ダンジョンで受け継がれる絆と出会うのは間違っているだろうか 作:逢奇流
ヤプールはボロボロの姿で倒れ伏すベルを確認すると、怪獣軍団を【ヘスティア・ファミリア】に向かわせる。
ウルトラマンにとって人間は、時に途轍もない力を与える強力なファクターになるということをヤプールは痛いほど知っている。
ベル・クラネルの信頼する仲間を確実に抹殺して初めて、ウルトラマンに勝利したといえるのだ。
『カイザーギドラ!ナイトファング!身の程知らずにも私に盾突いた人間共を皆殺しにしろ!』
怪獣の
怪獣たちの吐く喜悦の吐息を感じた春姫は、恐怖で手放しそうになる意識を懸命に繋ぎとめた。
闇に覆いつくされた『メタフィールド』に揺らめく無数の赤目が、粘つくような殺意を発する。
いっそ清々しいほど絶望的な詰み。
ヤプールも人間たちも数秒後に迫る、残酷な結末を幻視した。
だが、
誰よりも早くベルの下へ駆けだしていたヴェルフは、素早くベルを確保。
ヴェルフはベルを右肩に背負うと、左手の魔剣で雷撃を行う。
ヤプール特製の再生怪獣たちは微動だにしないが、雷鳴は信じられないほどの光を発し、ヤプールたちの目をくらませる。
「逃げろ!お前らあぁぁ!!」
「っ!御免!」
ヴェルフがリリとベルを、命が春姫とヘスティアを抱えて駆け出した。
怪獣と人間の戦力差は歴然としている。
ベルが戦えない今、戦闘を継続することは不可能だ。
(特にウルトラマンの様子をおかしくしたあの怪獣は不味い!あれを俺たちにやられたら逃げることもできなくなる!)
ギジェラの見せる夢に囚われてから、状態異常を発生させる怪獣には懲りている。
ああいった手合いには正面から立つべきではない。
主力であるベルが戦えないならばなおのことだ。
「ベル様が倒されたのに『メタフィールド』が解除されない…!?乗っ取られているのですか!?」
ウルトラマンの展開した異空間が解除される様子がないことに気が付いたリリは動揺するが、頭を振って気を持ち直す。
この状況で思考を停止してしまえば間違いなく死ぬ。
ヴェルフの機転でできた僅かな時間を無駄にはできない。
この世界を乗っ取られたとはいえ、地形そのものが大きく変化しているわけではない。
この世界が構成された段階で、リリは戦術を考えるためにあたりの地形を把握していた。
「左手側の岩壁に向かってください!身を隠せそうな地形でした!」
ヴェルフと命に指示を出すと、春姫にカモフラ―ジュを用意させる。
かつて、【ミアハ・ファミリア】による依頼でパープルムスのドロップアイテムを集める際に
この時のように冒険者はモンスターが
そんなときのために、リリは壁や地面に同化するための外套を『メタフィールド』用にアレンジしたものを用意していた。
ヤプールたちの視力が回復した頃には、【ヘスティア・ファミリア】の姿は何処にもなかった。
ヤプールが【ヘスティア・ファミリア】を見つけるために四方に飛ばしているギドラの羽音が聞こえる。
「狭いです!離れてください……!」
「仕方ないだろ……!太刀を放り捨てるわけにもいかないだろうが……!」
「声を上げては怪獣たちに……はううぅ……」
岩壁の隙間にカモフラージュを施して隠れたリリたちは、窮屈そうな様子で息を潜める。
リリとヴェルフが小声でいつものように言い合うのを春姫はオロオロしながら止めようとしていた。
ヘスティアはそんな眷属たちの声を聞き流しつつ、傷だらけになったベルを見た。
ベルは未だ目を覚ます様子はない。
それどころか衰弱しきっており、
(ウルトラマンの力がベル君にとって負担が大きいのは分かっていたけど、こうなると再び戦うのは絶望的だな……)
ヘスティアは戦いを司る神性ではない。
戦力を量る勘も、戦況を読む力もない。
それでも、この状況が絶望的なのは理解できた。
リリやヴェルフがいつもの小競り合いをしているのも、この状況で必死に冷静さを失わないようにした結果なのかもしれない。
「………イナゴ
外の怪獣たちの様子をうかがっていた命の言葉に、少し脱力する。
意識はしていなかったが、緊張して体が強張っていたようだ。
(
おそらく自分にできることはそう多くない。
いつものように
後は他の神々に気が付かれない程度の
「リリ助、この状況どうするつもりだ?」
ヘスティアが思考の海から意識を戻すと、言い争いを切り上げていたヴェルフが単刀直入にリリに今後の動きを聞いていた。
「まず、大前提としてリリたちだけで怪獣を倒すのは不可能です。だからベル様が復活するまで逃げ続けることしかできません。」
「しかし……ベル殿が復活するまでと言っても、今のベル殿の衰弱は尋常なものではありません。いつ起きるかもわからないベル殿を生命線にするのは危険ではないですか?」
命の疑問にリリはもっともな意見です、と頷いた。
「作戦とも言い難いものですが、ウルトラマンの復活については当てがあります。……春姫様の【ウチデノコヅチ】です。」
「わ、
自分の魔法がウルトラマン復活の切り札になるという、予想もしていなかったリリの発言に思わず声を出してしまう春姫。
直後に「シー!!」と、【ファミリア】のメンバーに口をふさがれ、無言でコクコクと頷くことになったが。
「前の戦いで、【ウチデノコヅチ】はウルトラマンを姿が変化するほどに効果を発揮しました。ベル様にも後日確認したところ、確かにあの瞬間の【ウチデノコヅチ】の効果はけた外れだったと言っています。」
このことから、リリはウルトラマンと【ウチデノコヅチ】は相性が良く、ウルトラマンの力を限界以上に引き出せるのではないかと推測していた。
「ベル様の弱まった光を【ウチデノコヅチ】でもう一度昇華すれば、ウルトラマンの力が再び戻るかもしれません。」
推測に推測を重ねた作戦だったが、これ以上の策は思いつかなかった。
『メタフィールド』に囚われてしまっている以上、ヤプールから完全に逃げ切るのは不可能と言っていい。
そうなると【ヘスティア・ファミリア】にできるのは、ウルトラマンの復活の補助程度しかないのだ。
「しかし、この方法には問題があります。春姫様の魔力でリリたちの居場所が完全に露呈するということです。」
「つまり、ボクたちは逃げながら魔法の完遂を行わなければならないということだね?レベル1二人と
ヘスティアの言葉に緊張が走る。
無理だ、無謀だ。
そんな言葉が頭に浮かんでは消える。
(でも、それはサポーター君が一番分かっているはずだ。)
これまで【ヘスティア・ファミリア】を支えてきた
リリには自分たち以上にこの絶望的状況が理解できてしまう。
それでもこのか細い道を選んだ彼女は、
「………やりましょう!リリ様!」
しばしの沈黙の後、春姫が覚悟を決めた顔でそう言った。
非力な二人の決意に、ヴェルフと命はそれぞれの仕草で彼女たちの選択を肯定する。
(結局、君たち頼りなんだ、ボクたちは)
子供たちが傷つき、苦しんでいるとき、ヘスティアはいつも悔しく思う。
どんなに大人ぶっていても、零能のこの身は彼らを癒すことも、共に戦うこともできない。
せめて、目を逸らさずに最後までこの物語を見届けよう。
それが【ファミリア】を率いる神の義務だと思うから。
だが、この世界は残酷だ。
決意を新たにしたところで絶望的な状況は変わらず、命は頭上から小さな物音を聞き取った。
「ヘスティア様!」
命の警告の意味を理解する前にリリに突き飛ばされる。
何かと体を起こすとそこには蜥蜴のような怪物が立っていた。
「ダンジョンリザード!?」
ダンジョン上層に出てくるモンスターに声を荒げるヴェルフ。
ヤプールの
急いで大刀で両断するが、それより先にモンスターの咆哮が轟いた。
「不味い……!敵に位置を悟られました!!」
リリの言葉と同時にモンスターの大群が雪崩れ込む。
間一髪岩壁から脱出した【ヘスティア・ファミリア】だが、ドビシの羽音や怪獣の足音が近づいてきていることに顔を強張らせる。
もう、隠れるのも困難なほどにヘスティアたちはヤプールに捕捉されている。
希望は未だ目を覚まさない少年のみ。
それでも、冒険者たちは唇を吊り上げた。
「……気張れよお前らぁ!!」
「このまま諦めるわけには行きません!」
それは誰が見ても無理やりひねり出した、強張った笑みだった。
この状況で、彼らは笑った。
無謀でも、無様でも自分たちの為すべきことは変わらない。
「春姫様は詠唱を‼リリは皆さんの支援をします!」
「分かりました!」
冒険しよう。
その先に活路を見出す。
この【ファミリア】を繋げた少年がそうしてきたように。
彼らの想いが報われるか否かはベル次第。
唇を強く噛み締めるとヘスティアはベルの手を握り、語りかけた。
「ベル君……恥を棚にあげて言うよ。立ってくれ……!君しかいないんだ、君だけが希望なんだ……っ!」
力を使い果たしたベルから返事はない。
それでもヘスティアは呼びかけ続ける。
モンスターの鳴き声にかき消されないように、喉をすり潰さんばかりに声を出す。
この言葉が少しでも力になるようにと祈り、少年が再び炎を灯して立ち上がることを信じて。
神様……
みんな……
聞こえているよ。
分かっているよ。
だけど……動けないんだ。
体が僕のものじゃないみたいに言うことを聞いてくれない。
(動け!動けよ‼みんな頑張っているんだ!僕だけ戦わないわけにはいかないんだ。)
必死に自分を叱咤するが、体はピクリとも動かない。
徐々に、徐々につま先から温度が消えていく。
(ダメだ……こんなんじゃダメだ……みんなが死んじゃう……)
さっきからフラッシュバックする記憶が鬱陶しい。
あの時もそうだった。
守って見せると、絶対に救って見せると言って、結局運命に抗えずに女神の命を奪ったあの時と。
守るんだと自分を鼓舞するたびに浮かぶ、もう一人の自分の嘲笑。
──その誓いはとっくに破ってしまっているじゃないか
──そんなお前の誓いに何の意味がある?
ベルの心を縛る呪縛が、ヤプールの展開する『ダークフィールド』に呼応して少しずつ残された光を奪っていく。
闇が徐々にベルを蝕み、意思を薄弱にしていく。
一度屈してしまえばもう二度とたてなくなると理解しながら、諦めという誘惑に惑わされる。
ついに『エボルトラスター』を手放しそうになった瞬間、その手に女性の手が重ねられる。
(────────────え?)
その感触に閉じかけていた目を見開く。
それは、あの月の夜の二人だけの舞踏会を思い起こさせて──
「そんな深刻な顔をするなオリオン。貴方らしくない。」
青い髪の女神がそこにいた。
ようやくこの時が来ました……!
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