原初の火   作:sabisuke

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アイン総長はドSであってほしいという願望。



19 人間問答

 

 

 赤い目が私を射抜いている。

 炎のように赤い、蛇のように鋭い目が私を貫いている。

 

 私はこの人に断罪されたいわけじゃない。けれど罪人である私は処刑人を選べない。ただ私はぞっとするほど冷たい視線に囚われていた。

 

 

 「あなたは愚かしいな」

 

 「あの男が、あの戦士が、罪のない英雄だとでも思っていたか?」

 

 「あなたは、あの男がどれだけの戦いで勝ってきたかを聞いていたんだろう?だったら彼の道はそれはそれは血で飾られていただろうさ」

 

 

 

 やめて

 

 

 やめてください

 

 

 

 「やめて!!」

 

 私は叫んでいた。私の脳裏にて君臨する王に、赤いペンキがかけられてしまったように思えて我を忘れたからだ。

 

 「あの方を貶されるくらいなら、あなたにひどくされた方がずっといい。その方がずっと楽です。…誰かを傷つけたいわけでもないくせに、そうやって誰かをからかうのですか?」

 

 

 「貶してなどいない。ただの事実だろう?」

 

 

 「違う!あの方は私の、私が心から尊敬する王です!」

 

 

 「違わないよ。あなたの王は人殺しだ。」

 

 

 「あの方は罪に向き合っています!自分のなしたことが何かを知っていらっしゃいます。あの方は決して愚かではありません!」

 

 

 「その通り。だからあなたが愚かだと言っているんだ。

 彼はいつだって罪を犯してでも国を導く覚悟を固めていたんだろう?しかし訳知り顔で国を共に導くあなたは、あまりに愚かで本当の彼を見ようとしない。

 

 きっと彼は人殺しの罪をあなたに慰めてほしかっただろうに、あなたは彼の行いを否定しているんだ。」

 

 「戦いで死者がいないと思ったか?繁栄の影に涙がないと思ったか?自分の故郷は一点の翳りもない完璧な社会だと思っていたのか?本気で?」

 

 ならばなぜ滅びたんだ?

 

 

 言外にそう問われている気がした。

 

 「………それでも、それでも私はあの故郷を愛しています。故郷の繁栄に暗いところがあろうとなかろうと。彼らがどれだけ罪深くあろうとも。私は故郷を愛し続けます。」

 

 彼女は正しい。清く正しい人間。

 彼女の舌から滑り出る言葉は、あまりにひどく私の夢をひっぱたいた。

 

 「幻想だ。もうあなたの故郷はない。」

 

 その通りだった。

 もう私の故郷はない。

 

 

 

 それはどうしようもない事実であったけれど、私は彼女との問答において何より誇り高くあらねばならなかった。

 彼女が見定めているのは私であり、私の故郷だったからだ。

 

 「私は、私は変わりたいのです。

 誰かを救いたいから、愚かであったとしても私は迷いを踏み越えなければならない。

 私はあなたに罪を問われるためにあなたのもとを訪れたのではありません。

 

 私はあなたに人とは何かを尋ねに来たのです。」

 

 教えてください。私は彼女に精いっぱいそう願った。しかし彼女は私の求めるものを与えてはくれなかった。

 

 

 「そう急くな。少しは楽しませてくれ。私もあなたが王と呼ぶ男に随分体を焼かれたものでね。彼への腹いせくらいは肩代わりしてくれるだろう?」

 「あ……」

 

 

 法剣の切っ先が、私の肌に触れる。

 血が流れているかどうかすらわからない。ただ冷たい鉄の剣と彼女の視線で、私の頭はぐちゃぐちゃになっていた。

 彼女は強い。そして怖い。かの王は、やはり優しかったのだ。だってあの炎はあたたかかった。私がねだってようやく陛下に出してもらった炎は、とてもとても安らぎに満ちていた。

 

 

 「あの男のことを考えているのか?いじらしいな。」

 「う、うぅ……」

 

 

 こんなに冷たい目線を私は知らない。氷河の中でさえも感じなかったような冷たさの恐怖が背中を振るわせようとしている。

 白い不毛の大地に住んでいた男たちとも違う。彼らは誰でもよかったのだ。けれど彼女は、私をこそ切りつけようとしていた。

 

 屈してはいけない。私は故郷を愛するもの。私以外の誰が、あの滅びた世界を愛してやれるというのだろう。

 うつむいていた顔をわずかに上げると、彼女が愉快そうに笑った。

 

 「ふふふ、あなたは本当にかわいらしい。

 いじめがいがあってよいことだ。」

 

 

 かつん、と彼女の靴の音がした。

 背が竦む。私はすっかり彼女の音を覚えさせられてしまったのだ。

 くる。彼女の言葉の鞭が、私の肌を打つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの~~健全な青少年にそんな過激なシーン見せんでもらえます?」

 

 けれど縮こまった私の耳を打ったのは、彼女の声ではなかった。

 

 「あ、あれ……?」

 「なんだケビン。今いいところなんだ。邪魔をしないでくれ。」

 「いやガイウス君めっちゃ引いてますやん!いっつも俺に節度守れ言いはる癖してなに自分だけはっちゃけとるんですか。」

 

 「うん?君は彼女を言葉で嬲りたいのか?感心せんな。」

 「そーそー俺もニクスちゃんと仲ようなりたいわ~ってちゃうわ!!」

 「グラハム卿にそんなご趣味があったとは私も初耳です。ねぇガイウス君?」

 「い、いや…俺は…」

 

 「さすがに公開SMプレイはかわいそうやって言うとんねん!

 何見せとんねやこの総長は!あんたホンマに聖職者か!?せめてそういうのは部屋でやってください、部屋で!!」

 

 

 誰かが私の目隠しを外す。

 私は、どこかに跪いているようだった。

 

 「ここは……?」

 「私のメルカバだ。随分急ぎでウォーゼル卿が呼んでいたようだが捌号機はすぐに出れる状況ではなくてね。シアンとグラムも私のところにいたから、私が君を拾うついでに迎えに来たというわけだ。」

 

 ああ、そうだ。私は彼女のメルカバに連れられ、すぐに戒めを施されたのだ。私が跪いているのは、メルカバのブリッジ。司令官が座る中央の椅子のすぐ横に、私は侍らされていた。

 私の首を熱い指が這い、輪郭にかかって顔が持ち上げられる。力にただ体をゆだねると、蛇のような赤い目と視線がかち合った。

 

 「おはよう。異界からの来訪者。」

 「お、おはようございます。」

 

 「ほう…もう怖がらないのか。もう少しいじめてやるべきだったかな?」

 彼女はそう言って私の頭をぐりぐりと撫でまわした。されるがままにしていると私は引き寄せられ、彼女の脚にもたれかかってしまった。

 

 「あ、ごめんなさい……」

 「そうしているといい。少しからかい過ぎてしまった詫びもある。」

 

 そう言って肩をなでる手はあたたかい。実はこの人も優しかったみたいだ。先ほどまで寒いところにいて、能力を行使したこともあって体温が下がっていたのでそのあたたかさが心地よい。

 

 「ふむ、これはこれで眼福かもしれません……」

 「―――報告をしてもよろしいでしょうか?」

 

 ウォーゼル卿が咳払いをすると、姿の見えないライサンダー卿とグラハム卿がモニターの向こうで姿勢を正したようだった。彼のちょっと怖い声は初めて聴く。任務の顛末にあまり納得がいっていないのだろうか?

 猟兵たちを逃がしてしまったのは私が交渉に失敗してしまったからだ。今回ばかりは責任を追及されてしまうかもしれない。

 

 ウォーゼル卿が一連の出来事を報告していく中、私はただそれを聞きながら手持ち無沙汰に私の角に触れる彼女の指を受け入れていた。

 耳には神経が通っているが角には感覚がない。ただ爪とぶつかってコツコツと硬質な音を立てるくらいだ。

 

 報告のすべてを聞き届けた彼女は、今回の私たちの任務をこう評価した。

 

 「新人の守護騎士とポンコツ兵装のタッグにしてはうまくやったと言える。どちらも潜入には成功し、偽装も上々だった。異能の制御も素晴らしいものだったと言っていいだろう。

 しかしガイウスはもう少し劫炎に食らいつく気概を見せるべきだったな。そしてあなたも、もう少し猟兵に対して手ひどく拘束すべきだった。」

 

 処断こそなかったものの、百点満点とも言えない、ぎりぎり及第点のようだった。そもそも私たちの任務は調査であって構成員の捕縛ではない。なぜ≪身喰らう蛇≫が潜入していたかを明らかにしていない以上、その評価は高すぎるくらいだった。

 

 「ガイウスには減給処分―――と言いたいところだが君も何か考えがあるようだしな。始末に駆り出された私のストレスはポンコツ兵装で発散することにしよう。」

 

 ぐーりぐーりと撫でられる手に従って私の顔は彼女の脚に押し付けられる。

 ウォーゼル卿は苦い顔をしているようだった。なぜだろう。

 

 

 「ほらニクス。ウォーゼル卿が悲しんでいるぞ。慰めてやれ。」

 「ウォーゼル卿……?きっと次は大丈夫ですよ。私ももっと頑張るので一緒に頑張りましょう!」

 

 そうやって精いっぱいの笑顔で笑いかけると、なぜかウォーゼル卿ではなく彼女が大笑いしていた。何が面白いのだろう?

 

 「アハハハハハ!!いやーこれは面白い。ガイウス、二週間と言わず一か月くらい貸してくれないか!」

 「彼女がかわいそうなのでダメです。」

 「けち臭いな。君も男ならもっと気前良くなった方がいい。」

 

 そう言って彼女は私の頭から手を放すとおもむろに立ち上がった。

 

 「どちらへ?」

 「煙草だ。」

 

 メルカバの中で吸うとルフィナに叱られるんだ、とそう言って外に出ていく彼女の背中は少しマクバーン様と似ていた。

 

 「はぁ……大丈夫ですか?」

 「ええ、ありがとうございます。」

 

 ウォーゼル卿が私の拘束をほどき、立ち上がるのを手伝ってくれる。強い力で引っ張られて、私の体はいともたやすく正しい形に戻った気がした。

 

 「総長、随分ご機嫌でしたね。」

 「そうなのですか?」

 「この間不機嫌な劫炎とやり合って髪を少し焼いたと拗ねていましたよ。ニクスで遊んで機嫌が直ったようです。」

 「それだったら良いのですけれど、私はもう少し頑張るべきかもしれません。」

 「何をです……疲れたでしょう。下の休憩室でチャイを淹れますよ。少し話でもしませんか?」

 

 そう言って下のラウンジに誘ってくれる彼はどこか彼女に呆れているようだったけれども穏やかだった。

 迷いも悩みも、今は忘れているだけなのかもしれないけれど、彼の心は随分と凪いでいるように見える。

 

 「ありがとう。でも私彼女からまだ先ほどの答えを聞いていませんから、聞いてきます。その後伺いますね。」

 

 少し申し訳ないけれど、あとから向かわせてもらおうと思いメルカバ後方の甲板に出る。腰くらいの高さの柵にほど近いところで彼女は私に背を向けて煙草を吸っていた。

 

 

 

 

 誇り高い戦士の背中。

 命を背負って立つ王者の背中だ。彼女は女性であるが、しかし勇猛な男の戦士に引けを取らないほどの覇気があった。

 高いヒールを履き、タイトなスカートで戦場を闊歩する様はきっと美しいのだろう。

 

 彼女の血のように赤い目がぎらついて剣をふるう姿が容易に想像ができた。

 私は戦場に立ったことがないが、戦争で剣を振る王の姿を描いた絵を見たことがある。あの絵のあのお方の立っているところに、彼女はそっくりそのまま当てはまった。

 

 叫ぶ口の形も、浴びる返り血も全く一緒。そしてそれが不自然ではないということは、彼と彼女が同じくらい強い戦士だということを示している。

 

 彼女は私に向き直ると意外そうに声を上げた。

 

 「なんだ、ガイウスの誘いはいいのか?」

 「ウォーゼル卿はもう大丈夫でしょう。それより私は先ほどの問いの答えをあなたから聞いていません。どうか教えていただけませんか。」

 

 

 彼女は口にくわえていた煙草を手に持って、柵に寄り掛かった。

 そして私に向かって手招きをしたので、私は彼女の隣に立ち、柵をつかんだ。

 

 

 空が青い。メルカバも、メルカバの軌跡もなんだかグラグラと揺らぐ虚像のようだった。

 光学迷彩というらしい。

 

 結局一日早く引き上げることになって、私たちは≪結社≫の飛行艇を鹵獲するだけに終わった。その飛行艇が機能不全ながらもグラムさんの操舵でふらふらとついてきている。

 こんなに早くオレドから引き上げることになるとは思わなかった。

 それに私は、きっとこの任務が終わったらもっとボロボロになっていると思っていた。

 

 隣で煙草をくわえたり手に持ったりを繰り返す彼女は、煙草が随分短くなったあたりで唐突に話し始めた。

 

 「私は、人間は業を背負うべくして生まれたものなのだと思う。」

 「業…ですか」

 「そうだ。人間である以上、私たちは避けようもない罪を犯し、そしてそれを背負って生きていかなければならない。生まれ落ちたときに私たちは罪人になることが決まっているも同然だ。」

 「……」

 

 「私は、そんな人間に生まれて、特に重い罪を背負っていると自覚している。外法を滅し、血で血を洗うような抗争を女神のために繰り返している。死後は間違いなく煉獄へと招かれるだろう。

 しかしそれは私が生きない理由にはならないのでね。」

 

 彼女は一通り話して満足したように姿勢を正した。

 こうして並ぶと彼女は随分背が高いのだと思う。私の頭は彼女の顎くらいまでしか届いていない。

 

 

 私は彼女の熱い手に右手をつかまれた。

 彼女の手は私の右手をしっかりとつかんで、そして指にキスをしてくれた。

 

 その唇はいつかみたいに紅で濡れていて、私の爪に少しだけその口紅が移って赤く色づいた。

 青白い私の指には似合わない色だ。

 

 赤の似合う人は、強い人。

 

 

 

 私は彼女の名前を知らなかったけれど、この時彼女が名乗ってくれたおかげでようやくそれを知ることができた。

 

 「私はアイン・セルナート。あなたを罪深き人間に堕落させるために誘惑する蛇であり、異教を広める女神の遣いだ。

 私はどうしようもなく嫌いでね。」

 「何がですか?」

 「勿論、クソみたいなお偉方に決まっているだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとあなたは、もう少し人を疑うことを知るといい。」

 

 

 

 

 彼女がそう言ったとたん、私の体は宙に浮いていた。

 

 投げ出されたのだ。

 これまでに出会った誰よりも力が強くて、容赦のない彼女に。 

 

 

 「え」

 

 

 彼女が、セルナート様がさかさまに見える。

 違う。私がさかさまなんだ。

 

 

 「女神の加護を!今度は静かに暮らせよ」

 

 

 そう言って煙草を持った手を振る彼女は、蛇のような赤い目を細めてニヤニヤと笑っていた。

 




アルテリア編最終話でした。

最終話だけちょっと短いけどいいや。
次回から新章です。話の内容全く考えてないのでちょっと考えておきます。

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