(仮題)社会人貞操観念逆転もの 作:社会から取り残されてる感じ
その支配された認識が革命的に覆されるとパラダイムシフトとなる。
世界の変化はシンプルである。それが僅か1時間で調べた時友の結論だった。
要点をまとめると、
①過去から現在に至るまで、社会的に女性支配が圧倒的である(既存知識の男性偉人は女性へと変化している)
②男性はその数が減少傾向にある(致命的なレベルではない)
③男性保護保障の充実(男性専用車両や男性雇用の拡大)
そして何より、時友を驚かせたのは、
④性的欲求のパラダイムシフト
である。
男性は結婚まで操を立て、貞淑たれというのが一般論であり、女性は如何にして彼氏をつくり、如何にして彼氏を抱こうか、というテーマで青春時代を過ごすという。女性は学生時代に彼氏をつくれば女傑視され、男性は現実とのギャップに苛まれながら、理想の恋愛、結婚を仲間内で語るといくのがこの世界の普通らしい。
そして男性にとって欠かせない存在である成人向けサイトは最も分かりやすくパラダイムシフトを感じる部分だ。
例として、ブーメランパンツの中年男性が胸元を隠しながら上目遣いで──
「お゛え゛え゛ぇ゛」
これ以上見ると本格的に吐き気を催すほどの衝撃的なジャケットが大量に羅列されていた。
時友は二度として見ることがないように、スマホのエロサイトお気に入りフォルダを抹消した。
閑話休題。
そんなこともあり、時友はこの世界の常識を学んだ。
思い返せば昨日の満員電車での異常は、この世界における正常であり、時友が由科に飲み物を買おうとしたとき、女だから払わせろと由科が言っていたのも正常。大滝が私も女なんだぞと言っていたのも正常だったのだ。
「つまり、これまでの常識と真逆と考えればいい訳か」
男性を女性へ置き換えると、この世界では常識的になる。つまりはこの世界で唯一逆の価値観をもつ時友にとって、ここは楽園にも等しい未来が約束された世界である。
何をせずとも社会には大事に扱われ、女性にはもてはやされる。振り切って
しかし、人としてそれはどうだろうか。
何も気にせずこの世界を満喫するのは簡単だ。
しかし、すべてにおいて求めずとも満たされた生活に、これから先、自分は生きたいと思うか。
否である。
満たされない欲望があるからこそ、人はそれを満たそうと奮起する。欲望というと聞こえが悪くなるが、しかしそこにやりがいや充実感を見出すのだと時友は考える。
まさにその点で引っ掛かり、時友は退職を決意したのだから。
だとすれば、「ほどほどに」「限られた一部と」この世界を満喫する。
過ぎたる欲望は身を滅ぼす。まさにこの世界は過ぎたる環境にいくらでも身を置くことができるため、このことを肝に銘じて、これからを生きていく。
時友の方針が決まった瞬間である。
◇ ◆
とはいえ、自らが如何に、ほどほどにと気を付けようとも巻き込まれてしまうのもまた、今の時友においては必然なのである。
「ねえお兄さんここで何してるのー? 暇ならうちらと遊ぼうよ!」
「ちょ、ちょっと真衣やめなよ、絶対待ち合わせだって」
気晴らしに外に出てみようかと考えた時友は、電車を乗り継いで渋木坂駅まで来ていた。渋木坂は商業施設が立ち並ぶ繁華街で、その多くは若者向けの店であり、特に目的もなくくるにはうってつけのエリアだ。
ちなみに電車はそれほど混んでいなかったため、痴女行為をされる心配はなく、多くの女性からチラチラと見られていただけであった。
ひとまず駅に着いた時友は喫煙所に向かい、煙草に火をつけた。分煙化がかなり進行しているが、前の世界より喫煙者に優しく、喫煙スペースは広く設定されていた。
喫煙スペースに入った瞬間多くの目線を感じたが、気にせずネットニュースを見ている。
『あの男性アイドルがついにグラビア撮影に挑戦!!』といった時友にとって文字通り目に毒な見出しが時折目に入り、気分が悪くなるが、この世界と付き合ってくうえで避けられない部分だ。慣れたくはないがスルーできるだけの精神力は必要だと、時友は煙草を吹かしながら考えていた。
さてと、と灰皿に吸い殻を捨て喫煙所をでる。とりあえずはブラっとしてみるか、と特に目的地も決めず歩き始めた。
そんな時、話しかけてきたのが先ほどの女性2人組だった。パッと見た感じでは大学生くらいで、マイと呼ばれた方はこっちの世界基準で恐らくチャラそうで、髪色も明るく、耳元に派手なピアスがチラリと光っている。
「だってタイプなんだもん。イズミは違うの?」
「そうは言ってないけど……」
もう一方の、イズミと呼ばれた方は清楚系で美しく長い黒髪ストレートが映える。
昨日ニュースで見た、痴女容疑で捕まっていた女性もそうだが、この世界は女性のレベルが基本的に高い。男性が減少傾向にあるため、男性に選ばれるために努力をしている人が多いのだろうか。
「…………ハァ」
とはいえ、如何に容姿が良かろうとも、今後の方針をつい先ほど固めたばかりの時友はため息をつくと、2人を無視して歩いていく。
逆ナン(この世界ではただのナンパだが)されること自体は初めてではないし、そのまま遊びで夜と過ごしたこともある。二人は容姿的に美しい、かわいい部類に入るし、以前ならむしろ美人局を疑うほどだ。が、ここを許せばキリがなくなる。
時友という存在はこの世界にとって劇薬であり、恐らくこの世界の女性ではかなりの執着を生むだろう。時友はそれを自覚している。
だからこその「限られた一部」なのだ。
「お兄さん待ってよー!」
「あっちょっと真衣っ」
マイが時友の横について歩いてくる。はっきりとお断りをしていないが、無視してる時点で察しろと言いたい。
「あたしが
「…………」
「うちらこのあたりの美大に通ってるんだー。すごいでしょ美大。お兄さんは社会人?」
「…………」
時友が一切反応していないのにも拘らず、マイという少女はまるでめげずに話しかけてくる。その後ろを着いてくるイズミはソワソワしながらマイを止めようと手を出してはひっこめてを繰り返している。
時友は毅然として無視を貫いていたが、反応がないのをいいことに、マイが時友の腕をとり組み始めた。
「んーお兄さんすっごくいい匂いがする」
「ちょっそれは流石にまずいでしょっ!」
「えーだってお兄さん何も言わないし」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
マイが掴んでいる腕を外そうと、イズミが引っ張る。いい加減イライラしてきた時友は強引にマイから腕を振り切り、
「いい加減に──」
「先輩?」
睨みつけてハッキリと断りを入れようとしたとき、聞き覚えのある声が聞こえた。
マイとイズミ、その後ろにいたのは会社の後輩である由科紗耶だった。
これはチャンスだとばかりに、マイとイズミを押しのけ由科の手を取った。
「せっ先輩?」
「いいから、少しだけ俺に時間くれ」
「あっ」
そう言って時友は由科の手を握り、逃げるように走った。ちょうど青に変わった歩行者信号が見えたので、人込みに割り込みながらも渡り切る。
マイとイズミが追っかけてきたようには見えなかったが、念のため2人から見えなくなるくらいまでは走る。
「先輩ぃっ、どこまで行くんですかぁ……っ?」
「……っと、もうそろそろ大丈夫か」
走っていた足を止めると、由科は膝に手をついて息を整えていた。うっすらと赤らんだ頬に一筋、小さな汗が垂れた。
「ハァ、ハァ、先輩早すぎですよぉもう」
荒い息とともに揺れる胸は大滝以上に大きく、しかしウエストは細い。まさに時友の感覚では男の夢の理想体型な由科である。
白いニットにスカート、60デニールの黒タイツとシンプルな私服姿だが、由科のスタイルの良さが際立つように映える。
「ごめんな急に。時間あるか?」
「へぇ? ありますけどぉ」
「なら、お詫びにお茶でも奢らせてくれないか?」
着いたのは適当に見つけた喫茶店だ。チェーン店ではなく、個人経営のこじんまりとしていて、落ち着いた雰囲気がさっきまでの忙しなさをゆっくりと解いていった。
「なッナンパされたんですかぁ……っ」
「しぃー、声大きいって」
「すっすみません。でも先輩がナンパなんて言うから」
テーブルに両手を叩きつけて立ち上がった由科は、周りの目線に気づいたのか、恥ずかしそうに俯き座る。耳が真っ赤に染まっていて、カップを両手で持つ姿が少し微笑ましい。
時友もコーヒーを一口飲む。少し苦めのブラックがなかなかに時友の舌に合う。
「一言も話さずに無視してたんだけどな」
「女子大生は狼ですから、絶対に着いて行っちゃだめですよ?」
「ハハッ、狼ね。そうだな、その表現が正しい」
「もうっ、本当ですからねっ」
女子大生が狼という違和感を感じる表現に思わず笑みが零れる。
由科はこの世界の常識で生きてきているが、人を穏やかにさせる才能はこの世界でもあるのか、時友は以前と変わらない雰囲気で話せる由科に安心した。
「なぁ由科。お前好きな異性のタイプとかあるか?」
「へ? どど、どうしたんですかぁいきなりっ」
「まぁまぁ、いいから」
そう言って時友が促すと、由科は顔を赤らめ深呼吸をし始める。
「そのぉ、とっ年上で、身長が高くて」
「ふむふむ」
「それで、
「へぇ由科は年上好きなんだな」
「はぅぅ……」
由科は年上好き。その言葉でどれだけの男が泣き、笑うのか。前の世界ではその年上の数々を骨抜きにしていた由科が言うと、少しだけ説得力みたいなものを感じた。
「せっ先輩は?」
「ん?」
「先輩の、好きな女性のタイプですっ」
両手でもつカップ越しに聞いてくる由科の質問に時友は改めて考える。
好きなタイプ。これといって決定打のようなものはない。現にこれまで付き合った女性は、年上もいれば年下もいる。髪が長い子も、短い子もいた。身長が高い子も低い子もいた。外面的なところでは、好みはないのだろう。
それでも一つ、思い当たるとすれば。
「んー……、やっぱ内緒」
「ずっずるいです先輩っ、私だけに言わせるなんてっ」
「まぁまぁ、タイミングよくケーキもきたぞ?」
ウエイターが運んできたのは由科が頼んだパウンドケーキだ。この店の名物らしく、確かにおいしそうだ。
「もうっ……。先輩は少しいじわるです」
「ハハッ、味わって食べてくれ」
「むぅ、この話はあとにします。……あっ美味しいですこのケーキっ」
「……それはよかった」
フォークで小さく切ったケーキを食べた由科の顔は、思わず写真に収めてしまう程、変わらず幸せそうであった。
「いいんですかぁこのまま私の買い物に付き合ってもらって……?」
「ああ、特にあてもなく来たからな。むしろ邪魔じゃないか?」
「いえっそんな、滅相もないですぅ」
「そか」
カフェを出た由科と時友が向かったのは大型のショッピングモールだ。ファッション、雑貨、本に映画館、テナント数もかなりあり、一番階上の7Fにはフードコートもある。基本的に何か買いたいものがあればここで見つかるだろう。
由科は休日にはよくこのショッピングモールを見て回るらしい。特に多数の香水が売られている店舗には欠かさず行っているとのことだ。
その店舗は3Fにあるらしく、そこに行くまでにも見て回る場所がたくさんある。
基本的にこういったショッピングモールにはあまり来ない時友は、由科の案内がなければ迷っていただろう。
「あっ先輩、ここです、行きましょうっ!」
「はいよ」
最初に由科が入ったのはレディース向けのブランドファッションストアだった。
高級感があり、店内も落ち着いている。由科の私服は今日初めて見たが、展示されているコーディネート済みのマネキン服や個々に販売されているアイテムはシンプルなデザインで由科によく似合う。
「んー先輩ちょっといいですかぁ?」
「どした?」
「こっちとこっち、どっちが似合いますかぁ?」
両手でとった服を体に合わせている由科。グレーのニットワンピースと、ネイビーのゆったりとしたシルエットのコート。
ネイビーのコートは今着ている服の上からでも似合いそうだ。だがこのニットワンピースを着た由科も捨てがたい。
「……こっちのグレーの方がいいと思うぞ」
「ならこっちにしますねぇ」
試着してきますねぇ、と由科は時友の葛藤を知らずに、はなうた交じりに機嫌よさそうに店員に話しに行き、試着室へと向かった。
選んだ理由は一つ。グレーのワンピースを着た時に出る由科のスタイルの良さと男を誘う色気。容易に想像できたそれを単純に見てみたいだけだ。
数分後、入った試着室から顔だけ見せた由科は、時友に手招きをした。
「どした?」
「そのぉ、ファスナーを上げて欲しくて……」
「あっああ分かった」
「それじゃあ、お願いします」
由科は後ろを向くと長い栗色の長い髪を上に持ち上げると、隠れていたファスナー部分と、シミひとつない新雪のような由科の背中が露わになった。
思わず息を飲み込んでしまうほど、透明感のあるその姿に一度一呼吸おくと、鏡越しの由科と目があった。
「…………」
「…………」
お互いに目は合ったまま止まった。時友は由科の背中を見た時、胸が高鳴りが由科に聞こえるのではないかと思うほど、心臓がドキドキしている。
お互いに無言の時間が流れる。前を向けば鏡に映る由科がチラチラと鏡越しに時友を見ており、その視線は時友の理性を揺さぶった。
「あっ、んぅ」
時友は由科の背を指でゆっくりとなぞる。シルクを触っているかのようにすべすべの肌は、一切の抵抗がなかった。
目をつむって時友のそれを受け入れている由科は擽ったそうに、声を僅かに漏らした。鏡越しに見える由科の表情は徐々に熱を帯び始める。
カーテンを閉め、個室状態の試着室はその時ばかりは2人きりの閉じられた空間だ。由科の背後にぴったりとくっつく時友は、昨日の満員電車でのことを思い出した。
昨日と違うのは、時友が責める側であり、この空間は前の世界の常識が一時的に通用する特殊な空間ということだ。
「きれいな背中だな」
「せっ先輩っ、耳元で……っ」
由科の両肩を掴みながら、持ち上げられている栗色の髪の横から覗くように時友が話しかけると、由科は肩を小さく震わせた。心なしか時友に体を預けているようで、由科の心地よい重さを感じる。
「私、その……すごいドキドキしてます」
「……俺も」
由科は持ち上げていた髪を下ろす。衣服越しに体温と、お互いの心臓との音が伝わっているのか。錯覚なのだろうが、由科と時友の心は繋がり、お互いに何を求めているのかが分かったような気がした。
「先輩、そっちを向いても……いいですか?」
熱っぽい目で鏡の時友を見た由科に、時友は頷いて返す。ゆっくりと振り返った由科は時友の胸に顔を埋めるように体を預ける。
恐ろしいほど柔らかな感触を腹部に感じた時友は、無意識のうちに強く由科を抱きしめた。
由科の細い腰が折れてしまうほど強く。強すぎて由科から漏れたわずかな吐息も愛おしい。
ゆっくりと抱きしめていた力を緩めていくと、お互いの呼吸のタイミングが重なる。自然と由科と時友は目を合わせていた。
何かを期待している由科の目がゆっくりと閉じられると、時友も目を閉じ、そしてゆっくりと顔を近づけた。
評価・感想誠にありがとうございます。
貞操逆転スキーな皆様の期待に少しでも応えられるような内容であればと思います。
ちなみに本編に出てきたナンパ二人組は使い捨てではありません。