(仮題)社会人貞操観念逆転もの   作:社会から取り残されてる感じ

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違和感という言葉では片づけられなくなるワープな2話

 

  

 

 「おはようございますー」

 

 社員証で打刻し、自分のデスクに座る。定時開始の1時間前ということもあり、出社している社員はほぼいなく、業務の女性だけがパソコンで作業をしていた。今日は珍しく挨拶に返事があった。

 

 時友はこの朝の時間が嫌いではない。ルーティーンのように、やることは決まっている。

 

 メールのチェックや、今日の予定、商談内容の確認。週計画、月計画に現状までの行動が伴っているかどうか。作成した商談用資料の最終確認など、大したことはしていないが、頭の中が整理されていく感覚がしていく。3年目からはどれくらいサボれる時間があるかも計算している。ちなみに今日は社内業務とサンプル作成がメインだ。

 

 それが終わると煙草を吸いに屋上へ行く。ここまでが時友の朝のルーティーンだ。

 

 (ハッ、もうじき終わるけどな)

 

 辞表を書いている時友は自嘲気味に笑った。

 

 エレベーターで7Fまで、そこから階段で上がると喫煙スペースがある。いつもこの時間は喫煙スペースに誰もいない。

 

 安いライターで煙草に火をつける。ようやく日常、いつも通りに戻る。

 

 (……やっぱおかしかったよな)

 

 とはいえ、通勤でのあの異常事態は頭から離れない。昨日までの日常とは明らかに違う。朝のニュースでの痴女、男性専用車両。いつもと違う乗客。男性から感じるぎょっとした視線。極めつけがあの空間。

 

 夢が続いている? だとすれば感覚がはっきりしすぎている。それに今日の夢の内容は不本意だがハッキリしているし、とっくに夢は覚めている。

 

 と、様々思考を繰り広げている時友に、一つの回答が浮かんだ。

 

 (……撮影だった? 素人物の。俺の周りを女優で囲んで、カメラマンはどっかで隠れていた、もしくは囲んでいたやつらがまわしてしていたのか? だとしたら……)

 

 マジヤバイ。ちゃんとしたモザイク無かったら社会的に殺される!

 

 唖然として冷や汗が出てくる。落ち着くために咥えていた煙草を吹かそうとするが、一切吸えている感覚はない。煙草の火はいつの間にかフィルターまで達していた。

 

 吸い殻をバケツに捨て、ボックスから煙草を1本取り出すと、

 

 「あ……」

 

 手が震え、残りの煙草はケースごとバケツへと落ちていった。

 

 「ほんっと最悪だわ」

 

 煙草自体は何箱か買ってあるが、デスクとバッグにしまってあるため、今はない。残り1本となった煙草に火をつけるが、だんだんとイライラしてくる。

 

 そんなタイミングでエレベーターが7Fにつく音が聞こえてきた。エレベーターを降り、階段を上る音。人によってその音が違うので、誰が来たのか時友には大体分かる。しかし、この足音が誰なのか、聞き覚えがなかった。

 

 「あ」

 

 「ん?」

 

 上司の大滝だった。

 

 (大滝って煙草吸ってたっけか?)

 

 「おはよう」

 

 「おはようございます」

 

 「……煙草、吸ってたのか?」

 

 「入った時から吸ってましたよ」

 

 「……そうだったか?」

 

 「はい」

 

 こっちのセリフだと言いたい。時友の印象としては、大滝はむしろ煙草が嫌いだった。屋上から戻ってくる喫煙者をジッと睨んでさえいた。だからこそ、上司が来ない喫煙所は、時友にとって職場で最も安らげる場所であったし、大滝から逃げるため煙草の本数も増えていた。

 

 また違和感が増えた。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 昨日退職することを伝えたからか、気まずい空気が流れる。時友はそもそも大滝が好きではないし、大滝としても何か言いたいことがあるのか、言い辛そうな顔でチラチラと時友を見ては視線を外した。

 

 このまま吸っていても落ち着くことができないし、退職の件も話を進めなくてはいけない。

 

 「大滝さん、昨日の──」

 

 「昨日の件だがな! 美津島工業に急遽アポイントが入ったから、朝一に時間は取れなくなった。その話しは帰社してからで頼む」

 

 時友の話しを遮るかのように、大滝が話し始めた。

 

 「はぁ、まぁいいですけど、何時帰社予定すか?」

 

 「定時頃には帰社できるだろう」

 

 「了解です。その時間、お願いします」

 

 予定の確認が取れた。煙草もそろそろ吸い終わる時友は、バケツに煙草を捨てるとそのまま階段を下りる。後ろから感じる視線は、今度は外れなかった。

 

 「おはようございます」

 

 「おはよう! あれトッキー煙草吸うてたっけ?」

 

 「……吸ってましたよー。どんだけ覚えられてないんすか俺」

 

 エレベーターがタイミングよく上がってきて、扉が開くと美人がいた。見慣れない女性で、若干明るめの茶色いボブヘアー。本社側の社員かと思っていたが、やたらと馴れ馴れしく話しかけてきた。何となく処世術的に合わせるように話すと、どこか驚いたような表情を美人は浮かべた。

 

 「なんかトッキー、雰囲気ようなったな。なんかあったん?」

 

 「そうですかねー。何もないですよ」

 

 「そうかー? ま、ええわ」

 

 今度飲みにでも行こなー、と手を挙げながら喫煙所へ向かう美人に軽く頭を下げ、きていたエレベーターで3Fまで降りる。

 

 もう始業まで15分というところ。そろそろ喫煙者が煙草を吸いに、屋上に行く時間だ。

 

 「は?」

 

 3Fの扉を開けたら、そこは別世界だった。

 

 「あそこ全然だめですねー、買う気ゼロですもん」

 

 女。

 

 「今日は昼、パスタ行きましょうよー」

 

 女。

 

 「あ、その髪型かわいいじゃん」

 

 女。 

 

 時友が勤めている会社の業界は、近頃女性も少しずつ増えてきてはいるが、やはり大半は男社会で形成されている。時友の会社もそれに漏れず男性社員が大半だったはずだ。それこそ、3Fには凡そ50人近くがいるが、そのうち女性はわずか4名だった。

 

 それが今、時友の眼前に広がるのは、女性社員で溢れかえる、なんとも居心地の悪そうなフロアであった。

 

 降りた階は……間違っていない。確実に3Fである。では、何なのだこれは。

 

 開いた口が塞がらない。

 

 この案件どうなってんの? それじゃ全然だめじゃね? こうやったほうがええんちゃうん? と恐ろしい位の頭の回転で詰めてくるマネージャー。今その席に座っているのは、見慣れないショートヘアの女性。

 

 それだったらこの資料使ったほうがいいね。あの人は敵に回さないほうがいいぞ、と入社時に教育係としてついてくれた先輩社員。今その席に座っているのも、見慣れないゆるふわパーマの女性。

 

 今週みんなで飲み行きましょうよー! あの案件の担当者マジタヌキですわー、とムードメーカー的な立ち位置の、1個下の後輩社員。その席に座っているのも、見慣れないセミロングの女性。

 

 見える限り唯一の男性は、同期で入社したイケメンだけだった。そのイケメンも居心地が悪そうに小さく座っていたが、どうも時友のように違和感を感じているようではなく、隣の女性社員が話しかけてきているのを素気無く返している。ちなみにその女性社員も見覚えがない。

 

 (なんだよこれ……、マジでなんなんだ!)

 

 どこか眩暈がしてきた気がして、左手で頭を押さえた。朝起きてからの違和感。通勤時の非現実的状況。喫煙所では今まで絶対会わなかった大滝。まだこれならギリギリセーフだった。しかし、今まで男性で埋め尽くされていた景色のほどんどが、今日になって女性に変わった。これは最早違和感で済む話しではない。

 

 世界が変わった、というより、

 

 

 

 「俺がこの世界にワープしたのか?」

 

 

 

 並行世界、パラレルワールド。昨日までそんな話しをしていたら現実逃避やら、ラノベの世界をリアルに持ち込むなと、痛々しい扱いを受けていただろう。しかし、今はどうだろう。まさにこの状況はその単語が正しくはないだろうか。眼前を説明するにはその言葉が適切ではないだろうか。

 

 そんなもの馬鹿馬鹿しいと考えていた思考が消えつつあり、非現実的な方に答えがまとまりつつある。

 

 「あ、時友先輩おはようございますぅ。そこで何してるんですかぁー?」

 

 妙に間延びした語尾は聞き覚えがある。去年同じグループに配属された後輩の由科(ユシナ)紗耶(サヤ)だ。配属当初から天然で抜けているような親しみやすさと、かわいさに加えた愛嬌の良さで、多くの男性社員を虜にしてきた。

 

 仕事で失敗しても怒られないような下地づくりでもしているのか、と穿った見方をしていた時友だが、いざ自分の後輩として面倒を見てみると、意外なほど真面目に取り組み、自分の営業スタイルを早々と確立していった優秀な後輩だった。売り上げの数字づくりもまだ若干のムラっけがあるが、いずれ経験でそのムラも埋まっていくだろう。

 

 「なぁ由科。お前ワープって信じるか?」

 

 「へ? 何言ってるんですか先輩、それってドラマとか小説のセリフですかぁ?」

 

 「……そうだよな。いや何でもない気にするな」

 

 「はぁ、それよりも先輩今日行くお客さんなんですけどぉ──」

 

 世界が変わっても後輩は変わらなかった。今はその変化のなさに少しだけ冷静を取り戻せた時友は自分のデスクに戻ると、先ほどの仕事の続きをした。

 

 

 

 ◇ ◆

 

 

 

 「せっ先輩ちょっといいですかぁ?」

 

 「ん?」 

 

 時刻は11時30分頃。朝から営業に行く人間、午後一にアポイントが入っている人間が昼食がてら外回りで出始める時間帯で、今社内にいる平営業は時友と由科だけであった。

 

 ちなみに今この現状について、時友は冷静ではないため、家に帰ってからもろもろ調べようとしている。幸いなことに今日は金曜日だ。基本土日休みであるので今日の夜からじっくりと考える時間がある、というのは建前で、今のこの現状をまだ受け止め切れていないため、後回しにしているのだ。そもそも何と調べたらこの状況を納得できる解答がでてくるのかが分からない。

 

 「そのぉ、ちょっと言いづらいことでぇ」

 

 「これからサンプル作りだからショールーム行くか」

 

 「そ、そうですねぇ」

 

 「……? お前なんか顔赤くないか? 風邪か?」

 

 「そそそんなことないですよぉ?」

 

 否定はするが確実に頬や耳が赤いし、視線はきょろきょろと逸れる。心なしか体もモジモジと揺れている。

 

 まぁ風邪じゃないならいいか、と時友は別段気にせず、階段で2Fまで降りた。2Fはショールームとなっており、販売している実機があり、サンプルを作成できるのだ。顧客に対してショールームまで足を運んでもらい、デモンストレーションを行うこともよくある。今日は都合よく、誰もいないみたいだが。

 

 「何か飲むか?」

 

 「いっいえ大丈夫ですぅ。というか私が出しますよぉ!」

 

 「いや、それはないだろ」

 

 「あ、もう買っちゃってますしっ! 私女なんですから出させて下さいよぉ」

 

 「は?」

 

 自動販売機でお茶を買う。珍しく断ったかと思えば、訳わからないことで怒られた。

 

 女なんだから出させて下さい。嫌いな奴ならともかく、悪くない後輩にそんなことをさせた方が男が廃るだろう。

 

 少し怒ったような由科は商談用のテーブルに掛けると、時友に早く座るよう催促した。

 

 「それで、どうかしたか?」

 

 「えっ、あ、いやぁ、そのぉ」

 

 「歯切れが悪いな。そんなに言いづらいことなのか?」

 

 時友がそう聞くと、由科は深呼吸し、一大決心でもしたように据わった目つきで、

 

 

 

 「せっ先輩、今朝電車でっ、ちちっ痴女されてませんでしたかっ!?」 

 

 

  

 しかし噛み噛みでそう言われた。

 

 

 

 「はっ、はぁ? いや全然っ、全然されてねーししてねーし! 痴女とか意味わかんねーし! 誰がどう見ても何でもねーし!」

   

  

 

 見られていた、という恐怖から反射的に、捲し立てるようにそう答えた。

 

 あの惨状を素人物の撮影かもしれないと思っている時友にとって、あれを知っている人間、しかも同じ会社同じ配属同じグループの後輩に見られたとなると、これから人からの目線に耐え切れない自信がある。

 

 これから関わっていくすべての人間に、あいつは痴漢という犯罪行為をした、という目線。もしくは素人ものに出演していた、という目線だ。

 

 人の噂は簡単に広がる。それは今までの人生で学んでいる。そして時に噂は人の一生にすら作用するほど強力であることも。

 

 (この反応はまずいだろっ、落ち着け俺っ!)

 

 どこから見られていたのかが不明だ。由科からは時友が前にいたパンツスーツの女性に痴漢しているように見えていたかもしれない(痴女されている、なので時友が痴漢をしているという意味にはならないが、時友は由科の発言に軽いパニックで気づいていない)。

 

 「うっ嘘です絶対されてましたっ」

 

 「されてねーよっ」 

 

 「私先輩のむむむっ胸に手が回ってるの見ましたもんっ」

 

 「うっ」

 

 「しかもその手が先輩のちっちちくっ乳首をいじってるのも見えましたもんっ」

 

 「…………」

 

 「先輩の腕に体を擦り付けてる変態も見ました、です」

 

 終わった。人生が。時友はこれからの人生に絶望した。一体これまでの人生で何が悪かったのか。この会社を辞めようとしているのが悪かったのか。時友は首が据わっていない赤子のように、項垂れた。

 

 反論をしない時友の手を、由科は両手で握った。

 

 「先輩、私先輩のことが心配なんですよぉ」

 

 「…………」

 

 「他の男性よりも危なっかしいですし。いつも不安で不安で、仕方がないです」

 

 

 「…………」

 

 「だから今日会社が終わったら、三間崎駅でちゃんと駅員さんに言いに行きましょうよぉ」

 

 由科は自首を勧めてきているのか、やけに優しいトーンで時友に言う。

 

 「……勘違いだ。俺はなにもしてない。何もしてないんだ!」

 

 「へ?」

 

 「本当に何もしてないんだ。朝から意味の分かんないことに巻き込まれてるだけなんだよほんとに……」

 

 「えっ、えぇそうです。先輩は巻き込まれたんですよね。だから『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ちゃんと言いに行きましょうね。男性だから言い辛いとは思いますけどぉ」

 

 「…………え?」

 

 「わわっ私もちゃあんと私も着いていきますから、安心してくださいっ」

 

 由科はガッツポーズで励ましているのか、両手を握っている。胸部を腕で挟み込んでいるように見え、スタイルの良さが際立っているが、ん? とそんなことよりも時友に疑問が沸いた。警備の強化? 

 

 「……ちょっと待て。話しを整理させてくれ。あーつまりはあれか、俺が自ら痴漢行為を働いていたと言いたい訳ではないん、だよな?」

 

 「あぁっ当たり前じゃないですかっ。先輩がそんなことするわけないですっ」

 

 100%信用しているような、そんな目で由科は時友を見つめた。瞬間、項垂れていたにも拘わらず、力が全身から抜けたように、椅子にもたれ掛かった。いつの間にか体に力が入っていたらしい。

 

 「あぁー寿命が縮まった気がするわ。たかだか数分で無駄に疲れたし、お前も変な言い回しするなよ」

 

 「先輩が変な取り方したと思いますけどぉ。というか痴漢なんて()()()()に聞きましたよぉ」

 

 「……もういいわ何でも。とりあえずタバコ吸ってくるわ」

 

 「お供しますねぇ」

 

 「……そか」

 

 

 

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