とある冬島にて、雪山の洞窟をシャンクス達は今日の寝床としていたのだが、彼らを訪ねてきたルーキーがいた。
「ほう、そうか。ルフィはまだ海賊王になると言っているのか……」
「口癖みたいなもんさ」
ルフィの近況をエースが話し、シャンクスはあの頃を懐かしむ。
そこでエースは切り出す。
「ルフィには悪いが、海賊王になるのは俺だ」
不敵な笑みで告げる彼にシャンクスもまた面白い、とばかりに笑みを浮かべる。
そんな彼にエースは問いかける。
「まずは俺の力を世界に知らしめる予定なんだが……ルナシアと白ひげなら、どっちが強いんだ?」
シャンクスはくつくつと笑う。
しかし、エースは怒ることなく静かに彼の答えを待つ。
やがてシャンクスは告げる。
「ルナシアだ。だが、喧嘩を売るなら気をつけたほうがいい……アイツのところは白ひげよりも危険だからな」
「それはどういう意味で?」
「億超えの賞金首が掃いて捨てるほどいる」
「……それでも、俺はやるぜ」
エースは頬を引き攣らせながらもそう答える。
そんな彼の気概にシャンクスは感心しつつ、あることを思いつく。
ルフィの近況を教えてくれたお礼にちょうどいい。
「じゃあ俺が手紙を書いてやろう。俺からの手紙だって言って、誰でもいいからアイツの傘下に渡せ。そうすりゃ確実にルナシアが飛んでくる」
「あ、ああ……分かった」
「よし……ところでアイツの再生能力をどうにかできるのか?」
シャンクスの問いにエースは告げる。
「ルナシアだって呼吸をしていることに変わりはない筈だ。だったら、俺が周りを燃やしてやれば……」
「あー……そうか、まあ頑張ってくれ」
シャンクスは勝敗が簡単に予想できてしまった。
それくらいで殺せるようなヤツじゃない、と思いつつもエースの挑戦を止めることはしなかった。
しかし、この挑戦によりエースはとある人物と予想外の再会を果たすことになった。
「サボ!?」
「エース!?」
互いが互いを指差して、名前を呼んで驚愕する。
「「何でここに!?」」
息ピッタリの2人にルナシアが目を丸くする。
彼女からすると交易船に積み込む物資の確認を行っていたサボが慌ててやってきて、何事かと思ったらこうなったのだ。
エース達の海賊船がエリュシオン島の港に到着し、船から彼らが降りてきたので出迎えた彼女が案内をしようとした矢先の出来事であった。
「え? 何? あなた達、知り合いなの?」
「知り合いも何も……」
「ああ……義兄弟の盃を交わした仲だ」
「随分と渋いことをやっているのね……」
2人の言葉にルナシアはそう返しつつ、咳払いを一つして告げる。
「サボは東の海で嵐に遭って遭難しかけていたんだけど、私がその近くを偶々通りかかったから拾った。7年か8年くらい前の話よ」
エースはサボの顔をまじまじと見つめる。
彼は恥ずかしいのか、そっぽを向いた。
「で、エースは最近、私と戦って負けたから海賊団ごと傘下にした。1週間くらいずっと戦ってあげたけど、あなたも仲間達も根性があったわ」
「そいつはどうも……しかし、シャンクスの手紙をそこらにいたヤツに渡したら、本人が船に飛んでくるとは思わなかった」
「私、フットワークが軽いのよ」
「いや、軽すぎだろ。というか、軽くちゃマズイだろ……」
思わずツッコミを入れるエースにサボもまたうんうんと頷く。
ルナシアの行動は世界に与える影響力が大きいので、フットワークが軽いとマズイのである。
そのとき、金髪を長く伸ばし、メガネを掛けた女性が歩いてきた。
彼女はスーツ姿であり、いかにも秘書といった出で立ちだ。
「ルナシア様、百獣海賊団のクイーン様が面会に来られたので、屋敷の応接室で待たせています。なお、現在おしるこを提供中です」
「ああ、カリファ。そっちに行くわ。サボ、エース達に色々と説明や案内をしてやりなさい」
ルナシアの返事にサボは元気よく了解と返事をしたのだった。
「カリファからの連絡はまだか!? どうして連絡がこないんだ!」
ちょうどその頃、CP9司令長官であるスパンダムは執務室で怒っていた。
ウォーターセブンでプルトンの設計図を入手することはルナシアに邪魔され、失敗した。
しかし、その後も何だかんだで親のコネやら何やらを駆使して功績を積んだ彼は今の地位に就き、ルナシアの情報を得ようと躍起になっている。
意外にも、彼の行動は政府や海軍の方針とも一致している。
なぜならばルナシアが動くと他の皇帝達も動き、政府と海軍も動かざるを得ない。
それによって引き起こされるのは世界を巻き込んだ大戦争――世界大戦であると予想されている。
故にルナシアの情報を得て、何を企んでいるかを分析することは必要不可欠なことであった。
しかし、スパンダムはただ単にルナシアに一泡吹かせてやりたい、とか弱みを握ってやりたいとかそういう魂胆である。
作戦としてはありきたりなものだ。
ルナシアが男に興味は無く、同性を好むというのは昔からそれなりに知られている。
だからこそ女性の諜報員を送り込んで、彼女の愛人にでもなって情報を流してもらおうというのは10年程前までは実行されていた。
だが、ことごとく失敗に終わっている。
メイドとして送り込もうが、海賊として送り込もうが、ルナシアにうまく接近したところで連絡が完全に途絶えてしまうのだ。
彼女にハニートラップは通用しないということが分かった為、実施されなくなったのだが――スパンダムは承知の上で実行した。
何かある筈だと彼は思い、部下であるカリファを1年程前に送り込んだ。
報告の頻度を増やしたことが功を奏し、順調に様々な情報が送られてきた。
また実務能力の高さから秘書に抜擢されたことも報告にあり、それ以後はより詳細な情報が送られてきたのだが――
1ヶ月程前からカリファとの連絡が完全に途絶えたのだ。
こちらから連絡をしても応答はない。
だが、カリファには教えていない別働隊のブルーノからの報告によると彼女は生きており、ルナシアの秘書として変わらず仕事をしているらしい。
しかし、カリファとの接触は困難であるという報告も同時に来ていた。
ドアドアの実を食べたことにより得た能力で、ブルーノはどうにか潜入できているに過ぎない。
ルナシアや彼女の部下達の見聞色による探知範囲は分からないが、範囲が狭いわけがない。
ドアドアの能力で逃げることはできるだろうが――問題はカリファと接触しようとしたことにより、彼女の経歴が探られることだ。
ちょっとやそっとではバレないだろうが、相手はルナシアだ。
勢力圏が広いだけあって、彼女のところには様々な情報が集まってくる。
情報を収集・分析する専門機関もルナシアは創設しており、カリファの身元を洗うくらいわけないだろう。
さすがのスパンダムも他のCP9に対して、カリファを連れ戻してこいとは命令できなかった。
ブルーノの能力を駆使すれば接触は勿論、連れ戻すことも成功確率はそれなりにあるのだが――カリファからの最後の報告は深夜に行われたものであり、その内容はこれからルナシアの寝室に向かうというもの。
つまり、それくらいの深い関係になっており、成功すれば間違いなく、失敗したとしても高い確率でルナシアによる報復がある。
そうなれば世界を巻き込む戦争の幕開けだ。
戦争の引き金を引いたとしてスパンダムは全責任を取らされ、出世の道は完全に消え去り、最悪インペルダウンにぶち込まれるだろう。
最悪の未来を考え身震いしたが、彼はあることを思い出す。
「CP0も諜報員を送り込んだって話を聞いたな……そっちはどうなっているんだろう?」
色んなコネがあるスパンダムは普通なら知り得ない情報も断片的に入手している。
CP0がどういう意図をもってルナシアのところへ諜報員を送り込んだのか、そういう深いことまでは分からないが、知っているのといないのとでは大違いだった。
一方、ルナシアはクイーンと会うべくカリファと共に向かったのだが――寄り道をしていた。
屋敷に到着したが、応接室へは向かわずルナシアの寝室に2人はいた。
カリファは鍵をしっかり閉めたところでルナシアへ向き直る。
そして、彼女は首を傾け、その白い首筋を露わにする。
潤んだ瞳でルナシアを見つめ、その呼吸は次第に荒くなる。
「今日は、吸ってくださらないんですか……?」
懇願する声にルナシアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「初めて吸われた時はあんなに抵抗したのに、今じゃすっかりあなたの先輩達と同じになったわね」
「だって……凄く気持ち良くて……」
カリファの言葉にルナシアは満足げに頷く。
吸血鬼による吸血は基本的には首筋という性感帯に牙を突き立てる為、非常に強い性的な興奮を獲物に与える。
獲物を無力化し、同時に快楽に溺れさせることで自ら進んで吸血を望むようになるという寸法だ。
また彼女の意志によって、吸血された獲物がどうなるかはコントロールできる。
同族にすることもおそらく可能だろうが、まだやったことはない。
そういう意味でバッキンは中途半端な状態だが、彼女によってルナシアはどんなことを思って吸えば不老にだけできるかを実験できたと言っても過言ではない。
そして、バッキンによるとルナシアに逆らったりとか裏切ったりだとか、そういう感情や考えが湧いてこなくなり、その代わり尽くしたいという気持ちになるらしい。
なおツッコミを入れるとか諌めるというのはセーフのようである。
紛らわしいことだが、吸血されるだけなら性的にめちゃくちゃ気持ち良いだけだ。
しかし、人間は苦痛には長く耐えられても快感には耐えられない。
ルナシアの吸血は、さながら依存性が非常に強い麻薬を投与されるようなものだった。
この吸血によって色んな情報をルナシアは昔から得ていたのだが、敵地潜入を行うような諜報員に重要な情報を教えておく意味など無い。
カリファを含め、これまで送り込まれた諜報員達は大した情報を持っていなかった。
政府の諜報員ですら吸血だけで堕ちるのだから、これさえやれば敵から情報を引き出し放題かと思いきや、ここでルナシアの好みが深く関わってくる。
基本的に若い女性しかルナシアは吸わない。
それが彼女の好みである為だ。
もっとも実年齢が高くても見た目が若ければ、あるいは見た目が女であれば性別が男でも問題はないのだが、それでも根本的な解決にはならない。
守備範囲外の輩を吸う場合は基本的には死ぬまで吸い尽くす感じである。
また無差別に若い女を吸いまくっても、それはそれで色々と問題が起こる。
変な評判が立って、勢力圏から離脱する島が出ることだけは避けなくてはならない。
その為にルナシアは基本的に自分に好意を向けてくる子に対して、こっそりと吸血をすることにしていた。
だが、吸血だけで終わるわけもない。
ルナシアはカリファの白い首筋に舌を這わせ、牙を突き立てる。
カリファの喘ぎ声を聞きながら、その血液を貪りつつルナシアは彼女を抱えてベッドへ向かうのだった。
「なぁ……遅すぎね?」
応接室で待たされているクイーンは52杯目のおしるこを食べ終えたところで、連れてきた部下達に問いかけた。
「え!? 今更ですか!?」
「絶対満足するまでおしるこを食べたかったんでしょう!?」
「そんなことはない。メイドの子が良ければどうぞっていっぱいくれたから……ルナシアさんとこのおしるこ、本当に美味いんだ……今度、レシピもらおう」
クイーンは長い時間、待たされているのだが非常に機嫌が良かった。