こんだけチート選べたらガチの異世界だと思うじゃん!? 作:哀しみの向こうにあった謎の隕石
ピピピピピ……ピピピピピ……。
ぺしっ。
スマホに設定されたシンプルなアラームを、細い指先で小さく弾いて止める。
白いカーテン越しに差し込む柔らかな朝の光に、小さく目を擦って小さく息を吐く。
大きく伸びをすると、凝り固まっていた筋肉が解けて、じんわりと血液が循環し始めるような感覚がした。
一瞬だけ視界が白く染まり、戻る。
「んんっ……ふぅ。
久しぶりに良く眠れた気がするな」
あれから一週間が経った。
最初の方は冷蔵庫の食材で部屋の中に引き篭もって、それらが尽きてからはフードを目深に被って近所のスーパーに行ったりしてみた。
誰かに顔を見られることを警戒しながらこそこそと買い物をしたりしていたのだが、なんというか、ずっと気を張り詰めていたので異様に疲れてしまった。
昨日で春休みは終わり、今日からはまたいつものキャンパスライフが始まる。
一週間の内に身体の力を抜くことの大切さを学んだので、今日からはあまりフードを被らないことにした。
開き直った、とも言えるだろうか。
お陰で心の中の雑多な感情がすっきりして、すんなりと眠りに就けた気がする。
たっぷり睡眠をとったためにいつもより二割増しで心が晴れやかで、まるで真夏の空の色を眺めているような気分であった。
髪を適当に手櫛で梳かして、寝るとき用に使っている以前の部屋着を、チェーン店で買った子供服一式に着替えてパーカーを羽織る。
あとは財布と鍵をポケットに放り込めば、出発の準備は完了だ。
堂々と電車に乗って駅を二つ過ぎれば、大学はもうすぐそこである。
臆することなく門の中へと足を踏み入れて、一限目の教室がある棟へとキャンパスの中を歩いてゆく。
授業のある教室の前まで着き、少し重めの扉を押して中に入る。
授業が始まるまで暫くあったためか、広い教室に来ていた生徒の数はまだ少し疎らだった。
適当な位置の机に座ってノートを広げる。
授業が始まるまでの時間は、前もってスマホにダウンロードしておいた電子書籍を読んで過ごした。
そうして約一時間後、意外にも誰かに怪しまれることなく授業を終えることができた。
少しだけ緊張しながらも回ってきた出席表に記入して席をたつ。
偽名を使っているような感覚に少しの罪悪感を覚えつつも、同じように二、三時限目も無事に終えることが出来た。
続く四時限目の教室に入ると、昨年度が終わってから数週間振りに会うことになる友人の姿が目に入った。
「よっ!
久しぶりだな」
肩まで伸ばした髪を茶色く染めた友人の肩を、ぽんと叩いて隣の席に座る。
すると友人は、肩を一瞬ビクンと跳ね上がらせてからこちらを振り向いた。
「え、えと、どちら様でしょうか!?
わた、私にこんなちっちゃくて可愛い子の知り合いは……。
ってこの子めっちゃ可愛い!
え、待って待って待って、ほんとにこの子誰なの?! 私の友達なの? え、お持ち帰りしちゃっても良い感じ?」
「やめれ!」
ちょうど手に持っていたノートの面ではたくと、彼女の暴走は止まった。
今度はこちらに向き直って、ペコリと頭を下げる。
「えと、辻野和香と申します。
どちら様だったでしょうか……?」
「あー……」
和香にそう問われて、ぽりぽりと頭を掻いた。
ちなみに彼女、辻野和香は十年来の友人であり、漫画やアニメなどの娯楽媒体をこよなく愛する生粋の趣味人だ。
最近ではコスプレにも手を出して、自分で製作したキャラクターのコスチュームを着たりもしているらしい。
「鈴木拓也、今の名前は鈴木ひなただ。
ちゃんとわかるか……?」
「ちょっと待って……。
え、鈴木君なの?」
「ああ」
「本当に?
本当にそうなの?」
財布から二枚の免許証を取り出して和香に見せた。
住所、登録日時、何故か番号の記載までが全く同じ二枚をまじまじとした目で見比べて、和香は顔を上げた。
「私の誕生日は?」
「5月5日」
子どもの日、ゴールデンウィークの最中だ。
みんな休みだから学校で祝ってくれる人が少ない、なんてぼやいていたことがあったのを憶えている。
「好きなドーナツのタイプは?」
「王道のもっちり生地なアレ」
溶かした砂糖が掛かっているものが好きらしい。
とあるドーナツ屋の看板メニューである。
「私が中学生のときに書こうとしたラノベのタイトル!」
「混沌なる深淵に眠りし漆黒の……」
「あ、待ってもうわかったからこれ以上はやめて!」
どうやら何とか信じてもらうことが出来たようだった。
中学生の頃の記憶が蘇ってしまったのか、和香は頬を赤く染めて少し悶えているようにも見えた。
そんなになるなら言わなければ良いのに、と思わないでもないが、こういうタイミングでつい口に出してしまうのは仕方のないことでもあるのだろう。
心の中でそっと手を合わせた。
「ああほら、授業もあるからこの続きはまた後でね。
取り敢えず席に着いちゃおうよ」
「だな」
そうして四時限目、午前中最後の授業を終えて、二人でカフェテリアに入った。
本日の日替わりランチ、和風ハンバーグを主菜としたメニューが乗ったトレーを持って席に着く。
「それで、あなた鈴木君なんだって?
それ本当なの?」
「混沌なる……」
「ああそうだった、少なくとも記憶の部分は鈴木君なのよね。
それじゃあどうしてそんな身体になったのか、っていう部分について教えて貰える?」
和香は大根おろしの載ったハンバーグを口の中に一欠片放り込んで続けた。
こちらも負けずと白米を掻き込み、迫真の口調でその問いに応えんとした。
「ひつふぁはは、ひふいははいひぇ……」
「ストップよ。そのご飯を呑み込んでから話して」
ご飯粒が甘くなるまでしっかりと咀嚼して、ゴクリと喉の奥に流し込む。
口直しに樹脂製のコップから冷たい水を飲んだ。
「ぷはぁっ……!
実はな、気付いたらラノベのプロローグみたいな部屋に居たから、そこでこの身体を作ったんだ。
色々と特殊な能力もつけれたぞ!」
ふふん、なんて吹き出しが付きそうな格好をして、和香のコップを少しだけ浮かせて見せる。
和香は浮いたコップを掴み取って、こちらの頭をぺしりと叩いた。
「あなたアホなの!?
こんなところで超能力使ったら不味いでしょ!」
「うぅ……」
少し焦ったような小声で和香から叱られた。
解せない顔をして、上目遣いで彼女を睨みつける。
「あっ、ごめんね。痛くなかった?!
ってそうじゃなくて!」
「ああ。確かにちょっと軽率だった。
すまん」
赤く染まった大根らしき漬け物を齧りる。
和香は小さく溜息を吐いて、椅子の背もたれに身体を預けて脱力した。
「そっかー……。
まさか春休みが過ぎてる間に友達がこんな幼女になってるとは思わなかったわ……。
ああもう衝撃的過ぎて首がフクロウみたいに一回転しちゃいそう!」
「人間の首はそんなに回らないし、フクロウも360度は回らないな」
「それだけ驚いてるってこと!」
和香は手のひらを顔の横で襟巻きトカゲのように広げて見せた。
わっ、わっ、なんて言って脅かすような真似をしてくる。
それから味噌汁をひとくち飲んで、姿勢を正した。
そっと耳元に小声で話しかけてくる。
「それで、こう何というか、色々大丈夫なの?」
「一応、この先のことは何とかするつもりだ」
「けどほら、女性じゃなきゃ分からないこともあるかもでしょ?」
「……。
そのときは頼んでもいいか?」
元は男である自分がこんなことを頼むのもどうかとは思うが、他に頼める人も思い浮かばない。
もしものときは、と和香に頼むことにした。
和香は小さく頷いて、右手でサムズアップした。
返答の意味で、こちらも親指を立てる。
「うん、わかった。
それと、今度一緒にちゃんとした服を買いに行くよ。
私が見立ててあげる!」
「ありがとう、空いてる日付連絡しとく。
それじゃあまた明日な」
ランチも食べ終えたので、トレーを片付けてカフェテリアを後にする。
和香とは手を振って別れた。
その後、五時限目の教室で再会した。