「久しぶりに帰ってきたんだけど……知らない顔も多いわね」
「そう言いながら、知らない連中をぶっ殺してんじゃねぇよ」
ニューゲートのツッコミにルナシアはけらけら笑う。
ロックス海賊団はその性質上、入れ替わりが激しい。
9ヶ月もいなければ一部の連中を除いて、ルナシアの知らない奴ばかりであったし、相手側もルナシアのことを知らなかった。
刀の作成期間は6ヶ月程であったのだが、刀の扱いに慣れる為に滞在期間を3ヶ月程延長した為だ。
なお、さすがに菊の丞を連れてくるわけにもいかない為、彼はワノ国に置いてきた。
色々と終わったら迎えに行くという約束をルナシアはしてあった。
ともあれ、知らない連中がいれば不幸な衝突が起きてしまうのも仕方がない。
「ジハハハ……強くなって帰ってきやがって」
一連の戦闘を見ていたシキはそう評価する。
それにはニューゲートも同意するところであり、全体的に強さが底上げされていた。
立ち回りから駆け引き、動きのキレなど9ヶ月前とは雲泥の差だ。
しかも、それでもかなり抑えていることが見受けられる上、刀を抜いていなかった。
「それでその腰にあるのがお前の刀か?」
「おうおう、師匠に見せてみやがれ。良いものだったら貰うがな! ジハハハ!」
興味津々といった様子でルナシアの腰に吊るしてある鞘に入った刀へと視線を向ける2人。
そんな彼らにルナシアは告げる。
「ヤダ。そんなことよりも、ロックスに挨拶をしてくるから」
ルナシアの言葉に舌打ちをするシキとニューゲート。
そんな彼らを放置して、彼女はさっさと船長室へ向かった。
「帰ったわ」
「おう。首尾は?」
「事前に報告した通り、上々ね。落とし前はつけたし、ワノ国で私の評判は上げてきた。あと交易の許可とか色々貰ってきた。刀もできたから……」
ロックスは獰猛な笑みを浮かべてみせる。
「お前に任せて良かった」
もしもルナシアがいなかったならロックスはひぐらしを利用し、彼らの御家再興を支援することでワノ国から利益を引っ張ろうとしたかもしれない。
しかし今回ルナシアのお手柄により、彼女を通せばワノ国から武器や海楼石、その加工品を堂々と入手できる。
世界政府及び海軍にとって、これほどの恐怖もないだろう。
ロックスがルナシアに任せたのは飛行能力があるから、というだけではない。
彼女は他の連中と比べると、遥かに人当たりがよい。
スラム街で生まれたとは思えない倫理観・価値観を持っていることをロックスは見抜いていた。
「刀を手に入れたばかりのお前にとっちゃいらんかもしれんが、褒美をくれてやる」
そう告げて、ロックスは壁に立て掛けてあった大きな布で包まれたモノを掴んで、ルナシアへ差し出した。
彼女はそれを受け取って、布を取り外してみる。
そこにあったのは黒い太刀であった。
全長は2m近くあり、ルナシアの背丈よりも少し大きい。
「最上大業物の一つ、黒刀・夜だ。その名の通りに刃は黒く、武装色の覇気を纏わせているかどうかを判別しにくくできる」
「カッコいい……」
目を輝かせて夜を見つめるルナシアにロックスは笑ってしまう。
「お前の腰にある刀が浮気をするなと怒り始めるぞ?」
「大丈夫、平気平気」
「まあ好きにしろ。で、お前の刀、銘は何にしたんだ?」
「アレコレ悩んだんだけど、シンプルなものになったわ」
ルナシアはそこで一拍の間をおいて告げる。
「銘は黄泉にしたわ。明鏡止水からとって、冥境死垂とかにしようとしたけど、全力で止められた」
「黄泉で正解だな。それはそうと数ヶ月以内にゴッドバレーを潰す」
「天竜人のリゾート島だっけ? そこって」
「そうだ。ギリギリまで他の海賊団を傘下に収める」
「私がいない間、海賊団を傘下に入れていたの?」
ルナシアの問いにロックスは頷く。
「ウチの戦力は足りる? 天竜人に手を出すとなると、海軍はマリンフォードがすっからかんになるくらいに戦力を出してくるわよ?」
「傘下の連中は数だけは多い。多少の時間稼ぎにはなるだろう」
「敵戦力漸減の為、事前にマリンフォードを襲うというのはどうかしら?」
「俺も考えたが、なるべく戦力の消耗は避けたい。ゴッドバレーを襲い、慌ててやってくる海軍の主力を撃破したい……そうすれば好き放題できる」
「ゴッドバレー襲撃は海軍主力を誘き寄せる餌で、本当の目的は海軍と決戦をするってこと?」
「そういうことだ」
ロックスの考えにルナシアは思考を巡らせる。
海賊は海軍に比べて戦力の補充が難しい。
志願者が多くいる海軍と比べて海賊になりたい奴は圧倒的に少数であり、消耗戦になれば不利であることは明白だ。
負ければ後がないのは自分達であり、海軍側は時間を掛ければ戦力を何回でも再建できる。
海軍の戦力が各地に分散していることで局地的に有利に立つことができ、それによって圧倒してきた。
だが、ゴッドバレーで決戦を行うとなれば話は全く変わってくる。
決戦をする為には海軍にも戦力を集結してもらう必要があるのだが、それは将官の大半が集結するという意味でもある。
集結した多数の将官達が戦死するか再起不能になれば、ロックスの言う通りに好き放題できるのは間違いない。
そして海軍が戦力の再建を終えるまでに年単位の時間が掛かる為、その間にロックスは計画を完遂し、世界の王になることができる。
しかし、そんなうまくいくわけがないとルナシアは思う。
三大将を筆頭に綺羅星の如き将官達。
またセンゴクやゼファー、ガープなど中将であるにも関わらず大将クラスの実力を持つ者もいる。
そういった者達が集結すると考えれば、ロックス海賊団とその傘下の海賊達など屁でもない。
太平洋戦争末期のレイテとか沖縄よりも戦力比が酷いことになりそう――
そんな前世の歴史を思いつつ、彼女は告げる。
「……大博打だわ」
「だが、一番勝率が高い。それに、これまでの活動で各国には世界政府に対する不信感を植え付けている……ゴッドバレーだけ勝てばいい。そうすればあとは坂道を転がるように、一気に情勢はこちらに傾く」
その言葉にルナシアは察する。
ロックスとて分かっているのだ。
短期決戦でなければ世界政府と海軍を倒せない、と。
今はまだシキ達は儲け話で得られる利益を信じて従っているが、元々誰かの下につくような連中ではない。
あまり長引くと彼らは離反するか、最悪の場合では海軍と手を結んでロックスを消しにくるだろう。
ロックスは戦闘力もカリスマ性も頭の良さもピカイチだが、そんな状況になったら勝てるわけもない。
ルナシアの不安を感じたのか、ロックスは不敵に笑ってみせる。
「俺は勝つぜ……地獄みてぇなところに付き合ってくれ」
その言葉にルナシアは苦笑しつつ、言葉を紡ぐ。
「ロックス、私はこれだけは絶対にやらないって決めているものがあるわ」
「それは何だ?」
「裏切りよ」
その答えにロックスはゲラゲラ笑いながら、ルナシアの頭に手を乗せて髪をワシャワシャと撫でる。
「破れかぶれになって海賊船に忍び込んでいたガキが、一丁前の口をきくようになったな」
「うるさいー! 少しばかりはそういうことを言ってもいいじゃないの!」
「ああ、好きにしろ」
ロックスは笑いながらそう言った。
そして、ルナシアが帰還して1週間程が経った日のことだ。
ニューゲートが彼女を自室に招き、単刀直入に尋ねた。
「ルナシア、身の振り方はどう考えている?」
彼の言わんとしていることが彼女にはよく分かる。
故にルナシアは胸を張って答えた。
「裏切りだけはない」
「……いくらお前でも死ぬぞ。海楼石ならお前の不死身を封じることができるだろうしな」
ルナシアの言葉の意味を正確に読み取り、ニューゲートはそう答える。
「シキとリンリンにも同じことを言われた」
「……俺は3番目だったか」
「そういうこと。結末は見届けたい」
「戦力差を分かった上で言っているか? 傘下の海賊共はアテにはならんぞ? すぐ逃げ出すのがオチだ」
「ええ。糞ったれで最悪な戦場になるでしょうね……それでも裏切りはしない。決して」
揺るがない決意を示すルナシアにニューゲートは笑う。
「他の連中にお前の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」
「それはそうとして、逃げたり裏切ったりを止めはしないけど……変なタイミングでやらかしたら、戦うのにビビって逃げ出したもしくは裏切った臆病者って言い続けるから」
地味に嫌なことをしようとする彼女にニューゲートは溜息を吐きながら告げる。
「海軍はこっちの戦力を分断してくるだろうよ。その上で1人に対して中将を10人くらいぶつけてくるかもしれん」
「ありえるから怖いのよね……」
「もっとも、さすがに他の海賊がちょっかいを掛けてくることはないだろうが……」
他の海賊という単語でルナシアはロジャー海賊団が頭に浮かんできた。
ロックスが言うには船長のロジャーは自由奔放で、恐れ知らず、良い意味でバカとのことで、彼がそこまで敵となった相手を評価するのも珍しい。
ロジャー海賊団は傘下に入ることを断り、何度か戦ったそうだが、それはルナシアがいない間に起きたことだ。
「ロジャー海賊団ってどうなの?」
「船員の実力も度胸も十分。だが、船長のロジャーは自由過ぎる……無茶苦茶な奴だ」
「面白そうとかいう理由で碌でもないことをしそう」
「俺もそう思う……何でだろうな、ゴッドバレーの決戦に横から割り込んでくる予感がする……」
「奇遇ね、私もそんな気がする……まあ、考えても仕方がないんだけどね」
ロジャー海賊団を潰すとなると、時間を浪費することになるのでそれもできない。
既にゴッドバレーの戦いの為、ロックスは動き始めていたからだ。
ルナシアも彼からワノ国より武器や物資を調達してくるよう命じられている。
といっても、作戦自体は簡単だ。
ゴッドバレーを急襲し、滞在している天竜人達を始末。
海軍が差し向けてくる戦力を傘下の海賊達と共になるべくたくさん撃破しながら逃走するというもの。
ゴッドバレーの警備は厳重だが、突破できるだけの戦力が今のロックス海賊団にはあった。
「あ、そうだ。バッキン達を船から降ろしておかないと……さすがに彼女達を付き合わせるわけにはいかないし」
「ああ、そうしとけ。今ならまだ逃げ出したという形にできるからな……奴らの為にも死ぬんじゃねぇぞ」
ニューゲートの言葉にルナシアは大きく頷きつつ、尋ねる。
「ところでニューゲート。将来、私が独立したらウチに来ない?」
「お断りだアホンダラ」
「シキとリンリンにも断られたのよね……どっかで恩を売って、それを盾に引き入れるしかないかな」
「恩の押し売りはやめろクソガキ」
「絶対あなたとシキは引き入れてみせる。リンリンは配下にすると面倒くさそうだからどっちでもいい」
ニューゲートは首を傾げる。
「お前、リンリンと仲は良いだろ? お前の部屋に入り浸っているときもあるし……」
「色々と深い仲ではあるけれど、あれが食べたいこれが食べたいとうるさいのよ。まあ、食堂から持ってくるんだけどさ」
「女同士ってことはさておいて……盛りのついたガキだな」
「リンリンは美人だから、そうならないのは彼女にとって失礼なのでは?」
「明らかに見えている罠だろうが」
「見えている罠でも引っかからないといけないときがあると思う」
ニューゲートは肩を竦めてみせる。
「で、お前の将来の嫁達とはどうなんだ?」
「良好な関係だわ。色々とこう……仕込んでいる」
「変態め……」
「何とでも言うがいいわ。自由にやらせてもらうのが私のモットーなので」
そう言って胸を張るルナシアにニューゲートは舌打ちをする。
ロックスめ、ルナシアに変なことを吹き込みやがって――
ロックスの影響を受けてか、基本的にルナシアは自由にやっている。
自重という言葉を彼女は知らないのだが、それはこの船における大抵の者がそうであった。
むしろニューゲートがこの海賊団の中ではある意味で一番常識的である可能性すらある。
そんなロックス海賊団の常識人である彼は告げる。
「俺も将来は海賊団を結成するが……うちの連中には手を出すなよ」
「時と場合による。本人の気持ちが大事だと思うの」
ルナシアの答えにニューゲートは深く溜息を吐くしかなかった。