現地での協力員を巻き込んでしまったので送り届けてくる、とそう言って俺は二人をニクスの部屋まで送り届けることになった。
ニクスは入室するとすぐに机に乗った原稿を集め、順番を揃えはじめた。
「新作ですか?」
「ええ。友人に捧げる中編小説です。」
彼女は順番を全て整えると分厚い紙の束をひもでくくった。それを鍵と一緒に机に置くと、俺の向かいの席に着く。
これからの話をしなければならない。
ジェイをどこに連れていくのか。そしてニクスはこれからどこへ行くのか。俺が知っておきたいのはその二つだ。
「私は、クロスベルに向かおうと思っています。」
「クロスベル、ですか…」
「そこに向かう用事ができました。
…あと、彼にお金を渡すので資金を稼がないといけません。」
「まさかカジノですか?」
クロスベルは独立や占領のごたごたがあったとはいえ依然として西ゼムリアにおける経済の中心地だ。再独立を果たして注目度も上がっており、多くの資本が再びクロスベルに集結しようとしている。
クロスベルで資金稼ぎと言えば一番に思いつくのはカジノだ。賭け事で稼いだ金は一応合法な金なので、そこで稼いだ金が人道的支援に使われるのならばニクスがカジノに入り浸っても(複雑ではあるが)俺はそれを歓迎するべきなのだろう。
「いいえ。そこまで器用ではありませんから筆で稼ぎますよ。」
よかった。
彼女が黒のドレスでカジノのメダルを稼ぐというのはちょっと想像がつかない。どうやら彼女は出版社や通信社に自分の文章を売り込んで原稿料を稼ごうとしているようだ。
割はよくないかもしれないが勤労で稼いだ金の方が、なんというか、純粋な気がする。ミラに色はないけれども気分の問題だ。
「クロスベルでしたら、きっとジェイも生きていけるでしょう。清濁合わさった街ですし、学問をする環境としても悪くはありませんから。」
あと、星杯騎士が少ない。クロスベルは幻の至宝の調査のためにヘミスフィア卿が潜伏していたが本格的に滞在している騎士はほとんどいない。大司教が星杯騎士の行いに否定的であるためだ。
「それでしたら、クロスベルまで送っていきましょうか?」
メルカバはまだ九龍の上空に待機させている。俺の仕事がまだ終わっていないからだ。
「いいえ、それには及びません。西に行けばアルタイル市行きのバスがあるそうですから、そこからクロスベルに向かいます。ウォーゼル卿もお忙しいでしょう。」
彼女には、察せられているようだ。無理もない。
新人の騎士が重々しい顔をしていれば、これから何をするかなど一目瞭然というものだろう。
「……わかりますか。」
「卿はやはり騎士なのですね。」
今回の一件で、俺は初めて外法の処理のために派遣された。青少年の誘拐と凌辱、古代遺物の無断所持に使用、人肉の摂取や人体を原料とする霊薬の調合。ユーハオ氏はこれらの罪状から外法と認定されていた。
もう寿命もわずかであろうから放置してもよいのではないかという意見もあった。しかしだからこそ俺を派遣することが決まったのだろう。
封聖省の方々の気遣いなのだろうか。まさか彼らは『もうすぐ死ぬ人間ならば滅しても罪悪感が薄いだろう』とでも思っているのか。
悪趣味だ。
とんでもなく、悪趣味だ。
「いろいろと考えましたが、やはり俺は騎士として生きていきたいと思います。師父から受け継いだ道を歩んでいきたい。罪深くもあるでしょうが、俺は俺自身の罪と彼らの罪を背負いたい。背負えるように、強くありたい。」
ニクスが俺を罵倒するとは最初から思っていない。しかし彼女はただ微笑んでいるだけで、何も言わない。それは少し意外だった。
「何も、言わないんですね…」
「あなたが求めているのは私からの言葉ではありません。あなたは私から激励されても、否定されても嬉しくはないでしょう?」
「それはそうですが…」
俺はまだ、この決断が正しいと自信をもって言い切れないのだ。
これからメルカバに戻って、俺は外法を滅さなければならない。避けようもない使命であるだけに時が経てば経つほど気が重くなっていく。
騎士を続けながら、外法を生かすという都合のいい選択は許されない。だから俺は罪の意識を背負ってでも道を行こうと決めた。
だがこの部屋にあまり長居すると、決意が揺らぐ気がした。
星杯騎士の役目を全うしようという気持ちが揺らいで彼を滅せなくなると、師父の道を否定してしまうような気がした。
だからもうメルカバに戻ろうと俺は席を立った。
「ニクス、俺はもう―――」
「ウォーゼル卿、どうか私とジェイを街の出口まで送り届けていただけませんか?」
この部屋を後にしようとする俺を押しとどめたのは、どこか有無を言わせない強さを孕んだニクスの微笑みだった。
***
「んん……」
どうやらまた寝ていたみたいだ。なんだか長い夢を見ていた気がする。あり得ないくらいにぶっ飛んでいて、はちゃめちゃに怖い夢だった気がするけど、目を開けてしまうと自分がどんな夢を見ていたのか思い出せない。まるで頭の中に靄がかかっているみたいだった。
「あれ…僕は…」
「ジェイ、おはようございます。さぁ、支度をして下さい。」
そう声をかけてきたのは灰色のベールをかぶった女だ。黒いワンピースを着ていて、名前は、確か……そう。
「ニクス?」
「ええ、はい。ニクスです。神父さんがクーロンの外まで送ってくれるそうですから、さぁ、これを持って。」
ニクスはそう言って一冊の小冊子を差し出してくる。通帳だ。緑色のそれはなんだか自分にとって大切なものであるような気がしたけれど、自分の所有物ではないような気がする。僕はこんなものを持っていたっけ?
「これは?」
わからないのでニクスに聞いてみると、ニクスは一瞬戸惑ったようだった。
「…忘れたのですか?あなたのお金ではありませんか。」
「そうだっけ…?」
何分長いこと寝ていたもので寝る前の記憶が曖昧だ。僕とニクスがどういう関係なのか、部屋の椅子に座っている神父が何て名前なのか、ここがどこなのか、僕は何も思い出せない。
ニクスにいくつか質問しようとしたが、ニクスは神父と何か目配せをしているようだった。
「ニクス?」
「あ、はい、ごめんなさい。さぁ、表のお店の方に挨拶をして出発しましょう。」
ニクスが僕の背に手を当てて部屋を出ていこうとする。彼女は重たそうな旅行鞄を右手に持っていて、僕はそれが少し気にかかった。
「ん。」
「??」
「持ってやるよ。ほら。」
ニクスの手から鞄を攫うように持つと、彼女は驚くべき速さでなぜか神父の方を見た。
「……何?」
「いえ。嬉しくて、女神に感謝していたんです。ありがとう。」
「やめてよ、女神なんて言うの。」
僕は女神が嫌いなんだ。その名前を聞くだけでもぞっとする。それをニクスは知っているはずなのにどうしてそんなことを言うんだろう。
……僕は女神も信心深い奴も嫌いなのにどうして神父と一緒に行動しているんだ?
「どうした?クロスベルに行くんだろう?」
「僕に指図するなよ生臭神父。」
そうだ。こいつは生臭いにおいのする神父だ。どことなく血の匂いがして、礼拝堂にいるような司祭とは全然似ても似つかない。
「ジェイ、口が悪いですよ。」
「いいさ。むしろ安心したよ。」
何だというんだ、二人とも訳知り顔で。どことなくこの二人を見ていると寒気がする。二人とも僕とは何かが違うような気がするのだ。それに、今のニクスの言葉はなんだか違和感がある。この女は果たして人を叱るような奴だっただろうか。
それに、大通りを歩いているとはいえいつもは僕に集ってくるような物乞いたちがちっとも近寄ってこないのが不自然に思えた。
神父なんだから物乞いをすればきっと応えてくれるだろうに。
「???」
「どうしたんです、ジェイ。出口はもうすぐそこですよ。」
九龍は、迷宮都市だ。
一度踏み入るともう出られない。あとは汚泥のような住人たちに巻き取られるままに沼の底まで沈んでいく。
二度と出られなかったはずなんだ。僕があんなに頑張っても、門のところまでたどり着いたことなんて一度もない。なのにどうして僕は今門を見上げているんだろう。
「――なんか変じゃない?」
「あなたへのご褒美ですよ。」
「何それ?」
僕はもう受け取ったじゃないか、とそう言おうとして自分がどうしてそんなことを言おうとしたのかわからず、僕はまた首をひねることになった。
今日は変な日だ。
信じられないことばかり起こる。
僕は寝る前に何をしていたかも思い出せないけれどなんとなくそう思った。
***
「(滅茶苦茶に記憶が混濁しているじゃないですか!)」
「(まだコントロールが上手くできないもので…)」
「(そういうことは早く言ってください!)」
なんせ法術なんて1か月程度しか練習できなかった。正直に言って誰かのフォローがないとうまくいかない。それに思ったよりもジェイの精神がまっすぐだったので効きすぎてしまったのだ。
ニクスの目線が痛い。どうやらニクスはジェイのことを我が子のように可愛く思っているようで、俺の気分は完全にいじめっ子か何かだ。
疑似的とはいえ更生できたのだからいいことだと思うのは行いの正当化でしかないか。多分開き直ったらとんでもなく怒られそうな気がする。
「(法術の効果は限定的ですから、時間が経てば落ち着くはずです。)」
「(本当ですか…?)」
「さっきから二人ともどうしたのさ。アルタイル市まで行くんだろ?」
「あ、えっとごめんなさい。バスに乗るのですよね。」
疑わし気なジェイの相手はニクスに任せて俺は街道の魔獣を適当に追い払う。アルタイル行きのバスに乗り込むまで付き添いをしてほしいというのがニクスの要望だった。
俺にとってこの時間は最後のモラトリアムのようにも感じられた。
おかしな話だ。俺は自分の意志で騎士として生きることを決めたのに。
覚悟が揺らいでいるのだろう。人を殺したくないという思いが師父への尊敬の念を食ってしまうほどに強くなっている。
バルクホルン師父、俺はあまりに未熟です。
あなたの道を継ぎたいという誓いすら俺は保てない。
どうか、どうか俺を導いてください。
天に祈っても師父の声は聞こえない。
『祈りとは、約束なのです。』
ニクスは女神の無力さを訴えるジェイをそのように諭した。その言葉の意味を一番理解できていないのはきっと俺だ。俺も祈りという行為で、ただ願望を女神の前に示しているだけなのだから。
「あ、バス停ってあれじゃない?」
「大きいターミナルですねぇ。」
考えているうちに大きな建物が見えてくる。バスの停留所を一つに集めたターミナルだ。多くの人が中に入っていく。それに倣い建物の中に入ると待合室のベンチには空きがないほど多くの人がいた。
「げぇ…めっちゃ混んでんじゃん。」
「バスまで少し時間がありますから、私は水を買ってきますね。ジェイ、荷物を見ていてください。」
「ハイハイ。」
ジェイは彼女の鞄を持って壁にもたれる。
もう俺もお役御免となったことだし、彼に伝言を頼んでメルカバに戻ろう。俺はそう思い壁に寄り掛かったジェイに話しかけようとした。
だが彼に言おうとした言葉は、彼の目を見て全て引っ込んでしまった。
あまりに強い目が俺を貫いていたからだ。
まっすぐで、罪を問うような榛色の目。純粋で、善悪を知っている目だ。まるで俺の後ろめたさを知っていると言うように、彼は俺を見つめている。
「ジェイ、君は…」
「『あれはしょうがないことだったんだと正当化しようとしても、抜け出せないほどの深みにはまってしまう』?『苦しくて、辛い道だから歩んでほしくない』?今なら染みるよ。全部他でもないアンタの経験談だ。」
それは俺が彼を諭そうとして言った言葉だ。
彼は思い出している。もう法術の効果なんてとっくに切れていたのだ。
「槍を見て思い出したよ。アンタ、やっぱり生臭だ。」
そうだ。俺の体はごまかしようがないほど生臭いにおいがするのだろう。滅した者の血の匂いだ。そして、その匂いはこれからもう消えることはない。
「……やはり君は賢いな。」
「うるさいなぁ。せっかく人が口裏合わせてやろうとしてんのに。」
「ありがとう、ジェイ。」
彼には責められるような気がしていた。女神なんてやっぱり嘘だと言われるような気がしていたのだ。信心深いといったニクスの考えが今はわかる。ジェイは心のどこかで女神の奇跡を心のよりどころにしているのだ。
信心深いものは救われると信じているからこそ、女神への信仰を捨てたことに罪の意識を持っている。信仰を捨てたことを悪いことだと思っている。
「アンタは強いんだろ?辛くて苦しい道でも好き勝手に行けばいいじゃないか。」
「俺は未熟だよ。君よりずっと弱い。」
「よく言うよ。あんな高さでも背中から落ちる度胸がある癖に。」
本当の事だった。俺は弱くて未熟で、どうしようもないほど女々しい。
もっと強くなりたい。罪を背負って生きていこうと心から思えるほどに強くなりたい。そして胸を張って、騎士となりたい。
師父の道を継ぐことを心から誇りたい。
「アンタがそんなに申し訳なさそうな顔してどうすんの。」
「君が思っているよりも俺は罪深いさ。」
「そんなのみんなそうだって。別にそれでいいんじゃないの?どれだけ馬鹿でも、どれだけ罪深くてもああいう馬鹿は助けてくれるから。」
彼が右を向く。
その目線を追うと、ニクスが両手に飲み物を抱えていた。長旅を見越して多めに買ったのだろうが今にも落としそうだ。
「行ってやれよ。僕は荷物見てるので忙しいから。」
「……」
「あと、口裏合わせてやるからたまにはクロスベルに来て僕のこと守れよ。」
「守る?」
「はぁ?僕とあいつが何かに巻き込まれずに済むと思ってるわけ?」
守る。
確かに、ジェイもニクスも誰かに守られないと生きていけないだろう。彼らはあまりに弱すぎる。ジェイの体はこれから栄養を十分に摂ったとしても俺のように大きく育たないだろうし、ニクスは異能があったとしても誰かを傷つけてまで退けることができない。
俺は、仲間や世界を守りたかった。彼らのような人を守りたかった。
なぜなら人と人のつながりや名も知らぬ誰かの笑顔が、俺にとって尊いと思えたからだ。彼らのことが守れるのなら、彼らが笑っていてくれるなら、俺は何を敵に回しても怖くないとすら思っていた。
騎士として力を得た時も、その強さを手に入れられたことが嬉しかったほどだ。
俺は、誰かを守るために騎士になったのだ。
「―――ああ。俺はジェイを守ろう。」
「よろしく。」
誰かを守ることができるというのは怖い。いいことだからだ。
それを理由に自分の行いをどこまでも正当化してしまいそうになるからだ。俺はジェイのような力のない誰かを守っているからと、誰かを傷つけることすら恐れないようになるかもしれない。
だから俺は罪を数えよう。それは救いや許しを求めるためではない。
誰かを守れるほど、強くなれるように。
誰かを滅することと、向き合えるように。
ただ道を歩むために、俺は罪を数えるのだ。
まだ俺は誰かを殺すことが怖い。その罪を背負えば倒れてしまうのではないかとすら思う。けれどこの素直でない少年は、俺のことを責めはしないだろう。ただ呆れたように俺を見つめるだろう。ただそれだけのことが、俺にとっての救いであるように感じられた。
俺の肩は、俺が守りたい誰かの手で支えられているのだ。それは女神の慈悲よりもずっと確かで、ずっと罪深いものかもしれない。けれど女神の声よりも、しっかりと俺を歩ませてくれる。
「今度、クロスベルに顔を出す。その時は案内をしてくれ。
…ジェイ、君に風と女神の導きを。」
「ハイハイ女神女神。」
女神よ、どうか彼の者に裁きを与え給うな。
彼は共に道を歩む者。
女神よ、どうか彼の者らに導きを授け給え。
彼らは罪を背負うもの。
どうか力なき民に祝福を。
そして彼らを守らんとする我が心をどうか許し給え。
「―――ニクス。持ちましょう。」
「ああ、ありがとうございます。」
「もう行かねばなりませんから、最後にこれくらいのことは。」
「…寂しくなりますが、仕方のないことですよね。」
彼女から飲み物のボトルをいくつか受け取る。
ニクスは優しく微笑んでいる。
「ええ。俺はやはり騎士でありたいですから。」
「きっと女神もあなたをお許しになるでしょう。あなたはもう十分にお強い。」
ジェイも、ニクスも、俺を許すのだと。言外に彼女はそう言いたいようだった。
今なら、俺は彼女に懺悔ができる。自らの一番の罪を、彼女に打ち明けられる。
「俺は、外法に認定された罪人を見た時に『殺せる』と思っていました。彼らが死ぬということがどういうことか、それを本当の意味で分かっていなかったのです。許されざる行いをした者たちは死ぬべきだと疑っていなかった。」
雑踏の喧騒が、俺の懺悔をかき消そうとする。
けれど特別な耳を持つ彼女にはしっかりと聞こえているようだった。
「今の俺にはすべての命が尊いものであるとわかります。罪人もそうでないものも、すべからく生きるべき命だと言い切れます。」
「あなたの決意を、誰も責めません。あなたの行いは誰かが担わなければならない。罪人に死が課せられたなら、それは果たされるべき償いなのです。」
「……はい。けれど俺は彼らの罪も背負いたい。ジェイのような子が応援してくれていますから、俺はきっとそれだけの強さが得られるような気がします。」
ニクスは何か言いたそうだった。
けれど何も言わなかった。人を救うのはあくまで人でしかないと言う彼女であるから、きっと俺を救うのはジェイであると思ったのだろう。
「―――あなたの往く道にどうか加護がありますように。私に言えることなんて、きっとそれだけなのでしょう。」
「ニクスが彼を守ってくれるだろうから俺は戻れるのです。クロスベルには顔を出しますから、どうかジェイを頼みます。」
「いつまで滞在することになるかはわかりませんよ?」
「ならばどうか、彼が道を定めるまで傍にいてやってください。」
彼は、守られなければならない。
あたたかい食事と、布団と、そして家族が必要だ。それを与えるのには間違いなくニクスが適任であると言えるだろう。
彼らがバスに乗る前、俺たちは一つの約束を交わした。
俺は辛いことがあっても役目を全うすること。
ニクスは人を救うためにエゴを乗り越えること。
ジェイはもう盗みをしないこと。
俺たちは互いが己の道を往くために互いに支え合うことを誓ったのだ。
互いの声すら掻き消えてしまいそうな騒がしさの中で、俺の心にしっかりと刻まれた約束。
それは女神への誓いではない。
俺と、ニクスと、ジェイに誓ったことだった。
そして俺はアルテリアに戻り、一人の外法を滅した。
手は震え、その後しばらくは誰かと話をすることができなかった。
けれど俺はどこかで安心していた。
俺が師父の存在や約束を理由に誰かを殺したことを正当化しなかったこと。
誰かを殺すときに誰かを守らなければと思わなかったこと。
それは俺が目指した罪を背負う強さだ。
彼を殺した時の感覚を、絶対に忘れない。俺は罪を数えていこう。
ガイウスが人を殺せるか殺せないか、アルテリア編を書いている途中でも全く分かりませんでした。なので東方人街編にまで持ち越すことになってしまいました。
ガイウスにとって支えになる誰かがいないと彼は外法を滅することに向き合うだけの強さを得られないでしょう。
けれども彼は師父を誇りに思う心から騎士であることを投げ出せないでしょう。
聖痕が顕れた以上騎士になるしかないのですが、ガイウスにはそれを言い訳にしてほしくないという気持ちもありました。
その結果ジェイというキャラクターが生まれました。
彼は子どもではありますがガイウスと同じく罪の意識を持っています。
真っ当に生きていきたいという気持ちがあるのは罪を犯してしまったという意識が彼の中にあるからです。
当然、彼にとっては罪の意識は永遠に消えませんからまっとうに生きるというのは困難を伴うでしょう。
しかしガイウスを支えられるのはそのように罪の意識を背負った人なのではないでしょうか。少なくともニクスが「あなたは悪くない」と言ってもアッハイみたいな感じですね。
ジェイもガイウスもこれから罪を背負って生きていきます。
辛いけれども逃げたくないと思っているからです。
ガイウスは誰かを守りたい、ジェイは真っ当に生きたいという気持ちがあるからきっと逃げません。
ガイウスは難儀な人で、師父がガイウスを助けたのは師父の意志でしたがそれに深い罪悪感を感じています。おそらくは自分が上手く立ち回れなかった結果師父を殺してしまったという精神的ショックから聖痕が深く根付いているのでしょう。
幼少期のガイウスに出会った師父はガイウスのトラウマを抱えやすい性格のようなものを見抜き、何かと気にかけていたのだと推測しています。
(さすがに自分がトラウマになるとは思っていなかったかもしれませんが)
そういう難儀な性格の人が人を殺すことに罪悪感を覚えないはずがない…ケビンも外法を滅するという仕事で精神的な自傷を繰り返していたくらいです。
ガイウスは騎士である限り罪の意識と向き合わなければなりません。
彼はもっともっと強くなる必要があるのです。
一人で強くなるというのは大変なことですが、誰かと一緒にならちょっとは救われるものがあるのではないでしょうか。というかあってくれ。
そういった救いを求める気持ちがこんなSSを書かせていると言っても過言ではない。
ガイウスありがとう。
ガイウス大好きだ。
本当に大変な道を選んだ彼に女神と風の導きを。