ある日、アリナ・グレイが栄総合学園の美術室に行くと、それは起こっていた。
「…なにコレ?」
美術室の中は、凄まじい散らかりようだった。至る所に画材やらキャンパスやらがぶちまけられている…そう、正にぶちまけられているという表現が相応しい散らかりようであった。
まあそんな事はどうでもいい。散らかったならば片付ければいいだけだ。ただ、面倒な事が一つ増えたというだけの事である。
問題はそこではない。アリナにとって問題なのは、自分が描いた絵が徹底的に破壊されている事であった。
インスピレーションを受けて、エキサイトして、形にした―ただそれだけの絵だ。ただ今回のものは割と満足のいく出来だった。何も知らない人が見れば狂人が描いたと誤解するであろう絵―然しそれは、紛れもなくアリナ・グレイの「アート」なのだ。
だが現在、その絵はアリナの前で醜い骸を晒している。
徹底的に破壊され、徹底的に蹂躙され、徹底的に強姦されている。
「…どういうコト?」
アリナは隅で縮こまっていた少女―御園かりんを睨み付けた。怒りで声が震えているのが自分でも分かる。まあ、元々アリナは感情を隠す様な人間ではないのだが。
「えっと、その…」
震えながら、涙目でぼそぼそと呟くかりん。その姿に益々苛立ちが加速した。
「…シット」
吐き捨てて、踵を返す。絵が無ければこんな所に居る理由も無い。暫くは顔を出すつもりも無かった。
と、そこでかりんの弱々しい声が聞こえた。
「…魔女が」
アリナは足を止め、振り返る。かりんが泣き腫らした目で此方を見て、小さな、然し確実な声で言った。
「魔女が、やったの…」
「はぁ?」
アリナの口から、苛立たしげな声が漏れる。かりんが惚けていると思っているのだ。
「…アリナを怒らせたら、どうなるか分かってるはずだヨネ?」
「………」
かりんは俯き、黙っている。
アリナはかりんに一歩近付いた。ぐいと顔を寄せ、威嚇する様に睨み付ける。こうすれば普段は「ごめんなさいなの!」と謝る筈だ。然し今日に限ってかりんは黙ったままだった。
「…本当に魔女がやったワケ?」
かりんは頷いた。その目から、涙がこぼれ落ちる。
「ごめんなさい、なの……!」
その時、漸く気付いた。涙を拭うかりんの手の甲―そこに、薄らと傷があった事に。
見ると、足や項、首筋にも赤い線があった。その幾つかはまだ治りきっておらず、血が滲んでいる。
つまり―アリナが怒りで気付かなかっただけで、かりんは…。
「………フールガール」
「……?」
「魔女はどうなったワケ?」
アリナは静かな声で訊いた。かりんはビクッと身体を震わせ、ちいさな声で答える。
「逃がしちゃったの…」
かりんの話によると、彼女が美術室に来ていた時には既にこんな状態だったらしい。犯人はこの学校の女生徒だが、彼女は魔女の口付けを受けていた。だから彼女自身に非は無いとかりんは言い張った。
すぐさま魔女と戦闘になったかりんだが、普段戦っている魔女より遥かに強い魔女に苦戦。軽傷で済んだものの魔女を取り逃してしまったという訳だ。
全てを聞いたアリナはため息をついた。そして、徐に踵を返す。
「アリナ先輩…」
「…感謝してるカラ」
「え…?」
「…アリナの作品を守ろうとしてくれた事、感謝してるカラ」
それ以上は何も言わずに、アリナは美術室を出て行った。
既に、彼女がやるべき事は決まっていた。
*
そこは、おどろおどろしい場所だった。
辺り一面に撒き散らされている絵の具は混ざり合い、歪な色になっている。
頭上にぶら下がる鳥籠にはデッサン人形らしきものがいくつも収納されていた。それらは関節が逆に曲がっていたり、首がもげたりしていた。非情な扱いを受けているのがよく分かる。
壁は全てキャンバスになっていた。そこに描かれているのは趣味が悪いとしか言い様がない絵画だ。
そんな「イカれた芸術家」を体現したともいえる場所に、アリナ・グレイの姿はあった。
ここは魔女の結界の最深部だ。アリナは自分の絵を破壊した魔女を直ぐに見つけ、単独で突入し、使い魔を文字通り一蹴しつつ最深部へとやってきた。
目の前には子供の落書きを思い切り歪めた様な、ヘンテコな魔女が居た。コイツが、アリナの絵を破壊した張本人だ。
「…アリナの作品、壊れちゃったんだケド」
アリナは魔女を睨み付けて、呟く様に言う。その声には激しい憤怒が内包されていた。
脳裏に浮かぶのは、めちゃくちゃにされた絵と、涙を流すかりんの姿だ。
魔女が無感情にアリナを見て、彼女を害す為に行動を開始する。
それに対して、アリナは…。
「アナタの命で…償えよォッ!!」
激情を以て、それを迎え撃った。
完膚無きまでにぶちのめされた魔女が呻きながら消滅し、アリナが復讐を果たすまで10分も掛からなかった。
全てが終わった後、アリナはちいさく悪態をつき、何処かへと歩き出した。
*
アリナが美術室に戻ると、御園かりんはまだ隅で膝を抱えていた。アリナを見ると、「アリナ先輩…」と蚊の鳴くような声で言う。
アリナは無言で、かりんに何かを投げた。
「グリーフシード…?」
「アナタが使えば」
素っ気なく言うアリナ。その様子を見て、かりんはそのグリーフシードが先程の魔女のものであると理解した。
「これはアリナ先輩のものなの…!」
「アリナは作品をブレイクした魔女に仕返ししたかっただけだカラ。別にいらないし」
「でも…」
「…あと、これも」
アリナは再びかりんに何かを投げる。
宙を舞ったそれは綺麗にかりんの手に収まった。
「…いちご牛乳?」
「お礼」
片付けは任せるカラ―また素っ気なく言うと、アリナは美術室を出て行った。
アリナの不器用な優しさに、かりんは暫くぼんやりとした表情を浮かべていたが、軈て笑顔になり、ちいさな声で呟いた。
―ありがとうなの、アリナ先輩。
アリナ先輩書くのめっちゃ難しかったです。
キャラ崩壊等ありましたら申し訳ございません。