魔法少女の物語   作:転寝

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数年ぶりの投稿ですが拙作『ある少女の物語』に登場するキャラクターの話なのであまりまどマギ要素はありません。
予めご了承ください。


ふたりだけの

 蝉の声と青い空。ゆらゆらと陽炎が立ち上り、茹だるような暑さがある種の倦怠感を生んでいる。

 そんな中にあって、琴音咲は上機嫌で歩いていた。汗で躰がべとべとしているし、耐え難い暑さが1秒毎に気力を奪っていっているのだが、それを加味してもなお上機嫌だった。

 その原因は、隣にいるひとりの少女だった。ぼさぼさの黒髪に気だるげな紫の眼の少女で、炎天下の中を汗ひとつかかずに歩いている。

 少女──吹綿秕の手には、小さなお泊まりセットがあった。先ほど、近くのドラッグストアで購入したものだ。咲が上機嫌なのは、そのお泊まりセットが引き起こすであろう状況に起因しているというわけである。

 即ち、今日は秕が咲の家に泊まる日だった。

 どうしてこうなったのかというと、話は3日前に遡る。

 

   ・   ・   ・

 

 夏休みでも部活はある。

 といっても、ふたりが所属している吹奏楽部は一週間前にコンクールを終えたばかりだ。次に控える大舞台といったら11月頃にある新人演奏会くらいのものなので、練習もまだ緩いものだった。

 その日も半日で部活が終わり、ふたりはクーラーの効いた音楽室から暑い屋外へと進んでいく。そのコントラストの最中、咲が思いついたようにこう言った。

 

「秕ちゃん、夏休みって時間ある?」

「……急にどうした」

 

 秕が咲を見る。気だるげな態度と口調だが、秕はこれが常態なので咲は気にせず話を続けた。

 

「せっかくの夏休みだからさ、いつもはできないことをしたいなぁって思って」

「できないこと?」

「えっと、どこか出かけるとか……」

「暑いから遠出はしたくない」

「じゃあ夏祭りに行くとか」

「人が多くて煩い」

 

 無表情で提案を却下していく秕に「うーん……」と唸りながらも、咲は諦めずに3つ目の提案を出した。

 

「あとは……そうだ! うちに泊まりに来るとか!」

「咲の家に?」

 

 漸く興味を引けるような提案を出せたらしい。これを逃すまいと、咲は大きく頷いた。

 

「秕ちゃんがいいならだけど……どうかな」

「……泊まってなにをするんだ?」

「えと……夜までおしゃべりするとか、ゲームするとか……」

 

 そういえば、お泊まりってなにをするんだろう。

 特別感はあるが、どこかぼんやりしているイベントだ。咲はこれまで友達の家で泊まったことも、自宅に友達を泊めたこともなかったのでよく分からなかった。

 秕は相変わらずの無表情で、簡潔に自分の考えを述べた。

 

「涼しいなら行く」

「もちろん、エアコンは効かせておくよ。でも秕ちゃんが住んでるところってそんなに暑いの?」

「扇風機しかない」

「それは……むしろ来てほしいかな」

 

 この夏を扇風機だけで乗り切るのは無理だ。1日だけとはいえ、どこか涼しい場所で寝かせてあげたい。

 という訳で、お泊まり会の予定はすんなり決まった。

 決まったのだが──

 

(……でも、お父さんとお母さんOKしてくれるかな)

 

 吹綿秕という少女は、基本的に周りから良い印象を持たれていない。

 それは咲の両親も同様であるはずだった。口に出したことはないが、秕の噂はきいているだろうし、あまり良くは思っていないはず。

 説得が大変そうだなと思ったが、この提案をしたのは自分だ。頑張って交渉してみようと思い、咲は拳を握った。

 

   ・   ・   ・

 

 思った通り、母はあまりいい顔をしなかった。

 

「友達を泊めるのは構わないけど……その子、本当に大丈夫なの? あんまりいい話はきかないんだけど……」

「大丈夫だよ。秕ちゃんは悪い子じゃない。それはわたしがよく知ってる」

 

 協調性はなく、それでいて周りより優れた秕は、世間からみると単なる厄介者だ。

 だが、友達として秕のそばにいる咲には、そうは見えなかった。寂しがり屋で、頭がいのに口下手な、ただの女の子──それが咲にとっての秕だし、世間の印象など、単なる一側面にすぎない。

 それを力説しても母は渋っていたようだが、それを止めたのは同居している祖母だった。

 

「咲の好きなようにさせればええ」

「でも、お母さん……!」

「咲は優しい子じゃ。そんな子が選んだ友達だ、悪いはずがなかろうて」

 

 それとも、おまえは咲の言うことを信じられんのか? ──祖母はそう言って、じっと母を見た。

 

「そんなことはないけど……ああもう全く、お母さんは咲に甘いんだから……」

 

 はぁ、と溜息をつくと、母は咲に向き直って、

 

「問題は起こさないこと。それなら許可するわ」

 

 と言った。

 

「ありがとうお母さん……! おばあちゃんも、ありがとう!」

「咲が友達を連れてくるなんて初めてのことだからの。私も楽しみにしとるよ」

 

 祖母は目を細め、皺だらけの顔を崩すように笑う。

 そこからは早かった。あれよあれよという間に計画は進んでいき、気づけば当日を迎えていた。

 そして今に至るというわけである。

 

   *   *   *

 

「ただいまー!」

「……お邪魔します」

 

 琴音家に着くと、秕は小さい声で挨拶をした。この時点で驚くべきことだったが、奥から咲の母親が出てくると、秕は小さく頭を下げてこう言った。

 

「吹綿秕です。咲とは……仲良くしてもらってます。今日はよろしくお願いします」

 

 母親は面食らった様子で、「え、ええ……咲の母です。いつも咲がお世話になっています」と挨拶した。

 それを見た咲はにっこりと笑って、

 

「とりあえず、わたしの部屋に行く?」

 

 と言った。

 

「ああ」

 

 秕が頷くのを見ると、咲は二階へと続く階段を上り、自分の部屋へと向かう。

 秕は会釈するとそれに続いていき、あとには「意外といい子なのかも」と思っている母親が残された。

 

「あ、部屋に荷物置いたら手洗いとうがいしなさいよー!」

「はーい!」

 

   *   *   *

 

 時刻はもうすぐ一時。部活が終わったあとにお昼ご飯を食べてきたので、ふたりは咲の部屋でのんびりすることにした。

 秕は先程から咲の部屋を物珍しげに見回している。

 

「こんな感じなんだな」

「うん。そんなに珍しいものがあるわけじゃないけど……」

 

 本棚に並んだ本、整頓された机──主の几帳面さを反映した部屋を見た秕は「咲らしい部屋だな」と珍しく肯定的な感想を述べた。

 

「そうかな……」

 

 咲が少しばかり照れくさそうにしている横で、秕はあるものを見つけて「これは?」と咲の服の裾を引っ張った。

 部屋の隅に置いてある、黒くて大きなケース。咲がそれを開けると、アコースティックギターが姿を現した。

 

「ギターなんて持っているのか。」

「うん。元々はお父さんのものだけど、譲ってもらったんだ」

 

 手近な椅子に座ると、咲はギターを弾き始める。チューニングはこまめにしていたらしく、音の狂いはなかった。

 弾いたのは秕もどこかで聴いたことのあるようなJPOPだった。指遣いに淀みはなく、途中で鼻歌を歌い始める余裕があるのを見るに、相当練習したのだろう。

 演奏が終わると、咲は控えめな口調で「どうかな……」と呟くようにきいた。

 

「悪くない」

 

 秕が率直な意見を言うと、咲は嬉しそうに「やった! えへへ……秕ちゃんにそう言われると嬉しいな」と緩んだ笑顔になった。

 その姿を見て自然と口元が緩んだ秕は、これまた部屋の端に配置されていた電子ピアノに目を向けると、「弾いていいか」と訊ねた。

 

「もちろん!」

 

 咲が頷いたのを見て蓋を上げる。綺麗に使い込まれており、埃ひとつない。

 咲が楽譜を持ってきた。様々な曲が収録されているもので、秕は適当なページを開いて目に付いた曲を弾く。

 どうやら咲も知っている曲だったらしく、しばらくするとギターの音が入ってきた。

 曲が終わると、秕はまた適当な曲を弾き、それに咲が合わせる。間違えてもそこで止めることなく、延々と弾き続ける。

 結局、お泊まり会はふたりだけの演奏会になったのだった。

 

   *   *   *

 

「……秕ちゃん、寝ちゃった?」

 

 布団を敷いて横になっている秕に、ベッドにいる咲が話しかける。

 本当は秕をベッドに寝かせるつもりだったが、彼女が頑として譲らなかったため、このような形となっていた。

 

「起きている」

 

 短い返答。それを受けた咲はどこかすまなさそうに言う。

 

「本当ならもっと色々できたかもしれないけど……ごめんね」

「どうして謝る?」

 

 秕が躰を動かし、咲の方を向いた。

 

「あたしは楽しかった。咲とふたりだけで演奏する機会なんて中々なかったからな」

「……なら、よかった」

「それに……」

 

 そこで秕は顔を背ける。

 どうしたのと咲がきくと、「なんでもない。もう寝る」という答えが返ってきた。

 

「わかった。おやすみ、秕ちゃん」

「……おやすみ」

 

 それから静寂が訪れ、ややあって咲の寝息がきこえてきた。

 それに耳を傾けながら、秕は目を閉じる。

 ふと、先程自分が言おうとしていた言葉が浮かんできた。

 

(……咲と一緒なら、なにをしても楽しいから)

 

 ……そんなこと、言えるはずがない。

 はぁ、と息をつく。涼しいはずなのに顔が熱かった。

 それでも意識は次第に沈んでいって、やがて秕は静かな眠りに落ちた。

 とてもしあわせな1日だった。




マギアレコードがサービス終了するときいた時は感謝の気持ちと寂しさが綯い交ぜになった気持ちになりました。
この短編集も完結扱いにするべきかどうか迷いましたが、ネタが浮かぶかもしれないのでとりあえず連載中のままにしておきます。
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