目を開けると、教室のような空間にいる。
至って普通に見えるけど、一つだけ不自然に穴の開いたスペースが目立つ。
…ああ、またこれか。
《お前も余計な事に首を突っ込むなよ》
違う。
《また余計な事しやがって》
僕はただ手を差し伸べたかっただけだ。
あの子はそれほどまでに酷く傷ついていたから。
《何それナルシスト?》
《よくあんな気持ち悪い奴に付き合えるよな》
《空気読めよな。あいつはハブられて当然だろ》
うるさい。
何もしないお前らも、虐めていたお前らも、同じだろう。
《〇〇君、分かってくれよ。私は君達個人の問題に時間が割けるほど暇じゃない。それに君だって残りの生活を惨めに過ごしたくはないだろう?》
何を分かれって言うんだ。
結局お前らはそうやって見て見ぬふりをする。
組織なんて糞食らえだ。
《分かるか?君がしていることはただの偽善。自己満足の為の偽善だ》
違う違う違う違う違う違う。
僕は本当にただ本当に、手を伸ばしたかっ
《けど、手を伸ばしても君は掴まれなかった。それは君が必要とされてない証拠だよ》
…!
《だから君がやっていた事は余計な事だったんだよ。最初からね》
そんな事はない…
きっとないんだ、きっと。
《はぁ…そんな事をして自分が虐められるくらいなら最初から見なかった事にすればいいのに》
…始めから傍観すればよかったのか?
そうすれば、僕も虐められなくて済んだのかもしれない。
……分からない。
何が正解で、何が間違いなのか。
僕がした事は、間違いだったんだろう。
組織なんて所詮は縦社会ばかり。
個の力なんてたかが知れてる。
抗っても、組織の波に揉まれて、沈む。
だから、逆らうだけ…無駄。
こんな、こんな筈じゃないのに。
…ごめんね、〇〇
僕は、もう折れてしまった。
だから、この先もずっと倒れたままだろう。
そして視界が歪み、僕の意識は消えた。
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「くぁ…眠い」
長いようで短かった春休みが終わり、今日から学校が始まる。
中途半端な休みでズレた生活リズムのせいか今日は一段と眠く感じる。
そんな体に鞭を打ちながら教室にたどり着く。
教室内は春休み明けというのもあって騒がしい。
知り合いに適当な挨拶を交わした後、自分の席について荷物を横にかける。
しばらくウトウトしているとチャイムが鳴り、それに遅れて担任が教室に入ってくる。
「はいはい、皆静かにして。休み明けだからって授業中に寝ないようにね」
気怠そうに担任は言う。
教師も教師で何かとめんどくさい時期なんだろう。
ご愁傷様です。
担任に視線は向けつつ、話は適当に聞き流していく。
「あとそれと、来週の月曜に転入生が入るから適当に仲良くしてね」
転入生か…ここのバレー部目当てか?
全国行ったことあるみたいだから人気があるのも分かる。
だけど裏ではパワハラ、セクハラ、モラハラのオンパレードという黒い噂も聞く。
まぁうちはそこそこの進学校らしいから、単に勉強しに来たのかもしれない。
「以上で連絡事項は終了。何かあれば職員室まで来て」
担任が教室から出て行く。
どうやら朝礼が終わったようだ。
次の授業の準備をすませて、外を眺める。
満開の桜が舞っていて風情ある光景だ。
チャイムが鳴り、教師が入ってくる。
「では授業を始める」
その日は何事もなく終わり、学校は終わった。
そして帰り支度をして、席を立とうとするとふと声をかけられた。
「あ、あの…宮瀬くん」
話しかけてきたのは、いつも生傷が絶えないバレー部の三島だった。
呼び止められた理由は何となく予想できるけど、一応聞いておく。
「どうかした?」
「えっと…その、鴨志田先生が呼んでるから体育教官室に行ってきて欲しい」
「はぁ…またか、あの人もしつこいな」
というのも、去年からバレー部の勧誘を受けている。
原因は僕の運動能力が高いから。
あの人が監督してた体育テストの時にバレー部より高い記録叩き出してしまってから目をつけられている。
もしバレー部に入ったら、練習という名の暴力をぶつけてくるのが想像できる。
バックレる事もできるけど、そうした場合三島に矛先が向くのは確実だろう。
でも、断っても鴨志田の苛つきが三島に向くのは変わりない。
「……ごめん、今日は体調が悪いから帰らしてくれ」
「……分かった」
三島はトボトボと教室から出て行った。
ごめん…僕には誰かの力になれる程強くないんだ。
「はぁ…」
嫌な気分だ。
今日さどこかに寄って気を紛らわそう。
…そういえばこの前読んだ雑誌に四軒茶屋にある喫茶店が載ってたっけ。
静かな雰囲気で落ち着くって書いてたから今の僕にぴったりだ。
電車を幾つか経由して四軒茶屋に着く。
雑誌に住所が書いてあったのでスマホの地図を頼りに喫茶店辺りまで移動する。
「すみません…この辺りに喫茶店ってありますか?」
「あぁ…ルブランの事かな?ならそこの裏路地を進んだら行けるよ」
「ありがとうございます」
言われた通りに裏路地を少し歩く。
すると喫茶店ルブランと書かれた看板がぶら下がってるレトロな見た目の建物を見つけた。
「店は…開いてるな」
扉に下がっている札がopenになっているのを確認して中に入る。
「…いらっしゃい」
中はこじんまりとした広さでマスターと思しきダンディーなおじさんの後ろにはかなりの種類のコーヒー豆が置いてある。
うん…少し昔みたいな感じで凄くしっくりくる。
雑誌に載るのも納得だな。
「ご注文は?」
カウンター席に座ると、マスターに注文を聞かれる。
場違いな物を頼むのも気が引けるのでマスターのおすすめで行こう。
「何がおすすめですか?」
「コーヒーとカレーだ」
「じゃあそれをお願いします」
「あいよ」
コーヒーとカレー…中々無い組み合わせだけど、即答で返せる程自信があるんだろう。
しばらくすると目の前にコーヒーとカレーが置かれた。
「はい、お待ちどうさま」
「…いただきます」
まず最初にカレー…と行きたい所だけど、コーヒーの味が分からなくなりそうなので先にコーヒーを一口飲む。
砂糖とミルクは無しなので苦かったけど、ただ苦いわけではなくなんていうか…コクがある味だった。
一言で言うと、凄く美味しい。
コーヒーを堪能し、続いてカレーを食べる。
辛さが少し際立つがそれでいてはっきりと旨味が感じられるほど美味しかった。
「ごちそうさまでした」
家のカレーとこうも違うとは…
でも、この味どこかで食べたような気がする…
結局考えても答えが出なかった。
そして残りのコーヒーを店の雰囲気を堪能しながら飲む。
しばらくして、席から立って代金を支払う。
「カレーとコーヒー、美味しかったです」
「そりゃどうも」
「また来ますね」
店から出ると、そのまま帰宅した。
喫茶店ルブラン…あそこの雰囲気はとてもいい。
また今度通いに行こう。
そうして、土日が過ぎて転入生が来る月曜日になった。
今日もいつもと変わらずに席に着くけど、少し様子がおかしい。
転入生が入るというのにクラス内は全然盛り上がっていないからだ。
騒がしいのには変わりないから不気味だ。
知り合いに話を聞いてみる。
「なぁ、転入生ってどんなやつなんだ?」
「お前知らねぇの?今度の転入生が前歴持ちって話」
「そうなのか?」
「学校の裏サイトで見たから間違いないって!マジやばくね!?」
前歴持ち…何でそんな奴がクラスに?
大方、前の学校にいられなくなって転校…だと思うけど。
なるほど…だからこんなに騒々しいのか
「あぁそうだな。情報ありがと」
一体何をしたんだと疑問を抱きながら、時間が経っていく。
そして昼頃になって担任が転入生を連れてきた。
癖っ毛がちょっときつい眼鏡をかけた男子だ。
担任が黒板に雨宮 蓮と見やすい大きさで名前を書く。
「体調不良で午後からの登校だけど皆仲良くしてあげて。ほら、自己紹介」
「雨宮蓮です。よろしくおねがいします」
「あなたの席は…あそこが空いてるからそこに座って」
雨宮は言われた通り席に向かうがその途中で高巻に声をかけられた。
あの2人…知り合いか?みたいなヒソヒソ話がクラス内を飛び交った。
「あとそれと、隣の人は彼に教科書を見せてあげて」
隣の人…僕だ。
なんでさ…
教科書を共有するので流石に会話しないわけにもいかず、机をくっつけて渋々話しかける。
「…初めまして、僕は宮瀬 悠。よろしくね」
「雨宮蓮です。よろしく」
愛想はそんなに悪くない。
でも人は見かけで判断できない。
極力関わりたくなかったけど、こうなったら最低限で彼に付き合おう。
━━━雨宮蓮、彼との出会いが僕の運命を変える事になるのはもっと後になる。━━━━