原初の火   作:sabisuke

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まず、荒れ果てた世界があった。



8 夢

 

 

 

夢を見る。

 

私は夢を見ている。

 

 

 

 

***

 

 

 私はニクスと呼ばれていた。

 肉体に魂と知性を与えられた生命たちから神官としての扱いを受け、私は異能を以て神の言葉を生命たちに伝え、統治を手伝っていた。

 

 信仰を神に、忠誠を王にささげていた。

 民である生命たちは言葉と感情を持ち、時に争いを起こす。王はそれを諫めるために力をふるう。

 そうなってしまうと大地は荒廃してしまう。それを防ぐのが私の仕事だった。

 王の心と民の命とこの国土を暴力以外の方法で守るように定められていた。

 

 

 【xxxciu,nix,濁,wh】

 「荒廃がひどいですか。陛下のご意向は?」

 【nnnmoi,mea,lw】

 「……承知いたしました。」

 

 近年の水質汚濁を発端とする社会問題は深刻であった。

 水が汚れれば植物も、魚も、そしてそれを食べる動物も、健康ではいられなくなる。各地で混乱も生じているようで、早くそれを収束させなければならない。

 できることなら現地に赴いて解決したいが、陛下に神殿での待機を命じられたならそれに従うしかない。各地に遣いを出して神のお言葉を伝えれば精神的な安心を得られるだろうか。

 実際に資源を調達するなどの支援も必要になるだろう。

 

 陛下は空いている時間を使って各地の状況を確かめているらしいが、遣いによれば痛ましい事態が起きている場所もあると聞く。

 神殿でもできる支援があればいいのだが私の異能で根本的に解決できるわけではない。

 一時的に水質を浄化しても原因をどうにかできなければ意味がない。

 何をするにしても詳しい情報が欲しい。やはり現状を自分の目で見て確かめておくべきか……

 

 「私はこれから陛下に巡回の御願いを申し上げます。誰か、紙をここに。

 陛下のお許しが出たときはあなたたちに神殿を任せます。私が陛下へのお手紙を書いている間、準備をしていなさい。」

 【yyiut!】

 

 私は陛下にお手紙を書く。

 薄い青色の紙に、紫色の花から作ったインクで文字を連ねていく。

 民の生活をよりよい物にするために、そして混乱を収める一助となるために神殿を少しの間留守にすることを許してほしいと記した。

 今必要なのは民の不安を解消することだ。清潔な水と安全な食料を運び、この公害に対処する姿勢を見せなくてはいけない。

 各地の視察をなさっていた陛下ならば、きっとご理解下さり、お許しをいただけると思っていた。

 

 

 「なぜですか…なぜお許しいただけないのです…!」

 

 手紙の返事は簡潔な一文だった。『神殿から外に出ることは許可できない』。その手紙には本当にその一文が記されていただけで、陛下がそう仰る理由も、各地の状況も書かれていなかった。

 私は王と民の力になりたいだけなのに、どうして行動に移すことが許されないのだろう。私の力が足りないからだろうか。私の異能が何の役にも立たないものだからだろうか。

 だが私は、無力で無能な私でも何かを救えると思いたかった。たとえどんなにちっぽけな存在でも誰かを助けることができるのだと知りたかった。

 生まれてから気の遠くなるような時間を神殿で過ごし、戦いに赴く王をただ見送り勝利を祈るだけだった私は、誰かを救う栄誉を得たかった。

 戦いのたびに外に赴いて見事平定して見せ、民から賞賛を受ける王を羨ましく思っていたのだろう。自分もあんなふうに万雷の喝采に包まれてみたいなんていう浅ましい自己承認欲求に突き動かされて、私は生まれて初めて陛下の言葉に背いた。

 

 

 

 神殿から西に3日歩いた。

 地図にあるはずの川は枯れ、その地域の植物は毒を有するようになっていた。それを食べた女から生まれる命は、望ましい姿をしていなかった。腕や、眼球が足りない命がそこかしこで生まれ落ちた。

 彼らは他の生命たちから言われない非難を受けた。生まれ落ちたことに何の罪もないはずなのに、呪われた命だと。罪を犯し神から罰を与えられたのだと謗られていた。

 

 私はこれを救うため、女と幼い命に祝福の言葉をかけた。

 全ての命は生命の火と慈愛の水がまじわることによって生まれ落ちたのだ。すべての命は神のいとし子なのだ。

 明日に生きる心を持つあなた方に罪などあるはずもないのだ、と。

 

 しかし女は嘆いた。

 どうして明日に生きようなどと思えるのか。すべての命に謗られ、幼い命を守ることも、育てることもままならない。

 薄闇に紛れて民が襲い来る恐怖を、愛するものがそばを去っていく孤独を、罰と呼ばないならば何と呼べるだろう。

 なぜ神はその寛大な心で罪を許して下さらないのか、どうしてこんな形で私たちを罰するのかと。

 

 私の言葉は届かなかった。

 

 

 

 

 そして北に2日歩いた。

 そこでは泉が濁り、民は病に侵されていた。

 病は流行り病だった。その里ですべての命は病に苦しみ、その皮膚を赤黒く変色させていた。

 民は虫の這い回るようなかゆみに耐えられず、叫びをあげながら体を掻きむしる。

 脆くなった爪がはがれても、手を止めることができないで、痛みにあえいでいた。

 傍にあるものに縋り、迫りくる狂気から逃げようとして、縋った存在が病で変わり果てた姿の家族であることに気付いて悲しみに狂っていった。

 

 私はこれを救うため、民を癒した。

 腫れあがった皮膚に手を当ててこれを冷やし、伸びてくる腕をつかんで笑いかけた。

 今から治して見せる。その苦しみを取り除いて見せると誓った。

 

 しかし民たちは争いを起こした。

 私が病に侵されぬ神官であることを知った民たちは自分の病を治すために私の身柄をめぐって争いを起こした。

 自分と家族を楽にするために、我が我がと相争い、そして弱りはてた体は争いに耐えられなかった。

 争いを止めてもきりがなく、火種となっていた私はすべての家に薬を置いてその里から去った。

 

 私は助ける人々の前から逃げた。

 

 

 

 

 そして東に5日歩いた。

 そこでは海の水が異常に多くなっており、集落が海の下に沈もうとしていた。

 腐り落ちそうな柱に何人もの民が縋りついて、迫りくる水面を恐れていた。

 上へ上へと逃げていこうとする民たちの中には柱に捕まっているほかの民を蹴落とす者がいた。

 

 私はこれを救うため、海の水をどかし、柱から落ちてくる彼らを受け止めようとした。

 空高くから落ちてくる命たちを両の腕で受け止めて、涙を流していた民にはもう恐れるものは何もないと慰めの言葉をかけた。

 

 しかし大地に降り立った彼らは蹴落とした民を糾弾し、行いを正当化しようとするものとの間で戦いが起きた。

 命には優先順位があるというものと、他の存在をいつくしむ心をどんな時も失ってはいけないと叫ぶもの。

 二つの勢力は塩害で荒れ果てた大地の上で昼夜を問わず戦い続けた。

 戦いを止めるために私は二つの勢力の間に大きな氷の壁を作り、互いが傷つけあわないようにした。

 だが今度は同じ勢力の者同士で戦いが起こった。

 

 私は命が命を憎む心を変えられなかった。

 

 

 

 

 最後に南に4日歩いた。

 私はそこで打ち捨てられた幼い命を見つけた。

 命は今にも死に絶えようとしていたが、私はこれを救うため、慈愛と、癒しと、抱擁を与えた。

 孤独と不安に苛まれ、他の命が信じられなくなった幼い存在をただ愛し、抱きしめた。

 何の罪もないのだと、恨まれるべきは私なのだと語り掛け、時にその命が振るう刃を受け入れた。

 生まれて初めて誰かに傷つけられた私は、血を流す痛みを知った。しかし、血を流すよりも目の前の命が希望を失ったまま死んでしまうことの方がつらかった。

 

 私は何度も命を抱きしめ、祝福を歌い、清い水を与えた。

 

 そして私はようやく命を救うことができた。

 百の朝と百一の夜を超えて、その命には健全な精神が宿り清い血が流れた。

 私は本当に喜んだ。幾百もの命を救えなかった私が、ついに一つの命を救うことができたことを喜び、その地でその命を守り続けた。

 

 

 幼い命は美しかった。

 幼い命は時を経て強い心を持つ人に育った。

 他者をいつくしむ心と希望を見出そうとする強い精神は、周りの里に住む命たちの心を惹きつけた。やがてその存在は英雄と呼ばれた。

 彼こそは明日への希望とでもいうべき存在だった。強さと優しさを一つの体に備え、まぶしいほどの輝きを魂に宿す命。私は彼にあるものを託すことにした。

 それは王への文だった。あの日のように、薄い青色の紙に紫色のインクで書いた一通の手紙。

 そこには長らく神殿を留守にしてしまったことへの謝罪と、次代の神官として彼を取り立てるように便宜を図ってほしい旨を記した。

 英雄として人を助ける能力を持つ彼ならば、きっと私よりもよく王を支えることができるだろうと思ったからだった。私は彼に神官の座を譲り、また彼のように荒廃した台地に捨て去られた命を救うための旅に出ようと思った。

 

 文にはあと一つ、結晶の在り処を記した。

 神殿に眠る清い水を集めた結晶。それさえあればもう一度やり直すことができるだろうと思ったからだ。病を治すこともできるし作物を育てることもできる。元々神殿には二つの結晶があったが、一つは私が持ち出して道中で民を救うために清い水を使い果たしてしまっていた。

 

 私はとある春の日、里の者たちと共に彼を送り出した。彼は緊張と使命感で体を強張らせながらも、世界を救って見せると宣言して王のもとへと旅立った。

 

 

 

 そして彼が旅立った後の里に住む命たちは、ささやかな寂しさと彼への期待で浮つきながら星を見上げていた。

 私は彼が旅立った朝に神官としての任を終え、ただの個人としてもう一度民を救うために里を出た。

 

 そうして2日歩いた。

 当てもなく歩き、異能を用いて水を清めて回った。その場しのぎであるとはわかっていても、もう見て見ぬふりなどはできなかった。神官としてのしがらみがなくなり、私は好きなように人に手を差し伸べることが許された。義務感ではなく、本当に命を愛おしく思う心から民を救い、多くの代償を払ってでも水系を浄化して回った。

 水系の浄化によって私の体には水の穢れが移っていった。旅の間一度も病に侵されたことのなかった体をついに流行り病がむしばみ、私の体は醜く変わっていった。

 しかしいつ死んでもよかった。私が愛し、慈しんだ命が英雄として神官を立派に勤め上げてくれるだろうと思うと、私にとって病などなんの苦しいものでもなかった。むしろ彼らの統治の礎となれることを喜ばしく思い、すすんで水の穢れを自分の体に移していった。

 

 

 春の陽気と雷の気配がまじりあう日、疲れた体を泉の傍で休めていた私は、怒り狂う生命たちによる襲撃を受けた。

 彼らはこの災厄の影響でほろんだ里に住んでいたものの集まりで、私が救うことのできなかった命のなれの果てだった。

 私が救えなかった彼らは、心に深い傷を負って、隣人を憎んだ。他の命を傷つけることでしか自らの心を癒せなくなってしまった。そして彼らの憎しみは神官という特権階級にありながら彼らに神の祝福を届けられなかった無能な私に向くことになった。

 それは自然なことだった。彼らは母を失い、家族を失い、神からも見放されたと思っている。すべての命に存在を拒まれ、誰かを争ううちに戻る道を見失ってしまっていた。

 彼らには、受け入れる存在が必要なのだ。

 

 そして私にできる唯一の償いが、彼らの怒りと憎しみを受け入れることだった。

 

 体に移した水の穢れは体を蝕む病となり、私は彼らに祝福の言葉をかけることもできない。祈ることもできない。愛をささやくこともできない。間違いを正すことさえも。

 彼らが怒りと憎しみに任せて私を殴り、嬲り、甚振る間、私はただすべてを彼らにゆだねていた。

 私の脳が揺れた。

 神に与えられた体が暴かれていく。水の中を揺蕩っているような、不思議な感覚だった。

 首に、肩に、足に伸びてくる手は、暴虐に狂っているようでいて寂しさに震えていた。私はただそれらに掌を重ね、肉体同士の熱を分かち合うくらいの事しかできなかった。

 

 彼らは命果てるときまで、私の体に縋りついて、そうしていつの間にか死んだ。

 何十回と私の骨を折り、何千回と私を貫いて、最後は彼らも病で死んだ。

 

 

 私だけが残った。

 さしてきれいでもない泉のほとりで、いくつもの屍に覆いかぶさられて私の視界はもうずっと暗かった。

 朝なのか、夜なのか、雨が降っているのか、晴れているのか。

 

 何もわからなくなって、そして、

 

 ()()の終わりは訪れたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 (夢……)

 

 夢を見た。

 懐かしい夢だ。世界がひび割れてしまうまで、私が何をしていたのかを忘れたことはなかった。意識を取り戻して20年もの時間がたってしまったけれども、時折『忘れるな』とでも言うようにこうして夢の世界を乗っ取るのだ。

 私は、結局何の力にもなれなかった。命を救ってきたつもりだったけれど結局世界の終わりを防ぐことはできなかった。

 

 そしてすべての存在は死に絶えたかと思った。私だけがこうしていろんなものを失いながらも罪を償うための生を与えられたのだと思っていた。

 しかし私だけではなかった。このゼムリアの地には、私が忠誠を誓った王も生まれ落ちていた。

 

 彼はどう思っただろう。

 結局帰らなかった私のことを、世界を救って見せると意気込んで飛び出したくせに結局何もできなかった私のことを、恨んでいるだろうか。

 神殿にいて何を変えられたわけでもないのだが、私は世界が終わるその瞬間に王の傍らにいられなかったことを悔いている。

 結果論ではあるが、あの世界が滅びたことによって王は50年もの間孤独を味わうことになった。陛下には何の罪もないというのに、さすがに過ぎた罰だと思う。

 

 私がおそばにいれば、せめて陛下のご心痛を和らげるために働きかけることも可能だったのではと思わずにはいられない。

 

 私は、本当になんて無力で、どうしようもない存在なのか。

 

 

 (救わなくてはいけない)

 

 心に去来する義務感も、考えてみればおかしなものだ。いったい誰を救うというのだろう。

 陛下だろうか?自分は何もできなかった無力な存在であるというのに?

 死んでいった命はもう救えない。どうやってもあの世界は取り戻せないし、災厄が起こる前には戻れない。

 けれど私はせめてこの命に代えても、許しを請わなくてはいけない。

 

 信仰を捧げた神に祈り、忠誠を捧げた王に跪き、罰をこの身に受けなくてはいけない。

 でなければ、私が生まれ落ちた意味などないのだから。

 

 

 私はいつものように喪服とヴェールを身に付け、ふらりと部屋から外に出た。

 




マクバーンって元から魔物だったんでしょうか?
それとももとは人間でゼムリアに来る時に人外になって、人間と混ざったんでしょうか?

作者は前者だと思ったのでこんなトンデモ世界観で小説を書いています。
マクバーンにとって同郷の出身が一人もいないっていうのは、ちょっと寂しいなと思います。作者は少なくとも実家がある故郷がなくなっちゃうととても悲しいです。知り合いとか、無事でいてほしいと思います。
でもその知り合いはとてもひどい目にあっているかもしれなくて、とってもつらい思いをしたかもしれません。
生きるのがつらいと思うようになってしまった知り合いに「生きてほしい」と言えるかどうか。これは人によって意見の分かれるところでしょう。
例えばエステルは「無理強いしないけど生きてくれると私は嬉しい」と言うでしょうしロイドは「一緒に生きよう」と言ってくれるでしょうしリィンは……よくわからないけど「俺は生きてほしいけど君の選択を尊重する」って言うんでしょうか?

マクバーンはなんて言うでしょうね?何も言わないかもしれない。閃の軌跡Ⅱ幕間で、リィンがマクバーンに「自分のことが分かった気分だ」というとマクバーンは「そりゃよかったというべきか」とお祝いしてくれます。ちょっと複雑な表情で。
だからリィンはⅣで戦った後に「目的が叶うといいな」と激励するんですね。
この二人の関係とても良いと思います。自分が何なのかわからないという共通の悩みを抱え、もしかしたらマクバーンはリィンだったかもしれないし、リィンはマクバーンみたいになっていたかもしれません。

その意味で、マクバーンの軌跡はこれからだと思うんですよね。ゼムリアで50年生きたって言ってますけど、こっからですよ!
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