原初の火   作:sabisuke

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13 古代遺物回収作戦

 

 

 「ウォーゼル卿?どちらにいらっしゃるのですか?」

 

 恐る恐る扉を開けると、玄関には誰もいなかった。がらんとした広い空間には光り輝く装飾品がショーケースの中に沢山飾られている。ブラウン氏はこの街で昔から名士として知られる資産家で、宝石のコレクターとしても有名な人だった。赤い色の宝石が特に大好きで、ショーケースの中に仕舞われている装飾品には紅耀石が使われているものが多い。

 

 ショーケースには鍵がかかっていたようだけれど、なぜか今はそれが外されていて中にはジュエリーの台座から本来あるべき宝石がなくなっているところもあった。

 

 「なくなっている…?でも、今はそれよりもウォーゼル卿を探さないといけませんね。」

 

 ドアは二つ、玄関向かって右手のドアと正面のドアだ。耳を済ませれば金属音と怒鳴り声がかすかに上の方から聞こえてくる。どうやら上の階に誰かいるようだ。おそらくはウォーゼル卿もそちらにいることだろう。

 

 どちらの扉を開ければ上の階に行けるかわからず、とりあえずと思って正面の扉を開けると、そこはブラウン氏が貴重品を保管するコレクションルームであるようだ。背の高いガラス張りの棚がいくつも並んで、その中にキラキラとした宝石や貴重品がおさめられている。

 

 赤い紅耀石と銀色の幻耀石のまばゆいばかりの輝きは、部屋に明かりがともっておらずとも損なわれるものではない。宝石はみずから光を放っているかのように輝いている。七耀石はその純度によってその輝きの質を変えると言われており、純度の高いものほど深い色を持っている。

 浅くて淡い色の七耀石は若年層にとって手軽なアクセサリーに、深い色の七耀石は富裕層に好まれる、らしい。

 この部屋にある七耀石はどれもこれも透明感のあるもので、特に紅耀石は純度が低いと濁りやすいと聞いたが血のように深い赤のものばかりだ。

 

 見回していると最奥の影になっているところに何かがあるのを見つけた。膝ぐらいまでの高さの大きな箱、だろうか。

 

 「あら?立派な宝箱、というものでしょうかね……」

 

 宝箱と言えば、ウォーゼル卿によるとこの世界には“寄付箱”なんていう制度があるらしい。経済的に余裕のある人たちが危険な場所に足を踏み入れる人たちのために薬や武具を善意で提供し既定の箱に入れて置いておくのだとか。魔獣の存在によって死亡率が高くなっているこの世界では重要な仕組みだという。

 ここに置かれている箱が寄付箱かどうかわからないが、とても大きい箱だ。こんなに大きくて丈夫そうな箱をどうやって運ぶのだろうかとも思ってしまうけれど、この世界の技術はよくわからないところで発展しているから、きっと何とかなるのだろう。

 

 箱には鍵がかかっているがその鍵は誰かが無理に開けようとしたのかして細かい傷が沢山ついている。宝箱の周囲にはガラスも散乱していて、少し危ない。どうやら誰かがガラス棚を割ったらしい。転がっている破片の中には大きいものもあって、高い位置の天窓から入り込む月明りを反射している。

 とても美しいが危ないことに変わりはない。せめて片付けてから部屋を出ていくべきだろう。

 

 

 

[ガラスの破片を手に入れた!]

 

 

 

 ……窃盗罪に当たらないか心配だ。悲しいことに破片になってしまったが元をたどればブラウン氏が所有していたガラス棚である。ブラウン氏は物を大切にする方のようだから勝手に処分してしまっては悲しませてしまうかもしれない。

 そんなことを考えながら玄関の右手にあるドアを開ける。

 廊下だ。翡翠色の絨毯が敷かれている。毛足の長いそれの上を歩くのは少し難しい。水中でもないのに足が吸い込まれていくようだ。糸の一本一本に芯があるようでいて、足をのせるとぐんにゃり糸は曲がってしまう。見る分には美しいが実用的でないというべきだろう。

 

 神殿は石とサンゴでできていたから、余計に足場が柔らかいというのに慣れないのだ。

 階段には絨毯が敷かれていないようで安心した。豪華な彫刻細工の手すりに手を置いて(きっと成人男性でも握れないくらいに太い手すりだ。落ちてしまったときはどうするんだろう。)階段を上っていくと金属音が徐々に大きくなる。

 短くて甲高い音がほとんどを占める中、たまに男性の怒号や悲鳴が混じってくる。戦闘を行っているのだろう。ウォーゼル卿もそこにいるに違いない。

 

 

 階段を上がってすぐのところにあるドアを開けると、そこはダイニングであるようだ。翡翠色のクロスがかけられた大きな長机に椅子がいくつか並んでいる。天井からは豪奢な照明が吊り下げられていて、その照明にも、そして壁にかけられている燭台にもあまたの宝石がちりばめられていた。

 照明は点灯していて、その光がいくつもの宝石に増幅されて私の眼を焼いた。

 

 「うーん…まぶしいです…」

 

 くらくらする。

 なんて量の輝きだろうか。

 

 私も結晶という形で七耀石に似たものを作り出すことはできるが、これほど煌びやかにはならない。石の中に秘める神秘の質が違うからだろう。聞けば七耀石からは特定の属性にまつわる何らかの現象を引き出すことができるらしい。

 どんな仕組みかはわからないが、それほど素晴らしい力を秘める宝石であればこの過剰なまでの輝きも納得というものだ。私の作る結晶は所詮水になるだけ。貴重ではあるかもしれないがちっとも有用ではない。

 

 目が慣れてきたあたりで周りを見渡すと、ドアが3つある。間取りを考えると厨房と、部屋が二つあると考えられる。音は右の方から聞こえるが、戦闘はほとんど終わっているようで先ほどと比べるとだんだん静かになってきている。ウォーゼル卿の掛け声はずっと聞こえているので、きっと彼が圧倒しているのだろう。かなりの実力であるという話は本当だったようだ。

 

 

 さて右側の扉を開けようかと思った段階で、ふと思い出すことがあった。

 (そういえばこの家に住んでいるブラウン氏はご無事だろうか?)

 戦闘に巻き込まれてけがをしていないか。長期にわたる昏睡で何か健康に害が出ていないか、一度彼らの事が気になってしまうとどうしても心配だ。

 ウォーゼル卿は盗賊に負けないし、盗賊のことを必要以上に害することもない。彼らが間違った行いをするのを正しく止めてくれるだろう。そちらは彼に任せても大丈夫そうなので、私はブラウン氏を探すことにする。

 

 右にはあとで行くことにして、左手にある扉を開けると廊下につながっていた。推測するにブラウン氏の私室へ続いているのだろう。いくつか扉が並んでいるので開けていけば寝室なり私室なりでブラウン氏を見つけることができるはずだ。

 

 

 

 そうして片っ端から扉を開けていき、3つ目の扉を開けた私は、ベッドに横たわって静かに眠る中年男性を発見した。

 彼はまるでベッドに倒れこんだかのように不自然な姿勢で、靴も履いたままだ。眠りにつくにはいささか窮屈そうな服を着ており、髪だけが寝乱れている。

 

 「大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?」

 

 肩をゆすって声をかけてみても一切意識を取り戻す様子はない。呼吸も心拍も安定しているが、眠りが深すぎるのかして身じろぎをする様子もなかった。

 

 「困りましたね。他の方も探すべきでしょうか……」

 

 事前に入った情報通り、ブラウン家の人々は眠りについているようだ。加えてその眠りは簡単に覚めるようなものではないらしい。もしかすると数日間も眠っているのかもしれない。その場合、衰弱によって今後の生活に影響を及ぼしてしまう。

 できればウォーゼル卿と手分けして人を探し、一か所に運んでまとめて看病したほうがよいだろう。そろそろ彼の戦闘も落ち着いている頃かもしれないし、一旦先ほどの部屋に戻ってウォーゼル卿を呼びに行こう。

 

 そう思い、ブラウン氏らしき中年男性の靴を脱がせて体に布団をかけた時、寝室のドアが開いた。

 

 「ウォーゼル卿?ちょうどよかった。手分けしてブラウン家の方を探しに行きましょう?」

 

 声をかけても返事がない。風で扉が開いたとは思えないが、そもそも音が聞き違いだったのだろうか?

 

 

 振り返ろうとして、頭に何か硬いものが当たる感覚があった。

 

 

 

***

 

 

 「『雷吼牙』!」

 

 雷吼牙。天の雷を宿した槍を中空から大地に叩きつけて敵ごと粉砕するクラフトだ。威力が高い代わりに隙が大きいが、もう相手の数も少ないから増援のことを気にすることなく使うことができる。

 クラフトを受けた盗賊たちは次々と地に沈んでいく。

 

 彼らから武器を手放させて軽く拘束しておく。回収が終わった後に全員まとめて遊撃士協会あたりに突き出せばいいだろう。

 さして脅威になる武装もしていなかった盗賊団だったので、ARCUSを使わずとも一人で無力化することができた。

 

 今問題とするべきは盗賊ではなく、制圧の途中で屋敷に乗り込んできた一つの気配だ。

 

 (全く……宿まで戻らせるべきだったか)

 

 リィンたちが言っていたように、危機という概念がないのだろう。戦闘をしていれば結構な大きさの音が立つし、盗賊の中には銃を持っていた人間もいた。銃声まで聞こえているはずなのにそれでも屋敷に踏み込むなんて一般人の行いではないだろう。

 

 (異能を使って自衛や戦闘が可能なのか?………まさか)

 

 護身術であっても満足に習得できなかったと聞いている。異能もマクバーンとは違って限定的にしか行使できないと本人が言っていたのだからその可能性は低い。やはりただただ無鉄砲なだけなのだろう。

 

 (言っては何だが、ここまでくると愚かという他ないな)

 

 幼子でももう少し警戒心が備わっているだろうに。

 風の流れを読めば彼女は居間のさらに左手にいるようだ。俺を探しているのかしてゆっくりとだが近づいてくる。

 俺も制圧を完全に終えたので彼女を迎えに行かなくては。ブラウン家関係者の容態と古代遺物が気がかりだ。

 

 

 俺は6人の盗賊を部屋の隅にまとめて居間へと続く扉を開けようとした。

 しかしその扉は、俺が手を触れるでもなくひとりでに開かれる。

 

 扉を開いたのはニクスの白い手だった。しかし単独で行動していたはずの彼女は、もう一人と共に連れ歩いている。

 

 

 

 そしてその連れ歩いている男は、ニクスの頭に銃を突き付けていた。

 

 

 「動くな!武器から手を放して手を上げろ!」

 「あら、ウォーゼル卿。ようやく見つけました。」

 

 

 

 「……どういう状況だろうか?」

 

 怒鳴る男に微笑んでいる女。

 ちっとも釣り合いが取れていない。ニクスはいつも通りだ。頭に突き付けられているものが何か、まさかわからないわけではないだろうにいつも通りに微笑んでいる。

 

 男は盗賊のうちの一人であったようだ。おそらく彼らは七耀石のコレクターとして知られているブラウン氏の家の警備が緩んだところに盗みに入ろうとしたのだろう。しかしその作戦と俺たちの古代遺物の回収作戦が偶然被ってしまい、こうして壊滅してしまったと。

 

 「黙れクソアマ!へらへらしやがって……お前この銃が偽物だとでも思ってんのか!」

 

 男は片手に銃を持ち、もう片手でニクスの両手を後ろ手に拘束していた。ニクスはにこにことしているが、時折歩みに合わせて力が強まるのか、眉を寄せていた。

 

 「その女性を解放してくれ。武器なら……ほら、放したぞ。」

 

 手に持っていた十字槍を落とすと、盗賊は近づいて十字槍を俺の手が届かないところに蹴った。

 

 「仲間の拘束を解け!全員脱出したらこの女を解放してやる!」

 

 (……さてどうするか)

 

 ここで盗賊たちの拘束を解くわけにもいかない。彼らが古代遺物を持っていた場合二度手間になってしまう。幸いもう彼しかいないようだから、あまり使いたくはないがARCUSでアーツを撃つか。隙さえ作れれば体術でどうにかできるだろう。

 

 俺は部屋の隅まであとずさり、拘束していた盗賊のもとにしゃがみ込む。男から背中で隠れて見えない場所でARCUSに触れ、詠唱の短くて済む風属性の下位アーツを詠唱させるべくARCUSを駆動させた。

 詠唱間の淡い燐光だけはごまかしがきかないだろうが、一瞬であれば何か投げて視線を逸らせばいいかーーー

 

 

 

 

 どごっ

 

 「ガッ……」

 「あら?」

 

 どさり、と誰かが床に倒れる音がした。

 直前の声からして盗賊の男だろうが、俺はまだアーツの詠唱を終えていない。まさかニクスの秘めたる自衛の才能がたった今開花したのだろうか。

 

 とにもかくにも男を拘束するべく立ち上がって振り返ると、口に手を当てて驚いた様子のニクスと、その足元に倒れ伏す男の姿が目に入った。

 

 男の頭の上には、我が友が誇らしげに立っている。

 

 「ゼオ!」

 「ゼオじゃありませんか。危機に駆けつけてくれるだなんて偉いですねぇ。」

 

 ニクスは感心した様子でゼオの頭をなでている。その手を受け入れて一鳴きするゼオの声は心なしかいつもより自身に満ち溢れているような気がする。

 

 

***

 

 古代遺物は一階にあるコレクションルームの中の宝箱に厳重に保管されていた。その名を『微睡みのブローチ』といい、しずく型のクォーツのような宝石だ。幻耀石のような銀色の輝きを秘めるそのアーティファクトは、使用すると周囲の人間を眠りに導いてしまう。

 

 『微睡みのブローチ』を見つけたのは二階に上がる前に一階の探索をしていたニクスさんだ。めぼしいショーケース内の宝石は全て盗賊の手にかかっていた中で、その宝箱だけは鍵がかかったままだったという言葉を頼りに探してみると、その宝箱の中に目的の古代遺物が収まっていたのだ。

 

 彼女はその後ブラウン家の関係者を探し、そしてブラウン氏や使用人を発見したという。居間に戻ろうとしたところで目を覚ました残党に捕まってしまったのだとか。

 

 

 「なるほど、ブラウン氏の寝ている部屋でゼオと合流したのか。」

 「ええ。他の家の方も見つけてくださいました。ゼオ、あなたはとても賢い子ですね。」

 

 ニクスに褒められたゼオは誇らしげに胸を張っている。良く通る声は彼女にとって耳心地がよいようで、ニクスも楽しそうにゼオと会話している。

 

 「ゼオの話していることがわかるのですか?」

 「最初はわかりませんでしたけれど、今はわかります。あらゆる声には音波のパターンがありますから、その規則性さえ覚えれば。」

 「音波のパターン?」

 「ヒトの耳で聴き分けられるものではないかもしれません。私には一つ一つの声が違う波に聞こえます。それぞれの波が何を意味しているのかさえ覚えれば、その動物の言葉を覚えられるという感じでしょうか。」

 

 まるで完全に意思の疎通ができているかのように仲の良い様子だったので試しに聞いてみたのだが、本当に言葉がわかるとは思わなかった。自分もゼオのいうことがなんとなくわかるが、それは単に付き合いが長いからだ。

 

 「……つまり、あなたは我々人間よりも耳がいい、ということですか?」

 「その理解でいいでしょう。音の捉え方や聞き分けられる範囲が違うのです。」

 

 彼女は否定しなかった。であれば、俺が突入した後何が起きているのかくらいはすぐに気付いたはずだ。

 

 「あなたの耳が優れているのならば俺が戦っていることくらいわかったでしょう。なぜ屋敷に入ったのです?戦闘が終わるまで屋敷の外で待っていてくださればよかったのに。」

 「特に理由はありませんよ。」

 「はい?」

 「特に理由はありません。あなたは強いと聞いていましたからきっと怪我もしないだろうと思っていましたし、あなたが誤って盗賊の方を必要以上に痛めつけるとも思っていませんでした。特に探し物もありませんでした。屋敷に入ったことに理由なんてありません。

 強いて言えば、救助の手を増やすべきだろうと思ったくらいです。」

 

 「あなたは自分が危険な目にあうとは思わなかったのか!」

 「ウォーゼル卿こそ、私が逃げ出すとは思わなかったのですか?」

 

 彼女に疑問を投げつけられた時、場が静まった。昏睡しているブラウン氏の呼吸の音が響いて、初めて俺は自分が声を荒げたことに気付いた。

 俺は今さっきなんと言ったのだろう。おそらく危険を顧みろ、とかその類だと思うが、うろ覚えの自分の発言よりも彼女からの問いの方に気を取られた。

 

 

 逃げると思わなかったのか。

 

 

 ―――思わなかったとも。ちっとも思わなかった。きっと彼女は何もせずとも自分のいうことを聞いてくれるだろうと思っていた。

 彼女が大陸東部に行きたがっていたことも、彼女に不本意な待遇を強いているのが騎士団であることも十分に理解していたのに。

 

 「……あなたはよく目立つ。もし逃がしても、すぐに見つけることができるでしょうからその心配は全くしていませんでしたよ。」

 

 違う。

 俺は期待していたんだ。

 聖職者であるという彼女が、迷いを抱えている自分の前から黙って姿を消すはずがないと。彼女ならば必ず俺を助けようとしてくれるはずだと期待していたにすぎない。

 

 「私も、自分の心配なんていていませんでした。ウォーゼル卿はお強いと聞いていましたので。」

 

 彼女はにこにことほほ笑んでいる。

 俺のことを心から信じている表情だとすぐに分かった。一切の害意も悪意もない純真な眼だ。金色のような銀色のような言い表せない色合いの虹彩を直視すると、俺は二の句が継げなかった。

 

 「こうして無事にブラウン家の方々をお救いできたのですからよいではありませんか。」

 

 ニクスさんは俺からベッドの上の使用人に目を移すと、長期の昏睡によって衰弱しているであろう彼にマッサージを施していく。

 その手は慈しみに満ち溢れており、彼女はまるで母のような優しい目をしている。

 彼女は、少しでも人を助けるために一生懸命に生きている。自分の危険も顧みずに頑張っている。そんな彼女を見るのが、今は少し辛い。

 

 「……困るんです。」

 「はい?」

 「あなたが俺の手に負えない人であるならば、あなたはこれからずっと始まりの地に拘束されることになる。それではあなたも困るでしょう。俺だってそれは心苦しいんです。人間を古代遺物として認定するだなんて正気の沙汰じゃない。

 お願いですから俺の言うことを聞いてください……そうでないと、あなたは……」

 

 彼女は人を救いたいという大義から大陸東部に行こうとしている。その気持ちを尊重したい。今すぐに彼女を送り出したい。

 しかし俺は星杯騎士だから、師父から聖痕を受け継いだから、それが許されない。

 俺はそれがもどかしくて、せめて彼女に不遇を強いるまいとして、副長の申し出を受けたのだ。

 

 外を歩けるか歩けないかの差でしかない。七耀教会の彼女への認識は『古代遺物』のままで、彼女を一人の人間として扱うことはできない。任務に同行させて彼女と行動を共にしていても、武装の一つとして扱っているに過ぎない。

 何も、根本的解決にはなっていないのだ。

 

 

 

 「ウォーゼル卿は優しい御方ですねぇ。」

 

 彼女は、ただそれだけ言ってまたにこりと微笑んだのだった。

 俺にとってその微笑みはもうすっかり人外じみたものにしか見えず、俺は背中に一筋汗をかいた。

 人間の感情の衝突や葛藤を理解していないようにも見える、全く共感のない微笑み。彼女は苦しんでいる人間も、喜んでいる人間も同じようにしか愛せないのかもしれない。

 

 (私は人間ではありません)

 

 彼女の言葉が、無機質に脳裏で何回も再生されている。

 確かに彼女は、人間ではないのだろう。

 

 やがて彼女の賢明な看病が実を結び、ブラウン氏は意識を取り戻した。

 ―――俺は古代遺物の引き渡しの交渉を行って、無事に『微睡みの涙石』を回収したはずだが、俺は俺がなんと言ったのか、あまりよく覚えていない。

 

 

 気づいたらアルテリアに帰投していて、彼女はまた始まりの地へと連行されていた。

 彼女はいつでも微笑んでいる。きっとあの静かで何もない空間でも、ただ微笑んでいるのだろう。

 

 

 

***

 

イベントアイテム:ガラスの破片

 

鋭利なガラスの破片。ブラウン氏に許可されたのでニクスはお土産として持ち帰ることにした。

 

 

 

 




ニクスは聖人などではなく、迷い悩む青年に微笑みながら「かわいそう」って言っちゃうような人でなしですね。

軌跡シリーズって悪魔的なキャラや残酷なキャラがいても薄情なキャラは少ない気がします。みんな何かしら行動の理由や心情があって、筋を通してくれることに定評がある。

折角のオリジナル展開ですからもっと理由のない行動をとったり、やさしいようで薄情だったり、わがままで気まぐれなキャラクターを書けたらいいなと思います。
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