ルナシアは忙しかった。
用意される酒や料理に使われる食材の種類と量は凄まじく、本当に消費しきれるのかとルナシアは心配になってしまう程だ。
これに加えてリンリンには彼女専用のお菓子類が用意される。
この商機を逃すまい、と商人達は連日連夜ルナシアへの面会を求め、見積書を提出してくる。
検討作業はカリファやステューシーなどの部下達に割り振っているとはいえ、商人達の機嫌を損ねない為にルナシア自らが会う必要があった。
入れ代わり立ち代わりで商人と面会するのも精神的には中々の重労働だ。
また、勢力圏内外からコックをはじめとした必要な人員を雇い、リンリン専用のお菓子職人も多様な人材を多数揃えた。
彼らは一様に参加するメンバーと人数、そして用意される酒や食材の膨大なリストに仰天したのは言うまでもない。
さて、何よりも大きな進展は日時が関係各所との協議の上で決定されたことだ。
日時決定により一段落ついたこともあって、ルナシアは3日程休むことに決めたのだが――仕事を終えて夕食を食べ終えた休日前夜。
あるものが欲しくて堪らなくなっていた。
「うぅ……お茶……お茶をくれ……あとお饅頭とおはぎと餡蜜と……」
緑茶と和菓子である。
リンリンに和菓子を提供してみたらどうかと考えて、直前にそれを手配していた影響かもしれない。
緑茶及び和菓子欠乏症の状態となったルナシアが向かったのは――お菊の部屋だ。
彼はルナシアの屋敷の警備員兼使用人として随分前から働いている。
立場としてはワノ国から出向という形で、働きながら定期的にワノ国のおでんへルナシアの近況や内政についてなど様々な報告を送っていた。
ルナシアがそこらのメイドに頼めばお茶も和菓子もすぐに持ってきてくれるが、彼女はお菊と他愛もない話をしたかった為に部屋までわざわざ赴いたのだ。
あと彼が入れてくれるお茶は格別に美味しいこともあった。
「お菊、お茶と饅頭とおはぎと餡蜜とか……とりあえずあるもの頂戴」
図々しい態度のルナシアだが、お菊は微笑んで答える。
「ええ、構いませんよ」
お茶とお饅頭などの和菓子がルナシアの前に出され、彼女は無心でそれを食べてお茶を啜った。
そして一息ついたところでお菊に告げる。
「まだ最大の難関が残っているのに……早くも滅茶苦茶疲れたわ」
「ふふふ、ご苦労さまです。あ、肩を揉みましょうか?」
「頼むわ……あなたとも長い付き合いよね……」
「ええ、拙者としては毎日が楽しいですけど」
お菊はそう答えながら、ルナシアの背後に回って肩を揉み始める。
意外にも凝っており、揉み甲斐がありそうだ。
「しかし、もうかなりの年月が経つのに本当に不老ですね。あとルナシア様に尽くしたい気持ちは溢れていますが、元々そうでしたし」
「私が言うのも何だけど、悪魔の実って不思議よね……あっ、その力加減最高……!」
「このくらいですね、分かりました。肩甲骨の辺りもやっておきましょうか?」
「頼むっ……んっ」
絶妙な力加減にルナシアは極楽を味わう。
「腰も頼むわ……っていうか、全身やって。あと明日か明後日あたりにデートしましょう。全然デートできていなかったし」
「それでは全身をやりますね。よく顔を合わせて、こうして按摩もしているんですけど……確かにデートはしていないですね」
「本当にね。そういえばカマバッカ王国って知っている? あそこの王様のイワちゃんと私、めちゃくちゃ仲が良いんだけどさ」
「ええ、存じていますよ」
「私、言ったのよ。あなたのホルモン注射でカマバッカ王国の住民全員女の子にしてくれって。そしたら何て言ったと思う?」
「さすがに想像できませんね……」
「男だって女だってオカマだって好きなものになればいいじゃないってね。何かオカマであることに誇りがあるらしい」
ルナシアの話を聞きながら、お菊は尋ねる。
「拙者もオカマという形になりますよね? やはり女のほうがルナシア様は……」
「違う、違うのよ。お菊みたいな誰がどう見ても女の子なのに実は男っていうのは、私にとって最高なのよ。でもね、カマバッカ王国の連中って……おっさんが無理しているようにしか見えないのよ……」
血の涙を流す――とまではいかないが、それでもルナシアは悲しそうな顔と声でそう答えた。
ルナシアの好みは微妙に複雑だ。
女の子が好きだが、お菊のような男の娘もストライクゾーンど真ん中である為にややこしい。
とはいえ、重要なのは見た目がしっかり女の子していることであり、実際の性別は問題にしないというのがルナシアである。
またベンサムのようなマネマネの実の能力で、女に化けた男というのもセーフだ。
「私としてもカマバッカ王国の連中もあなたみたいな感じなら、全然イケるのよ。でもね、おっさんは無理なのよ……」
「……それでしたら、拙者が色々とご教授をさせて頂きに……」
「あなたが向こうに行くと変な方向に染まりそうだから、こっちに彼らを少しずつ招く形にしましょうか。ある意味で私達六皇よりも濃い連中よ。今度の宴会に交ざっていても違和感がないくらいに」
「そんなに凄いんですか……?」
「見た目が強烈なのよ……ただ皆、性格はめちゃくちゃ良いのよ。あそこは王も住民も本当に人ができているわ。見た目が強烈だけど」
そんなに強烈なのか、とお菊は思いつつも想像してみる。
おっさんが無理して女装している格好を――
「想像した感想ですけど……努力は認めたいです」
「せめてスネ毛を綺麗に剃れ、そのくらいはできるだろうって思いっきり言ってやった。今度行った時は改善されていることを願いたい」
「……そんなレベルなんですか?」
「そんなレベルなのよ……何だかカマバッカのことを思い出したから、余計に疲れた。マッサージの後は膝枕して……というか、今日はもうここに泊まる」
ルナシアの言葉にお菊はくすくす笑いつつも、頷いた。
ルナシアはお菊と共に休日を過ごし、彼に思う存分に甘えて癒やされて、気力・体力を漲らせることに成功する。
休暇明けの仕事は正式な招待状を持って自ら5人――リンリン・ニューゲート・シキ・カイドウ・シャンクスのところを回るという、きつくて厄介な仕事が待ち構えていた。
最初にルナシアが向かったのはリンリンのところだった。
言うまでもなく、気力・体力が満タンのうちに最大の難関を突破してしまおうという魂胆だ。
「リンリン、今日は良い話を持ってきたわ」
リンリンはいつも通りにルナシアを歓迎し、彼女の言葉に満面の笑みを浮かべた。
アマンド達から聞いていたのだが、それはあくまで非公式なものである為、ルナシアが招待状を持ってくるのを今か今かと楽しみにしていた――というのがリンリンの状態だった。
「ほう? そいつは何だい?」
わざとらしく尋ねるリンリンにルナシアはくすくすと笑いながらも告げる。
「今度、ロックス海賊団の同窓会とロジャーについて語る会をやろうと思う。私や幹部達、傘下の海賊達がほぼ全員参加するから、あなたも子供達を連れて参加しない?」
「勿論行くさ……と言いたいところだが、甘いお菓子は用意してくれたんだろうね?」
挑発的なリンリンの問いにルナシアは不敵な笑みを浮かべて問い返す。
「どのくらい用意したと思う?」
「島一つ分?」
リンリンの言葉にルナシアはドヤ顔で告げる。
「島十個分よ! もうカロリーのリヴァース・マウンテン! リンリンでも食べきれるか分からないくらいにあるわ!」
「そいつは最高に楽しみだね! 皆連れて行くよ!」
リンリンは目を輝かせながらそう叫び、大きな声で笑った。
一方のルナシアは最大の難関をあっさりと通過できたことに、心から安堵する。
「それじゃ、これは招待状だから。渡しておくわね」
ルナシアはそう言って、リンリンへと招待状を懐から取り出して差し出す。
リンリンはそれを満面の笑みで受け取った。
いつも通りに空を飛んでルナシアは
やがて、
「あー、何かもう疲れたわ。でも予想以上にあっさりと終わったけど、解放感が凄い……あとはニューゲートとシキとカイドウとシャンクスね」
他の連中はリンリン程、気を遣わなくていいので気楽であった。
そしてこの後、ルナシアは順調にニューゲート・シキ・カイドウの参加を取り付け招待状を渡して、最後にシャンクスのところへ向かったのだが――予想外のことを彼が言い出したのだ。
「それならバギーも呼ぼう。前に言ったかもしれないが、アイツも俺と同じでロジャー海賊団の見習いだったんだ」
ルナシアはバギーという名前に聞き覚えがあった。
「バギーってラフテル上陸前に高熱を出して、シャンクスに看病させた奴?」
「ああ、そうだ」
肯定するシャンクスにルナシアは尋ねる。
「バギーは今どこに?」
「さぁな……噂によると東の海にいるらしいが、詳しくは知らない」
「よし分かった。ちょっと探してくるから……ちゃんと招待状を持って宴会に来なさいよ」
「ああ、勿論だ。面白い面子ばかりが集まるからな。楽しみだ」
朗らかに笑いながら、シャンクスは答えた。
そして、ルナシアは挨拶をして彼の船から飛び立ち、十分に高度を取ったところで懐から電伝虫を取り出した。
彼女はようやく仕事が終わったと思ったら、また仕事を渡されたような感じであった為に怒っていた。
だから部下に任せることにした。
「これを聞いている全員に最優先の緊急命令。東の海にいるバギーとかいう奴を生け捕りにして、私の前に連れてこい。生きていれば何をしてもいいけど味方同士での妨害だけはやめろ。捕まえてきた奴には10億を即金でくれてやるわ……!」
ルナシアの命令は多くの幹部達や傘下の海賊達が聞いてしまった。
そのため、とんでもないことが起こってしまう。
新世界からルナシア海賊団の面々や、傘下の海賊団が次々と東の海へ針路をとった。
東の海で呑気に海賊をやっているバギーは、自身が絶望的な状況に陥っていることをまだ知らなかった。