魔法少女の物語   作:転寝

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私の別作品である「ある少女の物語」のキャラクターが登場します。
また、村上春樹の短編小説である「かえるくん、東京を救う」のネタバレを含みます。

オリジナル魔法少女の設定
琴音咲
神浜マギアユニオン結成前に神浜市にやってきた魔法少女。神浜市立大附属学校の中等部三年生で、いろはと同じクラスに所属している。



かえるくんのように

「正直に申し上げますが、ぼくだって暗闇の中でみみずくんと闘うのは怖いのです。(中略)でもやらなくてはならないことだからやるんです」

 

「ニーチェが言っているように、最高の善なる悟性とは、恐怖を持たぬことです。片桐さんにやってほしいのは、まっすぐな勇気を分け与えてくれることです。友だちとして、ぼくを心から支えようとしてくれることです。わかっていただけますか?」

 

――――村上春樹「かえるくん、東京を救う」

 

 

 カラン、カラン…ドアが開き、軽快なベルの音が鳴った。建物の中に入ると同時に清涼感に包まれ、救われたような気持ちになる。それ程外が暑いのだ。

 柔らかい色の壁や天井が安らぎを与えるその喫茶店には、お昼時だというのに余り人が居らず、自分の他には奥のカウンタにいるマスターを除けば何やら大声でやり取りする今時のカップルだけだった。最も、席の数自体が少ない為あまり人は入れないのだが。

 琴音咲(ことねさき)は適当な椅子を選んで腰を下ろした。制服が肌に張り付くのを不快に思いながらカバンを隣の椅子に置き、一息つく。直ぐにマスターがお冷とメニューを持ってきた。

 メニューを見ながら考える。ここで珈琲を頼めればどれだけいいかと。然し彼女はまだ中学生であり、大人の味覚はまだ早いと自分でも分かっていた。だからマスターを呼び、大人しくオレンジジュースを注文した。

 それからカバンの中から文庫本を取り出して、栞紐が挟まれた部分からゆっくりと読んでいく。何度も読んでくたびれたその本は、それでもやっぱり面白くて、内容も深い。

 暫く読書に集中し、キリの良い所まで読み終えた所で顔を上げると、目の前には涼し気な水滴を纏ったオレンジジュースが置かれていた。

どうやら自分はマスターが来た事にも気づかずに読書に集中していたらしい。

 本を閉じてジュースを飲む。心地よい清涼感と程よい酸っぱさが口いっぱいに広がった。自然と笑みが溢れる。

 その時、誰かが声を掛けてきた。

「咲ちゃん」

 吃驚して顔を上げると、いつの間にか桃色の髪の少女が咲のそばに居て、微笑んでいた。

「いろはちゃん!」

 友人が突然現れた事に驚いた咲は思わず声を上げた。するといろはは「いきなりごめんね」と少し慌てた様に言った。

「全然大丈夫だけど…もうマギアユニオンの会合は終わったの?」

「うん。細かい案件が沢山あったけど…みんなで話し合って解決策を出したから何とかなりそう」

「そっか…」

 マギアユニオン結成から暫くの時間が経ち、最初は危うい所があった組織運営も今は何とか持ち直し、軌道に乗ってきている。

 いろははユニオンの代表として殆ど毎日の様に幹部達と話し合いをしていると聞いていた。大量に持ち込まれる案件は大抵は定例報告会で処理するのだが、それでもまだ膨大な案件が残っている。故にいろはは(機械音痴なのにも関わらず)メッセージアプリ等を駆使して、それらを捌く毎日を送っていた。

(大変だろうなぁ…)

 神浜には沢山の魔法少女がいる。その声に耳を傾け、要望に応えるのは想像を絶する疲労を伴うだろう。然しいろはは疲れた顔一つ見せずにそれに笑顔で対処していた。

 彼女が言うには「みんなと前に進んで行ける事が嬉しい」との事だった。…自分には真似出来ないだろうなと咲は思った。

 

 その時、またドアが開き、いろはの妹である環ういが入ってきた。咲といろはを見つけると花が咲く様な笑顔を浮かべ、此方へと駆け寄ってくる。

「お姉ちゃんおまたせー!咲さん、こんにちは!」

「こんにちは、ういちゃん」

「うい、灯花ちゃん達は大丈夫?」

「うん。二人共この後用事があったみたいで…」

 ういは少し残念そうに言った。どうやら親友である里見灯花と柊ねむと話し込んでいたらしい。それがお開きになったから此処に来たという事だった。

「里見さんと柊さん、元気そうだった?」

 咲がういに訊いた。二人は咲より年下なのだが、咲とは比べ物にならない天才である。だから何となく萎縮してこういう呼び方になっている。本人達は普通に呼んでいいと言ってはいるのだが…。

「いつも通りだよ」

 ういは少し苦笑して答えた。きっと二人が些細な事で喧嘩して、それを止めていたのだろう。傍から見れば微笑ましい光景ではあるがういにとっては少しばかり疲れる事である筈だ。だけどもういは嬉しそうだった。

 それにつられて咲といろはも笑みを浮かべた。

 

 

「そういえば、咲ちゃんが読んでるその本って…」

 暫く談笑した後、いろはが訊いた。

 咲はテーブルの上に今まで読んでいた本を出す。文庫本で、日光に炙られてカバーが変色しかかっている。タイトルは『神の子どもたちはみな踊る』。村上春樹の短編小説集だ。

「難しいけど…でも、面白いよ」

「村上春樹かぁ…難しい小説を書く人なんだよね」

「うん。元々おじいちゃんが好きで読んでて、その影響で読み始めたんだけど…ストーリーは難しいかな」

「へえ…」

「でもお姉ちゃん、確か前に読んでたよね?」

 ういが何かを思い出したように言った台詞に、いろはは首を傾げる。

「そうだったっけ…」

 記憶を辿るように暫く目を閉じ、うむうむと唸っていたいろはだったが、やがて目を開き、そういえば…と手を打った。

「読んだ事あるかも…確か、かえるが出てくる話だったような…」

 いろはの言葉に、今度は咲が小さく声を上げた。『神の子どもたちはみな踊る』のページを捲り、ある部分をいろはに見せる。

「それって…もしかしてこの話?」

 咲が開いたページには、『かえるくん、東京を救う』という小説のタイトルが書いてあった。

「あ、それかも。かなり前に少し読んだだけだけど…」

「どういうお話なの?」

 ういが訊いた。

「ええと…簡単に言えば、片桐っていう銀行員の元にかえるくんがやって来て、『一緒にみみずくんと戦ってほしい』って頼むの。それで片桐さんはかえるくんと一緒にみみずくんと戦おうとするんだけど、その前日に狙撃されて、気付いた時には全部終わっていた…って話かな。ごめんね、説明下手で…」

 どうも上手く要約出来ず、なんだかへんてこな説明になってしまった。然しういは「へぇー…」と興味を持ったようだった。

「なんでみみずくんと戦わなくちゃなんだろう…?」

「みみずくんが東京の真下で地震を起こそうとしたからなんだよ。かえるくんはそれを阻止する為に片桐さんと一緒に戦おうとしたんだ」

 でも、みみずくんが悪いものであるかというとそうとも言いきれない。本編でかえるくんは「みみずくんのような存在も、ある意味では、世界にとってあってかまわないものなのだろうと考えています」と言っている。つまりこれは善悪の話ではないのだろうと咲は解釈した。流石に詳しい意味までは分からなかったが。

 

「わたしがこの作品を読んで思ったのは、わたしもかえるくんみたいになりたい…って事だった」

 かえるくんはみみずくんと戦いたくて戦っている訳では無い。それは誰かがやらなくてはいけないことであり、かえるくんは偶々その役割を負う事になっただけなのだ。だけど彼はその役割を全うした。片桐の力を借りて、みみずくんと戦った。片桐はみみずくんと戦う前、狙撃されたが彼の存在はかえるくんを助けたのだ。

「わたし達魔法少女も、同じなのかもしれないなって…」

 魔女が「世界にとってあってかまわないもの」であるかと言われるとそうではない。だからこそ魔法少女は魔女と戦わないといけない。かえるくんがみみずくんと戦ったように。

 片桐の様な支援者は居ない。魔法少女を助けてくれる一般人なんてフィクションの存在だ。

 だけど、

「魔法少女はひとりじゃない。他の魔法少女と協力して、魔女を倒すことが出来る」

 魔法少女は一人一人がかえるくんであり、片桐でもあるのだ。そしてかえるくんと片桐は地震を阻止した。ならば、魔法少女も…。

 それを二人に伝えると、二人共微笑みながら頷いた。

「きっと出来るよ。過酷な真実も悪い魔女も、きっと追い払える」

「だってわたし達は夢と希望を運ぶ魔法少女だから!」

 二人の言葉は咲の中にあたたかいものを生み、咲はそれを確りと感じながら頷いた。

 窓から柔らかい陽の光が差し込み、店内を優しく照らした。

 

 

 

 …かえるくんがみみずくんと戦った後にどうなったのか、咲は敢えて触れなかった。それはハッピーエンドとは言えない結末で…あまりにも酷い結末だった。

 魔法少女も、そうなってしまうのではないか…その可能性を考えて、咲は無意識に小さく身震いをした。

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