「おでんが女を連れて会いに来ただと!?」
目が飛び出る程に仰天したスキヤキ。
おでんはドヤ顔であり、盛大な勘違いをされていることが察知できたルナシアは毅然と告げる。
「婚約者とか恋人とかそういうのじゃありませんので」
「何だそうなのか……」
ずーん、と落ち込むスキヤキにおでんは厳しい目でルナシアを見る。
「ルナシア、父上が傷ついてしまったではないか」
「いやこれ私は悪くないわよね……? 事前に色々と伝えてあったし……ともかく、さっさと済ませましょう」
ルナシアの言葉にスキヤキは頷き、2人を奥まった部屋へ案内する。
そこには他の大名達が勢揃いしていたが、彼らは今ここに集まっているという予定はない。
それぞれが領地の視察や別の場所で会議をしているということになっている。
ルナシアがワノ国にやってきて2ヶ月。
黒炭家の動きに警戒しながら慎重に事を進め、ようやくここまで漕ぎ着けた。
そして既に決定的な証拠を掴んである。
黒炭オロチとその後見人と思われる黒炭せみ丸、彼らと接触していた老婆――黒炭ひぐらしの姿も確認され、その上に武器の密造までしていることが判明した。
それを今回、将軍スキヤキと大名達に示すのだ。
ルナシアは居並ぶ面々に挨拶をしながら、懐より電伝虫を取り出した。
映像を記録して保存できるタイプの電伝虫であり、ルナシアが黒炭オロチが帰宅する際に後をつけて撮影したものだ。
電伝虫に特注の望遠レンズを取り付けることで遠距離からの撮影を可能としている。
映像を見終えて、真っ先に動いたのは白舞の大名である康イエだった。
彼は頭を畳に擦りつけて、叫んだ。
「わしの責任だ! すまぬ!」
オロチを小間使いとして取り立てたのは康イエであるが、それすらもオロチの計略であった可能性が高い。
「かくなる上は腹を切る……!」
「オジキ……切腹よりもまず黒炭をどうにかした方がいいだろう」
おでんの言葉にルナシアもまたうんうんと頷き、声を掛ける。
「こういう反乱を起こすような連中って物凄くしぶといから、ちゃんと死体まで確認しないと駄目」
ルナシアの言葉に居並ぶ面々は重々しく頷き、同意する。
「我らで始末をつける。ルナシア殿、誠にかたじけない……」
そう言って深く頭を下げるスキヤキ、すぐさま彼にならって頭を下げるおでん以外の大名達。
しかし、そこでルナシアはある提案をする。
「身内のことは身内で決着をつけたいのだろうけど、以前から言っていた通り、私は光月家と仲良くしたいの。それに敵は厄介な特殊能力を持っている可能性もある」
つまり、とルナシアは告げる。
「本当に不本意だけど、私は光月おでんの家臣よ。その理屈で私もあなた達の身内っていうことだから、参戦しても問題はないわね」
「おお! ルナシア! ようやく家臣だと認めたか!」
「今回だけだバカ殿」
「辛辣っ!?」
嘆くおでんを睨むルナシア。
スキヤキ達は頭を上げてそのやり取りを見て、思わず笑ってしまう。
「そのやり取りを見るに、ルナシア殿は息子との相性も良いので、是非とも嫁に……」
「勘弁してください」
微笑みながら断るルナシアにスキヤキも嘆く。
そこで康イエがゆっくりと口を開く。
「決定したからには迅速にやってしまいたい……遅くとも半月以内に」
彼の言葉にスキヤキは頷き、決断する。
「1週間以内に実行する。おでんとルナシア殿、そして立ち会いには康イエ殿。援護には御庭番衆をつける……黒炭が先手を打たぬとも限らん。警戒を怠るな」
その命令におでんも含めた大名達は一斉に平伏し、ルナシアも少し遅れて彼らにならって平伏するのだった。
そして、会合から3日後のこと。
「康イエ様、おでん様、ルナシア殿。彼奴らは全員集まっております」
御庭番衆からの連絡、そして彼らとは別にルナシアは見聞色の覇気でもって遠目に見える家屋の内部の様子を探っていた。
家には気配が3つあり、どいつもこいつも碌な心の声を発していない。
ルナシアも人のことを言えたものではないが、自分のことを棚に上げるのは海賊の得意技である。
ロックス海賊団時代のひぐらしは戦闘力よりも頭の方でうまく立ち回っていた。
実力的にシキやニューゲートといった面々に並ぶわけではないので、真正面から戦えば勝てると確信する。
「逃げないように包囲しろ」
康イエの指示に伝達に来た忍者は御意と答えて音もなく消えた。
「オロチを取り立てたわしの目は曇っておったな……」
「オジキ、黒炭の悪知恵が勝っていただけのこと。オジキの善意を利用したアイツらは許せん……あと俺んところからよく金を借りにきたのもきっとこれのためだろうし」
「……お前、簡単に金を貸していたのか?」
「オジキの部下だから無下にはできなかったんだ」
おでんの言葉に康イエは苦笑してしまう。
「それは良いことではあるが、少しは人を疑うことも覚えろ。疑いすぎるのも良くはないがな」
「お二人さん、お話は終わってからにして頂戴。行くわよ」
ルナシアはそう宣言して、家屋へと歩き出した。
彼女の後を追って、おでんと康イエも歩き出す。
「なぁ、おでん。ルナシア殿ならお前にぴったりなんじゃないか?」
「別嬪だが、おっかないんだ。前、風呂を覗いたら股間を蹴られそうになった」
「それはお前が悪いと思うぞ」
「おいそこ、無駄口を叩くな」
おでんと康イエの会話を聞いて、すかさずルナシアは注意する。
下手に既成事実化されたら面倒くさいことになる。
おでんは良い男であるのは確かだが、ルナシア的には菊の丞が良い。
男の娘ならセーフである為、手を出そうと考えている。
そうこうしているうちに家の前に到着し、康イエが大声で呼びかける。
「黒炭ひぐらし! 黒炭せみ丸! 黒炭オロチ! 内乱を企てた罪により拘束する! 大人しく出てこい!」
しかし、無抵抗で出てくるわけもないことは百も承知。
故に康イエは扉の前から下がり、代わりにルナシアとおでんが前へと出る。
だが、予想外のことが起こる。
家を内側から吹き飛ばしなつつ姿を現したのは――巨大な八岐大蛇であった。
「あー、やっぱりね」
「これは斬り甲斐がありそうだな」
ルナシアはひぐらしが船から降りた理由を悟り、おでんは舌なめずりをする。
「副船長、私を追ってこんなところまでよくもまあ……」
変な笑い声と共に八岐大蛇の巨体、その影から現れるひぐらし。
その横にはせみ丸の姿もある。
「そういや昨日、ロックスから電伝虫で伝言があったわ。あなた宛に……これは本当よ」
「キョキョキョキョ……船長からかい?」
「ええ。地獄に堕ちて八つ裂きにされろクソババアって」
そう言いながら中指をおっ立てるルナシアにひぐらしは笑って答える。
「おお、怖い怖い……オロチや、あそこにいる小娘をぶっ殺してやりな!」
「ルナシアだろ? あいつ、美人だから俺の嫁にする!」
「キョキョキョキョ……オススメはできないが、好きにやるといいさ」
何かついさっきも、これに近いやり取りをおでんと康イエがやっていたのを思い出し、ルナシアはイラっときた。
この国の連中は揃いも揃って、人を嫁にしようとしやがる――
「副船長が来たって分かったときは仰天したものだが……お前では八岐大蛇には勝てん! 海軍との戦いでは将官から逃げ回っているんだからな! ロックスを籠絡して、格下との戦いにしか出さないように手を回しているんだろ!」
何やら勘違いしているらしいが、好都合なのでルナシアは黙っておくことにした。
「おでん、どっちをやる?」
「俺はオロチをやる。ババアとジジイはお前に任せた」
「了解。バカ殿様の我流剣術とやら、よく見せて頂戴」
「おう、よく見ておけよ」
おでんが閻魔と天羽々斬を鞘から抜き放ち、オロチ目掛けて駆け出した。
彼を迎撃すべく、オロチは火炎を吐き出しながら動き始める。
彼らが移動していったのを見送り、ルナシアはひぐらしとせみ丸に向き直る。
2人共逃げてもいなかった。
「逃げないの?」
「ここでお前を殺して、私がお前に成り代わる……こんな風に!」
その言葉と共にひぐらしは右手で自分の顔を触ると、顔と体格が変わった。
「なるほどね、そういう能力か」
「ジハハハ! そうさ、これがマネマネの実の能力だ!」
「というかシキの奴、マネされてやんの。今度からかってやろう」
けらけら笑うルナシアにひぐらしは懐から銃を取り出した。
せみ丸はいつでもバリアを出現させるよう身構える。
どうやら頑張って抵抗するらしい2人にルナシアは無慈悲に告げる。
「悪いけど、マトモに戦ってやらないわ。お前達みたいな輩は何かしらの切り札を隠し持っていると思うし」
「キョキョキョキョ……! じゃあどうするっていうんだい?」
「こうするの」
ルナシアは消失した。
ひぐらしとせみ丸は思わず目を見張った。
移動したのではなく、神隠しにでもあったかのように忽然と消え失せたのだ。
これには見ていた康イエや御庭番衆、そしてこっそりとついてきていた――それでもルナシアやおでん、御庭番衆にはバレバレであったが――おでんの家臣である錦えもん達も仰天した。
同時に霧が出てきて、ひぐらしとせみ丸の2人を包み込んだ。
この霧はルナシアの能力によるものかもしれないが、たとえそうであっても霧を出したところでどうするのだ、とひぐらしは思い、周囲を警戒する。
近づいてくるときに音や匂いなどそういったものは誤魔化せない。
「……せみ丸、油断するんじゃないよ」
「おう。バリバリの術がある限り、攻撃は通用せん……」
2人は背中合わせになりながら、いつでもこいとばかりに闘志を燃やす。
しかし、それは無駄な努力に終わった。
突如2人は激痛を感じ、そのまま地面に崩れ落ちた。
混乱する2人は己の身体を見て驚愕した。
2人の胸の部分、ちょうど心臓があるあたりを腕に貫かれていた。
その腕はまるで霧から直接生えているかのようで、腕の先にはあるべき筈の身体が存在していない。
「本来なら冥土の土産に教えてあげるべきでしょうけど……私はケチなので、お土産はないわ」
響き渡るルナシアの声を聞きながら、ひぐらしとせみ丸の意識は暗転した。
そして霧が晴れていき、ルナシアもまた姿を現す。
康イエ達はさっぱり訳が分からなかった。
霧が晴れたと思ったら、ひぐらしとせみ丸が心臓のあたりをぶち抜かれて倒れていたからだ。
だが、過程はともあれ結果が全てだ。
康イエは御庭番衆に命じ、すぐさま2人が死んでいるかどうかを確認する。
「両名とも間違いなく死んでおります」
その報告に康イエとルナシアは安堵の息を漏らす。
「あとはオロチだけだが……向こうも心配なさそうだな」
八岐大蛇は首が幾つか斬られたり潰されたりしており、残った首の回りを飛び跳ねるおでんの姿が小さく見えた。
「念には念を入れて近くで待機しておくわ」
康イエの言葉に対してルナシアはそう答え歩み出したが、すぐに杞憂であったと思い直す。
オロチの残っていた首をおでんが斬り飛ばしたのが見えた為に。
とはいえ、イタチの最後っ屁みたいなことをやらないという保証はない。
オロチが死体となるまで警戒を怠ってはいけない、とルナシアは気を引き締める。
その後に彼女はおでん、康イエと共にオロチの生死確認に立ち会い、完全に死亡が確認されるとようやく肩の荷を下ろしたのだった。