『紅い蝶ひとひら』―呪われた青年とからかい癖のある幽霊少女の、じれあま怪異事件ミステリ―   作:時雨オオカミ

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其ノ二「噂に潜む幻影と、魂ある分け身の怪異」

 黄昏時の待ち合わせから一時間。

 

 一仕事を終えた俺達は、高校から少し離れた場所にある喫茶店で暫しの休憩を挟んでいた。向かい合わせの席に座り、俺は甘めの紅茶。彼女はメロンソーダを(たしな)みながら仕事の成果を話し合っていた。

 

「一週間くらい地道にやってきたわけだし、首尾は上々。今夜くらいには実行できそうだねぇ」

「町の中だけとはいえ、噂を流すのって大変なんだな」

「それはそうだよ、アタシ達は人心を操れるわけでもなし。興味を惹くように言葉を尽くして言いくるめないといけないからね」

 

 足を椅子の下でぷらぷらと揺らしながら、彼女はメロンソーダのサクランボを指で摘む。それから上品な仕草でゆっくりと持ち上げて……勿体ぶるようにその唇に触れさせて一口で味わうと、酸味が少々強めだったのか、きゅっと目を細めた。

 

「すけべ」

「っ」

 

 紅茶を飲む手を止めて、彼女の仕草をついつい見つめていたのがバレた。羞恥と照れで顔がじんわりと熱くなってくる。そんな俺達を近くに来ていた店員さんが、微笑ましげにしながら通り過ぎていった。

 

 喫茶店に入る際、紅子さんには一度高校の制服に戻ってもらっている。彼女の細い首筋に巻かれた包帯は特殊な術具であり、これがある限り本性である幽霊の状態と、人間として『見える・聞こえる・触れられる』状態になれるのである。傍目からは女子高生と歳上の大学生がデートしているように見えるかもしれない。それが恥ずかしくもあり、嬉しくもあり……。

 

「お兄さん、おさらいしようか」

「おさらい?」

「そう、今回やったことのおさらい。アタシと今回の対象は同じ『怪異』だけれど、違う存在だってことはもう分かっているよね?」

「ああ」

 

 俺達が所属しているのは、人間とそうじゃないモノ……怪異や神が共存することを目指した人外だらけの組織『神妖(しんよう)大同盟』だ。

 昨今、怪異達の存在が忘れられ科学で証明されるようになった世の中ではあるが、その影に理性と知性を持ち合わせた人ではないモノが存在し、そして生きている。紅子さんもその一人。

 同盟の理念は『恐怖や畏怖ではなく、人々に認知されることで生きましょう』というものだ。自ら人間に混じり、現代社会に溶け込みながら己の噂を途切れさせることなく流してその生命を存続させる方法。人間で言い表すならば『菜食主義者』だろうか。

 

 彼ら同盟に所属している怪異、そして人間はネットの掲示板など通して怪異の存続のために噂を流し、そして怪異事件を引き起こす『幻影』を殺す為に情報を収集している。

 

「怪異には三種類あるんだよな。噂の始まりとなる『オリジナルの怪異』、噂の力の渦によって無差別に生まれてくる『幻影の怪異』、そして幻影が生まれてくる際に、怪異の物語と共通点のある死者の魂が取り込まれ、理性と知性を持つようになった『分け身の怪異』だ」

「その通り、アタシはその三番目。こうして――」

 

 紅子さんはハイライトのない紅色の瞳で己の顎の下、包帯に覆われた首筋をなぞる。俺はその包帯の下にぱっくりと裂けた首の傷があることを知っていた。

 

「首を切って死んで、制服が真っ赤に染まったから現代版『赤いちゃんちゃんこ』の『分け身』にされたわけだね。その代わり、怪異になったからあの世には行けなくなったと」

 

 彼女は魂を持つため、理知的だ。しかし魂を持たない『幻影』は違う。噂の塊でできた『幻影』は、噂通りの行動しかしない。いや、できない。人を殺すと噂されるのならば、人を殺すのだ。そんな『幻影』を潰すのが俺達の仕事であった。

 

『幻影』はちゃんと殺せば消滅する。ただし、噂の力が一定以上溜まってオリジナルの怪異から溢れ出たとき、またどこかで『幻影』は生まれる。正直いたちごっこのようなものだが、町の平和のためには必要なことだ。

 

「今回のお仕事は?」

「足売り婆さんの幻影を退治することだな。そのために一週間掲示板で書き込みしたり、人通りの多い場所で噂話の体で紅子さんと会話したりしたわけだ」

 

 足売り婆さん。

 読んで字の如く。黄昏時から夜にかけて現れては「足はいらんかえ?」と尋ねてくる風呂敷を背負った婆さんの怪異だ。問答に対して「いる」と答えれば風呂敷の中から取り出した足を無理矢理体にくっつけてきて、三本足にされてしまう。「いらない」と答えれば、足を無理矢理引き抜かれて殺されてしまう。

 こいつの通常の対処法は、 「自分は分からないが誰々が足をほしがっているらしい」 と自分以外の誰かに押し付けるものだ。たらい回しの連鎖は、被害者が出るまで止まることはない。

 

「なあ、紅子さ」

「しっ」

「……」

 

 紅子さんのジェスチャーに黙り込む。耳を澄ませれば、近くで帰り道に寄ったのだろう女性達の噂話が聞こえてきた。

 

 ――ねえ、知ってる? 例の足売り婆さんの解決法。

 ――知ってるわ。誰かを生贄にすればいいんでしょう? 

 ―― それがね、誰も知り合いを生贄にしなくて済む方法があるんだって。それはね……こう言うんだって。私はいらないけれど……。

 

『赤いちゃんちゃんこの紅子さんが欲しいと言っていました』

 

 ――なにそれ? 

 ――この町の学校の七不思議。目には目を歯には歯を。おばけにはおばけをぶつけるのが一番なんだって。

 

 唇に人差し指を当てていた紅子さんが手を下ろす。

 その口元はにんまりと笑みに歪んでいた。俺達が頑張って流した噂の成果が出ているのだ。苦労が報われて嬉しくないわけがない。

 

「噂の出来は上々かな」

 

 楽しそうに紅子さんが言う。

 足売り婆さんは夜、この町の中にランダムに現れる。そもそもこの怪異は人を襲うときにのみ姿を現すのだ。目撃情報があってから、誰かが襲われてから動くのでは遅い。

 

 ならば、そう――あちらから出向いて貰えばいいのだ。

 

 一人、囮役となった紅子さんが立ち上がる。

 

「そろそろ行こうか」

「暇も潰せたし、成果も確認できた。今夜には来るんだよな?」

「掲示板に上がっていた時刻や目撃情報、噂の広がりかたを加味しても今夜かな……まあ、予想が合っていたならということになるけれど」

 

 俺も立ち上がり、自然と手を差し出すが彼女は俺の手を見つめてぱしんと叩いた。彼女を見れば、その表情は悪戯気に歪んでいる。

 

「お触り禁止かな。手を繋ぐ行為は、有料コンテンツだよ?」

「それは悪かった。そのうち課金しないとな」

 

 笑いながら諦めて首を振る。そして、俺の言葉に顔を赤くした彼女と共にそれぞれ喫茶店の代金を払うと、外に出て人気のない公園へと向かった。

 

 さて、仕事の最後の仕上げに取り掛かるとしよう。

 そのあとに、彼女を食事にでも誘えばいいのだから。




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