原初の火   作:sabisuke

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Q.本編に関係ない幕間だからってオリキャラばっかり出すのやめなよ……

A.反省してます…



第二夜 洞窟

 

 

 突然現れた紺色の礼服の男。

 軍師だと名乗った彼との邂逅は個人的に夢か何かだと思いたかったのだが、日を改めてもこうして男が我が物顔で居座っているところを見ると否定しようのない現実であることを受け容れざるを得なかった。

 

 男はまたも俺の精神世界を勝手に作り替えているようで、男は俺に背を向けて荒野のがけっぷちに立っていた。

 どことも知れぬ荒野も、男にとっては思い出深い場所であるのかして、歩み寄ってもただ黙っている。

 

 遠くから、何かくぐもった音が聞こえた。

 楽器の音だろうか。

 

 「そんなところに立って、危ないですよ。」

 

 声をかけると、男は振り向く。もうあの不気味な顔布は着用しておらず、左右で非対称に生えた角が目を引いた。

 優しい笑顔を浮かべている悪魔のような外見の男は、こちらをちらりと一瞥したかと思うと、またふいと前に向き直ってしまった。目線をやや下に下げてじっと何かを見ているが、よほど彼にとって気になる者でもあるのだろうか。

 

 「何かあるんですか?」

 

 男の隣にまで行って自分も少し下を見下ろしてみる。

 崖の淵までくると楽器の音が大きくなった気がする。

 何かの音楽を奏でているわけでもなく、ただ音が鳴らされているようだ。誰が演奏しているのだろう?

 

 自分たちがいるところは相当な高さの崖の上であるらしく、男が立っている場所の隣にまで来てようやく下が見えた。

 

 少し足がすくみそうになるほどの高所から男の目線をたどって見えたのは、川だった。山と山の間に流れる、細くて浅い川。上流のほうであるのかして岸の岩は角が鋭くて大きい。

 

 「これは……」

 

 しかし普通の川とは大きく異なるところがある。

 

 

 水が()()のだ。

 

 

 どろどろと、暗い色の赤い水が流れていく。飛沫が岩を汚し、濁流が枯れ枝を流し去っていく。

 

 「この近くで、大きな戦争がありました。当時の戦争は非常に原始的で、剣や槍を持った兵士たちが相手方と戦うようなものでした。

 画期的な兵器もなく、一人が一人殺すことにすら苦労する時代です。ですが、その時代のとある軍に一騎当千の戦士がいたのです。その戦士は異様に強かった。

 彼が通った後の地面には血で濡れない場所などなかったと言われています。」

 

 

 男が抑揚のない声で語る間も、血の河は流れていく。高所から見下ろしているので匂いはしないが、今にもあの鉄の匂いが漂ってきてもおかしくはないように見えた。

 

 

 「彼はあまりにも不利益を生み過ぎていた。多くの人間が彼を疎んでいた。だから私は盟友たちと協力してその戦士を殺そうとしました。何人もの同志を集め、確実に、そして絶対にその戦士を殺せるように策を練って、万全の準備を整えてから私はその戦士に戦争を仕掛けました。

 その戦いで犠牲になった兵士たちの血が水に溶け、こんな川ができたというわけです。」

 

 

 どぉん、どぉんと腹の底に響くような太鼓の音。

 音程の定まらない笛の音。

 そしていくつもの声がまとまって、もはや何を言っているかもわからないような叫び声。

 

 勝鬨だ。戦争に勝って、誰かが喜んでいるのだ。

 

 

 

 「……なぜ俺にこれを見せたんです?」

 

 「私にとって一番の転機だからですよ。この戦争がすべてを変えた。多くの犠牲を生んで、私たちもいろんなものを失いました。しかしこの戦争での勝利が、私たちの行く先を定めたと言っても過言ではありません。」

 

 おそらくはマクバーンもその盟友の中に含まれているのだろう。もしかすると重要な役割についていたかもしれない。

 

 「私たちは、梟雄と呼ばれたその戦士を打ち倒すと約束していました。強大な相手を殺すために力を合わせようと誓ったのです。彼を殺し、平穏を手繰り寄せると心に決めていた。

 この戦争に勝つまで、それこそいろんなことがありました。

 金もなく、武器もなく、同志もいないたった三人の男たちが当時一番強いとされた男を倒すために、いくつもの困難を乗り越えてきた。」

 

 叫び声が止む。

 草木のない山のどこかで勝利を喜び合っていた一団が動き始めたのか、地面をうつ音が入れ替わるように響き始めた。

 

 血の河の流れが段々と緩やかになっていく。

 雲が流れて影が差し、空気が冷めていく。

 

 勝利に浮き立ち、兵士たちの熱気で乾いた荒野が段々と湿っていくようだった。

 

 

 「しかし何も変わらなかった。」

 

 

 頬をつたう水滴。

 雨が、降り始めた。

 

 ぽつりぽつりと空から垂れるような水が、やがて量を増して、ざぁざぁと音を立てる滝になっていく。

 川の水量は増えていくばかり。血の赤と、泥水の茶色が混ざって汚くなった水がものすごい速さで押し流されていった。

 

 

 「何人もの兵士が死んでその家族が泣き、捕虜や奴隷も増えて、民衆は戦争で失った金を取り戻すための課税に苦しみました。結局のところ一つの戦争に勝って一人の男がいなくなっても争いの火種は消えなかった。」

 

 

 雷の音が聞こえる。

 雷電が灰色の雲の中でくすぶり、今にも枯れた大地を叩き割ろうと企んでいる。

 

 軍団の音は雨音にかき消されてしまっていた。

 

 

 「盟友たちは困り果てた。彼さえ殺せばすべてがどうにかなると思っていたのに、どうにもならない。困窮するものは依然として多く、太平はいまだ遠い。」

 

 

 目の前が真っ白に光る。

 女神の怒りを表したかのような轟音が空気を引き裂いて、大地が震えた。

 

 男は天の怒りにも動じず、ただ静かに川を見つめている。

 どこまでも平静を保ち、ただ底知れぬ微笑みを浮かべている。

 

 

 「だから私は、彼らを更なる争いの道に引きずり込んだのです。」

 

 「……どういうことですか?」

 

 「すべてを変えるには国の根底から変えるしかない。そう二人の耳に囁きました。政治を、経済を、今よりよりよい物にするためには改革を起こすしかない。そう私見を伝えれば、彼らはすぐさま剣を取りました。

 

 勿論、他の方法もありました。しかし私はどうしようもなく乱世に毒されてしまっていた。

 もっと二人と一緒に戦争がしたかった。この魂を灰になるまで燃やして、自分の策のすべてを試して、苦しんで、勝って、殺して、最期には剣戟が響き渡る戦場のド真ん中でゴミの様に死にたかった。」

 

 

 微笑む彼の目が開く。

 聡明な印象を与える薄い瞼の奥に、黒と赤の眼球が収まっている。

 虹彩も、瞳孔も、煌々と燃える炎のようだ。薪が燃えて、崩れ落ちるような音すら聞こえてくる錯覚に陥りかける。

 

 この男は、冷たい微笑みの奥で、消えることのない炎を宿していたのだ。

 それを誰にも知られないように、ひたすらに冷たさを装っていたのだ。

 

 

 「……。」

 

 「盟友たちは本当に心優しかった。情に厚く、時に義憤に駆られて悪漢に立ち向かうような、そんな士道の体現者たちでした。大切な誰かのためならば、どんな強大な敵にも立ち向かえる心を持った二人はまるで勇者のように清い心を持っていましたが、多くの争いと薄汚い謀に触れる中で、私の心には邪なものが混じってしまった。

 ひねくれた私は、闘いの中で生まれる刺激的な蜜を愛するようになってしまった。」

 

 「……。」

 

 「ここならばずっと戦っていられる。この二人の傍にいれば、決して長閑で退屈な日々に戻らなくていい。そう確信しました。

 我々に知性ある限り、争いはなくならない。それを知っていた私は虚ろな心を満足させるために、そして義に生きる盟友たちは顔も知らない民衆のために。決して終わることのない闘いの道を、本当の意味で歩き始めたのです。」

 

 

 知性ある限り争いはなくならない。

 それを聞いて、そうなのかもしれないと思った。

 

 なくならない戦争。形を変えて対立する国と国。大きなシステムの不和が生んだ歪みに巻き取られるようにして人々は時代に動かされていく。

 多くの人が平和を望む心とは裏腹に、国家はどこかで戦わなければ均衡が保てないのかもしれない。それが水面下になるか、目に見える形になるか、経済的か、物理的か。ただそれだけの違いなのかもしれない。

 

 だが、今の話を聞いて、思わないことがないでもない。

 

 

 「……それだけ戦い続けて、疲れなかったのか?」

 

 

 人は、ずっと怒っていることはできない。

 ずっと悲しんでいることも、ずっと戦っていることもできない。

 

 どこかで疲れてしまうから、いつかは剣を手放して休まなければならない。

 世の中だって同じで、ずっと戦争ばかりしていれば民衆も軍隊も疲弊して擦り切れてしまう。心から生死の境に立ちたいと願っているこの男の心が満たされ続けるような社会は、きっとどこにもないはずだ。

 

 しかし男は、笑みを一層深くした。

 

 「あなたが思っているよりも、そして私が思っていたよりも、彼らは強かったのです。私たちは勝ち続け、瞬く間にいろんな勢力を吸収していった。

 私の予想を大きく上回る速さで、各地の平定は成し遂げられてしまった。信じられますか?わずか数年で本当に国ができてしまったんですよ?

 民衆が疲れ果てる前に、戦争嫌いの槍使いが嫌になる前に、私が死ぬ前に。

 

 旅人は王になってしまった。彼はまるで物語の英雄の様に尊敬されました。

 民衆が彼を称え、彼を慕う兵士たちが喜びました。面倒見の良く心優しい彼がいれば、将来は安泰だと皆が思ったことでしょう。」

 

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ。それだけ速いスピードで各地を吸収したって……内部での反対とかはなかったのか?」

 

 彼らと同じように強い国を知っている。とある敏腕の宰相が急速に周辺地域を併合することで国力を高めていった黒い渦のような国。呪いに蝕まれて、内部に閉じ込められていたその病を大陸全土にまき散らそうとしていた国を。

 その国は併合した地域の周辺地域の反感を無理やり押し込めていたから、常に爆発寸前の火薬庫みたいだった。いつ導火線に火が点いてしまうのかと誰もが緊張していた。

 

 

 「そう思うでしょう?私も途中からは外部との戦いだけでなく内乱に備えるようになりました。

 平定した地域に内偵を放ち、いつ反乱がおきてもいいように毎晩考えていました。けれどその策は日の目を見なかった。

 

 ―――なぜだと思いますか?」

 

 

 「え……奇跡的に各地で争いがおこらなかった、とか?」

 

 

 「そんなわけがないでしょう。」

 

 

 俺は自信がないながらも答えをひねり出したというのに男は俺のそんな思考をまるごと一蹴した。その声音は、男にしては珍しく苛立っているようだった。

 

 

 「―――存在したのですよ。私の盟友以外にも、よくわからん能力で民衆の混乱を収めようとするような慈悲の化身みたいな馬鹿が……。」

 

 超能力とかオカルトとか、そういうのはあの男でもう十分だったというのに、とぼやく男にとってその存在は本当に予想外だったようで、不必要な力が表情筋に込められて眉間にしわが寄ってしまっている。

 

 

 彼のような人間をも振り回してしまう誰かについて、俺は心当たりがあった。

 

 

 「それってもしかして……」

 

 

 「……ご想像の通りです。私は平定した土地が嫌に静かであることが気になった。内乱の備えでもしているのかと疑いましたがそんなこともない。あり得ないことに、本当に平和だったのです。

 調査してみればその原因がある沿岸地域の洞窟に引きこもっている神官だというのです。その時ばかりは、冗談も程々にしろと思いましたよ……」

 

 「なんでだ?別に不自然なところはないだろう?」

 

 

 戦争ばかりで混乱していた地域で、聖職者が慈善活動をしていたと考えれば、不自然なところはない。彼女も故郷では神官として働いていたと話していた。どこにも矛盾はない。

 

 

 「……もしかして貴方、神を信じてますか?」

 

 「……そう聞くってことは、あんたは信じていないのか?」

 

 「私たちの世界では、宗教というものはほとんど形骸化して久しい概念でした。

 敬虔に神を信じていたのはほんの一握りだけで、他の者たちは困った時にのみ神に祈るというようなスタンスだったわけです。

 信仰なんて古臭い、という者すらいました。」

 

 

 信じられない。

 神を信じない?

 信仰が、世界から失われる?

 

 

 「信じられなくてもそれが事実です。自分の生も、死でさえも自分で切り開く。運命には逆らってなんぼ、みたいな考えが主流だったのです。

 

 その神官も宗教関係者ということで異端視されていたそうですが、的確な助言ばかりするというので周囲からも徐々に信用されるようになったと聞いています。盟友たちはそんな噂を聞いてすぐにその神官を政務官として勢力に引き入れるべく洞窟に赴いたそうです。」

 

 「あんたは知らなかったのか?」

 

 「知っていたら止めていましたよ。視察から戻ったら他の二人はよくわからない洞窟に入り浸っていて、政治についてよくわからない神官から意見をもらっていたものですから……はぁ……。」

 

 男は当時のことを思い起こしているのか重たいため息を吐いた。

 心優しく善意を行動に移す彼女は、平和を退屈だと言い切る男にしてみれば気に食わない存在だったのかもしれない。

 話を聞いているとそれだけではないようにも思えるが。

 

 

 「友人が取られて妬いたのか?」

 

 「………。」

 

 図星のようだ。

 退屈は嫌だ、戦場で死にたい、などと物騒なことを言う割に可愛いところもあるというか、彼の中で二人の友人というのはかけがえのない存在だったということだろうか。

 

 「はは、なんだか安心したよ。」

 

 「……やかましい男ですね。」

 

 「そう言わないでくれ。あんたみたいな人間がさ、戦うこと以外にも楽しさを見出せたならそれっていいことだろう?戦争がなくなっても、楽しくいられるってことじゃないか。」

 

 この男は、自分とは根本から違うのだろうと思っていた。

 戦争を愛し、闘争に生き、自分を死に近付けることで快楽を得るようなそういう男なのだと思っていた。

 けれど友人が自分以外の誰かを頼るようになって嫉妬するだなんて、やっぱり俺たちと変わらない部分もあるということだ。

 

 自分は誰ともわかり合うことができないという顔をしているが案外俗っぽいというか、親しみが持てるというか。

 

 「……ま、そういった考えもあるかもしれませんね。」

 

 「?」

 

 「こちらの話です。せっかくですし、今日はアレの話でもしましょうか。」

 

 

 遠くを見つめていた男が踵を返して、どこかに向かって歩き始める。その後ろをついていくと、俺たちが足を動かすのを待っていたと言わんばかりに雲間から太陽が顔を出した。

 濡れた髪を絞りながら、ぬかるんだ地面を踏みしめる。一歩ずつ荒野を進むと、大きなトンネルが前方に見えた。

 

 大きな黒い虚。

 その中はただ暗い。明かりが一個もないためか、どれくらいの長さなのか、そもそもまっすぐなのか曲がっているのかすらわからない。

 

 荒野とトンネルの境は、まるでそこが天地の境界線とでもいうのか、きっちりと別れていた。荒野は明るく日に照らされているのに、トンネルの中は一切の光がない闇。太陽の光すらも拒絶しているかのようだった。

 

 「この中です。」

 

 空気の流れのない闇の中に、平然と歩み入る男。

 彼が足を進めると、すぐにその姿は暗闇に飲み込まれてしまった。

 

 

 「お、おい!?待ってくれ!」

 

 

 叫んで引き留めても、反応がない。

 声が返ってこない。

 姿もとっくに見えなくなった。

 

 (ああ……くそ……)

 

 こうなったら入るしかない。

 一体この中に何があるのか、それくらい教えてくれてもいいだろう!

 

 ぺらぺらとよく喋るくせに大事なことはちっとも言わないから困る。

 

 

 

 

 ―――ああ、そういう所は、彼女とよく似ているかもしれない。

 

 

 

***

 

 

 

 ああ、遅かったですね。

 迷う場所もなかったでしょう?何か珍しい物でもありましたか?

 

 

 ……え?はぁ、それはすみません。

 何分慣れた場所でしたし、あなたにとっても自分の精神空間なのですから、その気になれば歪めることもできたでしょうに。

 

 その気にならないほど美しい場所であるというのは、確かにそうですけれどね。

 

 

 ―――ここは『神殿』と呼ばれた場所です。

 どんな神を祀っていたのか、どんな宗教の施設であるかは定かでないですが、『神官』と呼ばれ慕われる存在がいたのでそう呼ばれていました。

 

 珊瑚が水の中で白く光を放ち、まるで水そのものが光っているように見えるでしょう。『神官』はいつもここにいたのです。

 この水の中でいつも揺蕩っていました。

 

 ここには『神官』以外にも、いくつか現地民が住んでいました。おそらくは『神官』の補助だったのでしょう。種族も話す言語も違ったので意思疎通を試みたことはありませんでしたが、最初私の友人たちがここを訪れた際には相当暴れたそうです。

 

 現地民には彼らが『神殿』を荒らしに来た盗賊にでも見えたのかもしれません。

 二人とも根はやさしい男でしたが見た目はまるっきりチンピラでしたから無理もないのですけれどね。

 

 二人と現地民がにらみ合う中で、その対立を仲裁したのが『神官』でした。『神官』はいくつもの言語を操り、両者を宥めたそうです。

 

 二人は『神官』に対して政務官にならないかと話を持ちかけました。

 我々三人の中にまともな政治ができる者がいなかったため、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい人材だったのです。現地民からも信頼され、洞窟の中に引きこもっているというのになぜか外の知識を持っている。

 

 怪しくはありましたが、有能でした。

 

 私は二人から手紙で話を聞き、急いで視察を切り上げてその洞窟に向かいました。よくわからないけど有能だから引き入れたい、と急に言われたものですから、当時は慌てたものでした。

 

 

 

 そうして私がこの洞窟の中にたどり着いた時に見たものは、二人の友人の語彙の範囲だとか、私の知識だとか、そう言ったものを軽く超えたものでした。

 

 今ここには『神官』がいないのでうまく説明ができませんが、当時の私からすればそれは『わからないもの』でした。人智を超越した何か。この世の理に沿っているとは到底思えないモノ。

 もはや廃れた神話の中の存在とでも考えた方が納得のいく非現実的な物体。どう見積もっても無機物なそれが『神官』と呼ばれ、まるで生き物のように扱われていた。

 理解の範疇を超えていて、信じたくもありませんでしたが……私が見たものは現実でした。『神官』は無機物だった。生物ですらなかったのです。

 

 

 

 

 信じられないでしょうけど、困ったことに本当の事なのですよ。

 本当に、ただの機械みたいなそれは意志があるかのように喋っていたのです。

 

 

 

 え?信じるんですか?

 ……そういう人を知っている?そっちの世界どうなってるんですか?

 

 まぁ理解が早いのは助かりますが……。

 

 

 とにかく、『神官』には体がなかった。外に出たいという意志があっても動ける状態ではありませんでした。

 誰かの頼みを聞くように設計されていたというのが一番近いでしょうか。民衆を助けるようにプログラムされていた。

 

 

 私は『神官』を道具として、あるいは兵器として活用することを進言しましたが、それは通りませんでした。意志がある以上は生き物であると旅人が言い、体がないならば与えればいいと槍使いが言ったのです。

 

 無茶苦茶だと思いますよね?

 そんなこと、できるはずがないと思いました。

 

 でもできてしまったのです。

 信じられないことに、『神官』の本体を別の機械に接続したらまるで生き物のように動くようになってしまった。国で一番の職人に頼んだとはいえ、あの日は開いた口がふさがりませんでした。

 それこそ動く人形の様になったというべきでしょうか。

 

 機械の体を得たその『神官』は生き物のように仮初の体で政務に励みました。必要な知識を私が教え、生き物としての体の動かし方を槍使いが教え、旅人は外の様子を教えました。

 

 『神官』が持っていた知識は少し歪で、活用しきれていない部分があったのでそのようになったのですが、そんなことをしていたからかすっかり我々懐かれてしまいまして。

 私たちもなんだかんだと『神殿』に入り浸るようになりました。

 

 

 天下を平定するまであと少し。

 あと3つか4つの地域に出征すれば、星の光の届くところすべてが私たちの国になる、という頃でした。

 

 もうすぐ、もうすぐ平和が来る。

 戦争が終わる。

 戦乱の中でぽっかりとした心を持て余していた私もなんだかんだと満足してきて、全てが終わったらこのまま三人で悠々と暮らすのも悪くないかと思うほどでした。

 

 

 ……もともと行き場のない三人でした。

 帰る場所も迎えてくれる家族もありませんでした。

 

 けれど私たちはいくつもの戦いを生き抜いて友情を得た。

 互いの能力を信じあい、困難を乗り越え、不可能と言われたことを成し遂げてきた。

 何を信じればいいかわからない世界で、信じることができる存在を見つけたのです。

 

 信仰を持たない私にとって、二人の盟友は何よりも貴いものでした。

 

 

 兄貴風を吹かせる異能使いの風来坊と、乱世に揉まれてひねくれた私と、顔のいいくせに頭の悪い活発な戦士。

 まるで兄弟のようでした。私は、きっと次世代の誰かに襷を渡すその日を超えても、三人で過ごせると信じて疑っていなかった。

 

 

 子どものように、年の離れた弟妹のように政務官を構って、からかって、笑うのも楽しかった。

 

 この私が。

 三人の覇道を妨げる者は全て薙ぎ倒そうと誰より意気込んでいた私が。

 

 いつの間にか、安息を喜ぶ気持ちすら持ってしまっていたのです。

 滑稽でしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ま、そうやって油断したせいで私はあっさり死んでしまったのですがね!

 

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