理性蒸発したら全部上手くいった件   作:黒樹

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念のためクロスオーバータグを追加。


英雄との決闘

 

 

 

《YES》を押した瞬間だった。闘技場の中央部が輝き幾何学模様の魔法陣が現れた。それは儚くも確かに強く光を放ち、意味のあるであろう文字列が揺らめく。そして、一層強い光を放ったかと思うと光が弾け、魔法陣の中央にはローズピンクの髪を携えた人間が膝をついていた。

 

「なんでよりによって……」

 

それはさっきのドッペルゲンガーとは違う。

衣装はメイド服ではなく、騎士甲冑のような荘厳なもの。

髪はローズピンクで、顔は中世的な美人。

美少女と見紛うその姿。

シャルルマーニュ十二勇士、アストルフォ。

彼、或いは、彼女がそこにいた。

 

「ッ!?」

 

英雄がついていた足を伸ばし立ち上がる。

あれからは何も感じない。だからこそ、嫌な感じがする。

 

俺が身構えていると英雄(仮に英雄と呼ばせてもらう)が虚空から黄金の身の丈と同じ程の槍を取り出し、天に突き上げるように掲げる。

 

「遠からんものは音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ!いざ尋常に勝負ッ!!」

 

突然、口上を述べたかと思うと姿が一瞬ぶれた。次の瞬間にはあと一歩で槍の間合いに入っており、コンマ数秒後には槍が最後の一歩と共に突き出されていた。

 

「くっ!」

 

間一髪、剣で槍先を逸らすことで躱す。だが重い。速度の乗った突撃は弾くのみならず僅かに体勢を崩させられた。不意を突かれなければもう少し上手く躱せただろうが、今となっては後の祭りだ。

 

「うわっ、ちょっ!」

 

追撃とばかりに馬上槍が振り回され、剣を添えて潜り込むように躱す。あくまで剣は添えるだけ。僅かに軌道を逸らせればそれでいい。元よりパワーで勝てるとは思っていない。

そして何より気をつけないといけないのがあの黄金の槍。絶対、触れたらダメなやつだ。

 

「ウォーターカッター!」

 

手を相手に向けて翳し、振ってないMPを使い水属性の切断魔法を放つ。掌の数センチ前に描かれた魔法陣から水の斬撃が飛んだが英雄は気にせず突っ込んで来た。そして、何の冗談かメイプルみたくノーダメージだ。

 

「あぁぁっ、破却宣言!」

 

運営も思い切ったことをする。魔法を無効化する装備の実装。メイプルという物理も魔法も防ぐ存在がいる時点で下位互換のようなものだが、それでも破格の性能を誇る装備の存在を失念していた。だが、これであの黄金の槍の正体が知れた。見かけだけではなく、能力もおそらくはアストルフォが所有する宝具のそれだろう。救いは幻馬がいないことか。

 

「ほっ、と、よっ」

 

再びの接近を許し、英雄の一撃を躱す。大きな回避はしない。すればそれこそが隙になる。追撃を半歩下がりやり過ごし、次々に繰り出される突きをゆらゆらと躱した。

 

「おりゃあ!」

 

躱し続けることに少し慣れ反撃とばかりに斜め下から切り上げるような斬撃を放つ。が、苦し紛れ過ぎたのか槍で簡単に弾かれてしまった。

 

「だとしても、負けるわけにはいかないんだよね!」

 

英雄のステータスは影のステータスとは比較にならない。苦境に立たされているというのに僕は口角を吊り上げた。つい、愉しくなってしまうとやってしまう。

 

「でも、これはちょっと仕切り直しかな」

 

英雄に手を翳す。破却宣言で魔法が無効化されるのは知っている。だから、英雄の足下を狙い。

 

「ファイアーボール!」

 

火属性の下位魔法、炎弾を放った。地面に衝突した炎弾が砂を巻き上げ、砂煙となって英雄を覆う。その間に僕は距離を取り呼吸を整えて策を練った。

 

圧倒的。英雄の力はその一言に尽きる。

ドッペルゲンガーと比べても規格外。

パワー、スピード、能力その全てが逸脱している。

辛うじて目で追える分まだマシだ。

だけど、一瞬でも気を抜けばやられる。

特にあの槍、触れたら終わりだろう。

 

……なら、どうすればいい?

 

簡単だ。全てをギリギリで避けて反撃する。その他にない。簡単だとか言ったが一回の失敗も許されない状況で簡単も何もないと思うが、それしかない。魔法だって効かないし頼れるのは近接攻撃のみ。いやもう作戦も何もあったものじゃない。

 

……でも、不可能じゃない。

 

僕には確信があった。確かにあれは強い。だけど、一定の癖やリズムといった行動パターンが存在する限り、倒せない敵じゃないというのはわかっているのだ。もっと悪い状況ってやつを挙げるならメイプルとタイマンとか。今の僕には有効打が存在せず、傷一つ与えることすら叶わない、そんな相手に比べたらまだ余裕だ。

 

剣を握り直し、僕は笑みを浮かべる。

ドクドクと心臓が高鳴るその音が最高潮に達した時。

 

–––鼓膜を破る程の魔音が鳴る。

 

砂煙が吹き飛ばされ、晴れた先には黒い角笛に囲まれている英雄の姿があった。魔笛の名の通り、心臓の底から響くような音に僅かばかりの畏怖を覚え、焦燥が顔に浮かぶ。

 

それでも僕は笑いを堪えきれなかった。

 

「キミのキャラじゃない?そうだろうね」

 

僕はあの英雄と違い闘うことを愉しむ。だってこんな面白いことはないだろう。それに僕は皮だけの存在だ。表面上はどうにかできても、心までは騙せない。

 

「ボクとキミ、どっちが本物でどっちが偽物か」

 

英雄は黄金槍を手に再度、距離を詰めてきた。速さと腕力の一撃。躱すことはせず、迎撃するために剣を槍に滑らせるように受け数秒間だけ鍔迫り合うように肉迫した。

 

「……ううん、違うね。どっちが偽物でどっちが擬きかな」

 

どちらも本物にあらず。

 

「おかしな話だよね。どっちも本物じゃないってさ」

 

限りなく本物に近いのは英雄の方。

ステータスも英雄が上。

 

「……先に謝っておくよ。今から本気で行く」

 

だがその一瞬、競り勝ち相手を押し返した。

 

「いくよ、そろそろ終わらせる」

 

バランスを崩した英雄の身体に斬撃を振り下ろす。英雄は反応し黄金槍で防ごうとしたが、まるですり抜けるように剣は英雄の身体に吸い込まれていった。

 

「っ!?」

「驚くのはまだ早いよ」

 

少しよろめいたものの体勢を整えた英雄が黄金槍にて突きを放つ。的確に頭を狙った突きはまるで最初から外れる軌道だったかのように頭の横を通り過ぎ、代わりに英雄の肩を剣で切り裂いた。

 

「まだまだ!」

 

苦し紛れに横薙ぎに振るわれた黄金槍を屈んで躱し、相手と同じタイミングで剣で切りつける。

英雄もされるがままというわけではない。即座に反撃してくるが相手が悪かった。

 

「残念だけど、それも予測済み」

 

槍の間合いよりも中に入られたことで槍を放棄した英雄が腰に差していた剣を抜き、切り上げるような斬撃を放つもひらりと躱して袈裟斬りを放つ。すれば英雄は防ごうと剣を振るったがまるで擦り抜けるように僕の剣が英雄を穿つ。何度も僕は英雄の剣を躱して踊るように斬る。

 

「何をされたかわからないって顔だね」

「まさかそれ宝具?」

 

ここに来て、英雄が久しぶりに喋った。

会話のパターンはそんなに存在しないらしい。

 

「違うよ。ただボクがキミの行動パターンを解析して、計算し、次の相手の行動を読んでいるだけだよ。もっともそんなまどろっこしいことをするよりも、誘導した方が楽なんだけどね」

 

システムに答えたところでチンプンカンプンな顔をされた。まぁ、このAIはともかく、理沙に勝てないとまで言わせた僕の個人技そのものなのだから、当然といえば当然だけど。俗に言うプレイヤースキルと呼ばれるものだ。

 

「さてと、そろそろ決着をつけようか」

 

アイテムストレージから青いポーション、マジックポーションを取り出して煽る。初期値から僅かにしか増やしていないMPはすぐに全回復した。

 

「コキュートス!」

 

氷系統上位魔法・コキュートス。それは全てを凍り付かせる範囲魔法であり、下位魔法とは比較にならないくらいの膨大なMPを消費して使用できる。その威力は下位魔法とは比べものにならない。しかし僕のMPは大きな魔法一発分のみ。何処ぞの紅魔族の娘のようにMPはゼロになってしまった。

 

僕が発動した魔法は闘技場の砂を凍らせ、英雄まで勢いを失うことはなかったがそこで失速。彼には僅かながらなダメージを与えるだけで、それも数ミリ程度。宝具クラスの魔法だ。だけどそれでいい。

英雄はそんなことに構いもせず突進してきたが、その足取りはぎこちない。それは凍らせた闘技場の地面のせいである。いくら魔法を無効化する破却宣言でも、現象として残ったものまでは効果を打ち消せないらしい。炎が燃え続けるのと同じように、それはシステム的には自然現象として残ってしまう。つまりは魔法としてカウントされない。

 

「クロススラッシュ!」

 

十時斬りに英雄を刻む。一撃目は防がれたが、二連撃目は脇腹を斬りつけた。この時点で残りHPは三分の一ほど。僕の攻撃力なら貫通攻撃を当てれば一発で削れる。

既にメイプル対策として貫通攻撃は実装されていた。貫通攻撃防御用の技も。それがまさかここで役に立つとは運営は夢にも思わなかっただろう。

 

「マッドザッパー!」

 

剣で貫かれてもなお剣を向けてきた英雄に最後の一撃を見舞う。貫通属性持ちの、斬撃を。相手の斬撃の方が早かったが紙一重で躱しカウンターを極める。そうして英雄の身体に吸い込まれた斬撃は心臓に一条の線をつけ、急所に当たったことでHPは一瞬のうちに全損し、がっくりと膝をついた。

 

「……ふぅ、勝った、のかな」

 

傷口からポリゴンが溢れ、やがて英雄は光となって霧散した。沢山の光が空に登っていく光景は何処か考えさせられるものだった。

 

 

 

 

「んー、でも今のはやばかったな」

 

自分の凡ミスであるが、地形を氷に変えたことで自分まで滑りそうになった。反省。

これでクエストも終わりかと空を見上げていると、視界の片隅で何かが輝いた。

 

「ん?」

 

見れば闘技場の中央に宝箱がある。クリア報酬だろうか。

近寄り開けてみると、中には装備が入っていた。

 

 

《触れれば転倒!》

【STR+20】【AGI+10】

黄金槍。一日に十二回まで、触れた相手のAGI(足)を一定時間消滅させることができる。

 

《破却宣言》

【INT+20】【MP+10】

魔導者。一日に十二回、一分間魔法を完全無効化。あらゆる魔法的要素を破壊することができる。持っていると少し賢くなった気がする。

 

《恐慌呼び起こせし魔笛》

【AGI+20】【DEX +10】

魔笛。強力な音波により罠を破壊し、三半規管を狂わせる。魔法の詠唱を阻害する。

 

《僥倖の拘引網》

【DEX+20】【AGI+15】

蛇腹剣。鞭のように使用することが可能。

 

《姫騎士のマント》

【破壊成長】【VIT+25】【AGI+10】【HP+200】

 

《姫騎士の軽鎧》

【破壊成長】【VIT+25】【AGI+10】【HP+200】

 

《姫騎士の靴》

【破壊成長】【VIT+15】【AGI+15】

 

 

鎧の名称はともかくそれは【ユニーク装備】と呼ばれるものだった。僕だけの装備。若干、理沙や楓の装備に比べると少し女性的なものを感じる気がするが気にすることなかれ。

早速、装備してみればご存知の通り、アストルフォのコスプレである。あとは幻馬がいてくれたら完璧なのだが、無い物ねだりをしても意味はない。ライダーとしての宝具だけでなく、セイバーの時の宝具まであるのは気になるが。

 

「あ、そろそろ深夜アニメの時間だ。ログアウトログアウト〜っと」

 

明日、驚く理沙のことを考えながら僕はログアウトした。




アストルフォの鎧の名称がわからないので敢えて姫騎士にした。
運営の悪ふざけ。

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