海賊らしからぬ海賊   作:やがみ0821

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情報の出処

「早急に対処しろとのお達しだが……対処できるなら、とっくにそうしている」

 

 センゴクは深い溜息を吐いた。

 ロックス海賊団の結成からたった1年。

 新聞には彼らの起こした事件は載っていないが、その懸賞金の上昇具合は勿論、人の口に戸は立てられないことから民衆の間にも知られている。

 

 民間人への襲撃・略奪だけでなく、政府機関や海軍基地をも恐れず、積極的に襲撃してくる。

 頻度としては民間人を襲うよりも海軍を襲う方が多いのではないかというくらいに。

 そして、海軍が襲われた場合の物的・人的被害は甚大だ。

 強大な海賊共がロックスの下に集まっている為、それも当然といえる。

 

 よくもまあ、ロックスはあんな連中を纏め上げているものだと海軍側は不思議でしかないのだが、どうも連中のこれまでのテロ活動から世界政府の転覆を狙っているのではないかという予想がされている。

 

 五老星からはさっさと潰せとせっつかれているが、ロックス海賊団の活動により世界各地で海賊の動きが活発化している為、そちらへの対処にも人手を取られている。

 この為に戦力の集中が難しく、またロックス達が神出鬼没であっちこっちに現れる為、捕捉が困難というのもある。

 

 エドワード・ニューゲート、シキ、シャーロット・リンリンといった連中相手では中将クラスでも1対1で太刀打ちできないというのも頭が痛い。

 センゴクは若いながらも有能であることから、ロックス海賊団専門の対策部隊のトップを任されており、彼以外にも同期のガープやゼファー、つるといった面々がこの部隊には参加している。

 最優先事項であることから、バスターコールの発動権や人員・軍艦・装備の優先的供給などかなり優遇されている部隊だ。

 しかし、ロックスに苦汁をなめさせられていた。

 

 つい2ヶ月前もどうにか捕捉できた彼らを海上で包囲したのだが、結果は散々なものだった。

 三大将を全員連れていきたいと作戦前からセンゴクは進言していたのだが、それは認められなかった為、ガープとゼファーを含めて中将12名、軍艦50隻という当時かき集めることができた最大の戦力を出した。

 

 ロックス側の船員を多数殺傷あるいは捕らえたのだが、肝心のロックスや幹部達は取り逃してしまった。

 そして海軍は軍艦22隻が沈み、更には大佐以下の海兵達に甚大な損害を受けた。

 軍艦は建造すれば補充できるが、将兵を失ったのが非常に痛い。

 人材を育てるには長い時間が必要だ。

 

「あの少女が厄介だ」

 

 センゴクは手元にある手配書へ視線を落とす。

 そこに描かれていたのは金髪に紅い瞳の少女だ。

 年の頃は10代後半くらいであり、それこそミス・ユニバースになっていてもおかしくないくらいの美しさとスタイルの良さだ。

 

 ロックス海賊団副船長ルナシア――

 将官クラスとの戦闘には一切出ず、もっぱら佐官クラスの海兵達を刈り取る存在。

 存在が知られた当初こそ、大佐以下の海兵しか相手にしていないことから、将官には太刀打ちできない為にそうしているのだと思われていた。

 だが、交戦を重ねるうちにセンゴク達は気がついた。

 

 ルナシアは大佐以下の海兵であるならば複数人を纏めて相手にしても、傷一つ負わずに勝利できるくらいの実力がある。

 勿論、大佐以下の海兵も実力はピンきりで、中には大佐であっても准将に匹敵する実力者もいる。

 だが、そういった者であってもルナシアに傷を負わせることができていない。

 最低でも少将か中将クラスの実力を彼女は有するというのが分析から導き出されているが、そんな輩が格下にあたる海兵達を殺傷しているのが問題だ。

 

 海軍は巨大な組織で戦力も豊富、志願者も多い。

 だが、それでも戦力に限りはあるし、志願した者がすぐに佐官や将官といった実力を有するようになるわけではない。

 階級を問わず海兵を殺傷した数だけでいえば、ルナシアがトップクラスではなかろうか、というのが海軍内での一致した意見だ。

 

 ロックスや幹部達の影に隠れがちであるが、副船長でありながらルナシアは実力的に未知数だ。

 しかし、ロックス海賊団に所属していることと殺傷した海兵の多さにより、懸賞金は2億2000万ベリーとなっていた。

 だが、2億で収まる輩ではないとセンゴクは確信している。

 

 幸いにも分かっていることもある。

 彼女が見聞色の覇気と武装色の覇気を使えること、ここ最近になって刀を使い始めたことだ。

 しかし、剣士としては半人前のようで、よく刀を折ってしまうらしい。

 

 とはいえ、ロックス海賊団としての目的が世界政府の転覆ならば手は打ちようがある。

 

「奴らの狙いが世界政府の転覆にあるのならば……天竜人の殺害も視野に入れるだろう」

 

 聖地マリージョアは狙ってこないだろうが――いやそれでもロックスの性格から無くはない――天竜人達が気に入っている島というのは幾つもある。

 大抵は風光明媚なところで、また天竜人が訪れるという性質上、世界政府直轄の島になっているところだ。

 

 その中でも天竜人達がもっともお気に入りで、多く訪れるのがゴッドバレーと呼ばれる島だった。

 センゴクも詳しくは知らないが、天竜人のみが見学できる遺跡があるという。

 そして、ロックスが天竜人を狙うとするならば団体で観光に来たときだとセンゴクは予想する。

 

 ゴッドバレーに何があるかセンゴクは知らない。

 天竜人が関わってくる話は碌でもないもので遺跡とやらも知ると面倒くさいことになると彼は経験上知っている。

 知らない方が良いことも世の中にはあるのだ。

 

「失礼するよ、センゴク」

 

 ノックと共に執務室に入ってきたのは同期のつるであった。

 

「おつるさん、新しい情報が?」

「CP0が私のところにさっき持ってきたやつだ。ルナシアの情報もあるぞ」

 

 センゴクは身を乗り出す。

 そんな彼につるは肩を竦めながらも告げる。

 

「ロックスの下から逃げ出した船員の情報によれば……ルナシアは不死身だそうだ」

「逃げ出した?」

 

 センゴクは問いかけるとつるは頷く。

 

「これまで逃げ出したヤツはいなかった。その理由としては船内の治安は最悪、船員同士での殺し合いは日常茶飯事、ハナから実力のないヤツは逃げることもできずに殺されたんだと」

「……よくそれで海賊団として纏まっているな」

 

 センゴクの言葉につるは更に続ける。

 

「この情報提供者も持病が云々と言って逃げたそうだからね……あそこは身も心も強いヤツじゃないと生き残れない」

「頭のネジが飛んだの間違いだろう。とはいえ、ルナシアは能力者だな」

「ああ。だが、奇妙なんだ」

 

 つるの言葉にセンゴクは首を傾げる。

 

「そいつの話によれば、ルナシアは頭を潰されようが心臓をぶち抜かれようが死なず、一瞬で再生するそうだ」

「それはまたとんでもない化け物だが……事実ならば大事だ。海楼石で封じ込める必要がある」

 

 海楼石は貴重なもので、海軍であっても短期間で大量に手に入るというわけではない。

 また値段も高い上、加工も非常に難しい。

 そういったのを無視すれば一番有効的なのは海楼石を武器にくっつけて、それをルナシアに突き刺すことだ。

 そうすれば悪魔の実の能力であるだろう再生能力を阻害し、ダメージを与えられる可能性は高い。

 だが、こちらも数は揃えられないので、将官クラスの実力者に使わせるという形になる。

 次善の策としては罠にハメて海楼石製の檻で閉じ込めることくらいだが、そんな簡単に罠にハマってくれるような相手でもない。

 

 ともあれ海楼石に関することは与えられている権限の範囲内でクリアできるが、それでも文句を直接言われるのはセンゴクである。

 彼は溜息を吐いた。

 それを見てつるが告げる。

 

「幸せが逃げるよ?」

「ロックス共が壊滅したら幸せは戻ってくるから大丈夫だ」

「それならいいけどね。海楼石の調達に関しては私も協力する」

「それは心強い。準備期間として1年は必要だと私は見ているが、どうだろうか?」

「妥当なところだ。連中が準備期間中に天竜人を襲わないことを祈らなきゃならないがね」

 

 ガープとゼファーにはあんたから伝えてくれ、とつるは告げ、センゴクもまたそれを了承したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この前、船を降りたババアだが」

「黒炭ひぐらし? 持病の癪がとか言っていたけど……」

「ああ。どうせ俺達の情報を政府や海軍に高値で売りつけたことだろうから、ちょっと落とし前をつけてこい」

 

 ロックスに船長室へ来るよう呼ばれたルナシアはいきなりそんなことを言われた。

 しかし、ロックスの性格を分かっている為、彼女は問いかける。 

 

「見つけ出して首を落とすの?」

「いや、そんな生っちょろいことはするな」

「ヤツの目の前で親族を皆殺しに?」

「いや、それも足りない。あのババアはワノ国で権力闘争に破れた一族の末裔だ。なら、やることは分かるだろう?」

 

 その言葉でルナシアはピンときた。

 

「御家再興を考えていると思うから、その企みを潰した上で殺して、光月家と仲良くする感じ?」

「そういうことだ。それが一番ヤツには効き目がある……あとお前は刀を欲しがっていたから、ちょうどいい。あそこの職人は腕が良いからな」

「私も気をつけてはいるんだけど……刀が耐えきれないっていうね」

 

 シキに切り刻まれながら刀を習っていることはロックスも知っている。

 別にそれを咎めたりもしないし、むしろ笑いの種として重宝していた。

 

 略奪などで刀をルナシアは手に入れていたが、その全てが彼女の力に耐えきれなかった。

 シキとの授業で折れたり、あるいは海軍や海賊、賞金稼ぎとの戦闘で折れたりと散々だ。

 

 最上大業物という区分にある刀が欲しいとよく公言しており、集めたカネを全部使ってでも最強の一振りが欲しいとのこと。

 

 ワノ国には名工と謳われる腕前を持つ刀鍛冶職人も存在している為、特注で作って貰えば良いだろうとロックスは考えた。

 

「お前、手持ち金はいくらだ?」

「たぶん20億ベリーくらいかな。この1年でめちゃくちゃ稼がせてもらったし」

 

 ロックス海賊団において、略奪によって手に入る金銭や物品は早いもの勝ちである。

 迅速かつ一瞬で敵を殺せる実力がなければいつまで経っても稼げないのだ。

 

「もう30億やる。向こうは通貨が違うから、金塊にでもして持っていけ。ババアを地獄に落としてこい」

「……借金かしら?」

「違う。工作活動費として返さなくていい。お前の好きなようにしろ」

 

 ロックスの言葉にルナシアは頷く。

 さすがに何人も連れて行くわけにはいかない為、彼女は1人で行くことにした。

 

 

 

「というわけでちょっと行ってくるから」

「ルナシア、アタシは不安だわ。アンタがいない間に他の連中に……」

「ないない、それはない」

 

 不安げな表情のバッキンにルナシアは手を左右に振ってみせる。

 バッキンは今に至るまで船から降りていない時点で相当な猛者であった。

 実力的には他の連中には劣るが肝が据わっており、ちょっとやそっとの事では動じたりもしないだろう。

 

 リンリンが差し出してきた娘達を除けば明確にルナシアの派閥であると宣言しているのはバッキンくらいなものだ。

 かろうじてカイドウあたりも派閥に属すると言えなくもないが、彼は誰かの下につくのが嫌いである。

 とはいえ、ルナシアとの関係は良好で殺し合いを前提とした悪友という感じである。

 

「ルナシア……」

 

 アマンドが寂しげな顔でルナシアを見つめる。

 彼女以外にもアッシュとカスタード、エンゼルが泣きそうな顔をしている。

 アッシュ達も以前の間引きを見て、泣かなかった娘達だ。

 娘を気前良く差し出してくるリンリンに対して、さすがに簡単に差し出しすぎではないかと思ったことがルナシアにはあった。

 だが、既に船員の誰かの子供を妊娠している為、あんまり考えなくてもいいとルナシアは思い直した。

 

 リンリンにとって子供とは愛情を注ぐ対象ではあるが、政略結婚の道具であるという側面も強いようだ。

 もっともルナシアはもう一歩踏み込んだ条件を出して、リンリンはそれを快諾している。

 

 アマンド達が成長し、戦力としても使えるようなレベルに達したら、リンリンのところへ派遣するというものだ。

 その対価として、ルナシアはリンリンと適正なレートでの交易を行う。

 ロックスが世界の王にでもなったら、適当なところを領土として貰って国家経営でもしてみようかなと考え始めているのが最近のルナシアだ。

 

「大丈夫よ。それに私がいない間、私への思いを募らせておいて」

 

 アマンドの額にルナシアは口づけし、他の3人にも同じく額に口づける。

 

「しかし、何でまたあのババアだけ報復を? 今まで逃げ出したヤツもたくさんいたじゃない」

 

 バッキンの言葉にルナシアは「たぶんだけど」と前置きして告げる。

 

「黒炭ひぐらしは何かしらの目的があって、それを達成したから船を降りたんだと思う。だから海軍に情報を売ったんじゃないかな。怖くなって逃げ出した連中なら、ロックスに報復されそうなことはしないと思う」

「あのババアは小遣いを稼ぎながら自身の保身も図ったというわけね」

「おそらくね。で、船を降りたとき彼女は鞄一つだったから、それに収まるものだと思う。一番ありえそうなのは悪魔の実かな」

 

 バッキンはルナシアの話に頷きながら、若いのによくもまあ頭が回ると感心してしまう。

 

 やっぱり将来有望、こっちについて良かった――

 

 バッキンはそう思いながら、シキやニューゲートの誘いは断ろうと決意する。

 ルナシアがいなくなったら、アマンド達はリンリンの庇護があるが、バッキンには後ろ盾がない。

 シキとニューゲートからはルナシアの情報について悪くない金額を提示されているが、目先の利益よりもルナシアから信頼されたほうが将来的に莫大な利益が得られるだろう。

 

「アマンド達の世話は任せたわ」

「子守代は別料金よ」

 

 バッキンの返答にルナシアは肩を竦めるしかなかった。

 

 

 


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