広大な勢力圏を有するルナシアであったが、内政面は一貫して農業や商業をはじめとした様々な産業の育成・振興や新技術の研究開発や無人島の開拓を重視している。
技術の停滞は忌むべきものであり、常に研究開発・普及・発展に努めるべし――
そんな勇ましい号令を技術に関しては掛けたりしたが、その最大の理由が自分が金儲けをしたいからである。
支配領域の広さという点では2番手であるニューゲートを大きく引き離してトップに立っているのだが、ルナシア自身はそんなに金持ちではない。
莫大な収入は病院や学校、道路に港などの整備に使われたり、産業育成・振興や研究開発の費用、孤児院の創設・運営費、傘下の海賊達や雇用している民間人達の人件費、船の新造や修繕などの様々なことに使用されて消えていく。
マリージョアで得た財宝などの一時的な収入に関してはバッキンによって大半がもしものときの予備費として蓄えられてしまう。
色々なものが全部差っ引かれて、手元に残るお金がルナシアの取り分である。
まずは組織の隅々までカネを行き渡らせてから自分の懐に入れる、というのが彼女の方針だ。
およそ一般的な海賊のやり方とは言い難いが、そんなのは今更である。
とはいえ彼女の方針は世間には好印象を与え、雇用される際の待遇も非常に良いことから各地から色んな技術者や研究者達が集まってきたのは狙い通りだ。
さて、このような中で一番重視されたのは医学及びそれに関連する様々な技術であった。
戦いが多い上、未知の病すらもありえる偉大なる航路。
医学や関連する技術の発展は死者や罹患者の減少に直接関与する為、長年多額の予算と膨大な人員が費やされている。
それだけ多くのものを費やした分、成果もまた多くあった。
故に、その病が流行したときもルナシアはいち早く情報を掴んで真っ先に現地入りした。
世界的に良くも悪くも有名な為、ルナシアがやってきたという情報は現地――フレバンスにあっという間に広まった。
その為、わりとスムーズに彼女はフレバンスでも著名な医師に話を聞くことに成功する。
「要するに中毒ね」
「ああ、そうだ……伝染病ではない! 体内から珀鉛を除去すれば治る!」
断言する医者に対して、ルナシアは告げる。
「任せて! こんな事もあろうかと……そう、こんな事もあろうかと! そういう薬、実はあるのよ」
というよりも、まさしくこの珀鉛というものを昔にルナシアが知り、個人的に調べたらまさしくビンゴだった。
珀鉛って鉛だ、これ絶対どっかで鉛中毒が起きる――
そういうものを体外に排出する薬を作っておけば大儲けができると当時の彼女は思い、研究者達に指示を出してあった。
そして、既にその治療薬は開発に成功し、量産まで行えている。
開発成功時に発表してあったが、世間は大して興味を示さなかった。
珀鉛の産出地であるフレバンスで発生する確率が高かった為、フレバンスに近い勢力下の島々の病院にはあらかじめ多めに治療薬を備蓄してある。
ルナシアは懐から電伝虫を取り出し、各所に指示を出す。
「ところで料金だけど……事態が落ち着いてからって形でいいわ。王に請求しようにも逃げたみたいだし、そっちでうまいこと協議して代表を選んでおいて」
指示を出し終え、そう告げるルナシアに医師は深く頭を下げる。
するとそのとき、子供が部屋に入ってきた。
「ロー、今は取り込んでいて……」
そう言い聞かせる医者であったがローと呼ばれた子供は、ルナシアを真っ直ぐに見つめて問いかける。
「治るの?」
「治るわ。私に任せて」
胸を張るルナシアにローは目に涙を浮かべながら告げる。
「妹を……助けて……!」
「任せなさい。この子はあなたの息子?」
「はい……妹のラミもこの病に罹患して……」
ルナシアは軽く頷きつつ、あることを思いつく。
「やはりここは作戦名が必要だと思うの……フレバンス支援作戦として、ブラックジャックと名付けましょう」
医者とローは首を傾げる。
ブラックジャックはカードゲームであるが、どうしてそれが今回のことに繋がるのだろうか、と。
しかし、ルナシアの決定に口を挟むわけにもいかないので、何も言えない。
彼女がブラックジャックと名付けた理由を知ると彼らはがっかりするだろう。
「やっぱり医者といえばブラックジャックよね」
「はぁ……? そのような医者がいるのですか?」
「そこは気にしないで頂戴。受け入れとかそういう諸々のことに関して、話を詰めましょうか」
そう答えるルナシアに、医者とローは不思議に思うのだった。
ルナシアの指示を受けて翌日から近隣の勢力圏内にある島々から医療チームが編成され、治療薬を根こそぎ持ってフレバンスへ派遣されてくる。
それは1日毎に数を増して、1週間後には30を超える島々の医療チームがフレバンスで活動を開始していた。
そして、治療薬の投与によって患者達は症状が徐々に軽くなっていき、回復しつつあった。
その後も医療チームの派遣と治療薬の輸送は継続的に行われ、邪魔されることもなく順調だ。
これはルナシアがモルガンズを呼んで今回の一件に関する記事を書いてもらったことが大きい。
フレバンスにおける珀鉛病は伝染病ではないこと、そしてこの治療の為に各地から医療チームを派遣していることなどをルナシアは述べた後、次のように告げたのだ。
今喧嘩を売ってくるなら、海賊だろうが海軍だろうが総力を上げて12時間以内に慈悲深く皆殺しにしてやる――
誰も喧嘩を売る者はいなかった。
そして一斉発症から1年が過ぎた頃には治療薬の継続的投与と多数の医療チームの支援により珀鉛病の患者数は大きく減少し、それが世界に報道される。
この報道を受けてフレバンスでは逃げた王族が戻ってこようとしたが国民達が総出で追い返してしまう。
そんな彼らが新たな支配者として迎え入れたのが――ルナシアであった。
「……ただ大儲けしようとしただけなのに、何でこうなるの?」
彼女からするとただ助けただけなのに、何でそうなるのか不思議で仕方がない。
感謝されて料金を払ってもらって、それで関係は終わりというのがルナシアの予想だ。
だが、そうはならなかった。
「そりゃウチの勢力圏に入った方が将来は安泰だからに決まっているじゃないのよ。王族が真っ先に逃げ出したんだから、連中の信用なんて地に落ちているし」
傍らで書類仕事をしながら説明してくれるバッキンにルナシアは納得する。
言うまでもなくルナシアの勢力圏は巨大な経済圏でもある。
人・モノ・カネが多く行き交っており、またあちこちにある無人島の開拓も積極的に行っていることから、移民という形になるものの常に人手は不足している。
おまけにルナシアの威光もあり、手を出してくる海賊もまずいない。
海軍すらも下手に手を出せば戦争を覚悟せねばならず、監視されることはあっても停船させられて臨検されることはない。
大海賊時代に人・モノ・カネを船で安全に輸送でき、海軍の目も潜り抜けられるというのは極めて大きな利点であった。
納得したルナシアに対してバッキンは更に言葉を続ける。
「珀鉛で経済が成り立っていた国から、それを取ったら何が残ると思う? 何も残んないわよ」
「まあ、いいんだけどね。勢力圏が広がるのは嬉しいし……しかし、この町を発展させる為に何か良いアイディアを考えないといけないわね」
ルナシアは腕を組んで思考を巡らせる。
珀鉛を含んだものは慎重に、かつ厳重に廃棄されることになっている。
ルナシアとしてはシキに頼んで、珀鉛を含んだものを全て浮かせてもらってマリンフォードに纏めて投棄すれば海軍が何とかしてくれると考えている。
シキも海軍に嫌がらせができるなら喜んで手を貸してくれそうだ。
そんな海軍にとっては非常に迷惑なことを考えつつもルナシアはある医者を思い出す。
体内の珀鉛を除去すれば治ると見抜いた彼は優秀だ。
そして、ルナシアは思いつく。
「……そうだ、医学やそれに関する技術をこの町の産業として根付かせ、発展させていこう」
ルナシアの拠点とする島々で集約的にやっているのが現状だが、技術というのは競争させた方が発展する。
ルナシアは更に言葉を続ける。
「そうすれば白い町っていう馴染み深い愛称を変える必要もない。珀鉛の白ではなく、白衣の白よ。バッキン、どうかしら?」
「ま、いいんじゃないの? ただし、またアンタの取り分は減るわよ」
ルナシアは渋い顔になりながらも、承諾する。
そんな彼女を見てバッキンはけらけら笑って告げる。
「リュウグウ王国の海上移設の件でも大きな出費なのにね」
「魚人島にも勢力を広げることで海の幸を堪能したいと思ったら、変なことになったのよ……」
昔からルナシアは自身の勢力圏内では魚人よりも自分の方がヤバいだろうと不死身ネタを披露しまくっていた。
種族による区別はすれど差別はしないというのが彼女のスタンスだ。
それが魚人達の間で広まっていき、いつの間にか魚人島にまで届いて、オトヒメの耳に入ってしまったのが運の尽きである。
満を持してルナシアが魚人島を勢力下に収めようと、ネプチューン王に会いに行ったらオトヒメを紹介されて、彼女も交えた上で協議が行われた。
その結果ルナシアの要望――安全保障という名の縄張り化や交易などといったものを全て受け入れる代わりに、彼女の勢力圏内にリュウグウ王国を海上移設することになってしまったのである。
といっても、巨大なシャボン玉に包まれたリュウグウ王国を浮上させることは交通の利便性という意味でルナシアにとって不利益である。
マリージョアを経由しない場合、ここは偉大なる航路の前半と新世界を行き来できる唯一の航路である為だ。
協議の結果、ルナシアの勢力圏内にある適当な無人島をリュウグウ王国の領土とし、そこを第二の魚人島として魚人達が自由に行き来できるという形にするものだ。
しかし、人員はリュウグウ王国が用意するが費用はルナシア持ちである。
バッキンは告げる。
「そのおかげで魚人という強大な戦力が手に入ったじゃないのよ。アンタがマリージョアを襲った時に解放したタイガーとかいうのも、アンタには感謝しているらしいし……」
「まぁ、プラスマイナスで考えるとトータルではプラスかしら。短期的には金銭的な意味でマイナスだけど……あと彼とか魚人島の連中に不死身ネタを披露したら驚いてくれて新鮮だった」
魚人島の魚人達は誰もが皆、びっくりしていたのは今でも鮮明にルナシアは思い出せる。
オトヒメのお願いにより、見せて欲しいと言われた為に披露したに過ぎなかったが、おかげでルナシアは人外として認識されてしまった。
人間を嫌っている一部の魚人達もルナシアになら協力することもやぶさかではないという風潮になったが、それこそオトヒメの狙いだったのだろう。
「アンタの小遣いが大きく減ったわね」
「いや本当にそうだわ……懸賞金55億超えの海賊にしては、小遣いが少なすぎると思うの……」
ルナシアはそう言って、深く溜息を吐いたのだった。