こんだけチート選べたらガチの異世界だと思うじゃん!? 作:哀しみの向こうにあった謎の隕石
やってきたぞと言わんばかりの強気な春の風が頬を撫でる。
カン、カン、カン、と少しばかりいつもよりも広く感じる階段を一段ずつ降りて道路まで歩き、色褪せたアスファルトを踏みしめた。
視界に広がるのはいつもの見慣れた景色。
だけれど何故か、低い視点から見るその住宅街は、いつもと違って広く感じた。
電信柱に取り付けられた標識の角度が、上から眺めていた植木の葉っぱの裏側が、自分が持つ印象に確かな違いを生じさせる。
「元気よし、気合よし」
靴ひもは意味を成さず、服の裾は余っていて、それでも心持ちだけはと気を引き締めて、意気揚々と外を歩く。
一歩、また一歩。
住宅街を歩く中で、ふと綺麗な花が目に入った。
沢山の黄色いおしべを大きな赤い花弁で包んだ大輪の花である。
ちょうど今が開花時期だったのか、花壇には同じく赤い花が多く咲いている。
近づいてみると、なんだかいい香りがした。
その前に立って匂いを嗅いでみると、春の訪れに改めて気づき直したような気分になる。
こうして小さくなる前ならば、花の存在に気が付くことさえなかったかもしれない。
そう思うとなんだか得をしたようにも感じられた。
「っと、とりあえず服を買わなきゃだな。
ちょっと名残惜しいような気もするけど、そろそろ行くか」
行き先を思い出して身体の向きを変えて、再び歩き出す。
目的は服を買うこと。散歩ではないのだ。
こういった寄り道は、まあ、服を買って着替えた後にすることに決める。
そうして歩いてゆくと、よく通る国道に出た。
片側二車線、両側四車線の太い道で、この道を辿った先に衣類を販売するチェーン店があるのだ。
時刻は昼下がりで、人通りは少ない。
誰もいなくなった世界の中で自分一人が取り残されてしまったような、そんな空想をしてみたりしながら歩道を歩く。
目印の公園が見えたので、横断歩道を渡って道の反対側へと移ることにする。
信号が変わるのを待ちながら向こうの道を眺めている最中にふと、悪戯っぽい想像が頭に浮かんだ。
新しく取り付けられた信号機のLEDの色が緑に切り替わる。
手に取ったのは道路脇の電信柱に備え付けられた黄色い旗。
自分が小学生の頃にはすでに使っていなかったが、時代に取り残されたようにポツンと残っている。
初めて手に取るその旗を高く掲げながら大きな歩幅で横断歩道を渡り始めた。
「結構恥ずかしいな、これ」
視界に入る範囲では誰も見ていないし、今はちょうど車も待っていない。
しかしというか、精神年齢で言えばもうすぐ成人に達する自分がそれをやるとなると、何とも言えない恥ずかしさがあった。
小走りで信号を渡り切って横断旗を筒に戻す。
思わず口角が上がってしまう。
こんな感覚は久しく感じていなかったから、これもまた自分が変わってしまったことの証拠と言えるのかもしれない。
子供の頃はいつだって、大して意味の無いことをやってはその度にクスクスと笑って、誰かに怒られたり微笑ましく見られたりしていたものだ。
いつからだっただろうか、そんなことをしなくなったのは。
美化されているとはいえ、小学生の頃はまだこうして巫山戯ていた気がする。
中学に上ってからも、少々気恥ずかしく思うところはあったけれども、やらなくなった訳ではなかった。
となるとやはり、高校に上がってからだろうか。
やっぱり歳は取りたくないものだな、なんていう独り言が若々しい声色で以って口の端から溢れる。
チリンチリン。
自転車に付いているようなベルの音が響く。
音が聴こえた方に目を向けてみると、カッチリした制服に身を包んだお巡りさんが此方に向かってやってきていた。
「ちょっと、そこの君!」
一瞬にして頭の回転が早まる。
何かやってしまったのか、それとも他に理由があるのか。
ばつが悪いときはいつもこうだ。
あれが良くなかったのか、これが悪かったのか、などと妙に頭が回るようになるのだ。
勝手に旗を使ってしまったのが理由なのかも知れない。
一瞬そう思ったが、直ぐに頭から振り払う。
そして、見通しの良い幹線道路を離れるべく住宅が立ち並ぶ細い私道へと駆け込んだ。
「あ、ちょっ!?」
後ろの方から声が聞こえて、それと同時に自転車のチェーンが擦れる音が響いた。
幾つかの
「はー、はー、ふぅ……」
子供のやることだから、なんていう言葉はやった子供の側が言うことではないが、小学生が路端に設置してある横断旗をちょっと勝手に使った程度で目くじら立てるような大人はそう居ない。
今の社会でそれほど他人に注意を払っている人は少ないだろうから。
どうしてだろうと考えて、自分の外観が少々変な状態であることに気付いた。
大きさの合わない大人用の服を着た、ぼさぼさの髪の幼い少女。
髪型は寝癖のせいだが、少なくとも身嗜みに気を遣っているようには見えないので、何かしらの事情で放置せざるを得なかったと考えてもまあ仕方がない。
もしかすると、
改めて、衣服の重要性を再確認させられた。
応急措置として、髪を手櫛で梳かすことにする。
「あれ? なんか妙に……ってめっさ長いな!?」
ただでさえ男のときよりも長い髪が、何故か更に長く伸びていることに気付いた。
髪のことを一切気にせずに短髪のときと同じ感覚で寝てしまったせいで変な風に絡まっている部分を、少しずつ丁寧に手櫛で梳かしていく。
頭皮に近い部分はそのままで、中程からだけが絡んでいるので少し不思議な感覚だ。
「あれのせいか……?」
起きてから一気に髪が伸びたような寝癖のつき方で、出発する前に使った新陳代謝活性化のことを思い出した。
意識していなかった足の爪まで伸びたのだから、髪が伸びても不思議はない。
「……また今度考えよう」
髪も梳かし終わったところだ。
所々撥ねてはいるが、単なるずぼらと言い張れる程度にはなったと思う。
複雑な道をなるべく真っ直ぐに進んで、知っている道路まで辿り着くことが出来た。
いつの間にやらお馴染みのチェーン店の近くまで来ていたので、そのまま自動ドアのスイッチを押して中に入った。
自分の体格に合った服を求めて子供服のエリアに行った。
いつもよく着る服とは違ってキャラクター物が多く並んでいた。
服を選んでいる間に特筆するほどのことは無かったので、結論から言うと、サイズの合った無地のTシャツ数枚と、適度な厚さの長ズボン数本と、最後に上着としてちょっと大きめの無地のパーカーを購入した。
いずれも男の子向けの黒っぽい色の服で、全部着ると何処となく地味に見えた。
せっかく理想的な美少女になったのだから、少しくらいお洒落をしてもいいのかも知れないが、その楽しみは後に取っておくことにした。
センスにはそれほど自信がないので、そのうち可愛い物好きな友人に頼んで見立てて貰おうと思う。
今はひとまず目立たないことが優先だ。
頭からフードを被るようにパーカーを着て髪ごとだぼだぼのスウェットを隠すと、絶妙にダサい感じはあるがそこらに居てもおかしく無いくらいには纏まった。
「よし、こんなもんか……」
肩を回したりしてみると多少の違和感はあるが、普通に歩く分にはそれほど支障は無さそうだった。
服が詰まったビニール袋を両手に提げて、バランスをとりつつ帰っていった。
重かったので、途中からは身体強化を使って負担を軽減した。