさか天竜人達を始末したことに対する世界政府と海軍からのメッセージか、とフェスタは思ったが、さすがに考えすぎだと思い直した。
アマンド達がいる自らの屋敷にルナシアが戻ると、見聞色で気配を察していたのかアマンドが出迎えてくれた。
彼女は大事そうに1枚の紙を抱えていた。
「ルナシア様、新しい手配書だ」
「ようやく出たのね? まったく海軍も政府もお役所仕事で遅いんだから……5000兆ベリーくらいになっている?」
「それはどうかな。ただ、誇れる数字だとは思う」
微笑みながらアマンドはルナシアへ手配書を差し出した。
それを受け取り、彼女はその額を確認し――
「……ちょっと五老星に話をつけてくる。止めるな、アマンド!」
「そうくると思ったぞ! 妹達!」
アマンドの掛け声とともに、あちこちから現れる彼女の妹達。
「ルナシア様、良い金額ではないか。何が不満だ?」
まだ10代前半であったが、既に強さは中々のものがあるスムージーは問いかける。
「あいつら、私のことを舐めてるんじゃないの!? 何が
叫ぶルナシア、すかさず取り押さえるアマンド達。
ちゃんと武装色の覇気まで纏っているが、安心などできよう筈もない。
それから1時間くらいアマンド達とドッタンバッタン大騒ぎしたが、最終的には呼び出されたバッキンに宥められてルナシアは諦めた。
しかし、気が収まったわけではなかったので、彼女は傷心旅行として色々と仲良くしているアマゾン・リリーへ赴いた。
女ヶ島への行き方は船であるなら色々と大変だが、空を飛ぶルナシアには関係がない。
またアマゾン・リリー側もルナシアのやってくる方法については承知しており、彼女との交易や戦力を有償派遣することで利益を得ている為、特に制限は無い。
とはいえ強い女であるルナシアは元々人気者であったのだが、今回の事件によりその人気は一層高まっている。
ルナシアは島民達に歓迎されながらも、まずは皇帝へ挨拶しに向かった。
皇帝に謁見すると彼女からある頼み事をされるが、ルナシアは快諾する。
謁見を終えたルナシアは、彼女が数年前から目を掛けている三姉妹に会いに行く。
ボア・ハンコックを長女とし、サンダーソニア、マリーゴールドの三姉妹。
彼女達もルナシアを慕ってくれており、ルナシアとしては癒やしである。
三姉妹の髪を梳いたり、色んな武勇伝を聞かせたりした後、ルナシアは授業を行う。
強い女であるルナシアの話や強さの秘訣を子供達に教えて欲しい、と今回、皇帝にお願いされた為だ。
ルナシアも色々お世話になっているので、快く引き受けた。
「適度な運動とバランスの良い食事が強くなる秘訣なの。太ったりしたら動きが鈍くなるからダメ」
真剣な表情でルナシアの講義を聞くハンコック達――だけではなく、アマゾン・リリーの子供達。
大人もたくさん交じっているのはご愛嬌。
「覇気は鍛えれば鍛えるほど強くなる。安全に略奪をする為にも、覇気や身体能力の向上は最重要よ。覇気だけで私と戦えるヤツも世界にはたくさんいる」
ゼファーとかガープとか――
ルナシアは心の中でそう思いながら、言葉を続ける。
「能力者になったとしても、能力の上に胡座をかいていちゃダメ。常にまだまだ弱い、もっともっと強くなれる、強くなれないのは努力の仕方が間違っているっていう精神が大事ね」
私ももっと強くならないと――
ルナシアはそう思いながら、授業を続けるのだった。
「俺はルナシアについていくぜ……」
ドンキホーテ・ドフラミンゴはルナシアの新たな懸賞金の額を確認し、彼の仲間達にそう宣言した。
数年前、彼はわざわざ北の海のかつて住んでいた場所に戻って海賊団を結成している。
ドン底を味わったそこから成り上がってみせるという彼なりの決意によるものだった。
「ついていくも何も、そうするしかないんじゃないか……?」
ヴェルゴの問いにドフラミンゴは頭を掻く。
「改めて決意しただけだ。もともと裏切るとか方針や命令に反するなんて、怖くてできねぇよ……アイツのお仕置きは見たことはあるが、絶対に味わいたくねぇ……」
ドフラミンゴの恐怖した顔にヴェルゴやトレーボル、ピーカにディアマンテの4人は思わず息を呑む。
ルナシア達はあまりにも強大な力を持ち、多数の部下と広大な縄張り――特にルナシアはもはや国家と言っても過言ではない――を誇り、新世界に皇帝のように君臨する。
五皇と呼ばれ始めている存在だ。
そんな中でも、強大とされているあのルナシアのお仕置き。
それはもう想像を絶する程の――
「まさかあいつのお仕置きが……尻叩きだとは……!」
ドフラミンゴの言葉にヴェルゴ達は目が点になった。
「それは本当なのか? 何かとんでもないことをされたりとか……」
「武装色の覇気を纏った拳で尻をガンガン叩かれるとか……?」
ヴェルゴとディアマンテの問いにドフラミンゴは告げる。
「普通の尻叩きだ。ただヤツが手袋をするくらいでな……だが、それをやられるのが名の知れた海賊だ。俺は巨漢が四つん這いにされて、尻を叩かれるのを見たぞ……」
ドフラミンゴは思い出す。
億超えの巨漢の海賊がルナシアの命令に従わなかったという理由で、そうされていたことを。
余程に痛いらしく、無様に涙を流して許しを乞うていた。
拷問か、いっそ殺してくれた方が精神的にはよっぽどいいだろう。
「んねー……何か変な性癖に目覚めそうなヤツがいそうだねー」
見た目は美しい少女である。
実年齢はともかくとして。
トレーボルの発言に溜息を吐きつつも、ドフラミンゴは両親と弟と今回の一件に関して電伝虫で話したときのことを思い出す。
両親達はそうされても当然だと納得し、ロシナンテもまたそうであった。
天竜人の存在がどう思われているか、マリージョアから出たことで嫌というほど思い知らされた為だ。
だが、もはや元天竜人ということで彼らを虐げる者はいない。
保護した当時ルナシアが彼らのことを天竜人だと思い込んでいる世間知らずの一般人と発表した為だ。
両親のお人好しで善良な性格も手伝って、可哀相な目で見られることはあったが誰も疑いを持つことなく、普通に暮らしている。
ロシナンテも健康そのもので、商売でも始めようと勉強しているらしい。
ドフラミンゴはニンマリと笑みを浮かべ、呟く。
「ルナシア様々だな……」
「ん? どうかしたか?」
ヴェルゴの問いかけに何でもないと答えて、ドフラミンゴは笑うのだった。
懸賞金めっちゃ悩んだよ(小声
次回は一気に時間が年単位で飛ぶかも。