やることが、やることが多い。
とにかく最近は忙しくてみんなで悲鳴を上げていた。指名手配が解除されて再独立のための騒動が一段落したと思ったら待っていたのは支援要請の嵐。
遊撃士協会と協力体制で取り組めるとはいえ毎日やることが多すぎるのだ。
おまけに再独立したおかげで書類の記入方式が変わった。名前だけ見れば帝国に占領される前に戻っただけなのだが、そのことで影響を受けた事務手続きは数えきれないほどである。
自治州から帝国の属州に変わったときはまだよかった。自分たちが事務仕事をすることなんてほとんどなくなっていたし、そもそも帝国はそういった併合に慣れていた。併合した土地により素早く基盤がしけるように完璧なマニュアルがあった。
けれども、その逆は本当に難しい。
2年もの間クロスベルという地に深くまで根差した帝国という草は、そこんじょそこらの努力では抜けきらない。
そして一番影響をもろに受けているのは、市民の目に見えていない所なのだ。
「おぉいロイド~判くれ判」
「傍にあるんだから自分で取ってくれ…」
変なところでけち臭いのが公務員のお役所仕事の悲しいところ。警察に提出する報告書の一番下には「エレボニア帝国領 クロスベル州」と書かれている。これを「クロスベル自治州」にするためには大きなハンコを押して上書きする必要があるのだ。
このハンコが百貨店で売られたとき、飛ぶように売れた。支配人はさすがの商才の持ち主だと感心したものだ。そんなこんなで支援課にもこのハンコは導入され、書類作成の時には手放せない道具になった。
一階のダイニングテーブルで書類作成をするようになったのも、このハンコが支援課で共有のものであるからだ。ランディのように書類仕事が苦手な人にとっては煩雑な作業が増えて辛いだろうが、案外みんなで一緒に作業するというのも悪くない。
作業効率が落ちにくいし、何より支援要請が来た時にすぐに反応できるのだ。
Pi-Ron!
「お!支援要請だぜ~」
「こらランディ、要請が急ぎでない限りは担当分を終わらせてからだ。」
「今日提出の分は終わらせてっから心配すんなって!」
本当だろうか。ランディは所属がコロコロと変わった影響でいまだに前の職場の仕事を抱えている。有能な分タスク管理の重要性が高い人材なのだ。油断するとすぐに書類やスケジュールで泣きを見ることになってしまう。
「どこからだ?」
「……珍しいとこだな。」
こちらに背を向けて端末を操作するランディの声が真剣なものに変わる。
もしや緊急の要請だろうか。
そう思って席を立った俺に、ランディは体を少し寄せて液晶を見せてくれた。
「違法薬品販売者の摘発…?」
依頼主は、今現在クロスベルの裏社会でトップを張っている貿易会社の支社長だった。
***
「いや、本当にクロスベルまでよくお越しくださいました。今現在わが社も大切な時期でして、ニクスさんのご助力は嬉しい限りです。」
「本日の朝に到着したところで、明日にでも挨拶に伺おうと思っていたのですが…アポイントもなかったのに宜しいのでしょうか…?」
「本来であれば我々が九龍までお迎えに行くのが筋であるところをご足労いただいたのですから、これくらいなんてことありません。」
九龍の摩天楼にて私にある手紙を預けてくれた青年は、その名をツァオ・リーといった。彼は年若いながらもクロスベル支社を任されている切れ者であるらしく、九龍に私がいると聞いてやってきたのだとか。
一体そんな有能な人が私に何の用かとも思ったが、手紙を見て納得がいった。
「でも驚きました。昔の事ですのに、ツァオ様のお耳に入っているだなんて。」
「私たちとしてはもう少し早くにコンタクトを取ろうと思っていたのですが、ここ最近ニクスさんはお忙しくしていらしたようでしたから…でも本当に間に合ってよかったですよ。」
質の良い唐草模様のソファに座ったツァオ様は人の好い笑顔を浮かべていて、人懐っこい印象を受ける。商人らしい人脈の広さとフットワークの軽さは彼の大きな武器と言えるだろう。
「それで、お受けいただけるということでよろしいでしょうか?」
「勿論です。未熟者ではありますが、お役に立たせてください。」
「ああ、よかった!本当にありがとうございます。…何かお困りのことがありましたら是非ご相談ください。社の未来に関係なく、私個人として今後ともニクスさんと良い友人でありたいのです。」
笑顔でそう言ってくれるツァオ様は本当にいい人だ。
社員の皆さんにも良く慕われていて人望の厚さが窺えるようであった。
「ええ、その時はお世話になります。お忙しい日が続くかとは思いますがどうぞご自愛ください。」
「ありがとうございます。ニクスさんのご都合がよろしければお茶をごちそうさせてくださいね。長老よりもおいしいお茶をご馳走いたしましょう。」
それは楽しみだ。
東方のお茶というのは独特な風味がするものかと思ったがどうやら違うらしく、私は本当の東方茶の味を知らないことになる。
ツァオ様はいろんな伝手があるらしく、運がよければ珍しいお茶をいただけるかもしれない。
今日は港湾区で偶然居合わせただけなので話は軽い挨拶と打ち合わせにとどめて、また改めて機会を設けることになった。ツァオ様もお忙しいのだろう。多忙な身でも偶然出会っただけの私に時間を割いてくださるのは彼がタスク管理をきっちりとしているからなのだろうか。
「それでは、私はそろそろ失礼いたしますね。」
「ええ、外まで送りましょう。」
そう言ったツァオ様の案内に続き玄関口まで行くと、どうやら社員のどなたかが来客の応対をしているようだった。来客は二人の青年で、一人は茶髪、もう一人は赤毛の男性だ。
特に赤毛の男性はオレンジの上着を羽織っていてなんだか見覚えがあるような気がする。
「…ってランディ様ですか?」
「―――おい、ニクスちゃんじゃないか!なんでここにいるんだよ?」
「ランディ、知り合いか?」
やはり、ランディ様だ。
ユウナからの手紙で前の職場に戻ることになったのでクロスベルに帰られたと聞いてはいたが、まさかこんなに早く再会することになるだなんて思ってもみなかった。
「おや、ランディさんとニクスさんは知己であったのですか。」
「ランディ様には帝国でお世話になったのです。」
ランディ様はクロスベルの警察で勤務なさっているというお話を伺ってはいたが、ツァオ様ともお知り合いであるとは。どちらも人脈が広そうな方であるとは思っていたが、まさかクロスベルでは警察が一つの貿易会社とも密にやり取りをしているとは思うまい。
パトロールの一環だろうか。
ランディ様は何か言いたげに私のことを見ていた。
それは確かに、大陸東部に行ったはずの人間がなぜかクロスベルにいるのだから不思議なのだろう。私も詳しく説明がしたいとは思うが、何分長くなる話だ。
「あの、ランディ様、またお会いできてうれしいです。
そちらの御方は初めまして、ニクスと申します。色々とありまして今は一時的にクロスベルに滞在しております。また改めて挨拶に伺いますのでお話はその時に。
…東通りの龍老飯店という宿に宿泊しておりますので何かご用がありましたら申し付けてください。」
出来れば今まであったことやクロスベルを訪問することになった経緯など話したいことが沢山あるが、ここはツァオ様のオフィスで会って自分が借りている部屋ではない。ゆっくりと話す場はまた改めて設ける必要があるだろう。
何だか改まった機会を探してばかりだと思う。資本の集まる土地にいると何かと忙しくなるものなのだろうか。
私はそんなとりとめもないことを考えながら、ランディ様と茶髪の青年、そして笑顔で見送ってくださったツァオ様とラウ様に一礼してオフィスを後にした。
なお、一応言っておくが私は黒月が九龍という地を牛耳っていたシンジケートであることを忘れたわけではない。
ツァオ様は有能でにこやかでいい人だと、そう思っただけの話である。
***
何だか、不思議な人だった。
質素な黒いワンピースに灰色のベールというのも中々見ない服装ではあるが、それよりも彼女のような人が黒月に何の用があったのか。
どうやらツァオさんと親しい様子であったけれど、裏の顔があるとはとても思えないような人だった。
ランディと帝国で知り合ったということは、士官学院の関係者なのかもしれない。
「……おい、なんでニクスちゃんがこのオフィスに出入りしてる?」
「ふふ、企業秘密です。どうぞ詳しい話は彼女に聞いてください。」
「あんた、あの子の後ろについてるのが誰か知ってんのか?」
ランディがそう尋ねても、ツァオさんは全く動じていないようだった。
「彼女の来歴は聞き及んでいますが、彼はもう彼女のバックについていないはずですよ?」
「ランディ、どういうことだ?」
「さっきのニクスちゃんは、火焔魔人の元部下だ。」
火焔魔人の、元部下。
実に簡潔な来歴紹介で分かりやすいことこの上ないが、俺はしばらくこの言葉の意味が分からなかった。
だって火焔魔人と言えば、結社最強の執行者だ。一度はクロスベルに訪れリィン達に立ちふさがったという、あの。
彼女はそんな男の部下だったという。つまりは、彼女は結社の一構成員であったということ。
「えぇっ!?」
嘘だ、と思った。思いたかった。
ツァオさんの前であるにも関わらず素っ頓狂な声を上げてしまったのも仕方がないだろう。なぜなら自分の目から見ても彼女は―――
「あの女性は明らかに非戦闘員だっただろ!?」
明らかに弱い。弱すぎる。
筋肉があまりついていないし、何よりフラフラし過ぎているのだ。落ち着きのない幼児のような足取りで、どこかふわついていた。
結構治安のよくなったクロスベルでもひったくりにあいそうだ。
あれで実は諜報員だというオチが付いていたら俺は素直に彼女に拍手を送ろう。
「あの男が結社に入る前の話らしいぞ。んで、今も割と仲がいいんだと。」
「そ、そうなのか…」
つまりランディは『彼女に被害が及べば火焔魔人が黙っていない』と言いたいのだろう。なるほど彼女は無害でも怖い保護者がついているということか。事情のすべてが分かったわけではないが、なんとなく要注意人物であることは理解できた。
「ニクスさんは非常に優秀な女性で、私の友人なのですよ。以前共和国でお会いしたのですが、さっきそこで偶然お会いしましてね。挨拶をしていたというわけです。」
「ま、いいけどな。地雷踏んで痛い目見るのはあんただ。」
「≪銀≫殿という唯一無二の親友をロイドさんに奪われてしまってここの所ずっと寂しかったのですが、ニクスさんは優しい方ですから。これで私の苦労も報われるというものです。」
ツァオさんのこんな不敵な笑みを見るのは久しぶりかもしれない。彼女とのつながりがあることがそんなに彼にとって喜ばしいことなのか。彼はラウさんたちとは違って荒事に向いている人間ではないだろうに。
「ツァオさん…」
「支援要請の件で来てくださったのでしょう?どうぞ奥へ。今回お願いしたいことについて説明させていただきます。」
眼鏡の位置を直した彼は、既にいつものちょっと胡散臭い好青年に戻っている。底の知れない人だ。今回の依頼についてだって、黒月のネットワークがあれば十分に対処できるだろうにそれをわざわざ俺たちに依頼してくるというのだから、何か裏があると思っていいだろう。
「今回お願いしたいのは、クロスベルの裏通りに拠点をもつ違法薬物の売人の取り締まりです。先日取引先と話をしていたら何やらきな臭い話が上がってきましてね。
どうやら共和国から仕入れた怪しい薬を売っている人間がいるようなのです。情報は私たちの方で整理させていただきましたから出来る限り早く対処していただけたらと思い、支援課の皆さんに依頼をした次第です。」
そう言いながらツァオさんが渡してきた資料には十分すぎる情報が載っていた。複数名の人間による証言。売人が取引をしていた場所、背格好、人相、拠点と思われる場所の推測や規模まで書いてある。
極めつけはその違法薬物と思われる実物まである。これだけの情報があれば今すぐに捜査をして検挙することが可能だろうが、なおのこと分からない。
「詳細な情報をありがとうございます。しかし黒月の方でも十分に対処できる規模ではないですか?」
売人は数名程度で特に武装している様子はない。いずれの証言を見ても矛盾は見つからずこの証言が虚偽であるとは思えない。証言者の身元まで書いてあるので裏を取ることも容易いだろう。
捜査二課ではなく俺たちに依頼が来たのは顔見知りだからという理由だろうが、そもそも黒月ほどの組織ならば“外注”せずとも自分たちで一掃できるはずなのだ。それに取引先の人間に恩を売るならば自分たちで対処して株を挙げたほうがいいのではないかと思う。
ツァオさんを見つめると、彼は少し困ったように笑っていた。
「私たちもできれば自分たちでどうにかしたかったのですが、最近はどうにも忙しくて。そういった細々としたことに手が回らないのですよ。」
「取引先の機嫌取りをする暇もないってか?」
ランディが訝し気に探りを入れてみるものの、彼は底知れない微笑みを浮かべるばかり。いったい彼はどんなことを企んでいるのだろう。
赤子の手をひねるより容易い売人の始末は他の人間に任せているのに、ニクスさんという明らかな非戦闘員との会談には熱心というのも、妙な話だ。
「ツァオ様」
「おや……すみません、次の予定のようです。」
探っても探ってもちっとも痛そうな顔をしない彼から情報を抜き取ろうとしたが、どうやら時間切れのようだ。
ツァオさんは何か質問があればラウさんに連絡するように言付けて俺たちを見送ってくれた。生憎とニクスさんのように玄関口まで送ってくれたわけではなかったが、別れ際のツァオさんはどこか生き生きとしていて、うすら寒いものを感じた。
彼らは、クロスベルが帝国に占領され、さらに市民に反共和国の感情が芽生えても生き抜いた。東方系の企業にとって大きな痛手であっただろうことは想像に難くないが、しかしそれでも乗り越えて見せたのである。それは間違いなくツァオさんの辣腕あっての事だろう。
そして何とも歯がゆいことに、現在のクロスベルにおける裏社会の秩序は彼らによって保たれているというのも事実であった。
蛇の道は蛇―――今はまだ彼らに任せておくしかないようだ。
「なんつーか、機嫌よさそうだったな。」
「ああ。忙しいそうだったけど微塵も疲れた様子じゃなかったし…」
それどころかいつも以上に隙が無いようにすら思えた。
今日の食卓での話題は『機嫌のいいツァオさん(不気味)』で決まりだろう。オルキスタワーに足を運んでいるエリィやティオが聞いたらどう思うだろう。多分嫌な顔をするだろうけど、頭の痛い問題であるからこそ無視できない。
ビルに帰ったら課長にも報告しておくべきかもしれない。
「なぁ、ランディ…」
「ニクスちゃんのとこだろ?」
合流までにはまだ些かの時間があるということで追加調査を持ちかけようとするとランディはそれを予期していたかのように俺の意向をくみ取ってくれた。
だが、なんだか浮かない顔をしているようにも見える。
「…今日じゃない方がいいか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。そういう訳じゃないんだが…
なんつーか、参考になる意見が拾えるとも限らねぇ。」
いつも率先して皆をフォローしてくれる面倒見のいいランディだが、このように歯に何かが詰まったような物言いをするということは珍しい。
先程はすれ違った程度とはいえ、ニクスさんに不審な点は見受けられなかったがやはり何か“ある”のだろうか。
「ま、一回龍老飯店に行ってみるか。もしかしたらいないかもしれんが、そん時はまた出直せばいいさ。」
「ああ!」
俺たちは港湾区を出て東通りにある龍老飯店を訪れた。
どうやらニクスさんはあれからまっすぐ宿に戻ってきていたらしく、二人用の部屋に彼女はいた。ノックをして入室すると彼女は机に向かって何か書き物をしていたようで、椅子から立ち上がって俺たちを出迎えた。
彼女を軽く観察しても不審な点は見当たらない。
強いて言えば室内でもベールを身に付けていることくらいだが、ランディによると彼女は人前であのベールを外さないらしい。
「あら?先ほどの…」
「クロスベル警察、特務支援課のロイド・バニングスです。少々お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
突然の訪問になってしまったというのに、彼女は俺たちのことを快く迎え入れてくれ、お茶まで入れて歓待してくれた。
そして彼女の話を一通り聞いてわかったことなのだが、彼女はかなりの善人であるようだ。人を疑ったり害することができないらしい。そういうもの、なのだと彼女は説明してくれた。
ちっとも説明になっていないと思うのだが、ランディを見ても(こういう子なんだ)と言いたそうな顔をしていたので俺はとりあえずスルーした。
彼女はリーヴスを出発した後にいろんな場所に行ったとのことだったが、最近は九龍に行ったそうだ。治安が悪く面倒ごとに巻き込まれたときにツァオさんと知り合った、らしい。
彼女は嘘をついていないと思うのだが、ニクスさんが言っていることが真実かどうかは何とも言えないところだ。
何と言ってもツァオさんのことを「いい人ですね」と言い切ったのである。黒月がシンジケートであることを分かっているうえでそのように評価しているのだからもう俺は言葉が出なかった。
ある意味肝が据わっているのかもしれない。いろんな人を助けようと思いそれを実行するためにはこれくらいのおおらかさが必要ということにしておこう。
何とも常識はずれな人だ。あの火焔魔人とは違った方向で只者ではないと感じさせる。そのことを素直に口に出すと彼女はにこっと微笑んだ。
「そういえば、気になっていたのですが……」
「はい、何でしょう?」
「ツァオ支社長と何かお約束をなさったのですか?」
ツァオさんは抜け目ない人だ。おそらくはニクスさんにこれから世話になる、もしくは何らかの将来性があるからあれだけ手厚くもてなしているのだろうとは予想がついた。
彼女に聞いてみたらいいという彼の言葉に従って尋ねると、彼女はあまりにあっさりと答えてくれた。
「ええ、代打ちを頼まれたのです。」
「代打ち?」
「麻雀って、ご存知です?」
なんだそれは。
よく知らないと表情に出してしまった俺に、ランディが説明を入れてくれる。
「東方でメジャーなテーブルゲームだ。もっぱらギャンブルの一種として楽しまれてる。ニクスちゃん、まさか打つのか?」
にやつきながら意外そうに尋ねるランディにニクスさんはちょっと得意げに笑って答える。
「まだノーザンブリアにいたころでしたかね…
本当に昔に覚えて、それで少しお金を稼いだことがあったんです。どこから聞きつけたのかはわかりませんけれど、なんでもクロスベル支社で強い方が本国に帰ってしまわれたらしくって。それで頼まれたのです。」
「……ちなみにそれがどんな場での催しか、聞いていますか?」
「詳しくは聞いていませんが、何でも新しい社交パーティーだとうかがっています。初回ということで盛り上げてほしいとお願いされています。勝敗は問わないとのことでしたのでお受けしました。」
確かに構成員の代わりにギャンブルに参加してほしいと言われれば誰だって身を固くするだろうが、勝敗が重要ではない演出としてのパフォーマンスであればそこまで気は重たくないかもしれない。
だが、それは彼女にとっての話。俺たちにとっては重要なのはそこではない。
(新しい社交パーティー、か……)
どう考えても、『黒の競売会』の代わりになる裏社会の社交場だ。ツァオさんが忙しくしているのはこれの準備ということか。
ニクスさんにそのパーティーについて聞いてみても日時や場所を聞かされていないらしい。近いうちにあるので準備ができたら迎えに行くと言われてそれっきり…だそうだ。
「よくそんな怪しい話を受けたな。リィンが聞いたらどえれー怒るぞ?」
「リィン様は少し心配症ですから…心配をかけてしまうかもしれませんね。」
ニクスさんはそれまで浮かべていた微笑みを崩して眉根を寄せて困った顔をした。
(ん……?)
先ほど彼女はツァオさんのことをいい人だと言っていた。そして黒月がマフィアであることも知っていると言っていた。その上でそんな顔を――罪悪感のある顔をするということは、彼女はこれが危ない橋であることを自覚していて、それでも受けざるを得ない状況にあるということだ。
「ニクスさん、あなたは…」
何か悩んでいることがあるんですか?
そう口に出そうとした時だった。
ガチャ
ノックもなしに部屋の扉があき、痩せた少年が立ち入ってきたのだ。
「え!?」
「は?アンタら、誰?」
「おいおい、誰?じゃねえだろ。お兄さんたちはちっと話をしてるんだが…」
少年は腕に抱えていた紙袋をテーブルに置くと我が物顔でニクスさんの向かいに座りだした。不満を隠すことなく表に出した横柄な態度だが、ニクスさんはそれを咎めようとしない。
「ジェイ、おかえりなさい。驚かせてしまいましたね。こちらのお二人は警察の方で、右の方には帝国にいたころにお世話になったのです。」
「ふーん」
この態度は俺たちのような男にとって非常に覚えのあるものだ。
面倒を見てくれる女性に対する素気のない返答。ただいまも言わず、我が物顔で振る舞い、丁寧に説明してくれているのに目を見て返事をすることもしない。
そう。
反抗期の息子だ。
「ニクスちゃんって子供がいたのか!?」
「誰がガキだ!」
初めてセシル姉のところにキーアを連れて行ったときにも似たようなやり取りがあった気がする。彼女と少年は俺とキーアに比べてもっと親子っぽいが、ニクスさんはたぶんセシル姉よりも年下だ。少年は10歳くらいだしちょっと無理があるんじゃなかろうか。
「いやいや、さすがに年齢が合わないだろ。」
「……」
「なんでそこで黙るんだよ…」
俺は怖くなってこの場で詳しく聞くことができなかったのだが、最終的に好奇心からランディに彼女の推定年齢を聞いてしまい、少しの間女性が信じられなくなった。
ロイドがニクスさんを若く見てるのはニクスさんの体格がちょっと子供っぽいからです。