幼馴染の夜須加渚。彼は何処にでもいる普通の男の子だった。学業の成績は中の下、運動は普通の人より少しできるくらいであまり目立たない。顔も普通で特別カッコイイというわけでもない。小学生の頃は活発でクラスの中心的人物だったけど、中学生になった頃から彼は物静かでおとなしくなり、窓際で本を読んでいるような男だった。
私にとって渚はただの幼馴染。毎日一緒にゲームをして、たまに泊まり込みで夜通しゲームをしたり、一緒にいる時間が家族より長いくらいのそういう関係。
だから、特別な感情は抱いていなかった。……はずだった。
私が幼馴染に『恋』してると気づいたのは中学生の頃、今まで気づかなかった自分を呪うくらいの最悪なタイミング。
その日、学校の渚の机の中に一枚の手紙が入っていた。白地に薄桃色でほんのりと染まった可愛らしい封筒には四つ葉のクローバーのテープで封がされており、中からは同色の便箋が出てきた。内容は要約すると『放課後校舎裏で待つ』という想いを認めたラブレターだった。私はそれを訊いた瞬間、何故だか胸に小さな痛みを覚えた。
「どうするの?」
「んー、先に帰ってよ」
そう言われたけど、私は先に帰る選択をしなかった。
放課後、こっそりと後をつけて様子を見に行った。それが好奇心だったのか別の理由だったのかはよくわからない。でも、なんとなく幼馴染の知らない一面を作るのが嫌で尾行した。
校舎裏に行くと既にそこには先客がいた。黒髪で地味目な確か小学校が同じだった女の子。その少女は渚が来ると頰を朱に染めてあいつの下の名前を呼んだ。彼女は渚と小学生の頃親しかったから。私はそう納得させるように自分に言い聞かせた。
「それで話って?」
「あ、その……!」
此処から少女は小学校からの渚に対する想いを吐露した。いつから好きだったか、何処が好きか、溢れ出る気持ちを言葉にして渚にぶつけると不安そうに渚を見つめる。
『好きです、付き合ってください』要約するとそういう事。
少女の告白に対して、驚いたような表情をした後、彼は少し困ったような顔をする。何かを決めかねているそんな表情でいつも大事なことを決められない渚は選択を目の前の少女に委ねてしまった。
「……僕でいいの?」
「はい!」
後に訊いた話だと、あんな言い方をしたのは自信の無さと好きな人がいたかららしい。でも、自分を好きと言ってくれる人なら好きになれるんじゃないかと思って告白を受けたそうだ。
そんな簡単に済む話なら、私が–––。
そこまで言い掛けて、私は何を言おうとしたのかわからなくなった。
渚とはその日から一緒にいる頻度が減った。
学校への道を渚は恋人と一緒に歩いた。
恋人とデートをするからとゲームをする時間が減った。
休み時間、恋人と親しげに話していた。
普段、勉強をしない渚が恋人と勉強をすると言った。
空いている時間も勉強をしていた。
渚の成績が上がった。
理数系だけなら学年でもトップクラスだった。
私とゲームする時間が更に減った。
渚の成績が上がるのは良いことなのに面白くなかった。
話す時間も減った。
疎遠になっていく……。
–––ようやく私は気づいた。私は夜須加渚が好きだ。
気づいた時には別の誰かがいて、居場所を奪われてる。
「あれ、これ、なに…?はは、は」
おかしいな。涙が溢れて止まらない。拭っても拭っても溢れ出してくる。目から溢れて頰を伝って拭うのも追いつかなくて落ちていく雫が枕を濡らした。
翌日、私は何食わぬ顔で渚と会った。
「ねぇ、今日あんたの家でゲームしない?」
「うん。いいよ」
ダメ元で誘ってみたけど即答だった。恋人は用事があるらしい。
その日は土曜日。朝から晩までずっと一緒にゲームをした。泊まり込みで夜通しやった。久しぶりに行った渚の部屋には私の知らない匂いがした。だから、勝手にベッドを占領して匂いをつけた。
寝落ちした渚と同じ部屋で寝た。きっとあの女は一緒に寝たことはない。そう思うと少し気が楽になった。
「ねぇ、今更なんだけどさ。いいの?彼女いるのに私と遊んで」
恋人がいるのに私との関係は変わらない。用がない時は私の申し出を断らない。きっと恋人はいい顔しないだろう。
「さぁ?」
「さぁ?ってあんたねぇ……」
よく考えてみれば渚にとって今の彼女は初めての相手だ。言ってないのも不思議なことじゃない。
私は嫌だな、なんて思ったけど渚には教えないことにした。
案の定、私と遊んでるのは彼女にバレたらしいけど。幼馴染という事を知っているから大事には至らなかった。泊まり込みで一緒にいたのは面白く無さそうな顔してたけど。私も注意された。そういうのダメだって。でも、私も辞める気はなかった。これが精一杯の抵抗だから。
それから半年くらいだろうか。渚の横にいた少女は最初地味だったのに吃驚するくらい綺麗になっていて、クラスでは一二を争うくらい人気者になった。他の男も彼女を持て囃した。
そんなある日、渚は彼女と別れた。
彼女の方に渚より好きな人ができたとかで、突然別れを切り出されたらしい。
私は憤慨した。同時に嬉しくもあった。
渚を振ったことが赦せなくて、でも、渚がまた私とずっと一緒にいてくれるのが嬉しくて……私ってなんて最低なんだろうと思った。
振られた当の本人はショックを受けたわけでもなく、まぁ仕方ないかって顔で「そう。頑張って」と送り出してしまったらしい。本人曰く、相手がそれで幸せになるなら。そう思って送り出したそうだ。
「大事にしてたつもりなんだけどな」
「そうだね。なんていうか幸せそうだったもん」
執着の一つもなかったのだろうか。達観したような表情でそう呟いた。
私は渚に大事にされる彼女が羨ましかった。
渚のあんな笑顔は知らない、あんな表情も向けられたことない。
それが酷く悔しくて、それがもう彼女に向けられないとなると嬉しくて、歪に綯交ぜになった感情を押し殺して私はそう返した。
後日談になるけど、渚を振った女は渚よりも好きになった男と付き合うことになったけれど、渚ほど長続きはせず彼女の方から振ってしまったらしい。
理由は幾つかある。まず、渚が優しくて気遣いのできる優しい性格であったこと。幼馴染である私は渚の優しさを知っていたし、彼はどんなものでも大切にしてしまう性格から、未だに私が幼い頃にあげたぬいぐるみとかを大事にする事を知っていた。そんな性格である彼が彼女を大切にするのは当然だ。
次に理由があるとするならば、男の方にあるだろう。渚より顔は良かったのかもしれないし、クラスで人気者だったらしいが性格はそれほど良くなかったのだろう。
元カノがまた渚にアプローチを仕掛けてきたけど、私が阻止してやった。
それから更に半年後、渚はまた別の女子生徒に告白された。今度は金髪ギャル。渚とは住む世界が違いそうな、一見何の関わりもない同クラスの女子生徒だった。実際、その金髪ギャルが関わってる輩は有り体に言えば陽キャグループ。中学生になってから消却的な態度を取るようになった渚とは対照的な存在だった。
「……ねぇ、あんた彼女いないよね?」
「半年前に別れたからね」
「じゃあ、付き合ってよ」
「……?」
「あたし夜須加のこと好きなの」
最初の地味な女とは対照的なギャル。
渚は少し迷った後、告白を受けた。
私は知っている。あれは渚の嫌いなタイプ。
それなのに渚は告白を受けた。
安心していた私は納得がいかなかった。
「どうして付き合うことにしたの?」
家に帰って渚に詰め寄った。
「理沙?」
「だっておかしいよ。あんたあーいうの苦手でしょ」
「そうだけどさ」
「やめておいた方がいい。絶対後悔する」
後悔してるのは私だ。さっさと告白して仕舞えばいいのに他の人に先を越されて、また渚を奪われた。納得し切れない私はこうやって縋ることしかできない。
実を言えば、渚に告白した女子生徒のことはよく知ってる。私も関わりがあるし悪い子じゃない。優しくて仲間思いで勉強の類は苦手だけど運動神経は良かった。渚は苦手な相手でも適当な評価はしないし、噂だけで判断するようなことはしない。見た目と中身のギャップを理解して関わってくれたから、好きになったと彼女は言った。
ここで渚の長所と短所を紹介するとしたら、渚は自分を好きになってくれる相手なら許容してしまうことだろう。どんな相手でも受け入れてしまうため、よほど相手に嫌われていない限りは嫌うということがないのだ。
渚が告白して来た女性と流れで付き合うのは自然なことであり、交友関係はそうやって築き上げられて来た。私の交友関係も取り込んで多少なりとも渚を理解する人がいた。だから、私の交友関係が裏目に出るなんて思いもしなかった。
そして、二人目の恋人だったけど、結果的に二人は別れた。
私との浮気を疑われたから。
幼馴染という、特別で、近すぎる距離。
渚は私との距離の取り方に失敗した。
彼女と喧嘩して仲直りしようとしたけど、私との距離の近さを指摘されて改められなかったから。
◇
それ以降、渚に告白をしようと考える人はいなかった。学業成績が落ちてゲームを禁止された時は、渚の家や私の家で勉強会をした。時間も遅いからと無理やり泊まらせたりもした。
楓に押し付けたゲームの第一回イベントに遅れはしたけど、今日やっと母の許しを得てゲームができるようになった。
その日、渚を家に呼んでいたから学校から帰るとお風呂に入って準備を整え、VRマシンを被ってベッドに横たわっていれば渚はそれほど時間を空けずにやってきた。
思わずゲームにログインしているフリをして、渚の様子を観察した。幼馴染が無防備に寝ているこの状況、流石に渚も興味があるだろうと。
きっと渚は私のことなんとも思っていないはず。
–––これで何も起きなければ渚が私のこと女の子として思っていないことが証明されてしまう。
それを否定したかった。
代わりに証明して欲しかった。
私は渚の彼女になれるって。
渚は私のこと女の子として見てるって。
「……!」
進展があったのは罠を仕掛けて三十分程、渚が椅子に座りながら私を眺めていて不意に手を伸ばした。ベッドに横になる私の太股に手を伸ばして指先で軽く突いた。
次に指の腹で太股を撫でられた時、思わず声と涙が溢れそうになった。起きてることがバレてしまうから精一杯我慢した。だって太股だとただの悪戯かもしれないし。
「……っ!?」
太股を撫で終えた後で渚が今度は私の胸に手を伸ばした。
指先で優しく触れて、ゆっくりと埋没させる。
渚の元カノは何れも胸がそこそこあって私よりも大きかった。こんな小さいのに興味ないと思ってたのに、指先から緊張が伝わってくる。
このまま渚に身を委ねる。
その選択を私は出来なかった。
恥ずかしくて、今起きた振りをして渚の腕を掴んだ。
「……なーにやってるのかな?」
私の心臓は今までで一番早く動いている。