『紅い蝶ひとひら』―呪われた青年とからかい癖のある幽霊少女の、じれあま怪異事件ミステリ― 作:時雨オオカミ
夕焼けのオレンジ色が深い深い藍色に覆われていく頃、俺達は人気のない寂しい公園へと着いた。平日の夜、普段ならばギターのひとつでも路上で弾いて練習している人がいたりするが、最近の『足売り婆さん』の噂のせいか、誰もいない。
たったひとつの噂ではあるが、目撃報告が相次ぎなにも知らない民間人などに被害が出かけているらしく、気にせずに出歩く現実主義者も本物の不審者にでも出くわしたら……と夜の間に公園に来るのは自粛する動きがあるようだ。それでも出歩く若者というものが普通はいるのだが、それすらいない。明らかな異様な雰囲気。
だが、本来ならばこの噂は気にしなくてもいいものなのだ。
「……来たよ」
なぜなら。
「ああ」
『足売り婆さん』という怪異は、ターゲットの前にしか現れないのだから。
公園の木々がざわめき、春にしては冷たい風がびゅうびゅうと吹き付ける。藍色になりかけだった空は不気味な緋色へと変わり、明らかにこの場が普通ではなく、異常へと変質してしまったことが分かった。
紅子さんの視線がつい、と動く。それにつられて俺は『そいつ』がいるのであろう場所を見つめて、俺は紅子さんに「どうする?」と尋ねた。
「お兄さん、見える?」
そう、こいつは。
「……見えない」
「だろうね」
「でも、お兄さんなら、なんとかなるんでしょう?」
上目で俺を見つめてくる彼女。どこか頬を染めて、試すように艶やかに笑う彼女にしっかりと頷いた。吸い込まれていきそうな紅色の瞳を直視できずに顔を逸らしながら、「俺なら、大丈夫だ」と返して頬をかく。
そんな俺の様子にくすくすと笑った紅子さんが鋭い視線で、再び前方を睨み始めた。彼女が警戒してくれているうちに、こちらも準備を済ませなければ。俺は、手探りに鞄の口を開けて、中で眠っていた小さな小さな赤い影に声をかけた。
「リン」
「きゅい」
可愛らしく返事をした影――手のひらサイズの赤いドラゴンがふわりと浮かび上がる。俺がリンと名付けたそのドラゴンを手のひらで包み込めば、その姿が薔薇色の炎に包まれるようにして一振りの
薔薇色の刀身に浮かび上がる鱗の模様。
――俺は、とある呪いをこの身に受けている。
そして、俺が呪いを受けたあの日から、ずっと相棒として過ごしてきたのがこの刀剣『赤竜刀』だった。
それから、自分自身に言い聞かせるように両手で刀を構え、なにも見えない虚空を睨みながら彼女に宣言する。
「無謀だろうと、それを斬るのが俺の仕事だ。そうだろ?」
「ああ、そうだよ。よろしくね、令一さん」
そうして、俺達は地を蹴った。