原初の火   作:sabisuke

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第四夜 回帰

 

 

 薄暗い洞窟の最奥。

 非現実的にすら見えるぼんやりとした青白い光が満ちる不思議な祭壇で、俺と男は真っ白な珊瑚でできた階段に腰を下ろしていた。

 

 この珊瑚は彼が生きていたころはもう少しいろんな色があったらしい。彼が死んで以降に色の変化があったということか。

 

 アレはよくこうして水に体をつけていたと、そう言って男は豪奢な礼服が濡れることもいとわずに足を水に浸していた。

 

 

 生前の行いを語る中で、男は何度も自身の盟友たちを称賛した。

 いかに彼らが勇敢であったか。

 その声に一体どれだけの兵士が勇気づけられたか。

 彼らの剣と槍が、何度窮地を切り開いてきたか。

 

 男は本当に、二人の友人のことをよく観察していて、そしてそれをすべて覚えているようだった。

 今あの魔人の隣に、お調子者の槍使いと、皮肉屋の策士がいないことが不自然にすら感じられるほど、男が語る友人の姿は現実味を帯びていた。

 

 

 「……後悔しているか?」

 

 「はい?そんなわけないでしょう。私は満足して死にましたよ。生前の予想通り地獄に落とされましたけど、あれだけ人を殺しておいて天国に行く方がおかしいです。

 友人たちのことを振り回して、自分の横にいてもらえるように色々と企んで、ええ。楽しかったです。」

 

 

 男はこう言っては何だが、俺から見れば随分利己的だった。

 しかしこれ以上なく人生を楽しんで、戦場でくじけることもなく、友人を愛してそして満足したまま死んだ。

 男に曰く、何度地獄の業火で焼かれても、彼らとの日々を思い出すとちっとも痛くないのだとか。そこまでまっすぐに友人を思えるなんて、逆にすごいんじゃないかと思う。

 

 

 「申し訳ないとか、思わないのか?」

 

 「二人はあなたほど甘くも優しくもありませんでした。

 嫌いな男のことは嫌いと言いましたし、気に食わないやつは周りから排除していた。私が二人にそうされなかったということは、二人もそれでいいと思っていたということです。」

 

 

 三人は、三人ともがまっすぐだった。

 どこまでも自分が正しいと信じていたし、どこまでも互いを信じていた。

 一片の迷いなく覇道を突き進む彼らは、きっと同じ時代を駆け抜けた人々にとって眩しかっただろう。

 

 

 「死ぬとき、どうだった?」

 

 「死ぬなら戦場がいいとずっと思っていましたけれど、それが間違いだということには気付きました。

 死に場所は二人の傍がいい、というのが実際でしたよ。二人が泣くのか、怒るのか、確かめてから死にたかったとは思いましたけど、すぐに諦めました。」

 

 

 闘争を愛し、友人を慕い、何人もの兵士を巻き込んでまで戦争と革命を企てたという男だが、不思議と憎めないなと思った。

 だって彼は本当に、心の底から友情に生きていたから。この男に手段を選ばない冷酷さはあるが、同朋を傷つけるような非道さはない。

 

 

 「……ドライなんだな。」

 

 「終わったことは終わったことです。過去を必死に漁って理屈や意義を見出そうとするのも、ただ自分を傷つけるだけですよ。自分の過去なんて、誰にとっても見れたものじゃありません。」

 

 

 ゆったりと、男が微笑んでいる。

 

 友人への執着に身を焦がし、待ち受ける破滅を知りながらも闘争の道を選んだ男とは思えないほどに、安らかな微笑みだった。

 その瞳に戦場を見つめていた時の炎はもうない。

 

 

 「盟友たちのことを思うと色々感じずにはいられませんが、私はただあの二人と並び立ちたかっただけなのです。私の死後、故郷がどうなったかは知りませんが、まぁ皆きっとよくやったでしょうよ。故郷はいい国でした。」

 

 

 故郷の虚像を眺めて目を細める彼は、マクバーンのことを、今の彼のことをどう思っているのだろう。

 この男が、いつまでこの場所にいるのかわからない。せめていなくなる前に、聞きたいことだけは聞いておくべきだろうと思った。

 

 

 「王になった旅人は、どんな奴だった?」

 

 「面倒見のいい男でした。気が滅入った者や、親のいない兵士に声をかけずにはいられないような、そういう世話好きのどこにでもいるような気のいい男でしたよ。

 集団を率いる才能はありましたが決して国を治める才能には恵まれてはいませんでした。彼が為政者として優れていた点があるとすれば、故郷を深く愛していたことでしょう。」

 

 

 

 「……もしもの話、なんだが。」

 

 「はい。」

 

 「大事な友人が、記憶喪失になったらどうする?」

 

 

 男はゆっくりと目を閉じて、顔を上に向ける。

 細い首に珊瑚の白い光が当たる。

 幻想的な風景には似合わない禍々しい顔の男が、どこかすがすがしい表情で俺を見た。

 

 

 「そうなってみないと何とも言えませんが…一度は友誼を結んだ相手ですから。様子を見ると思いますよ。しばらく放置して、その男が全く新しい人間として生きることを選んだら、その時はもう一度友人になりに行くでしょうね。

 私として、その別人を好きになれるかどうか、確かめると思います。

 記憶を失う前の男との思い出は墓にでも埋めましょう。」

 

 「……。」

 

 

 男にとっては、記憶を失ったマクバーンという男はあの日に誓いを交わし、数々の戦場を共に過ごした友人ではない。気が合うかもしれない男、くらいの認識なのだろうか。

 マクバーンが、あれだけ必死になって記憶を取り戻そうとしている中で、この男は彼に対して、しかしお前はあの日の友ではないと非情な現実を叩きつけるというのだ。

 

 

 「私たちにとって大切なのは現在という瞬間でした。未来を夢見ることも、過去を懐かしむことも、今この時にしかできない。今日を生きていなければ明日をつかむこともできず、昨日を語ることも許されない。

 ―――もしあなたの知人の中に、過去に囚われて現在を見ようとしない誰かがいるのならば、こう問いかけるといいでしょう。」

 

 

 『あなたは今、どんな未来を描いているのか?』

 

 

 「……参考にするよ。」

 

 「現在に立ち戻りなさい。ただ空想の世界に飛び立つのではなく、思い出を美化するのでもなく、今の自分に何ができるのか。今の自分は何がしたいのか。その二つだけで、人の行く先はおのずと決まるものです。」

 

 

 男はその不可思議な色の瞳で、俺を見透かしている。

 俺の心臓の裏の辺りにほんの少しだけ残る、清い炎の残り滓を、まるでどうしようもないと呆れるかのように見つめている。

 

 彼は何のために俺に過去を語ったのか。

 本当は誰に伝えたいのか。

 

 それは聞くまでもなく明らかなことだった。

 

 

 

 「―――もうそろそろ、私も地獄に戻ろうと思います。空間から追い出さずにいて下さったお礼に、私の生前における最後の思い出をお見せしましょう。」

 

 「戦場か?」

 

 男はゆるりと首を横に振る。そして右手を掲げて、にっこりと笑った。

 

 「ご覧なさい。これこそは、私たちが最も愛し敬う王の誕生の時。そして今もなお私の心に焼き付く栄光の瞬間。

 ああ我が友よ、永遠なれ!戦士の魂は不屈なり!」

 

 

 唐突に立ち上がった異形の男が、爪の長い指をすり合わせる。

 狭い洞窟に、指のなる音が響き渡って、残響が脳髄を揺らす。

 

 ぐらぐら、ぐらぐらと、いつまでも音が響き渡る。

 波に揺れるような感覚。渦にからめとられるような抗い難さ。

 

 ぼやける視界の奥で一人佇む男が、微笑んでいるような、気がした。

 

 

 

***

 

 

 

 雑踏。

 喧噪。

 

 前が見えないほど、足を踏み出せないほどの人混みの中にいる。

 俺はいくつもの質量に囲まれて、ちっとも身動きが取れない。上背は平均以上あるはずなのにこちらの世界ではそもそも平均が違うのかして、周りにいるのは自分よりもはるかに大きな生き物たちだ。

 

 

 (……すごくぶにょぶにょする……)

 

 左にいるのは軟体魔獣か?なんというか多様すぎないか異世界。あの男も言語がいくつかあったと言っていたし、そういう所でも差があったのかもしれない。

 

 (とにかく、落ち着けるところに出よう……)

 

 いくつもの声。

 何かの祭りか、催事なのかして人々(?)は歓声をあげている。息遣いが場の気温を上げて、空が見える野外のはずだというのに、空気がこもっていた。

 

 人垣をかき分け、通じているかわからないような言葉で謝りながらどうにか壁らしきものにたどり着いた。

 煉瓦のような建材でできた壁の上に何人か立っていて、彼らは高所からどこか遠くを見つめているようだった。

 

 (高いが……何とかなるか。)

 

 幸いなことに身軽だ。

 引っ掛かりそうな装備もない。

 建材と建材の隙間に指をかけて、足場を探しながらよじ登っていく。建材の欠片がパラパラと下に落ちる中、ただひたすらに上を目指した。

 

 

 【dro, are/31 minnn ? 】

 

 何だか上の方から聞き取れないような周波数の音が聞こえる。たとえるなら蝙蝠の鳴き声とかそんな感じだ。

 何だろう、と思っていると腕が掴まれてものすごい勢いで引き上げられる。

 

 「うわっ…!」

 

 【vxx? Hit king/mea iortt… 34ji ki !】

 

 どうやら聞こえていたのは何かの言語であったらしい。

 俺の腕を引っ張って、壁の上に引き上げてくれた魔獣のような何か(生き物?だろうか。二足歩行ではある。)が先ほど聞き取れなかった蝙蝠の鳴き声のような音を発している。

 

 「えっと、ありがとう、ございます。」

 

 伝わるはずがないとは思うものの、とりあえず言ってみる。ジェスチャーが同じかどうかもわからないが頭も下げる。

 マクバーンってこんな国を治めてたのか。素直に尊敬する。

 

 【?? Ivv ctyu…】

 

 伝わってないようだ。そんな気はしていた。しかしこの謎の生物にとっては見た目の違う生き物がいることや言語が通じない存在がいることは茶飯事であるらしく、彼(彼女かもしれない)は俺から目をそらしてとある一点を見た。

 

 周りの生き物たちも、じっとそこを見ている。

 舞台のような、見晴らし台のようなその場所に、誰かがやってくるのをじっと待っているようだった。

 

 

 やがて、舞台にほど近いところにいる群衆がわっと沸き立つ。

 その興奮が伝播するように、音の波が広がっていく。

 

 いくつもの言語といろんな高さの声が混ざって、誰が何を言っているのかなんてわからない。ただこの広場にいるすべての生物が、舞台に向かって叫んでいるということだけしか、わからなかった。

 

 しびれるような音。

 ここにいるすべての生物が、その舞台に立つ誰かを待っている。

 そして叫び声で広場のすべてが満たされて、ようやくその人はそこに現れた。

 

 

 ヒト型に近い体。暗い色の手足。威圧感のある甲冑を身に付け、手に杖のようなものを持っている。長い角と大きな手足。頭には植物で編まれた冠。帯のような布を肩にかけている、

 鬣のような毛髪を風になびかせながら、その誰かはゆっくりと舞台に立った。

 

 

 マクバーンだ。

 あの時の姿とは似ているようで少し異なるが、あれはマクバーンだとわかる。

 

 たった今、王が誕生しようとしている。

 民衆の声を一身に浴びて、一人の兵士が王になる。

 

 異能を持つ戦士が、木の杖を掲げた。

 

 そして彼の異能によって、そこに火がともされる。

 

 その炎は突然に、唐突に。何の種火もなくゼロから生まれてきた。

 まるで太陽の熱が地上に落ちてきたかのような奇跡。

 陽炎が揺らめいて、熱が生まれて、それに煽られた群衆が叫ぶ。

 鼓膜を破るほどの音。何を意味しているのか、さっぱり分からないけれど。

 

 

 (あんたは…こんなにたくさんの人に、支えられていたんだな)

 

 

 この幻想のような過去の中で、彼は愛されている。

 嘘か本当かもわからない、あの男の思い出の中であの男は確かに王であり続ける。

 あの軍師にとって、あいつはこんなにも偉大で、輝かしい男だったのか。

 

 松明が一層高く掲げられる。

 言葉はいらない。

 

 繁栄を喜ぶ気持ちと、新たな王を迎える心を共有する生き物たちは、皆喜んでいる。

 熱狂の渦。叫び声。命の熱。

 

 新しい王が象徴的な炎を天に掲げている間、皆が叫んでいた。

 

 

 カリスマすら感じる若い男は、その叫び声を浴びて、一体何を思ったのだろう。

 

 国の成立と滅亡を経て、その男は何を失い、何を得たのだろう。

 

 

 もう、誰にもわからない。

 

 

 

***

 

 

 

 

 狭間。

 

 地獄と世界の間。その空間には何も存在しない。「無」という概念ですら、ありはしない。ひどく曖昧で、ふわついている。ひどく不安にさせられるような、狂ってしまいそうな、そんな空間。

 

 自分は果てしない旅を経て、ようやくこの場所にたどり着いたはずだった。遺してきた友人たちが気になって、彼らがどんな国を作ったのか見たくなって、あらゆる手を尽くしてきた。

 亡霊になってしまってもいいから、一瞬でもいいから、悠久の時とあらゆる苦痛を超越してあの故郷に戻ってやろうと思っていた。

 だというのに、自分は今わざわざ地獄に戻ろうとしている。あの暑苦しい痛みの場所に。罪人の終着点に、わざわざ出向こうとしている。この狭間にたどり着くためだけにどれだけの労力を要したのか忘れたわけではないというのに、私は自分の野望を諦めようとしている。

 

 「……けれど、わかってしまったものはしょうがないですよね」

 

 自分はわかってしまった。

 どこにも自分の居場所などないのだと。強いて言うなれば、地獄が自分の行きつく果てだったのだと、ようやく気付いた。

 

 

 私は死んだ。

 盟友たちを残して、国の行く末を見ないまま。

 戦場でゴミの様に死んだのだ。

 

 もう、生き返れなんてしない。

 もう、戻れない。

 どんな形でも私は彼らと会えない。

 

 その受け入れがたい事実がじわりじわりと空虚な胸に広がって、あれだけ満たされなかった心が瞬く間に苦しくなっていく。

 歪んで、よじれて、どんなに果てのない怒りや欲望さえ呑み込んできたこの私の心を満たすのが、よりにもよって孤独であったとは。

 

 

 あれは自分にとって最後の戦場になるはずだった。

 友らのもとに舞い戻ったならば、新しい時代を目にできるはずだった。

 戦場にしか居場所を見出せなかった私は彼が引き寄せる新しい国で自分がどうなってしまうかがわからなくて、ひたすらに不安に思っていた。

 

 けれどだからこそ私はその国を見ようと心に決めていたのに。

 

 きっと彼らと共になら、それまで見ることすらできなかった何かが得られるだろうからと思っていたのに。

 

 

 「……ああ、どうして私は死んでしまったのでしょう」

 

 後悔なんてない。

 私はあの時代ではあの様にしか生きられなかった。だから思うままに生きた。出来ることはすべてした。あの状況において自分の死はどうやっても避けられないものだった。

 

 わかっている。

 理屈ではわかっているというのに。

 

 

 

 自分はどうしてこんなに、寂しいのだろう。

 

 もうあの時に戻れない。

 

 当たり前の事実が、どうしてこんなに苦しいのだろう。

 

 

 

 

 ああ、地獄の炎が揺らめいている。それは罪ある者の体と心を焼く業火。そして決して消えることのない劫火。異能の焔でもなく、希望の光でもなく。ただ何もない場所において最初に生まれるという、たったそれだけの火。

 

 懐かしいほどの輝きと熱が。

 狂おしいほどに魂を掻きむしる火の粉が。

 

 その腕が私の体をからめとっていく。

 

 

 熱い。痛い。幾たび身を晒しても慣れることのない苦痛が私の存在全てに降りかかってくる。こんなことで罪は消えはしない。私の行いはなくならない。

 けれど誰が定めたのか、私はなぜかこんな炎に焼かれている。

 

 辛い。助けてほしい。

 せめて彼らの声が聞こえたなら。彼らの瞳の輝きを思い出せたなら。

 そんな空想を思い描いてみるものの、地獄の業火は私の記憶さえも焼き払っていく。

 

 もうすぐ思い出せなくなってしまう。

 私の記憶の中で永遠に生きると思っていた彼らの虚像すら、失われて行ってしまう。

 なんという無常。なんていう非情。

 

 

 けれど抗っても結果は変わらない。

 そういう、ものなのだ。

 

 気に入らないことだが、時に自分の手ではどうしようもないことが世界にはあるものだ。

 

 

 「ええ、ええ。生きるとは、そういうことなのでしょう」

 

 

 あの男も。王になってしまった友も、そんな苦難に襲われているのだろう。しょうがないことだ。どうしようもない私たちは、どうしたってそういうものにぶち当たってしまう。

 

 けれど、けれど彼だけは。今を生きることのできる彼にはせめて。

 星の光の導きのあらんことを。未来への意志と明日を拓く叡智からなる命の輝きが、彼にとっての希望となりますように。

 

 

 友の行きついた世界が、せめてそんな光のある場所であればいいと思う。

 

 

 

 

***

 

 

 ニクスさんからの連絡がなくなった。

 大陸東部の辺境地域に向かうと聞いていた以上、それなりに警戒はしていた。護衛と連絡を助けてくれる誰かを同行させるように言いつけていたし、危険な場所にはいかないようにお願いした。

 彼女に同行しているガイウスを経由してロジーヌからリーヴスに状況が伝達できるという体制も整えたのに、連絡そのものが途絶してしまったのだ。

 

 騎士団に問い合わせたりもしたが、『生きてはいる』と返されるばかりで要領を得ない。彼らはおそらく何かをしているが、それを頑なに教えようとしないのだ。

 ニクスさんを平気だと思っているという話もあったし、ガイウスの職場であるとはいえすべてが信頼できる場所というわけでもなさそうだった。

 

 ついに自分では手に負えない範囲のことにまで発展してしまったというべきか、いつかこんな日が来るような気がしていた。

 彼女はとんでもない巻き込まれ体質だが、それでもやはり自分にとっては一般人の中の一人だ。人間でないにせよ命が無いにせよ、守られるべき持たない者なのだ。

 他の一般人に対してそう思うのと同じように、こまっているのなら出来うる限りのことをして手助けをしたいと思っている。

 

 だから正直、こういう時に頼ることのできる相手がいるというのは非常に心強い。

 

 

 

 分厚い青いファイルの、その真ん中のページに挟みこんだ一枚の紙きれ。よく見ると右端にコーヒーの染みがついているそれを、丁寧に取り出した。

 どこかのお節介焼きな魔人が置いて行った、一枚のチケット。まるで彼の将来の歪な真面目さを語るようなその紙に一縷の希望を見出して、俺はマッチの種火を近づけた。

 

 紙が焦げて炭になる匂いが街道に漂う。まるで狼煙のように細い煙が天高くまでのぼり、その小さな紙きれはすぐに燃え尽きてしまった。

 

 街道を舗装する石の上に積もったほんの少しの燃えカスと灰に、一滴の水を垂らす。

 

 ぴちょん

 

 そんな音を立てるほどにまだ熱を持つ灰から煙が上がると、その煙が不思議と赤みを帯びて、陣を描いていく。

 地面に一つ。空中に複数。幾何学的な模様と光があたりに広がって、そして完全に燃え尽きたと思っていた灰から再び炎が溢れ出た。

 

 目の前に熱の壁が生じる。

 赤い光。顔を焦がすような風。息苦しいまでの存在感。

 ただの登場演出にしては派手なそれが落ち着くと、その男が灰を踏みしめていた。

 

 

 

 「なんだ、また燃やすものがあんのか?」

 

 

 ニヒルに笑いながら俺を見据える奇抜な外見の青年。彼は色のついたレンズの奥からまっすぐに俺を見つめている。

 

 その瞳に、あの軍師が思い描いていたような野心の焔はない。

 何かを失ってしまったどこかの誰かの様に、何かを探し求める男の顔をしていた。

 

 

 「―――ああ、手伝ってほしいことがある。」

 

 

 彼は本当は、恐ろしい魔人ではないのかもしれない。

 ゼムリアにとっての災いなんていう大層なものではなくて、誰かと笑いあい、共に困難を乗り越えることを求めたただの人であったのかもしれない。

 

 俺はマクバーンの何かを諦めたような目を見て、そんなことを思った。

 

 

 

 





幕間はこれで終わりとなります。
次回から最終章です。



そういえば執筆するたびに思うのですがレーヴェといいクロウといい、深淵さんは故郷をなくした男性と縁が深いですね。
そういうちょっと擦れた寂しさのある男性が好きなんでしょうか…

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