しあわせだった日々。
家族で過ごした、大切な日々。
急に奪われた、もう戻らない日々。
―それは彼女の中にくっきりと刻まれている。
傷の様に、夢の様に…。
*
何か楽しい夢を見ていた。
詳しい内容は曖昧だが、兎に角楽しい夢だった。
だが、楽しい夢は唐突に終わりを告げた。
「…シア……フェリシア!」
誰かが強く体を揺さぶっている。
それで、目が覚めた。
「……んだよ…」
ゆっくりと目を開ける。瞬間、窓から眩しい光が入ってきて目を強く刺激した。
「もう朝よ。早く起きなさい」
目の前に居るのは…七海やちよ。呆れた様な表情で此方を見ている。
「んああ…」
意味不明な呻き声と共に彼女―深月フェリシアは上半身を起こした。まだぼんやりした目でやちよを見て、これまたぼんやりした口調で言う。
「メシは…?」
「出来てるわよ。みんな下にいるからフェリシアも早く来なさいね」
そう言ってやちよは部屋から出て行った。
フェリシアはもぞもぞとベッドから這い出し、覚束無い手付きで着替えを始めた。
*
今日は休日なので、みんなでゆっくりと朝食を済ませた後は思い思いに過ごしていた。
フェリシアは携帯ゲームに熱中していた。やちよが口煩く「宿題しなさい」と言ってくるがそれは無理というものである。キリがいい所まで終わってないからだ。
「…よっ、ほっ…そんな攻撃オレには効かねぇっつうの!」
やっているのは格闘ゲームである。自分のキャラクターを巧みに操り、相手キャラクターの攻撃をことごとく躱していく。
そしていざ反撃に転じようとした時、やちよの雷が落ちた。
「いい加減にしなさい!ゲーム機取り上げるわよ!」
「わあっ!」
それに吃驚して手が止まった隙に相手が猛攻を仕掛けてきた。気付いた時には既に遅く、ボコボコにやられてしまい呆気なく敗北した。
「あ〜!クソ、負けた!」
悔しがりながら顔を上げると、そこには地獄の鬼も裸足で逃げ出すであろう凄まじい形相をしたやちよの顔が…。
「フェリシア〜!」
「ひぃん!分かった、宿題やるからー!」
…みかづき荘は今日も平和(?)である。
*
渋々といった様子で宿題を始めたフェリシアだったが直ぐに撃沈し、その時丁度みかづき荘に来た由比鶴乃にかなりわかり易く教えて貰いながら何とか宿題を終える事が出来た。
これでまたゲームに熱中出来る…そう思っていたフェリシアだったが、
「へぇー!」
「綺麗な花だね…」
椅子で花の図鑑を見ていた環ういと二葉さなが突然声を上げたものだからそっちに気を取られてしまった。
「どうしたの?」
ういの姉である環いろはが訊く。ういはなんだか嬉しそうに答えた。
「見てこの花!」
「これ?……綺麗な花だね。ん?この花…フェリシアって言うんだ」
いろははういが見せた花の名前を見てちょっと驚いた様に声を上げた。
「あ?オレがどうかしたか?」
フェリシアは自分の名前に反応していろはの方を見た。
「あ、ううん。フェリシアっていう花があったから」
「花?」
自分の名前と同じ花…何となく興味が湧いたので図鑑を見てみた。
そこには、青や薄いピンクの小さな花が載っていた。
「へー…ちっこい花だな」
それが感想だった。確かに綺麗ではあるが、小さい花だ。
「えっと、花言葉は…『幸福』、『恵まれている』だって」
いろはの言葉に「こんな小さな花にそんな意味があるのか」と思い写真を見つめる。何故か花言葉を聞いた後では健気で愛らしいものに見えるから不思議だ。
それにしても…。
(幸福、恵まれている…か)
確かに自分は幸福で恵まれていると思う。
今、こうしてみかづき荘のみんなと居られている…それはとても幸せな事だろう。
(父ちゃんと母ちゃんも、そんな願いを込めてこの名前にしたのかな…)
自分らしくない事を考えたと同時に、今朝見た夢の内容を思い出した。
確か…夕食の光景だ。自分の好きものを食べながら、家族で楽しく過ごしている…そんな夢だった。
魔女が両親を殺さなければ―今もそんな生活を送れていたのだろうか。
みかづき荘の皆と出会う事も無く、また別の…もっと楽しい世界に居られたのだろうか。
(………それはわかんねぇけど、でも)
何となく、そんな光景は有り得ないような気がした。
それは、今がとても幸せである事の証左だったのかもしれない。
(オレは今の暮らしが好きなんだ)
もう手に入らないものの事なんて、考える必要はないよな―そう思ったフェリシアはいつも通りの思考に戻った。
それからは、また変わらない日常。
フェリシアが大好きな、仲間達との日常が続くだけだ。
フェリシアは知らない。
両親を殺したのが魔女では無く、自分自身である事を。
フェリシアは知らない。
それを知ったとき、日常がどう変わるのかを。
―深月フェリシアは、