妄想し放題だぜヒャッホーーう
協力券<火焔>。これは火焔魔人がいざというときに協力してくれるという触れ込みのチケットだ。火焔魔人本人からの貰い物とはいえ、このペラペラの紙にそんな効力があるとはとても思えない。協力券は少しだけ桃色がかった紙で、表面に雑な字が書いてある。もらってから何かの機会に使うかもしれないと思い、(ヘタに処分して他の人の手に渡るのが怖かったというのももちろん理由の一つだ)ファイルに保管してあったものの、ちっとも劣化しておらず少し気味が悪い。
できるならこんな怪しいものに頼りたくはないが、今は少し事情が事情だ。あの身勝手な男の力を借りたかった。
「しかし、この券はどうやって使うんだ?」
「うーん、燃やすんじゃない?」
今日はちょうどミリアムがリーヴスに遊びに来ていた。情報局での仕事はこれまでより一層忙しい、らしい。リーヴスに来たのも帝都での定期報告のついでだと言っていた。
情報局とTMPがやがて新たな形に再編されるとなれば人員の選定や指揮形態の見直しを行う必要がある。それで任務を行える人員が十分に確保できないのだろう。ユーシスと会う時間を中々作れなくて困るよーとは本人の言である。
「そんな安直な……」
「でもそれ以外に方法なんて思いつかないよ?」
マクバーンと言えば火。火と言えばマクバーン!突き上げた拳に握られているのはマッチだろうか。いつの間にそんなものを用意したというのだろう。
というか、燃やしてしまったら協力券はなくなってしまう。燃やしたけれどもマクバーンが来なかったらどうすればいいのか?
「大丈夫大丈夫!だってもう一枚あるんでしょ?失敗したらもう一回考え直せばいいよ~」
「果たしてどうなんだその思考は。」
呆れてしまうがこういった度胸こそがミリアムの素晴らしいところなのだろう。とりあえず一枚だけファイルから取り出し、外に出る。部屋の中でボヤ騒ぎを起こすわけにもいかないだろう。
せっかくの大切な協力券(何度も言うが材質はペラペラの紙だ)を燃やしてしまうのは忍びないが、何も思いつかない以上、火をつけて様子を見てみるしかない。
「よ~し、いっくよー!」
水を張ったバケツを傍において、ミリアムからマッチを受け取り協力券に火をつける。マッチの火はすぐに紙に移り、紙はすぐさま燃えていく。手に火が移ってしまいそうだったのでチケットから手を放すとチケットは石畳の上で弱弱しく燃えている。
協力券は列車の切符のようなサイズだからすぐに燃え尽きてしまった。
炎の転移陣が展開されやしないかと思ったが、しかし何も起こらない。
「……」
「何も起こらないね。」
「はぁ……振出しに戻った、か。」
「でも、リィンってばマクバーンを呼び出して何するの?」
「少し頼みたいことがあってな。とりあえずもう一枚の紙を取りに部屋に戻ろう。通信でエマにも意見を聞いてみるか。」
「おっけー!って……」
掌を上に向けたミリアム。何かと思うとぽつりぽつりと水滴が顔に当たる。雨だ。そんな兆候はなかったはずだが…早いところ部屋に戻らないと濡れて風邪をひいてしまうかもしれない。
「ミリアム!部屋に戻ろう。もう一枚をどうするか、部屋で考えないと。」
「その必要はねぇよ。」
「ん?ミリアム、なんか言ったか?」
それにしては妙に色気のあるバリトンボイスだった気がするが。
「ボク何も言ってないよ?」
「後ろだ、後ろ。」
どこか虚しい微妙な空気にバリトンボイスがよく響く。聞き覚えのある声だ。気だるげで、気まぐれで、どことなく自信のある声だ。
まさかと思いミリアムと後ろを向くと、そこにはマクバーンが立っていた。
「よぉシュバルツァー。白兎も一緒か。切羽詰まってる状況でもないみたいだが、何を燃やせばいいんだ?」
「き…」
「木?」
「「きたーーーー!!!」」
***
「あんたに頼みたいのはニクスさんの捜索だ。」
「捜索って、あいつまたどっか行ったのか?」
俺たちは復興支援のために3日ほどリーヴスから離れていた。帰ってきてみればニクスさんはバーニーズからいなくなっていた。チェックアウトしたというわけでもなく、ただいなくなってしまった。部屋の中には荷物の入った鞄が置き去りにされていたらしいが、もう彼女が姿を消してから2日になるらしい。
「宿の主人によるとニクスさんは数日ほど疲れた様子を見せていたそうだ。それについて町の人が聞いたところ『夢見が悪い』と答えたらしい。
単刀直入に聞くが、何か心当たりはないのか?」
「それを聞いてどうすんだ?」
「どうするって……探すに決まってるだろう。ニクスさんは俺たちと違って戦闘能力がないんだぞ?危険な目にあっているかもしれないだろう!」
「…シュバルツァー、ニクスのことはもう放っとけ。見た目こそあんなだが、もういい歳してんだからもし危険な目にあったとしても自分でどうにでもする。夢見が悪いって言ってたんなら多分これまでの事で錯乱しているだけだ。
あいつは俺と同じように、お前らにとっての厄ネタであることに違いはねぇ。だからもう世話焼いてやる必要なんて―――」
「…マクバーンってさー。」
「あん?」
「マクバーンって、そのニクスさんって女のヒトと仲いいんじゃないの?なのにどうして探しに行ってあげないの?」
ミリアムの疑問は俺も気になっていたことだった。ニクスさんのマクバーンへの態度と、マクバーンのニクスさんへの態度が微妙に釣り合っていないというか、すれ違ってるわけじゃないけど二人が対等という印象を受けないのだ。どうしてニクスさんがマクバーンのことをあんなに尊敬しているかがわからないというか…。
二人が再会したときはあんなにも仲がよさそうだったのに、どうしてこうも無関心でいられるのかがわからないんだ。
「俺が知る限り、ニクスさんはマクバーンのことをこれ以上なく大切に思ってる。世界で一番尊敬してるって言ってたし、アンタと会えると知ったときもとても喜んでいたんだ。あんただって会いたがっていたじゃないか。
他人が口を出すことでもないかもしれないが、ちょっと素っ気なさすぎると思うぞ。察するにあんたたちは深い仲だったんだろう?ニクスさんはあんたのことをあんなに慕ってるんだから、もう少し面倒見てあげてもいいんじゃないか?」
「そーそー!冷たい男はあとで愛想つかされちゃうよ~」
にしし、と笑うミリアムは最近ではもうすっかり恋愛上級者を自負しているのかアルティナに吹かしている姉貴風の風速が上昇傾向だ。主にアルティナと俺でその風を受けているが楽しいようで何よりだ。
ユーシスから聞く話でもうまく言っている様子だったし、めでたい話を聴くことができるまでもう少しなのかもしれない。
マクバーンは微妙な顔をしている。彼にとってホムンクルスが恋をするというのは不思議なものなのだろうか。しかしマクバーンは少し呆れてため息をついた。
「お前たちは何を勘違いしてんだ……」
「え」
「あいつが何言ったか知らねぇが、俺とニクスは顔見知りってだけだ。前の世界でも俺のサポートをしてはいたがそれ以上の仲になったつもりはない。ってかそもそもどうやって深い仲なんてのになれってんだよ。あいつにはそういう概念がないぞ。」
「だからそれってどういう―――」
「それはあいつから聞いてくれ。連れてくればいいんだろ?ったく面倒くせぇな……そんなことに俺を呼ぶなっての」
言っていることの意味は全く分からないが、ぶつくさ言いながらも転移陣を開くマクバーンはなんだかんだ言って面倒見がいいと思う。
敵対していたころはそんなことは思わなかったが、執行者の中でも”弁えている”というのは本当なのかもしれない。少なくとも≪道化師≫よりは話が通じるのは確かだ。
「行先に心当たりがあるのか?」
だったら最初から教えてくれればいいのにと思う。
「あるにはあるが、本人が正気を保っているかどうかはわからん。期待はすんなよ。」
ただそれだけ言い残して、マクバーンはどこかへ消えていった。
***
泉に一人の女がいる。
服を着たまま体を冷たい水に浸しているが、女は無表情でただ祈っていた。水面には女が身に付けていたベールが揺蕩っている。
この存在を女というのは無理があるかもしれない。今現在この存在は人間の女の体に収まっているようだから周囲も女として認識しているようだが、本来これには性別がない。神と王に仕え民を支えるために不要であるからだ。不死を体現する存在だから子を生み出す必要がなく繁殖をする必要もない。だから恋もしない。ただ民たちへの慈愛と神や王への忠誠があるだけだ。
これはただやるべきことを行うために生きてきた存在だから。
もっとも、恋なんてものをしていたら心が壊れていたかもしれないからそのほうが好都合だったろう。
誰にとって都合がいいのか?さて、誰だろうか。
女が気付いた。顔がこちらを向く。疲れ切っていて、目の下には隈ができている。人間の肉体で一睡もせずに祈っているからだ。
女の顔が悲痛そうに歪む。短くて薄い眉が歪んで、唇は噛みしめられて真っ白になった。流れそうになる涙を必死にこらえて、目を大きく開いている。
いつもこれは笑っているばかりで、まさかこんなに複雑な感情の表れた表情をするとは思っていなかったが、長生きすると意外な発見がある。
夢を見た。懐かしい夢を。いつかのどこか、遠く懐かしい世界で、甘やかだった故郷が変わり果てた姿を夢に見た。あんなに思い出せずにもどかしい思いをしていたというのに思い出した途端今までのツケとでも言うように、何度も何度も夢を見た。
「ゆるしてください」
女は跪いた。
泉のほとりに立つ自分に対して、肩まで水につかってしまうことも気にせずに静かに俯いて許しを請うた。
「どうか、どうかこの無力なわたしをおゆるしください
わたくしは、民を災いから救うことが叶わず、苦しみのまま死に至らしめました
どうかその清い焔でわたくしを断じてください」
これはどうしようもなく矛盾している。
許しを求めているのに、罰されたいと思っている。これは自身ですらも何を求めているのかわかっていないのだ。だというのに、自分にこれの望みを果たしてやれるはずもない。
誰であっても、これを救うことは叶わないだろう。
「お前は誰に許されたいんだ?」
泉の女は黙り込んだ。
水の冷たさを思い出したかのように震えだし、顔を上げた。額には前髪がはりつき、尖った耳は垂れている。
やけに血の気のない顔をしているとは思ったが、泉の水にすこし血が流れている。人間の体は不便なものだ。
(ちょっと素っ気なさすぎると思うぞ)
(そーそー!冷たい男はあとで愛想つかされちゃうよ)
…うるさい奴等だ。お節介にもほどがある。
俺たちはもう個人として生きていける。せっかく立場もしがらみもないのだから前のことは前のこととして割り切ればいいのに損な性分に生まれたやつもいたもんだ。名前も捨てず、立場も罪も忘れられず、過去に囚われている。
これを救えるとしたら、それは俺でなくこれ自身だというのになぜあいつらは俺にそんなことを頼むのだろうか。
「民を救うことができなかった愚昧な王は死んだ。もう、お前を許す資格のある存在はお前しかいない。
お前が生きる道を決めろ。
ってか、そもそも俺がお前を恨んじゃいないことぐらい、ずっと前から知ってるだろ」
「……はい
陛下は、やさしい方ですから」
「もう上がれ。お前がお前を許すためにすべきことは祈りをささげることじゃないはずだ。」
女は、言われたままに泉から上がろうとするが、背後から何やら音がする。
どうやら森の中から誰かがこちらにやってこようとしているようだった。
「誰だ?」
「おそらく、この泉に案内してくださった方だと思います。何かとよくしていただいたんです。」
(嫌な予感がする)
俺の経験上、こいつに
「おい、そこの貴様!御子様の神聖なる祈りの儀に立ち入るなど、無礼だぞ!」
「………めんどくせぇ」
「聞いているのか!?御子様から離れろ!」
極度のお人好しか、よくわからん宗教関連でこいつを利用しようとする奴だ。
「ジェイさん、こちらの方は私の友人です。連絡が取れなくなったことを心配してきてくださったみたいで……」
「いいえ御子様!この者は御子様を害する怨敵でございます。御子様の御心に取り入り、あなた様のお慈悲を独占しようとしているのです!」
(独占しようとしているのはどっちだよ)
「どうか我らにこそお慈悲をくださりませ。御子様がいらっしゃって初めて、我らは遙かなる試練の道の果て、救いに至ることができるのです!
どうか!どうかその慈しみ深き御心で我々をお導き下さい!」
「あら?なんだか話が通じないような……?」
「ああ、御子様!あなた様の叡智と慈愛に栄光あれ!」
首を傾げるニクスに構わず、ジェイという太った男はぎゃあぎゃあと喚いている。
意味の分からない言葉を並べているが、どうやらその声は一つではないようだ。男に習って唱和する声が森全体から響いてくる。
≪お救い下さい お救い下さい
その大いなるお力で、その清らかな水の流れで、罪深き我々に許しを与えたまえ
あなた様こそは空からの遣い 叡智と慈愛を以て我らに道をお示しください≫
ざわざわ ざわざわ
森の奥から、何人もの男が現れる。手には皆一様に斧を持っている。
それで俺を殺すつもりなのか、それともニクスを殺すつもりだったのか。
どちらにせよ正気には見えない。目は完全にイっているのに足取りは確かで、できれば関わり合いになりたくない感じだ。
「……よくしてもらったって?」
「は、はい。お祈りをする場所を探していると言ったらこの泉に案内してくださったのですけれど…」
「微妙に的を射たこと言うのがムカつくな。」
「へ、陛下……彼らにはこの泉を貸してくださった恩があって、」
≪救い給え 救い給え その身に流れる貴き血は天上への道を示す羅針とならん
その肉は我らに命を与えん そして魂の清き光を以て我らを大いなる神の御許に導きたもう
偉大なる御子 我らを救い給え その寛き心で我らを許したまえ
貴き血と魂で われらを天上に導きたまえ≫
森から出てきた男たちはざっと数えても100人以上いるだろう。二日や三日くらいでこれだけの人数の崇拝を集めたニクスがすごいのか、この男たちがよほど罪深いのか。シュバルツァーが危険に巻き込まれたら、なんてことを言っていたが確かにこれは前の世界でも神殿に引きこもっていて正解だっただろう。
これは人を見る目がないわけじゃない。いい奴はちゃんと良い奴だとわかる。しかし悪人を見ても疑うことができない。そういう機能がないからだ。その弊害がこれである。
「あ、あの…こんなにたくさんの人がいたなんて知らなかったんです。」
「どうでもいい。帰るぞ。」
「ど、どうやってですか?」
ニクスは人を疑うことができないが、この男たちが自分を返してくれそうにないことはわかるらしい。
「背水の陣って知ってるか?」
「陛下!彼らは悪人ではないのです。彼らはとある宗教の敬虔な信徒で―――」
「よく考えろ。敬虔な信徒だったらお前が何をしなくてもちゃんと救われるだろ。」
「ん?あれ?確かに、そうなのかもしれません……」
「よし、帰るか。」
べつに言ってみただけでこいつらを燃やすつもりなんてのはハナから皆無だ。
しかし過去の夢を見て動揺していたとはいえこんなにすぐに言い任されてしまって大丈夫だろうか?もう少し口達者であった覚えがあるんだが。
すっかり冷えてしまってまともに動けないニクスを引き寄せるとべっとりと自分の服まで濡れた。よれた薄手のシャツから水が染みてしまって不快だ。そろそろ買い替え時なのかもしれない。
転移陣を開こうとすれば、ニクスは何かを思い出して慌てている。
「お待ちください!陛下、ベールが…!」
「また買ってやる。あと、俺は王じゃない。」
民と国が全て亡んで、王は死んだ。
王を王たらしめるのは民と国に他ならない。そして皆死んだのだ。
俺は確かに力を持ち、この炎でなんだって焼き尽くすことができる。それで誰かを守ることもできる。
けれどないものは守れないのだ。
俺は今、マクバーンとして生きている。かつて王であったことを忘れることはないが、もう王ではないことは確かだった。
***
マクバーンに捜索を依頼して3日たった。
何の報せもないが、約束を反故にするような男じゃない。今は信じて待つしかないだろう。
とはいえ、定期連絡くらいはするように言いつけておくべきだったのかもしれない。ニクスさんが帝国内にいるのかそれとも外国に行ってしまったのか、何もわからなければ不安も募るというものだ。
「教官!ニクスは……」
ホームルームが終わってすぐに駆け寄ってきたのはユウナだ。アルティナもニクスさんの行方が気になるようでとことこと近づいてくる。ユウナやアルティナには信用できる人に捜索を依頼したから今は学業に集中するように伝えたのだ。マクバーンを信用できる人間と言っていいかは迷ったが、ニクスさん関連では割かし大人しく話を聴いてくれるから安心できるのは確かだろう。
「まだ見つかっていないそうだ。明日、連絡がなかったら遊撃士協会に依頼を出そうと思っている。」
「え?教官が依頼したのって遊撃士じゃなかったんですか?」
「民間人の保護という観点から、遊撃士が最適と判断しますが――」
「ま、少し事情があったんだ。」
遅かれ早かれ遊撃士を頼ろうとは思っていた。しかし遊撃士も今の時期忙しくしている。それなら初動が一番早いであろう人間に一番最初に言うべきだと思ったのだ。実際話を聴いてすぐに探しに行ったのだからやはり面倒見のいいひとなのだろう。
(マクバーンが賢君だったと聞いて疑っていたが、実は結構いい王だったのかもしれない)
教材をまとめてユウナたちと共に教室から出ようとすると校内放送で警告サイレンが鳴り響いた。
『通達――コードM。コードM。グラウンドに出現。民間人の保護を最優先せよ。繰り返す―――』
「なぁっ!?」
「こんな時にマクバーンですか。教官、指示を。」
「ふむ……」
このタイミングで民間人と言われるとさすがに期待してしまう。生徒たちには待機していてもらいたいが、ユウナとアルティナは彼女の友人であるのだし、再開は早い方がいいだろう。
「分散して動くのも危険だろう。二人はこのまま俺についてきてくれ。」
しかし本当にあの男はここが士官学院であることをわかっているのだろうか?
もう少し俺の立場を考えて配慮してほしいものである。
駆け足でグラウンドに向かうと(すれ違った生徒や教官陣に気の毒な視線を向けられるのも、ミハイル少佐に視線で刺されるのも、慣れたものだ。慣れたくはなかったが。)ちょうど真ん中あたりにマクバーンが立っている。傍で蹲っているのは黒いワンピースを着た女性だ。
「あ!あれってニクスじゃない?なんであの男がニクスを人質に取ってるわけ!?」
「許せません。」
教官!お願いします!
なんていう純粋な目で教え子二人から見られてしまって、実はああいう状況になるようにしたのは俺ですとは言いにくくなってしまった。
「っていうかニクスのベールは?あれって大事なものだったんじゃないの?」
「≪劫炎≫が燃やしたのでは?早くニクスさんの安全を確保する必要があります。」
これ以上勘違いが加速してしまうとさすがにマズい。なんというか、本当のことが判明したときが怖いのだ。
「―――二人とも、実はニクスさんはもう安全なんだ。」
「はい?」
「……説明を求めます。」
「二人は怒るかもしれないが、ニクスさんの捜索を依頼した相手っていうのが、マクバーンなんだ。」
「どういうことですか教官!あんな男にニクスの捜索を任せるなんて…」
「考えられません。」
不満たっぷりといった様子のユウナとアルティナは俺に詰め寄ってさらなる説明を求めた。
「せ、説明はあとでちゃんとするから、今はニクスさんのところに行こう。」
「………じとー」
「あとでキッチリ!説明してもらいますからね!」
そうとだけ言い残してユウナとアルティナはニクスさんのもとに駆け寄る。ベールを脱いでいるニクスさんはなぜか全身がびっしょりと濡れていて、黒髪が肌に張り付いている。
顔が白く見えるのは色の対比のせいだけではないはずだ。どうやら発見時には衰弱していたらしい。
「マクバーン、ニクスさんが見つかってよかったよ。本当に今回はありがとう。」
「ハン、お前も人使いが荒くなったな?こいつはここに置いていくから今度はちゃんと燃やすものがあるときに呼び出せよ。」
「ま、待ちなさいよ!」
「あん……?」
このままさっさと退散してもらおうと思っていたのだが、納得のいかないユウナが彼を引き留めた。
「あ、あんた、ニクスになんか変なことしてないでしょうね!」
「なんだぁ?」
「なんでニクスがびしょぬれになってしかもベールまで失くしちゃってるわけ?あんたが燃やしたんじゃないの!?」
「……おいシュバルツァー、」
「す、すまない。彼女たちにどう説明したものか悩んでしまって…」
「でしたら、私から説明させていただきますよ。」
ニクスさんは頭に当てていた手を外して立ち上がる。
ユウナ、そしてアルティナと向かい合って彼女は青白いくちびるを開いた。側頭部の耳と角も露わになってしまっているが本人にそれを気にした様子はない。
ユウナとアルティナは目の前の異形に目を奪われてしまっているが、ニクスさんは二人の手を取ってゆっくりと話し始めた。
「私、お二人に言えなかったことがあります。
私はゼムリア大陸で生まれた人間ではないんです。私はここからずっと遠いところで生まれて奇妙な縁で帝国にやってきました。
この角と耳はその証拠です。普段はあまり目立ちたくなくてベールで隠しているんですけれども……
この前、ユウナやアルティナがいらっしゃらないときに帝都まで行こうとしたんですけれど、迷子になってしまって。それでリィン様がマクバーン様に捜索をお願いしてくださったんですよ。」
「ま、待って?ちょっと情報量が多すぎるっていうか、」
「……思考整理が追い付きません。詳細な説明を求めます。」
「でしたら、お茶にいたしましょう?心配をかけてしまった詫びもあわせて皆様にごちそうさせてくださいませんか?
そこで詳しい話をさせていただきますから。」
そうして俺たちはニクスさんが主宰するお茶会に招待されたのだった。
そのお茶会には胃を痛そうに抑えるミハイル少佐やブラックボックスであるマクバーンも招待される運びとなり、またひと騒動あったのだが、これについて話すのはまた次回にしよう。
作中におけるニクスの望みは明らかです。
「自分で自分を許したい」これにつきます。
何もできなかった、王の力になれなかったという無力感に由来する絶望から解放されたいのでしょう。
自分が罪深いのは理解していて、そして自戒の感情によってその罪の形がどんどん歪んでいるのをニクスは自覚しています。それを止めたいのに止められない。
前の世界で死んでいった命たちの記憶を改竄したくなんてないのに、自分で自分を責めるあまり夢の中の記憶に登場する生命体はどんどん醜悪な魂を持つものになっていきます。
ニクスが自分のせいでこんなにひどいことが起こった、と思いたいからです。もっとショッキングな罪を背負っていると思うこと、その罪に対する罰を受けていると思うことでゼムリアに生れ落ちてしまった自分を正当化しようとしています。
ニクスがゼムリアで第二の生を得たことに意味なんてありません。作者の狂気です。ルーレットに当たったくらいの偶然です。(マクバーンがゼムリアにやってきたことには意味があるかもしれませんが)しかしニクスにはそれが耐えられません。楽しい楽しい第二の生を受けるべき善良な魂は以前の世界にたくさんいました。なのに自分が天運に選ばれてしまった。
これを「自分は罰を受けるためにゼムリアに来た」と思い込むことで正当化しているんですね。
もうちょっと楽に生きたらどうかなと思います。
4のマクバーンさんについて少し。
要塞での戦闘前には黒い焔を抑えられないと言っているのに自分の記憶を半分取り戻したらすんって抑えました。なんか気安いにーちゃんになった。
それってマクバーンはゼムリアにおいてはあの禍々しい魔人の姿よりもあの人間体を取るべきだと判断しているわけですよね。
あの姿を取って戦いを迫ったことについて迷惑をかけたと謝罪します。
そこらへんすごい優しいなと思います。あの形態が望ましくないというか、迷惑かけるものって考えてそうというか、とにかくマクバーンが本当に望む本来の姿ではないという印象を受けますね。
やはり闇落ちする前は結構な賢君だったのでは?(妄想)
あと、外の理。
マクバーンが操る焔、そして塩の杭の塩。これらは果たして外の理と言えるのか?という疑問が浮上します。
外の理とは、異世界にありゼムリアにない物質、もしくはゼムリアでの存在を説明できない現象と考えられています。
前者の例はケルンバイターやアングバール、後者の例が塩の杭やマクバーンです。
しかし後者はなんとなくわからないところもあります。
塩の杭はノーザンブリアを『塩』という既存の物質に変えてしまいました。
マクバーンの操る『火』もゼムリアに存在します。(『黒い焔』があるかどうかはわかりませんが)
ゼムリアと異世界には共通する物質もある、ということなのでしょうか?
『塩』や『焔』というのは定義できない存在をゼムリアに存在するもので説明した比喩という可能性もありますね。
本体とその末端(塩の杭にとっての塩、マクバーンにとっての火)はあくまで別、なのかもしれませんが。
ふわっとした表現が多いシリーズなので何とも言えないです。