魔法少女の物語   作:転寝

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一般人から見た魔女ってどんな風なんだろうなーと思って書きました。


宝崎団地の怪

「失踪事件?」

 

 ある日、公江智也(きみえともや)は編集長に呼び出された。

 キャスター付きの椅子に座り、紫煙を燻らせながら編集長が話題に出したのは、最近世間を賑わしている「少女失踪事件」の事だった。

「そう。最近また増えてきたのよ」

 プロレスラーと見間違う程の巨漢でありながら女口調で話す編集長がこんな話題を出しても全然深刻に感じられないのは何故だろうかと思いかけ、慌てて意識を戻す。

「増えてきたって…いつもの事じゃないですか」

 公江はまだ少し上の空のまま言った。少女の失踪事件なんて、特段珍しい事では無い。

「でもここ最近は特に顕著になってるわ」

「変態が増えたかなんかでしょう…どうせ」

 少女が突然消えるという事件は昔からあった。昔は神隠しだのなんだのと騒がれたらしいが、今はそんなバカバカしい説を支持している輩は少ない。

 失踪した少女は大体が死体で見つかる。まるで怪物に喰われたかのように損傷の激しいものや、ただ眠っている様にしか見えないものまで、様々な状態で発見されるのだ。

 実際にどれくらいの少女が失踪しているのかは分からない。それに関しては報道規制が敷かれているから具体的な数字は国民には知らされていないのだ。ただ、かなり多くの少女が姿を消しているのは事実らしい。

 公江には娘がいる。だから不安になる気持ちも分からないでもないが…。

「でも、それをうちの雑誌で取り上げたところで…」

「それは分かってるわよ」

 公江は三流雑誌のライターである。何とか家族を食わせていくだけの収入は維持出来ているが、現在はそれすら怪しくなりつつある。雑誌が売れなくなってきたのだ。

「じゃあ…」

「でも、気になるのよ」

 編集長は煙草を灰皿に押しつけながら言った。その目は少年の様にキラキラと輝いている。

 彼が「気になる」と言ったネタは大衆受けする事が多い。今回もそうなるかもしれない。

 といっても…。

「どうやって調べればいいんですか?」

 少女失踪事件は警察も中々手掛かりが掴めず、操作はいつも難航しているという。対策を練ろうにも原因が不明なので迂闊に手出しもできない。

 そんな難事件を自分が調べろというのは無理があると思った。すると編集長は散らかり放題のデスクから一枚の資料を引っ張り出して公江に突き付けた。

「宝崎団地…?」

「そう、そこに住む少女が相次いで失踪してるのよ」

 資料を見ると、それは最近起きた出来事のようだった。

 三日間で四人が失踪…しかも全員少女だ。確かにこれは異常である。

「今から行けば何か得られるかもしれないわ」

「でも、警察が規制してるんじゃないですか?」

「そんなの形だけよ」

「んなアホな…」

 公江は溜息をついた。何だかんだ言って自分はこの人に逆らえない。やるしかないのだ。

「…分かりました。期限はいつまでですか?」

 編集長は喜々として期限を告げた。

 公江はわかりましたと言って編集長の元を辞した。

 

 

 取り敢えず、現場に足を運ぶ事にした。

 宝崎団地は宝崎市にある大規模な団地で、公江の仕事場の近くにある。公江が子供の頃からあった古い団地ではあるが、何年か前の大震災にも耐え切った丈夫な建物である。

 団地の前にあるちょっとした遊び場(ブランコと滑り台があるだけの簡素なもの)では子供達がはしゃぎ回っている。それだけを見ると微笑ましい光景だがその近くでは母親と思われる女性達が世間話をしながらも子供の方に目を光らせている。矢張り神経質になっているのだろう。

 公江はその中に文屋美布(ふみやみふ)の姿を見つけた。彼女は公江の同級生で、確か中学生の娘が居るはずである。向こうも公江に気付き、話をしていた女性に断りを入れてから近付いてきた。

「公江くん。こんな所でどうしたの?」

「ああ、実は…」

 公江が事情を話すと、美布はなるほどと頷いてから、

「でも、やめといた方がいいと思うわ」

 深刻そうな顔で言った。

「まだ、話を聞ける状態じゃないか」

「当たり前よ。警察も見回ってるし…向こうも雑誌記者となれば良い顔をしないでしょうよ」

「だよな…」

 公江は頭を抱えた。編集長の見込みは甘いと分かっていたのに…。

 それを不憫に思ったのか、彼女は慌てて、

「でもあたしが知ってる事なら教えるわ」

「いいのか?」

「まあ…そんなに詳しい訳じゃないけど。娘が色々仕入れてくるから」

「ああ…」

 美布の娘は文屋夏帆(ふみやかほ)という。記者顔負けの情報収集力を誇り、学校では「情報屋」だとか「ブン屋」と渾名されているらしい。

「夏帆ちゃん元気か?」

「相変わらずよ。円花(まどか)ちゃんは?」

「元気だ。オレとは口を利いてくれないけどな」

「お互い大変ね。…で、事件の事よね」

「ああ」

 公江は手帳を取り出してメモを取る準備をする。美布は暫く思案した後、話し始めた。

「失踪した子達は仲良しだったらしくて、いつも一緒に居たらしいわ。そこを狙われたのかは分からないけれど…」

「犯人の目星は…ついてないよな」

「いつも通り難航してるらしいわ。…あ、でも」

「なんだ?」

「…居なくなった子の中で、日記をつけてる子がいたのよ。その子は失踪する前に、こう書き残していたらしいわ」

 

 ―天使を殺す。

 

「…天使?」

 美布は頷いた。自分で言ったことを信じていないような眼をしている。

「そ。この団地の屋上にね、出るらしいの」

「天使が出るって…」

ファンタジー小説かよと公江は思ったが口にはしなかった。

「正確には、何人かの女の子がそう証言してるってだけなんだけどね」

「へぇ…」

 集団幻覚かなにかだろうか。

「で、その天使を見た子はその後近いうちに無くなるらしいわよ」

「なんだそりゃ…」

 益々胡散臭い。女の子だからそういったオカルト的な事に夢中になるのは分かるが、流石にそれは考え過ぎではないだろうか?

 美布にそう言うと、彼女も呆れた様な表情で同意した。

「まあそうよね。でも、そう言う話が広まってるのも事実よ」

 それから思い付いたように、

「もしかしたら何か手掛かりになるかもしれないし、調べてみたら?」

 そう付け加えて、美布は先程話していた女性の元へと戻っていった。

 

 

 話を聞き終わった後、公江はエレベーターで団地の屋上へと向かっていた。

 先程美布から聞いた話―天使の話が、何故か気になったのである。馬鹿馬鹿しいとは思ったが、団地内の人に話を聞いた所で美布から得た以上の情報は手に入らないだろう。かといって手ぶらで帰るわけにもいかない。だから半分藁にすがる思いでの行動だった。

 屋上には誰も居なかった。勿論天使なんてものもない。だだっ広い空間が有るだけである。

(オレは何をやってるんだ…)

 ただの噂話に感化されるとはライター失格だ。そう苦笑しつつ、戻ろうと振り返ると…。

 

「え」

 

 ―目の前に、天使が居た。

 

 それは人間では無かった。石で出来た身体を持ち、無機質な目がこちらを見つめている。

「な、なんだコイツは…」

 エレベーターの入口を塞ぐ様に鎮座している。だが自分が屋上に来た時はこんなもの無かった筈だ。

 突然の事に吃驚して、辺りを見渡すと…先程まで居た屋上とは、全く違う光景が広がっていた。

「教会…?」

 全てが石造りの教会に、公江は居た。

 やばい、咄嗟にそう思った。先程まで自分は屋上に居た筈だ。なのにこれは…幻覚だろうか?

 戸惑っていると、石造りの天使が言葉を発した。

〖汝、罰ヲ望厶カ〗

 嗄れた声に驚く余裕も無く、公江は状況が把握出来ずに狼狽える。

 ―オレはどうしちまったんだ?

 全てが明らかに普通では無い。目で見ている事を現実として処理出来ず、気が狂いそうだった。

〖汝、罰ヲ望厶カ〗

 再び天使が話しかけてくる。

「おい…なんだよこれ。なんなんだよこれは!」

〖汝、罰ヲ望厶カ〗

 天使は機械的にその言葉を繰り返すだけで公江の質問には答えようとしない。

 公江は苛立ち、衝動的に天使を蹴り付けた。

〖汝ヲ叛逆者ト看做ス〗

 天使の言葉が変化したが、それを気に止めず、公江は叫んだ。

「おい!早くここから―」

 

 

 次の瞬間、公江の視界が回転した。

 

 

「…………………………え?」

 訳が分からない。

 何が起きた?

 慌てて起き上がろうとして―その事を実感した。

「………あ」

 足が無い。

 それどころか―下半身が無い。

 それを知覚すると同時に、視界が暗転した。

 どうやら、自分はこの天使の怒りを買ったらしい。

 だから、身体を両断されたのか。

 それに思い至って―公江は観念した。

 

 何が何だか分からないが、自分はここで死ぬしかないようだった。

 

 

 宝崎団地の屋上で不審死を遂げたライターの事はそれから暫くの間マスコミを賑わせ、「宝崎団地の怪」として知られる事になる。

 その後、公江の娘は父親の死の真実―悪しき「魔女」に殺された事―を知り、彼女自身も魔女と関わりを持つ事になるのだが…それはまた別の話である。

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