その日、僕は幼馴染に呼び出されて彼女の家に行ったんだ。
白峯理沙。栗色のポニーテールのいかにも今風な女子高生。
僕の幼馴染で初恋の女の子、数日振りに彼女の家に招待されたのだ。
試験も終わり、ゲーマーな理沙に呼び出された目的の多くが、そういう浮いた話ではなくてゲームをするという崇高な目的があるのだけど。ここ数日の様子を察するにそれは当たり。
最近はVRMMOにハマっていて自宅からログインして仮想世界で会う、という手法が取られていて自宅に呼ばれるのは久しぶりな気がする。だからと言って『恋』の一文字も出てこないゲーマーな彼女に振り回され気味な僕は期待なんてしない。色恋をやるくらいならゲームにうつつを抜かす彼女に期待なんて抱かない方がいい。
……僕は男として見られてない。いつものことだけど。
いつものように理沙の母親に通してもらい、理沙の部屋に行くと彼女は案の定、ベッドの上に体を横たえてネット世界にダイブしていた。制服は壁に掛けられ、私服に着替えている用意の良さは別に男が来るからとかそういう理由ではなく、部屋着の方が落ち着けるからという理由だろう。その彼女からは石鹸やシャンプーの甘い匂いがしているが、男を意識してのものではないと思う。
「えー、呼び出しといて放置って……」
今日が理沙の楽しみにしていたゲームの初ダイブらしいから、我慢できなかったのは仕方ないのかもしれない。だけど、その部屋に性欲旺盛な男子高校生を招くのはいかがなものかと思う。
「強制的に切るのはあれだしなぁ……」
VRマシンは安全性こそ保証されているものの、電プチや強制終了などは危険だと説明書には書いてある。かと言って外からダイブしている人間に干渉する方法がないわけではないが。
しょうがないので椅子に座って理沙を眺める。もこもこした服のせいかより柔らかそうに見える胸に目が吸い寄せられ、視線をそっと逸らせばズボンから覗く生足に目が行く。
–––ドクンッ。
初恋の幼馴染が無防備に寝ている。
手を伸ばせば触れられるのに、触れられなくて。
その状況がもどかしくて、切なくて。
伝えたい想いがあるのに伝えられなくて。
心臓が痛いくらいに収縮する。
–––いやダメだってそんなことしちゃ。
無防備な理沙に手を伸ばした。ズボンから覗く太股に指を伸ばす。何度も葛藤して悩んだ末に僕は理性を抑えることが出来ず、ちょんと人差し指で突いてしまった。
「おぉ、柔らか……」
今度はツーと撫でてみる。女の子の肌の感触はとても心地良くてずっと触っていたくなる。それが初恋の女の子ならなおさらだ。
「理沙、起きないと悪戯するぞー」
理性は完全に崩壊し、僕の欲は留まる事を知らない。
眠る理沙の胸に手を伸ばしてしまった。
触れたか、触れてないか、わからない距離。
だけど指先にはしっかりと理沙の胸に指が沈み込む感覚がした。
そのまま押し込んでも果てが見えない。
第一関節が沈み込んだところで、僕は……。
「……なーにやってるのかなぁ?」
寝ているはずの幼馴染に理性をサルベージされた。
「う、うわわ、理沙!?」
慌てて手を引こうとしたが、その腕はがっしりと掴まれて動かない。理沙の胸に手が当たったままで僕は彼女と見つめ合っていた。頰が赤い怒ってるのかもしれない。
「寝ている幼馴染の胸に触る悪い子は誰かなー?」
「え、や、それは……!」
やばい。バレた。終わった。
僕の人生。初恋。
理沙に嫌われてしまった。
冷水を浴びせられたような気分だ。
「言い訳の一つもないの?」
僕は怖くて理沙の顔も見れず、目を伏せてしまう。心なしか声音が冷たい気がして、軽蔑した目を向けられた気がした。
「ごめんなさいごめんなさい悪気はなかったんですつい我慢が出来なくて胸柔らかそうだなと思ったらもう止められなくて気がついたら胸に手が……!」
「いやあんた一番最初に太股触ってたでしょ」
「そこ起きてたんなら止めてよ!」
渾身の土下座をしながら赦しを乞う。
あぁ、でも、そこで止められたら胸に触ることはなかったのか。
それはそれで残念なような……。
いやでも触らなければ……!
自責と後悔の念で脳内を綯交ぜにされていると、理沙は悪戯っぽく笑って僕が目を逸らさないように両頬を両手で挟む。目だけを必死に泳がせた。
「一番最初に触るのが太股ってねぇ?そんなに私の太股に触りたかったの?」
「ち、違っ……」
「違うんだ?」
「違わなくはない、けど……」
「私の胸大きくなくてがっかりした?」
「……そ、そんなことないよ」
「私の胸に触って感想もなしなのに?」
「……もう一回、触りたいなとは思ったけど……」
もうここまで来た手前、訊かれた事に答える以外なかった。
理沙はそっかそっかと頷いている。
毎回思う事だが、怒らない女が一番怖い。
「怒ってる……?」
「怒ってないよ」
物凄い笑顔だ。だけど信じるな、理沙のこういう時の笑顔は大抵何か起こる。
「許しはしないけど」
「ですよねー」
「ほらほら、何で触ったか言ってみ?怒らないから」
「……可愛い幼馴染が無防備に寝てたら、触りたくならない?」
「可愛い?へー、あんた私のことそんな風に思ってたんだ」
虚を衝かれたようにきょとんとして、次第に朱に染まっていく理沙はにんまりと笑った。
それからもう必死に謝り倒した。土下座して一時間、謝り倒すという経験は未知のもので生きた心地がせず、理沙の機嫌を窺うしかない僕はその時間が永遠にも感じられた。
「まぁ、渚も男だもんね。しょうがないから赦してあげる」
その言葉が出たのは日が落ちる時間だった。
「そうだ。そういえば駅前に美味しいケーキ屋さんが出来たんだけど」
わかってる。お金を出せと。
「うう、わかったよ」
「女の子のおっぱい触っておいてそれくらいで赦してあげるんだから感謝しなさい。それとあんたもNew world onlineやりなさい」
「イエスマム」
「ふざけてるんだったらおばさんに言いつけるよ?」
「それは本当に勘弁してください」
いつもののりで「イエスマム」言ったら脅された。理沙は名前で呼ばれる事を御所望みたいだ。ゲーマーしてる時と女子してる時の違いがわからない。幼馴染でも時々理沙のことがわからなくなる。
「私の機嫌損ねたらどうなるかわかってる?」
「それはもちろん!」
機嫌を損ねて良かった事など一度もない。経験則から言わせて貰えば、逆らえば死が待っている。だから僕は数日は理沙の一挙手一投足に注目する羽目になった。
その翌日、理沙の友人である本条楓に昨日の事件が速攻でバラされた。
「さすがにそれは私も引くよ、渚君」
放課後、駅前のケーキ屋に足を運んだ僕、理沙、楓。「遠慮しないでいいよ渚の奢りだから」「え、悪いよ」「実はね」の流れから僕の悪行がバラされ、楓は苦笑いしながら僕にそう告げた。でもまぁちゃっかり罰ゲームという事でご相伴に預かっている楓はケーキを口に運びながら、頰を抑えて幸せそうな表情を見せる。
「それで二人とも付き合ってるの?」
「ふぇっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは理沙だった。
僕は何ともいえない表情で無反応を決め込んだ。
「ちょっ、何言ってるの楓!?」
「二人ともお似合いだし、まさか何もなかったの?」
「そ、それは……」
「だって理沙、昨日の電話すごく嬉しそ–––」
「違うから!何もないって!」
きゃあきゃあと楽しそうに会話しながらケーキを食べる二人を見ながら、僕もミックスベリーのタルトを口に運ぶ。合わせて頼んだミルクティーも口にしながら無心になる事にした。
二人が戯れあっている間に辺りはすっかり暗くなる。会計を済ませて店を出ると楓を家に送り、理沙を送る道すがら火照った顔を彼女は手でパタパタと仰ぎながら、僕を横目で見つめる。
「取り敢えず、あんたのアバターはこっちで作っとくから。明日ログインね」
「え、自分で作るよ?」
強制的に買わされた『New World online』の入った袋を掲げながら、そう主張したものの凄まれてしまった。ずいっと顔を近づけて下から睨むような視線を向けてくる。
「あんたがこの前作ったアバター忘れてないわよ。わざとホラー系を作って私を怖がらせようとしたことも!」
一年前の話なのに掘り返してくるあたり相当恨んでいるのだろう。その後、一週間くらい口も聞いてくれないどころか顔も合わせてくれなかったからかなり反省した。今度からアバターで作るんじゃなくて、ホラー系な場所に連れてこうと思う。
「反省してるって」
「嘘、今絶対何か企んだでしょ」
「嫌だなー、そんなわけないじゃないか」
「長い付き合いだからわかるのよ」
他にも他愛無い話をしていると理沙の家の前に着いた。
「家着いたよ」
「…あ、うん。そうね、じゃあ…また明日」
心なしか名残惜しそうに家の中に入っていく理沙を見送って、理沙の家からそう遠くない自宅に帰った。