ダンジョンで受け継がれる絆と出会うのは間違っているだろうか   作:逢奇流

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c-猛れクラネル

『………?』

 

 変身した瞬間、ベルは違和感を覚えた。

 ウルトラマンになるたびにあった全能感。それが、今回は少ない。

 それどころか巨大な体がズシリと重くなっている気がする。

 誤差と言えばそれまでだが……

 

「オオォォォーーーーン‼」

 

 怪獣の威嚇に意識を切り替える。

 今、戦闘に支障が出るほどの違和感ではない。

 まずは、戦いに集中しなくては。

 

 ホロボロスに特殊な能力はない。しかし、それはこの怪獣が御しやすいことを意味しない。

 小細工は不要。

 百獣の王のように力強く、しなやかな四肢は単純に強い。

 

『速い!』

 

 ウルトラマン(ベル)は怪獣の俊敏さに【英雄願望(スキル)】の使用は困難であると悟らされる。

 呑気に蓄力(チャージ)していたらその隙にその爪で八つ裂きだ。

 『パーティクル・フェザー』で狙い撃つがビクともしない。とんでもない耐久もあるようだ。

 着弾した部分から煙を登らせながら、ホロボロスはウルトラマンに組みかかる。

 

「ヌッ…グウウウ……‼」

 

 怪力を何とか振り払うが、ホロボロスはウルトラマンが強引に腕を払った隙を利用し、反転。

 後ろ足による蹴りを炸裂させる。

 低い位置から放たれた攻撃は抉るようにウルトラマンの脇腹に深々と刺さった。

 

 技巧など感じない、能力(ポテンシャル)任せの攻撃。

 圧倒的な力で相手を捻り潰す戦い方は、この世界のモンスターのようだ。

 

『だったら空中から仕掛ける!』

 

 戦いにおいて、相手を自分に有利なフィールドに引き込むのが常道。

 ホロボロスの遠距離攻撃は飛ぶ斬撃のみ。

 それは脅威だが、それさえ気を付ければホロボロスの対空能力は決して高くないだろう。

 先のぺダニウムゼットン戦で、攻撃を3分間躱し続けた経験を生かせる場面だ。

 そう判断したウルトラマンが空高く飛行した瞬間、命が叫んだ。

 

「っ!?後ろです!ベル殿!!」

 

 反射的に回避行動を取るが、僅かに足に熱が走る。

 後ろから迫っていたのは禍々しい光線だった。

 ウルトラマンは体勢を立て直し、下手人を確認する。

 そこには蛇の様な見た目をした怪獣が、口から単眼を覗かせてこちらを嘲笑うように両肩の触手を揺らしていた。

 

「ふざけろ……新しい怪獣だと!?」

 

 ヴェルフがライガーファングの牙を回避しつつ悪態をつく。

 いち早く怪獣の出現に気が付いた命は見ていた。

 空間に突如亀裂が走り、中から怪獣が現れた瞬間を。

 

(まさか、何者かに送り込まれた……?)

 

「ベル様!?」

 

「ウ、グアアァァァァ……」

 

 その時、リリが悲鳴じみた声でベルの名を叫んだ。

 上空の光の巨人が苦し気な声を出す。

 光線をかすめたウルトラマンの右足は、ビキビキと音を立てて石化し始めていた。

 

「まさか、あの光線の能力は……」

 

 命の呟きに応えるように怪獣は冒険者たちに向けて、醜悪な眼を向けた。

 虹彩にエネルギーが充填されていく。

 

「避けろおおぉぉ!!!!!」

 

 ヴェルフの声にパーティーは咄嗟に岩陰に隠れる。

 しかし、人語を解さないモンスターたちは反応が間に合わず、光線を真っ向から受けてしまう。

 絶叫を上げていたモンスターは、ビキビキという音とともにその体を変化させられ、微動だにしない石像になった。

 ガーゴルゴン

 あらゆる怪獣の中でも桁外れな石化光線を持つ魔獣は嗜虐に目を細め、石像たちを踏み潰した。

 

 

 

 

(出鱈目だ……こんなものどうしたら……)

 

 理不尽な怪獣の能力に命はポキリ、と心が折れる音を聞いた。

 仲間たちも顔を蒼白にして、岩陰から動けないでいる。

 怪獣が二体、うち一体は撃たれれば敗北確定の石化光線を有する。

 石化を防ぐには光線を回避し続けなければならない。しかし、人間にとってその光線は極太でそう何回も回避できる代物ではない。頼みのウルトラマンもよりによって足を封じられた以上敗北は時間の問題だ。

 詰みだ。もう勝機が見えない。

 たった一体怪獣が現れただけで、現実が淡々と可能性を摘み取ってしまった。

 

(申し訳ありません。タケミカヅチ様……皆さん……)

 

 もう地上に戻ることはできないと覚悟した命は、同郷の【タケミカヅチ・ファミリア】の仲間たちに詫びた。帰れなくて申し訳ないと。  

 春姫も、ヴェルフも、リリも、最期の瞬間を待って走馬灯を見ているのだろうか。

 いずれにせよ自分たちは終わる。怪獣が少し岩を回り込めば、そうでなくとも岩ごと踏み潰せば、脆弱な人間は原型も残さず息絶えるだろう。

 

 ……なのに、何故自分たちはまだ死んでない? 何故、モンスターたちがいなくなっても戦いの音が鳴らない? 

 凍ってしまいそうなくらいに、熱を失った体に鞭打って岩陰から顔を恐る恐る出す。

 そこでは変わらず殺意をまき散らす怪獣たちと

 

「シェア!!」

 

 片足が石化してなお戦い続けるウルトラマンの姿があった。

 ホロボロスの牙を『アームドネクサス』で防ぎ、絡みつくガーゴルゴンの触手を左手で懸命に引き剥がそうともがく。

 傷は増えていく。

 牙を防いでも爪がウルトラマンの鳩尾に深々と刺さり、触手から流れる青白い稲妻が体を焼く。

 状況は相変わらず絶望的、爪が突き刺さった鳩尾からサラサラと流血のように光が零れた。

 

「グアアアッッ……ウ、オオオオオォォォォォォ!!!!!」

 

 それでも彼の輝きは力強く、握った拳で懸命に触手を殴りつけた。

 何度も、何度も、力を振り絞って拳を振るい、雄たけびを上げ続ける。

 

『【ファイアボルト】‼』

 

 炎が冒険者たちを照らす。

 【ファイアボルト】によって視界を封じられたガーゴルゴンが絶叫を上げる。

 そんな怪獣に構わず、ウルトラマンは左腕の『アームドネクサス』で触手を切り裂く。

 一瞬の早業。それが産んだチャンスをウルトラマン(ベル)は見逃さない。

 自由になった左腕で(たてがみ)を掴み、上体の捻りだけでホロボロスを空中に放り投げる。

 

『ジュネッスホイップ』

 

 投げ飛ばされたホロボロスが悶絶する中、ウルトラマンは振り向きざまに肘内を繰り出す。

 

『ジュネッスエルボー』

 

 息を切らすように肩を揺らすウルトラマンのコアゲージが鳴り響く。

 それは、適合者(デュナミスト)の限界を告げるもの。

 適合者(デュナミスト)が諦めず、限界以上に戦っている何よりの証。

 少年の命がけの抵抗を伝える音色(ねいろ)は、仲間たちの心に再び火をつけた。

 

 その滑稽ともいえる無様な足掻きが命の心を掻き乱す。

 死を受け入れ始めていた体が諦めたくないと叫ぶ。

 リリが岩を支えに立ち上がる。ヴェルフが精一杯口元に弧を描く。春姫がその瞳に光を宿す。

 

「っっ! あああああああぁぁぁあぁぁ!!!!」

 

 次々と立ち上がる仲間たちに遅れは取れないと、命は強く大地を叩き、弱腰な己と決別した。

 

 

 

 

 

「【()けまくも(かしこ)きいかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ】」

 

 命は詠唱を開始する。

 春姫はすでに詠唱を完了させて指揮官(リリ)の合図を待っている。

 怪獣とウルトラマンという規格外同士の戦いで、自分たちにできることは少ない。

 致命打になりえない攻撃で、ほんの僅かな隙を生み出すだけだ。

 

 ヴェルフは魔剣を持ってガーゴルゴンの目を封じ、懸命に必殺光線を抑えている。

 しかし、それも魔剣が壊れるまでの一時のしのぎ、この作戦の成否は命がいかに詠唱を素早く終わらせるかに掛かっている。

 

「【卑小のこの身に巍然(ぎぜん)たる御身の神力(しんりょく)を】」

 

 詠唱に集中し、加速する感覚の片隅で命は考える。

 ベルのもう一つのスキル【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】のことだ。

 彼自身は存在も知らない、急成長の原因となるスキル。想い人を想うほど成長が加速するレアスキルを知った当初、命は「ズルイ」と思った。

 好きな人を想うだけで強くなれるなんて反則だ、と。

 しかし、ベル・クラネルと言う冒険者を見続けて思ったことがある。

 

 ──自分はここまで大きな想いを持ち続けることができるだろうか? 

 

 命には想い慕う(かた)がいる。その想い自体は恥じることのないものだ。

 しかし当初持っていた、この(かた)に認められたいという熱を初めの瞬間から変わらぬ熱さで持ち続けているかと問われると言葉に詰まるだろう。

 人は熱を持ち続けることはできない。一瞬燃え上がっても、少し経てば穏やかなものになるのが当たり前だ。

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】は熱量を維持し続けなければ、無用の長物だ。

 このスキルの効果を目に見えるほど引き出せる、尋常ではない心の熱こそ、ベル・クラネルの強さなのではないかと今は思うのだ。

 

「【天より(いた)り、地を()べよ】」

 

 バキン、と魔剣が砕けた。

 顔を強張らせるヴェルフに魔獣の眼が向けられる。

 散々梃子摺らせてくれた人間に対する怒りが込められているようだと、エネルギーが充填されつつある魔眼を見ながらヴェルフはぼんやりと考えた。

 数秒後に訪れる確実な死。

 しかし、必殺の光線が放たれる瞬間、ヴェルフの姿が虚空に消える。

 

「ガアァ?」

 

 思わず、光線を発射しようとした姿勢のまま固まるガーゴルゴン。

 姿を消した赤毛の鍛冶師は遠く離れているはずの命たちの近くに()()()()していた。

 

「お前…………」

 

「フッハッハッハ、何、せっかくお宝を頂いておいて何もしないのもどうかと思ってね。サービスだよ」

 

 ヴェルフを危機一髪で救ったヒマラは飄々とした態度で手を振った。

 そんな彼らを一瞥しつつ、リリが指示を出す。

 

「命様に【ウチデノコヅチ】を!」

 

「【──大きくなれ──────【ウチデノコヅチ】】!!」

 

 光の槌が命に降り注ぐ。

 位階が上がった命から魔力が(ほとばし)る。

 

 ベルが持つ熱の影響は彼自身に留まらない。

 荷物持ち(リリ)を孤独から救い、鍛冶師(ヴェルフ)の心を震わせ、巫女(春姫)の意思を強くした。

 そして今も、

 この体から溢れる熱い鼓動は、【位階昇華(レベル・ブースト)】によるものだけではない。

 

 熱い意思を伝播させる炎のような冒険者。

 それが、ベル・クラネル。

 まだ未熟な眷属たちを導く【ヘスティア・ファミリア】の団長。

 

 今も姿を変えて戦う少年の一助にと、命は詠唱を完成させる。

 

「【神武討征(しんぶとうせい)──────【フツノミタマ】】!!!!」

 

 ガーゴルゴンの頭上から、紫の貢献が出現し、魔法陣に似た文様を形作る。

 そして、重力の結界が完成する。

 疑似的な階位昇華(ランクアップ)を果たした命の魔法は、数十M(メドル)ものドーム状の結界を作り出し、ガーゴルゴンは重力に押しつぶされ、視線を足元に向けてしまう。

 光線はガーゴルゴンの足に直撃し、魔獣は自らの力で石化する。

 

『みんながやってくれた……今度は僕が!』

 

 ウルトラマン(ベル)は両腕をエナジーコアの前にかざし、胸部にエネルギーを溜める。

 それを隙と判断したホロボロスが、覆いかぶさるように圧し掛かるのをウルトラマンは両腕で止めた。

 

「グオオオオォォォォ!!!!!!」

 

「グ、アアアァァァ‼」

 

 それでも、強靭な腕力で強引に突破しようとするホロボロス。

 じわりじわりと、追い込まれるウルトラマン。

 しかし、彼にはその僅かな時間で十分。

 

「ハアア……デェヤ!!!!」

 

 エナジーコアから、極太の光線が発射される。

 強力な光線はゼロ距離からホロボロスに炸裂、暴獣は自慢の耐久で耐えようとするがあまりにも距離が近すぎた。

 光線はその分厚い皮膚を突き破る。

 

『コアインパルス』

 

 爆散したホロボロスを確認すると、ウルトラマンは技の反動で倒れた姿勢のままガーゴルゴンを確認する。

 既に命の魔法はない。

 このままでは魔獣は石化から復活するだろう。

 この位置から確実に仕留められる威力を持った必殺技で決める。

 

 思い浮かべるのは弓の名手たる彼女。

 零能の身とは思えない戦闘技術でモンスターと渡り合う女神、アルテミス様の弓使いをその身になぞる。

 本家とは比較にならないお粗末さでも今は十分。

 『アームドネクサス』に付与された光の弦を模した光弾が、真っ直ぐガーゴルゴンに向かった。

 

『アローレイ・シュトローム』

 

 光の矢は石像を真っ二つにして邪悪を打ち破った。

 爆発に限界が誘発されたように『メタフィールド』が崩れる。

 巨人の体も維持できなくなり、ベルは人間に戻った。

 

 

 

 

「なかなか面白い経験だったよ」

 

 疲労困憊のベルにヒマラは拍手とともに賛辞の言葉を投げかける。

 

「ヒマラさん、ヴェルフを助けていただいてありがとうございます」

 

「彼にも言ったが、サービスだよ。これで私は何の気兼ねもなくこの世界を去れる」

 

 そう言ってヒマラは背を向けた。

 

 ……! そうだ! 彼はこの怪獣騒ぎの真相を知っているのかもしれない。

 元の世界に帰える前に、それを聞き出さないと。

 

 ベルが去ろうとするヒマラを制止しようとしたのと同時に、ヒマラはポンと手を叩いて向けていた背を反転させた。

 

「ああ、そう言えばいい忘れていたね。この世界に怪獣を連れ込んだのはヤプールと言う怪人だ。」

 

 ヤプール

 先ほどヒマラが口にしていた固有名詞らしきもの。

 この前の宇宙人も口にしていた名前。

 

(それが、怪獣騒動の元凶? ……僕の果たすべき使命はこのヤプールを倒すこと?)

 

『エボルトラスター』を取り出し問いかけると言葉はなく、代わりに一度だけトクン、と小さな光を放った。

 言葉はなかったけど、きっとそれは肯定だ。

 ようやく、見つけた自分の使命に『エボルトラスター』を握る手に力が入る。

 

「気を付けたまえ、ヤプールは様々な宇宙の強豪怪獣たちを再現しようとしていると聞く。これまでとは比べ物にならない強敵になるだろう。」

 

 そう言って、今度こそ姿を消すヒマラ。

 静寂が僕たちを包む。

 仲間(ファミリア)の視線を感じながら、僕は『エボルトラスター』を見つめ続けた。

 

 決着の時は近いのかもしれない。




 今日から社会人、更新続けられるだろうか……?

 それはそうと、ダンメモでリヴェリアがベルを「炎のような冒険者」と表現したエピソードがお気に入りです。

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