ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ Extra Stories. 作:アルタナ
そこから、歩いてどのくらいだっただろうか。
「…父さん」
「時雨か…」
少し離れた所から父を呼べば、父もまた、時雨の名を呼ぶ。
手に持った刀からは血が滴り落ちており、それが父が戦っていたことを物語っていた。
「…」
時雨はそのまま歩きだし、父に近づこうとする。
しかし。
「ぐっ…」
父が突然よろける。
「っ…?」
時雨は突然の父の反応に一瞬足を止める。
そのまま、父は力なくこちらに向かって、俯せに倒れる。
その背中には、袈裟型の大きな傷があった。
その背後には、フードを被った人影があった。
「っ…!」
時雨は抜刀し、相手を見るが、フードの男は何をするでもなく、ただ去っていった。
まるで、目的を果たした、と言わんばかりに。
「…時雨」
背後から呼ばれる声に時雨は反応し、刀を納めて駆け寄る。
「……父さん」
「…すっかり取り乱さなくなったな。あんなことをさせれば無理もない…か」
自嘲するような感じとはいえ、時雨は父が笑うのを、この時初めて見た気がした。
「本当なら…お前は、普通に育てたかった。こんな事をさせることもなく…母さんが言うように、普通に学校に通わせ、普通に就職して…」
しかし、家柄がそれを許さなかった。
代々、政府、あるいは国の公にできない部分からの依頼で、そういった事を何代にも続けてきた。
終わらせようにも、終わらせ方が、分からなかった。
だからせめて。
「せめて…お前が強く、生きていけるように。この先…私にとっての母さんのように、大切な存在ができた時に、守るだけの力を……与えてやるくらいしか、思いつかなかった」
普通に生きることができないのなら、せめて。
普通じゃない世界でも強く生き抜けるように。
そう、父は言った。
「っ……」
…正直なところ、この家が、嫌いだった。
なぜなら、自分は家族に嫌われていると、そう思っていたから。
だから、こんな事を強いられているのだと、そう思っていたから。
しかし。
「……もう、お前に教えてやれることは…何もない。これからは…時雨。お前が自分で…自分の強さを、見つけなさい…」
「自分の、強さ……」
背中の傷は、致命傷だった。
この状況でも、時雨はそれを冷静に悟る。
「……お前を、守ってやりたかった。お前の成長を見届けたかった……もう、叶うことはないだろうが…な」
「…父、さん」
時雨が父を呼べば、どこか嬉しそうに目を閉じる。
「もし、叶うのならば……母さんと、お前と…普通の家族というものに、なってみたかっ……」
父の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
何度も死を見てきた時雨には、直感的に分かってしまった。
…父は、命を落としたのだ、と。
しかし、時雨には十分だった。
「ぅ……」
…彼が、いかに家族から愛されていたかを知るには。
ただ、その表現方法が捻くれていただけだという事を知るには。
「ぅ…ぁっ……!」
ただ、それを知るには、あまりに遅すぎた。
もし、時雨が父を守ることができていたのなら、それを叶えることが出来たかもしれない。
まだ、やり直すことができたかもしれない。
…けれど、それはもう、叶わない。
「ぁ、あっ…!」
…それは、何故か。
「あぁっ、うぁ……」
……守るだけの強さを、持っていなかったから。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
時雨はただ、激情に任せて声を上げる。
視界が歪み、前が見えなくなる。
その場に膝をつき、宙を見上げ。
やがて眼を開いていられず、瞼を閉じても、肩が震える。
「……っ!」
涙が、頬に固まった血を溶かし、混ざり合って地面に落ちていく。
時雨はそれを拭いもせずに、ただ宙を見上げていた。
歪んだ夕暮れを見て、時雨はようやく、自らが泣いていることを悟った。
…正直なところ、この家が、嫌いだった。
…けれど、それは自分が子供だったから。
…本当は気づいていないだけで、愛されていた。
…どれだけ後悔しても、もうやり直すことは適わない。
…だとしても。
「…」
時雨はゆらりと立ち上がり、刀を抜く。
その佇まいは、すっかり平静さを取り戻しているように見えた。
「っ…!」
何もない場所で、刀を振り上げる。
風を斬ったはずの刀から、金属音が鳴る。
時雨の足元には、歪んだ銃弾が一つ、落ちていた。
「…!?」
何語かわからない言葉で、驚いている様子の兵士が再度銃を構える。
時雨は構える兵士に、距離を詰めるべく駆け寄る。
「っ…」
途中、射撃を受けるも、3発のうち2発は刀で叩き落しながら、数秒で距離を詰め。
「あああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
冷めやらぬ激情と共に、刀を振り下ろす。
体に染みついた動きが、相手の命を容赦なく刈り取っていく。
…自分が守るべきものはすぐ身近にあったとしても。
…失って、もう取り戻せないとしても。
…それでも、強く。
「っ……!」
もうこれ以上、こんな思いをしないために。
一度守ると決めたものを、守り通すために、もっと、強く。
「……今まで、有難うございました」
時雨は、父の元に戻ることなく、背を向けたまま、歩き出す。
思い切り感情を吐き出したからだろうか、無表情の中にも、時雨の視線にはどこか力強さが宿っていた。