(仮題)社会人貞操観念逆転もの 作:社会から取り残されてる感じ
「お客様、サイズはいかがですか?」
試着室の外から聞こえてきた声に、由科は閉じていた目をパッと開き、今の状態を冷静に認識した。時友も頭から冷水を掛けられたかのように、抱きしめていた手を離すと、由科から目をそらした。
「はわわわ……、先輩どうしましょうっ……?」
「ばっバカ声が大きい……っ」
キョロキョロと目線が忙しなく動く由科はかなり動揺しているみたいだ。その姿を見て、時友は状況を切り抜けるため冷静に思考を回転させるが、何も思い浮かばなかった。
「……お客様?」
「はっはぃ、ピッタリでした……っ」
「……さようでございますか。ではぜひお連れ様に見ていただきましょう」
「うっ、そのぉ……」
「お客様?」
言い淀んではっきりしない由科に、店員はどこか釈然としない声色だ。
ドクン、ドクンと鼓動が鳴り止まない。冷や汗も出てきた。由科は……頼りにならなさそうだ。
もう諦めたほうが良い。そう考えた時友は自らカーテンを開ける。店員は試着室の時友を見ると、目を見開き唖然とした表情で口を開けた。
「すみません、ファスナーが閉められなかったそうで。中に入ってました」
「へっ? ええっ? あっああ、さようでございましたかー……。ではこちらへどうぞー……」
ここまできたら振り切って堂々とした方がよい。まずはしっかりと謝罪をし、理由を説明すればどうにかなるだろう。その考えはどうやら正解だったみたいで、店員は未だ現実を理解できていないような表情で、呆然としたままレジへと向かった。
このシチュエーション、前の世界で置き換えれば、女性の試着室に男が入るなど一発で裏に連れて行かれて事情聴取、出入り禁止、最悪は警察だろうが、この世界では、よほどの信頼がない限り、男性が女性の試着室に入ることなどあり得ない。少なくとも彼氏彼女や夫婦関係でない限り。
由科が強引に時友を連れ込んで卑猥なことをしたという可能性もあるが、それは男性である時友が真っ先に理由を説明したので、ゼロに等しいだろう。
とにもかくにも、この状況は切り抜けた。
「ふう……危なかったですぅ」
胸に手を置いて息をつく由科は、赤らめた顔で時友を見ると笑った。
結局、ファスナーが閉まることはなかった。由科はその服をやけに嬉しそうに購入していたが、やけに長いこと店員と話しているうちに焦っているような雰囲気だった。店員はこちらを見つつニヤけたような表情を浮かべ話していた。
入り口でその様子を見ていた時友は、先ほどの試着室での行動を反省し、大きくため息をついて一言。
「あぁ、ばれたな」
隠し事ができない由科。営業としてはすぐにでも直さなきゃいけない部分だが、この世界でも変わらない由科に思わず笑みが溢れた。
「先輩今日はありがとうございましたぁ」
「いや、こっちこそありがとうな。面倒ごとにも巻き込んだし」
「いえいえ、まさか先輩と休日に会えるなんて思っても見ませんでしたから。今日はとってもラッキーでしたっ」
「……それはよかった」
時友と由科は買い物を終えてから、昼食をとり、再び買い物。由科お気に入りの香水ショップにも足を運び、休日を楽しんだ。
途中、ゲームセンターを見かけ懐かしく思った時友は由科を誘い、ダーツやクレーンゲームなどで遊んだ。由科は今までゲームセンターに来たことがなかったらしく、はっちゃけていた。
今やスマホで写真を撮ることも増え、もうなくなったと思っていたプリクラがまだあったことに時友は驚いた。
「プリクラ……」
「ん? 撮りたいのか?」
「いっいえ、そんな」
恐らく、試着室でのことを思い出したのだろう。ぽぉーっとした目でプリクラを見ていた由科は、時友の言葉に顔を赤らめると俯き加減でそう答えた。プリクラも試着室同様、密室空間である。
というような一幕もあり、今現在時友と由科は電車で帰宅中だ。時友と由科の家は最寄駅が同じで、かなり近いことが昼食時に発覚した。
同じ時間帯に渋木坂駅。ナンパされたところで由科と出会う。偶然に偶然が重なった、不思議な一日だったが、由科との時間は、当初の目的通りに気晴らしができて時友は割りかし満足していた。
時刻は18時半を回ったところで、若者の街渋木坂はこれからさらに人で賑わうが、夜はさらにナンパされる危険性が高いらしく、由科に帰宅を勧められたのだ。
「私がしっかりと時友先輩を家まで送りますからねっ」
時友はどうせなら夕飯でも、と思っていたが由科がはりきった様子でそう言うのであればと、夕飯については触れることなく、電車に乗った。
電車内はそれほど混んでいなかった。座席に座る時友の前に立つ、休日出勤らしきスーツ姿の女性が疲れた表情でため息をついている。休日出勤は大変だよなぁとしみじみその女性を見ていると、目があった。
「あっ」
「……?」
何かに気づいたように声を漏らし、やけに焦った表情で時友をみたその女性は、次の駅に着いた瞬間逃げるように電車から出ていったのが少し印象的だった。
「次の駅だな」
「……そうですねぇ」
渋木坂から最寄り駅まで残り一駅になった。隣に座っている由科を見ると、小さく肩を落としていた。まるで初めての営業で失敗した時のような、そんな悲しげな表情で時友は心配になったが、そんな時間も僅かで最寄り駅に到着し、降りる。
ICカードの残高が気になったので、チャージしてくると由科に告げると、待ってますと由科は先に改札を出て行った。
そうして、チャージし終わった時友は改札を出ると、由科は緊張した面持ちで時友に話しかけた。
「せっ先輩っ、お夕飯のご用意は?」
「夕飯なー。今どうするか考えてたところだ」
そう聞いた由科はどこか決心したような表情で、時友を見つめ、
「そっそうですか。……なら、うちで食べませんか?」
そう時友に告げた。これからのことを何となく察した時友は胸の内に期待を抱き、それを了承したのであった。
◇ ◆
由科の家は駅を挟んで時友の家とは真反対にあった。とはいえ、歩いて数分なので、今まで出会わなかったのが不思議なくらいだが。
家に入ると、由科はこたつに電源を入れ、部屋着に着替えに行った。由科の部屋は綺麗に整頓されており、こまめに掃除をしているのが分かった。白が似合う由科らしく、家具や内装に高級感があり、白で統一感がある中に、ミスマッチにコタツがあるのが由科らしく思え、ふっと笑みを浮かべた。
壁にベタ付のベッドの枕元のラックには数多くの香水の瓶が置いてあるのが目に入り気になったが、香水ショップによくいくという話しを思い出し、納得した。
会社では由科は隣の席で、時々香る由科の甘く女性らしい匂いが、この部屋には染み付いており、休日は嗅ぐことのない由科の匂いに、時友は妙に変に気分になった。
「先輩お待たせしましたぁ」
「……由科、お前……」
「へ? どこか変ですかぁ?」
「……いや、何でもない」
「……?」
部屋着に着替えた由科が戻ってきた。キャミソールにゆったりとしたパンツ。ガウンを羽織ったその姿は由科を大人っぽく見せた。大きく開いている胸元の深い谷間が視線を誘い、括れた腰が欲望を掻き立てる。
男相手に油断しすぎだと考え、思わずラフすぎると言いそうになったが、この世界のことを思い出し、言うのをやめた。
「じゃあお夕飯、準備しますねぇ」
エプロンを着ると、由科は冷蔵庫へと向かった。由科の部屋1DKで広く、キッチンで調理している姿が見える。目が合うと微笑む由科に時友は照れたように目を逸らした。
こたつに入り、料理ができるまで手持ち無沙汰になった時友は、由科に許可を取ってテレビをつける。この時間帯はバラエティ番組が大半で、適当につけたチャンネルでは、時友も見たことがある、世界を舞台に体当たりで挑む冒険バラエティが放送されていた。
出演しているタレントはやはり、この世界の仕様に変わっている。時友が知っている大きな黒縁メガネをかけた男性芸人は、黒縁メガネは変わらず、女性へと変化していた。
もともと女性だった3人組の女性芸人は変わらず女性のままで、しかしその内容は大きく変わっている。
「……まじか」
その3人組が取っ組み合いをすると、徐々に服が脱げていき、そして上半身が裸になった。いわゆるゴールデンの時間帯で、モザイクなしで胸を曝け出すその映像に呆然としている時友をよそに、ワイプでは出演者が笑っている。
時友が調べた時間は僅か1時間で、この世界の変化を全て調べきれたわけではないが、まさかこんなところにも性的変化があるとは、と時友はこれからバラエティ番組は見れなくなるだろうと感じた。
この世界では普通だが、前の世界の価値観を持つ時友にとって、一切性的興奮を覚えない女性のそれを見るのは苦痛なのだろう。
この世界の思わぬ弊害と、これから感じるであろうギャップに閉口し、時友は静かにテレビを消した。
「先輩っお待たせしましたぁ」
こたつで横になり、スマホで時間を潰していた時友は、数十分後由科の声が聞こえ体を起こした。
丁寧にお盆に乗せた料理からうっすら湯気がたち、匂いが食欲をそそる。
「おっうまそう」
偶然にも由科が作っていたのは、時友の好きなサバの味噌煮だった。肉より魚派の時友にとって、サバの味噌煮は営業中の昼食でもよく食べる料理だ。何回か営業同行している由科とも昼食に食べた記憶がある。
サバの味噌煮にほうれん草のおひたし、白いご飯にお味噌汁。理想的な夕食だった。
「それじゃあ食べましょうか」
「ああ、いただきます」
まずサバの味噌煮を一口食べる。噛むと旬のサバからは油がまず舌に広がり、それを追うように味噌の風味が口いっぱいに広がる。そのままご飯を頬張り、咀嚼。飲み込んで味噌汁でほっと一息つく。
「お味はどうですかぁ?」
「最高。毎日作って欲しいくらいだ」
「へぇ? そっその……お口にあったみたいで良かった、ですぅ……」
俯く由科をよそに、時友は箸が止まらず、食べ進めていく。由科も静かに食べ始めたようだ。渋木坂での忙しない時間から一転、心安らぐひとときだ。
そうして、あっという間に完食する。
「ごちそうさま。うまかったー」
「お粗末様です。あっ、そうだ先輩ちょっと待っててください」
「んあ?」
由科がこたつから出て行き、戻ってくると手には新品の歯ブラシがあった。よくできた後輩は、時友の
「これ使ってくださいっ。洗面台は扉出て左にありますから」
「サンキュー、ありがたく使わせてもらうな」
由科から歯ブラシを受け取り、洗面台へと向かう。ここも部屋と同様清潔にされており、洗面台の隣には洗濯機がある。洗濯カゴにはいくつかの服と、由科の豊かすぎる胸を支える下着が入っていた。
別段下着にこだわりはない時友だが、思わず目線がそれに吸い寄せられる。ぱっと見ではお嬢様のように見える由科には派手に思えるカラーで、サテン生地の光沢がカゴの中で一際目立っていた。
当然だが、この下着を由科が着ている、ということだ。以前までそういった目線で見ていなかった由科の内側。まだ誰にも曝け出されたことのないそれに、時友の欲望は擽られ、そしていつの間にかそれに手を伸ばしていた。
不思議な感覚で、それに欲望のまま手を伸ばす自分と、それを必死に止めてようとしている俯瞰の自分、その二面性が鬩ぎ合っている。いや、感覚としては俯瞰の自分の方が強い。
同じ会社で、それも自分の後輩の下着に興奮し、手に取ろうとしている。超えていいラインを易々と超えるその行為は、変態がすることであり、自らがすることではない。自分は欲望をきちんとコントロールしてきたし、その自信もある。
「……やっちまった」
だが、時友の手は意識とは反し、それを手にとってしまう。艶々としている由科のショーツを。
時友は自らの本能に少し恐ろしさを感じるも、欲望は止まらない。手元で光るそれを両手で広げたり、肌心地のよいそれを撫でてみたり。そして由科のそこが触れるクロッチ部分に目を向ける。新品とは言えないその部分に、言いようもない感覚に襲われた。
自然と時友のそれも、血の巡りで急速に熱くなり、脳にまわっていた分もすべてそこへ回されたかのように、興奮で思考が定まらない。
理性は溶け始め、本能のままに生きる獣のように、時友は鼻息を少し荒げた。
いつしか視覚や触覚での興奮では満たされず、由科のショーツを顔に近づけていた。
もう少し、もう少しでそれが嗅覚を揺さぶる。外面だけでは分からない由科のリアルな部分は、きっと現実では体感し得ないくらい夢心地な興奮に時友を誘うだろう。
そして、吐ききっていた酸素を求めるように、由科のそれを嗅ごうとした瞬間、本能で五感が鋭敏になっていた時友は、その存在に気づいてしまった。
「せっせんぱいそれ……わたしの」
振り向くとそこには、真っ赤に頬を染め俯き加減の由科が、両膝をすり合わせ、腰をわずかにもぞもぞとさせながら立っていた。まるでバレることを恐れるように、そこを手で隠すような由科の熱を帯びた息は、今の由科を物語っており、時友の熱をさらに加速させた。
由科紗耶は今、興奮している。
時友はゆっくりと由科に歩み寄り、そして試着室の続きのように由科もまた目を閉じた。
PCの入れ替えで更新遅くなりました。後編もお楽しみに。