魔法少女の物語   作:転寝

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或る日、大学にて

 私が講義室に入った時、既に彼女は座っていた。

 講義が始まる15分前。講義室はがらんとしている。そもそもこの講義を受けている人は少ないのだが、何故か大講義室が割り当てられているのだ。この時間帯は他の授業も多くて、それ故に教室の数が足りていないのだろう。

 私は定位置に座った。黒板が見やすい席で、それでいて人に注目されない位置。私のお気に入りの席だ。

 ノートを開き、予習してきた内容を眺める。それも数分で終わってしまい、手持ち無沙汰になったので何気なく周りを見てみる。相変わらず人は少なかった。

 講義室を見渡している時、一際目を引く存在がある。七海やちよという人だ。雑誌のモデルをしている大学生で、なんというか近寄り難い、雲の上の存在といえる人だった。

 学部も学科も判然としないが、何となく文系だろうなと予想はついた。この講義―「近代日本文学講読」は全学部共通の講義でどの学部でも受けられるのだが、受講している学生は文系の学生ばかりだ。私が知る限り、理系の学生は見た事がない。こういった事からも、七海やちよは文系だと予想がついた。

 彼女について、学内では色々と噂が飛び交っていた。雑誌のモデルをしていて、その上美人なのだから当然といえば当然だったが…その中にこんな噂がある。

 七海やちよは、神浜市内の「噂」を聞いて回っており、ファイリングしているという―そんな噂だ。

 これを友達から聞いた時、私は意外に思った。彼女には申し訳ないが、そういう事をする人間には見えなかったのだ。雑誌のモデルという先入観があるからかもしれない。

 そんなわけで私にとって(あるいは学内の人間にとって)七海やちよは有名人というより、なんだか不思議な人だった。

 或いは、それも思い込みかもしれないが。

 

 

 教授が入ってきて授業が始まり、少し経った頃。唐突に教授がグループワークを指示した。

 

「―それじゃあ、この作品について二人一組で議論して」

 

 いきなりの事で私は慌てた。この講義でグループワークなんて初めての事だったし、一緒に議論するような親しい友達もいない。俯きながら、どうしようかと思っていると、

 

「良ければ一緒にどう?」

 

 少し驚いて顔を上げると、七海やちよが微笑みながらこちらを見ていた。

 

「あ、えっと…」

 

 周りを見てみると他の人は既にペアを組み終わっていて、私と七海やちよだけが取り残されていた。つまり選択肢は無いのだ。

 

「は、はい。よろしくお願いします」

「よろしく」

 

 萎縮する私とは対照的に、七海やちよは落ち着いた様子で私の隣に座り、自分のノートを広げた。そして私を見ると、ちょっと驚いたような顔をして、それからまた微笑を浮かべる。

 

「緊張しているの?大丈夫よ。議論するだけだし、解釈に正解なんてないんだから…」

「は、はい…」

 

 それでも私はやっぱり萎縮していた。議論する事に対してというよりは、七海やちよに対してだった。

 なんというか、現実味が無いのだ。

 

「えっと…じゃあまず、私からでいいですか?」

「ええ、いいわよ」

 

 七海やちよは頷いた。私はたどたどしく自分の考えを述べた。元々何かを考えて作品を読む方では無かったし、結局小学生並みの感想しか思い浮かべる事が出来ない訳で、話しているうちに私の顔はどんどん赤くなっていった。

 

「………えっと、これで終わりです」

「なるほど…」

 

 笑われるのかと思いきや、七海やちよは大真面目な様子で私の考えをノートに書き込んでいた。

 

「そういう見方もあるのね」

「で、でも、語彙力無いし考えもまとまってないし…」

「それでもそれは貴女の解釈よ。誇っていいと思うわ」

 

 私は少し拍子抜けして、笑われるのかと思いましたと呟いた。

 七海やちよは目を丸くして、とんでもないと首を振った。

 

「さっきも言ったけれど、作品の解釈に正解なんてないのよ。読み手の数だけ意見があるし、そこに優劣を付けるのはあまり好ましくない…私はそう思う」

「それは…」

「だから恥じる事は無いわ。…次、いいかしら」

「あ、はい!」

 

 七海やちよはスラスラと自分の意見を述べていった。彼女の意見は論理的で深く、私は夢中でノートをとった。

 

「凄い…!」

「そう言ってくれて嬉しいわ」

 

 七海やちよは嬉しそうに言う。何処かで取っ付き難い人格なのかと思っていたが、どうやらそんな事は無いらしい。

 それから、私達は互いの意見について議論を交わした。相変わらず私の考えは小学生並みだったが、それでもそれを恥じずに口に出す事が出来た。先程七海やちよが言った事のお陰だ。

 授業が終わる頃には、仲良くとまでは行かなくても世間話が出来る程度の仲にはなっていた。

 聞けば、七海やちよは学内に親しい友達はあまりいないとの事だった。人を寄せつけない雰囲気を放っているからだと言うと思い当たる節があったようで苦笑していた。

 

「今日はまだ講義があるから無理だけれど…よければまたお話しない?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん。貴女がいいならだけど」

「ぜ、是非お願いします!」

「ありがとう。あと敬語は無しでいいわ。同年代だしね」

「わ、分かりました…じゃなくてわかった。これからよろしくね、やちよちゃん」

 

 七海やちよ…やちよちゃんは目を丸くした。どうやら呼び方に問題があったらしい。名字で呼ぶと堅苦しいし、かといって名前を呼び捨てにするのは気が引けたからこういった呼び方にしてみたのだが…馴れ馴れしかっただろうか…。

 

「だ、ダメだったかな?」

「…いえ、寧ろ嬉しいわ。『やちよちゃん』なんて、滅多に呼ばれないから…」

 

 彼女は本当に嬉しそうだった。普段はクールな印象があるのだが、こうして見ると随分と印象が変わってくる。

 彼女も普通の女子大生なんだなぁと思った。

 

 

 そんなわけで、私はやちよちゃんと友達になった。

 ただその時の私は「大学生としての七海やちよ」しか知らなかった。

 やちよちゃんには、大学生兼雑誌のモデルという姿の他に、もう一つの姿があったのだが…それを知るのはもう少し先の話だ。

 なんにせよ、やちよちゃんと友達になった事で私の日常は大きく変わった。それが良い事なのか悪い事なのかは―今もよく判らないのだけれど。




やちよさんってどんな学部なんだろ…。
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