理性蒸発したら全部上手くいった件   作:黒樹

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似たようなのがあった気がするけど、これでいきます。


クエストの噂

 

 

 

理沙のゲーム解禁から約一週間、僕のレベルは20になった。既に理沙は目当ての迷宮をクリアしてユニーク装備を獲得している。蒼を基準としたその装備はとても似合っていて、そして効果はかなり強力だった。

 

「いいなぁ。ユニーク装備」

 

理沙のユニーク装備獲得のお祝いに最初の街にある喫茶店へ来店して、各々好きなケーキを注文してから僕は羨望の眼差しを二人に向けた。ゲーマーとしてはレア装備の類は憧れであり、収集したいものなのだ。稀に強力なものがありそれを得た時の幸福感がなんとも言えないのである。

 

イズの作ったメイド服も性能に関しては中々のものだけど。

 

「そういうアストルフォはまだメイド服なんだ」

「そうなんだよー。悪くないんだけどね、性能的には」

 

なんとこのメイド服、STR、AGI、DEX、VITを25上昇させる。装備可能なのは女性のみとなっているが何故か僕は装備できる。不具合なら運営に報告しなければならない。

 

「初期装備よりかはマシかな」

「……まぁ、確かに似合ってるわね」

「うん、すっごく似合ってるよ!」

 

楓は屈託なく笑って褒め称える。とても複雑な気分だった。

 

「まぁ、これはこれでいいんだけどね」

 

机に突っ伏してアイテムストレージを操作する。中にはこの数日で貯めたドロップ装備等が入っており、レアドロップはかなりの数あるものの、ユニーク装備のような破格的なものは一つもない。レアドロップの使い道といえば、イズが欲しがっているから渡して新しい装備と交換してくれるのでありがたいのはありがたいが、やはり欲しいものは欲しい。

 

「欲しいのはまだ誰も持っていないような強力な装備とかなんだよね?」

「一つくらい欲しいかなー、みたいな」

「それならひとつ心当たりがあるんだけど」

「え、ホント!?」

 

机に押し付けていた顔を上げ、僕は隣の理沙に詰め寄る。まだ顔を近づけられることに慣れていないのか頰を赤くした彼女は僅かに目を逸らしながら、そのクエストの名前を挙げた。

 

「《ドッペルゲンガー》ってクエストなんだけど……実はまだ、クリアした人がいないらしいの」

「え、サリーも?」

「あ、いや、私は挑戦してない。メイプルは挑戦したらしいけど」

 

サリーのクリアできないクエストと思ったが違ったようだ。しかし、掲示板荒らしと運営泣かせの異名を取る楓がクリアできない、という点も気になる。

目の前でケーキを頬張る楓は僕と理沙の視線に気づいて、首を傾げた。

 

「ほえ?」

「ドッペルゲンガーってクエスト、挑戦したんだよね?」

「あ、うん、したよ」

「どうだった?」

「うーん、とねぇ。攻撃が一切効かなかった」

 

なんでもないという風に楓は言った。それが本当だとしたら鬱ゲーである。運営は誰にもクリアさせる気はないのかと、勘繰ってしまうがクエスト名を考えるにそうではない気がする。運営の悪ふざけの線も濃厚だが。

 

「やっぱりコピーなのかな」

「だとしても誰もクリアできないのはおかしいよね」

 

理沙の言い分に僕は頷く。

その原因を知るにもネットで検索した方が早い。

攻略掲示板とかで噂になってるだろうし。

トッププレイヤーの何人かは既に挑戦したはずだ。

 

「でも、コピーならおかしいよ。私より速いんだもん」

「メイプルより、速い……」

 

楓のAGIはゼロ。当然、誤差など考えられるはずもない。楓の攻撃が効かなかったのは楓の防御力がそのまま反映されているとして説明はつくし、毒無効等のスキルですらコピーされているのなら、楓が勝てない理由も説明がつく。そして更にステータスが上乗せされているのだとしたら、全て納得できる。

元々、楓はステータスやスキルに頼った戦い故に、相性が悪い相手だと尚更勝てないだろう。

 

「問題はどれだけステータスが増加してるのか、だね」

 

理沙も同じ結論に辿り着いたのだろう。

誰も攻略できていないクエスト、その正体に。

 

「でも相手は一定のアルゴリズムを持ったNPC。法則性があって、癖がある。アストルフォならクリアできるでしょ?」

「……覆せなくはないよ」

 

ゲームにステータスの差は当たり前だ。楓の理不尽な迄の防御力然り。それを埋めるのがプレイヤースキル、戦略と言われるシステムを超越した技能。

いろんなゲームにもバグや裏技は存在し、正攻法に則った裏技もVR系のゲームでは数多にも存在する。

常識外の方法なら何度も試してきた。何度も理沙と切磋琢磨しあったし、これからもそうだ。故にお互いの実力というものが理解できているから、理沙はできると言った。

 

「誰もクリアしたことのない、クエストかぁ」

「お、やる気だね」

 

いけないいけない頰が緩んでしまった。

そんな面白いクエスト受けないわけがない。

 

「それで肝心のクエスト発生条件は?」

「わからない」

「……え?」

 

理沙は言い切った。

 

「えっと、メイプルは受けたんだよね?」

「うーん。私にもよくわからないんだよね」

 

残念な事に、楓さんはクエスト発生条件を覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

善は急げ、と云うように。楓と理沙がログアウトした後、僕はスマホを使用して攻略掲示板を調べていた。ドッペルゲンガーというクエストについての詳細を知るため、多くの情報が飛び交う此処が最適なのだ。最適なレベリング方法、お金の稼ぎ方、レア装備やスキルが手に入るクエストやドロップ、他にも書いてあることは沢山ある。代表的にはメイプルの異常性やファンサイトまで様々な投稿がされており、批判的というよりは崇め奉るような内容のスレである。

 

「クエスト、ドッペルゲンガー、と」

 

今回、探しているのはクエストの受注方法。ドッペルゲンガーの情報どころかスレッドまである。僕はその記事を上から下まで全部読んでみた。

 

「……んー、発生条件は……あれ、まだ確定情報じゃないんだ」

 

曰く、鏡を見たら鏡の中の自分が笑っていた。

曰く、鏡を見たら古い闘技場にいた。

曰く、《黒い影》というクエストをクリアした。

曰く、必要な道具がある。

 

例を挙げればキリがない。憶測や誤情報が飛び交っていて参考程度にしかならず、確信に至るにはだいぶ心許ないものばかりで、運営側も沈黙するばかりで正式な発表はないらしい。

 

「なーに見てるの?」

 

ベッドの上でうつ伏せになってゴロゴロしていると、僕の背中に重なるように乗る柔らかいもの。風呂上がりの石鹸とシャンプーの匂いが鼻腔を刺激し、僕の顔の横には愛しい恋人の顔があり、その視線は僕のスマホに向けられていた。

 

「クエストの情報」

「むー、彼女よりクエストが大事なの?」

 

スマホの時計は夜の九時。こんな夜遅くまで僕の家に理沙はいた。

 

「せっかくのお泊まりなのに」

 

不貞腐れた様子でぎゅうぎゅうとくっついて甘えてくる彼女。お泊まりは付き合う以前からよくあることであり、ゲームで長時間遊ぶ場合はそのまま泊まることも多い。着替えは僕の服を貸すこともあった。でも下着は貸せない。じゃあ、理沙は下着を着けていないのかという疑問が残るが上はともかく、下は違う。

 

–––僕の部屋の箪笥にはこういう日のために理沙の服が数着常備されている。

 

寝巻きはもこもこな部屋着orパジャマ。

或いは、僕のワイシャツ。

 

今日は明るい水色のパジャマだった。

 

「今日はあるの?」

「うん、見るよ」

 

僕はアニメの類が好きだ。深夜も夜遅くまで起きて観る。その時間までの合間にゲームをしたり、勉強をしたり、暇を潰す。そしてそれは彼女ができても変わりそうにない。

 

「眠かったら先に寝ててもいいよ」

「うん。そうする。それまで何をするかって話」

「New World online?」

「せっかく二人一緒にいるんだから、他のゲームにしようよ」

「VR系?」

「VRマシンから離れて」

「じゃあ、久しぶりにテレビゲームでもやる?」

「うん。もちろん、対戦ね」

 

部屋にあるテレビにゲーム機をセットする。ベッドの上に座って準備完了。と、思ったら何の躊躇もなく僕の膝の上に理沙が腰を下ろした。画面見づらいんだけど。

 

「……何してるの?」

「いいじゃん。こういうのしてみたかったの」

「まぁ、いいんだけどさ」

「負けたら罰ゲームね」

「え、ちょっと待って、この状態で?」

 

色々と気になり過ぎてゲームに集中できない。

つまり、これは負け確の八百長である。

そうこうしているうちに対戦が始まった。

今回やっているのは、某有名な乱闘ゲー。

理不尽な迄の暴力。

ワンコンボでお手軽にキル圏内に入ってしまった。

 

「ほら、いつもの調子はどうしたの?」

 

ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべる理沙、僕は腹いせに理沙を後ろからギュッと抱き締めてみた。それもキャラがステージの外に追い出されたタイミングで。

 

「ひゃあ!?–––って、あぁ!?」

「やったね、残機減った」

「ちょっとそれはずるいでしょ!」

「え、何が?」

 

操作ミスをした理沙のキャラが奈落の底に墜落。

理沙の抗議の声を僕もニヤッと笑って返す。

 

「いきなり抱き締めてくるの!」

「操作の邪魔はしてないよ」

「むぐぐ、絶対にぶっ飛ばす」

「やれるものならやってみなよ」

 

その後、時計の針が十二時を指すまで僕達はコントローラーを離さなかった。

 

 

 

勝負が一旦終わりを見せたのは深夜一時頃、膝の間に挟まっている彼女から寝息が聞こえてきたからだった。勝負は寝落ちするまで着かず、これでお互いに引き分けとなる。

 

「おーい、理沙ー。……寝てるね?」

 

揺すっても起きないことを確認すると僕は眠っても離さないコントローラーを理沙の手から奪い取り、横に置くとそのまま抱き上げてベッドに寝かせる。起動中のゲームを消して、片付けて……。まだ予定の時間まであるのでVRマシンを手にする。

 

一度。一度だけ、挑戦してみたい。

 

だから、僕は理沙の隣に寝転がって電脳世界に再ログインした。




既に部屋の一割が侵食されている。
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