「なんだって?」
「ゲリラが115名戦死というだけでは何も分からないわ。一人ひとりのことはなにもわからないままよ。妻や子供がいたのか?芝居より映画の方が好きだったか?まるでわからない。ただ115人戦死というだけ」
――――ジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』
静かな喫茶店に、二人の少女がいました。
片方は短髪の活発そうな少女で、クリームソーダを飲んでいます。もう一人はおかっぱ頭の大人しそうな少女で、彼女はオレンジジュースを飲んでいました。
学校の友達という訳ではなさそうです。二人の制服は違うもので、彼女達には同級生だとかそういった関係性を超越した何かがありました。かといって友愛を超えた関係であるという訳でもなさそうです。彼女達の指にはお揃いの指輪が嵌っていましたが、それは友達の証ではありません。寧ろこれによって彼女達の関係性はそういったものとは大きく変わったものにならざるを得なかったと言ってももいいでしょう。
「あたしはさ」
不意に、短髪の少女が口を開きます。
「あたしは、今でも後悔してんだ。アンタと出会って、友達になった事を」
おかっぱ頭の少女は顔を上げて、然しその言葉に驚いた様子も無く彼女の顔を見ました。
「あたし達が魔法少女じゃなけりゃ、いい友達としてやっていけただろうさ。だけどソイツは叶わない願いだ」
おかっぱ頭の少女は少し哀しそうに俯きました。
「それは…そうですけど」
「今会ってる事を知られたらアンタだって拙いだろ?勿論あたしも拙い。あたしもアンタもただの下っ端だ。こういう事をしていい身分じゃあない」
短髪の少女は溜息をつき、またクリームソーダを飲みました。
「……でも、わたしは…」
おかっぱ頭の少女が小さな声で言いました。その言葉は途中で途切れましたが、短髪の少女には意味が伝わったようで、今度は彼女も少し俯いて押し黙りました。
暫くの沈黙の後、短髪の少女は言いました。
「…そりゃ、あたしだってアンタと敵対したくはないさ。でも、ダメなんだ。だって…」
あたしはプロミスドブラッドの魔法少女で。
わたしは時女一族の魔法少女だから。
…互いに、相容れないもの同士なのだから。
おかっぱ頭の少女が益々俯き、肩を震わせました。その目からは透明な雫が溢れ出し、頬を伝って地面に落ちています。
「……なんで」
なんで、こんな事になったの?
彼女は声を殺しながら只管泣き続けます。それを慰める事はせず、然し彼女の気持ちを痛い程よく分かっていた短髪の少女は長い息を吐き、天を仰ぐように顔を上げました。
二人の少女は、暫くそうして互いへの想いを吐き出し、整理していました。
その後、少し落ち着いた少女達はお互いに無言で飲み物を飲むことに集中しました。
それも終わった後、短髪の少女が口を開きました。
「アンタさ、ジャン=リュック・ゴダール監督の『気狂いピエロ』って映画知ってる?」
「いえ…」
おかっぱ頭の少女は首を振りました。
「あたしもよく知らないんだけどさ、その映画の中にある会話に、『無名って恐ろしいわね』って言うセリフがあるらしいんだ」
おかっぱ頭の少女は話の意図が見えず、困惑しながら聞いています。
「なんで恐ろしいのかってもう一人が聞いたら、『ゲリラが115名戦死というだけでは何も分からないわ。一人ひとりのことはなにもわからないままよ。妻や子供がいたのか?芝居より映画の方が好きだったか?まるでわからない。ただ115人戦死というだけ』って答えが返ってきた。あたしはこの映画見た事ないしこのセリフもどっかで聞いただけなんだけど、妙に印象に残ったんだ」
それから短髪の少女は少し表情を暗くしました。
「多分、あたしは何処かで死ぬ。115人のゲリラみたいに、ろくに名前も認知されないでね。あたしは組織の中じゃ影薄い方だし、多分死んでも何も思われない。使い捨ての兵隊なんだ」
確かにあの組織は仲間意識強いけど、それだって限度があるよ―笑いながらそう言う彼女は、然し寂しそうでした。
「それは…」
「でもさ」
短髪の少女は真剣な顔でおかっぱ頭の少女を見ました。
「あたしにはアンタがいる。あたしはアンタと友達になった事を後悔しているけれど、それでもアンタは友達だ。だから…」
アンタだけはあたしを忘れないでくれと彼女は言いました。
「それで、あたしは満足だ」
また笑った彼女に、おかっぱ頭の少女は言いました。
「わたしも…です」
「え?」
「わたしも、何処かで死ぬかもしれない。だから、お互いがお互いの事を忘れないようにしましょう」
短髪の少女は頷きました。
「……ああ、そうだな」
無名で、モブで、忘れ去られてしまう存在だとしても。
あたし達は友達だった。
*
その後、彼女達の行方は杳としてしれず、約束が果たされたかどうかも分からないままです。
然し、彼女達は互いに友達だった…それだけは、れっきとした事実として存在しているのでした。