ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ Extra Stories. 作:アルタナ
2月のある日。
アインクラッドは今日も正常に稼働しており、現実に合わせて肌寒かった。
そんな中。
「……」
「どうした、シグレ」
シグレとキリトは女性陣の依頼で、買い出しに出ていた。
男手が少ない、というのもこの世界ではまた妙な話ではあるが、実際少ないためにこうして重い荷物がある場合は買い出しに出ることが多い。
そんな中、荷物を持ちながらシグレは辺りを見回していた。
その様子に、キリトは純粋な疑問を抱く。
「…いや、大したことじゃないが」
「何だよ、気になるじゃないか」
「……」
キリトの追及にシグレは少し考え。
「…妙に、落ち着きがなさそうに見えただけだ」
「?……あぁ」
シグレの言葉にキリトはシグレの視線を追い、やがて合点がいく。
落ち着きがない、と表現したのは、男性プレイヤー。
中には、女性のNPCに親切にするプレイヤーも見受けられた。
…その中に見知った赤バンダナがいたことは、見なかったことにしたが。
キリトは気づいた。
「明日がバレンタインだから、だろうな」
「……?」
キリトの言葉に、シグレは少し考える。
やがて。
「………そうか」
「お前、分かってないだろ」
思いっきり間の空いた答えに、キリトは容赦なく切り返す。
シグレからしてもその通りだったため、反論ができていなかった。
◇◆◇
その頃。
「…こうして、皆に集まって貰ったのは、他でもないわ」
昼間にも関わらずカーテンを閉め切っており薄暗い部屋。
76層で新装開店したエギルの店二階の一室。
その中で、その部屋を使っているアスナが口火を切る。
その雰囲気は、さながらボス攻略に挑む直前の会議の如し。
「っ…」
息を呑むサチ。
「んー…?」
いつもと違う、皆の雰囲気に呑まれたか少し静かなストレア。
「……」
アスナと同じく神妙な面持ちのフィリア。
「…」
その様子に、理由がわかっているからか、やれやれ、といった様子のシノン。
そんな皆を見回して、一つ頷いて。
「…明日は、バレンタイン。きっとここにいる皆は同じ相手に渡すのでは、と思ってるわ」
その言葉に、皆が一瞬言葉に詰まり、アスナに視線を向ける。
その様子を見て、皆が皆互いを見る。
即ち、互いがライバルなのだ、と皆は悟った。
そうなれば、ただ渡すだけ、というわけにはいかない、と悟る。
「……だからこそ、皆に提案があるの。悪いようにするつもりはないわ」
アスナが持ち掛けた提案。
それは、その場にいる皆に一考させるには十分なものだった。
◇◆◇
その頃。
「うおおぉぉっ!!」
「っ…!」
シグレとキリトは二人、圏内でも人の少ない開けた場所で剣を交えていた。
とはいっても、木刀での模擬戦。
とはいえ、キリトは二刀流であるあたり、そこそこ本気ではあった。
キリトの二刀流に、シグレは木刀一本で対抗する形だった。
単純に考えればシグレが不利だが。
「くっ…!」
キリトの攻撃が入らない。
正確に言うと、入っていることは入っている。
とはいえ、無暗に攻撃をしているわけではない。
一振り一振りを無駄にしないように攻撃を続けている。
ただ、決定打になりうる一撃を時には躱され、時には木刀で払われ。
「…はぁっ!」
それでも、キリトは攻撃を止めない。
…否、止められない。
何故なら。
「っ…!」
キリトは直感的に察していた。
対峙するシグレの目が、隙を窺っている、と。
僅かでも隙を見せれば、狩られる、と。
だからこそ、僅かな隙を見せぬように打ち続けていた。
「……」
次の瞬間、シグレの剣が僅かに動いた。
キリトとて素人ではない。
だからこそ、その一瞬の隙を見逃さず。
「そこだっ!」
キリトは二振りの剣で一気に攻める。
しかし。
「……ふん」
シグレは剣撃の間を縫うようにキリトと距離を詰める。
そして、シグレはがら空きとなったキリトの懐に。
「…終わりだ」
「ぐっ…!」
横薙ぎに木刀を振るう。
それが決定打となり、キリトはその場に膝をつく。
「…平気か?」
「あぁ…今回は俺の負け、だな」
シグレが借りた木刀を返し、模擬戦は終わる。
とはいえ、肩で息をするキリトに対し、息一つ乱さぬシグレ。
その様子に悔しさを感じながらも、次は負けない、と心に誓うキリトだった。
「…そろそろ戻った方がいいのではないか」
「……だな」
シグレの言葉にキリトは立ち上がり、エギルの店を目指し歩き出す。
「……それで?」
「ん?」
突然声を掛けられ、間の抜けた返事を返すキリトに、シグレは訝しげな視線を向ける。
「…何を企んでいる?」
「な、なんだよ急に…」
シグレは一つ溜息。
「…買い出しの中には食材もあっただろう。そんな状態でいきなり模擬戦に誘われれば疑いたくもなる」
「な、何のことだろうな?あ、あはは…」
「………」
あからさまな誤魔化しにシグレはまた一つ溜息を吐くが、それ以上の追及はしなかった。
その代わりに。
「多少なら拷問の知識があるが…試してみるか?」
「頼むやめてくれ」
「…………冗談だ」
「今の間が凄い気になるんだが。本当に冗談だよな?信じるぞ!?」
キリトの必死の訴えに、シグレは今度こそ何も答えなかった。
◇◆◇
摸擬戦をしていて、いつの間にか夕暮れ時になる頃。
エギルの店に着くと、扉にいちまいの札がかかっていた。
「…本日貸切?」
札を見てシグレがそれを読む。
なら入れないのではないか、と思うが。
「どっちにしても荷物渡すんだし、大丈夫だよ」
「…ならいいが」
言いながら、キリトは戸を開ける。
閉店しているわけでもなかったので普通に扉は開いたが、営業しているわけでもなかったので少しだけ寂しい雰囲気だった。
しかし、それは雰囲気だけではなく。
「…エギル?」
「ん、おぉキリトにシグレか」
キリトが名を呼ぶと、カウンターに寂しく座るエギルが振り返る。
少し、落ち込んでいるようだったが。
「どうしたんだよこんな所で」
店主であるエギルがカウンターの外にいるのを不思議に思いキリトが尋ねるが。
「…はは、おかしいだろ?邪魔だからって、追い出されたんだ。俺の店なのにな……あれ、おかしいな涙が」
「「……」」
哀愁は雰囲気だけではなかったらしく、言葉の節々から哀愁が感じられ、二人は何も言えなくなっていた。
「……あとは任せる」
「あ、おい、ずるいぞシグレ!」
付き合っていられない。
というより、どうしたらいいか分からなかったシグレは、キリトに後を任せ、店を後にすることにした。
この時ばかりは、別の宿でよかったと思ったとか思わなかったとか。
◇◆◇
その頃、店の奥の厨房にて。
そこでは、女性陣が思い思いに料理をしていた。
そこに漂う甘い香りから、それが夕食の類ではない事は言うまでもなかったが。
「…どう、みんな大丈夫そう?」
この中で、仮想世界での料理スキルが最も高いアスナが、奮闘する皆に声をかける。
当の本人は、少し前に小さめとはいえホールサイズのチョコレートケーキを作っており、今は冷蔵保存中。
その見た目は店売りされていてもおかしくないものであった。
「いくら簡略化されてるとはいっても…難しいわね」
何だかんだ言いながら、必死にチョコ作りに励むシノン。
彼女が誰に渡すかは、誰も聞かない。
聞かずとも分かっていたから。
どうにも、溶かしたチョコを思い通りの形に固められないようだった。
型はあるのだが、あまり納得がいっていないようで。
「…もう、このままで渡そうかしら」
「飲み物にするの?」
「いいえ。よく小説でもあったのだけど、こう、チョコを体につけて……」
「ストップすとぉーっぷ!!あんた普段どんな小説読んでるのよ!?」
アスナの問いに対するシノンの答えにリズベットが思い切り遮る。
さすがにそれ以上を言わせるわけにはいかなかった。
とはいえ完全に防げたわけでもなく、それに対し無関心な者、疑問符を浮かべる者、顔を真っ赤にする者と、反応はいろいろ。
「…シノのん」
「何?」
そのやり取りに、アスナが神妙な面持ちでシノンに声をかけると、シノンもどこか神妙な面持ちで。
リズベットはさすがのアスナも怒るだろうと、その様子を見ていたが。
「チョコは直接触ったりすると火傷しちゃうから危ないよ?」
「そうじゃないでしょ!?」
「平気よ。常温程度に冷ますから。でも固まらない程度、かつ火傷しない温度って結構難しそうね」
「どこまでボケ倒す気なのあんた達!?」
リズベットの期待を裏切るやりとりにひたすらツッコミに回るが、やがて疲れて溜息一つ。
「…アスナ。あんた、シノンが言ってること分かってないでしょ?」
「え?」
「シノンが言ったこと。よーく考えてみなさい?」
言われ、顎に指をあて、思考に耽るアスナ。
やがて、リズベットが言いたいことに察しがついたのか、みるみる頬を赤く染め。
「だ、だめだよそんなの不健全!」
「……やっぱり、気づいてなかったんだ…」
思い切り言い放つアスナに、フィリアが少し頬を染めながらも苦笑する。
何を想像して頬を染めたのかは、彼女のみぞ知るところだが。
「…先輩にしかしないけど?」
「なんでそれを真顔で言えるんだろ…」
真顔で言うシノンに、リーファが苦笑交じりに言う。
その会話に。
「へぇー、そういうやり方もあるんだ。アタシもやってみよ」
「ちょ!?」
ストレアの発言のせいでリズベットのツッコミは止まらず。
「でも…危ないって、さっき…」
「だいじょーぶ。火傷耐性上げるアクセサリ装備持ってるから、これだけ装備すればいけるいける」
固めたチョコに飾り付けながら、サチがストレアにやんわりと制止をかけるが、ストレアは止まらない。
「だ、ダメだよそんな…!」
「えー?でもシノンはやるんでしょ?」
「えぇ。そのつもりよ?」
「じゃあいいじゃん」
好感度という意味では限界突破していそうなストレアとシノン。
そんな二人をサチ一人では止めきれず。
「こうなったら…いっそ私も……!」
「落ち着きなさいサチ!あんたまで常識から足を踏み外さないでお願いだから!」
そんなやりとりの一方で。
「リーファは、キリトに渡すの?」
「あ、はい。フィリアさんはシグレさんに?」
「…うん。まぁ……ね」
フィリアとリーファはそんな風に会話をする。
「……その、なんというか。すごいライバルがいるっぽいですけど、頑張ってくださいね」
「あぁ…うん。ありがと。頑張るね…」
傍で行われているやりとりに言葉を失いながら、リーファの応援に感謝を述べるフィリア。
「リーファも、頑張ってね。本命でしょ?」
「う……や、やだなぁそんなわけないじゃないですか。兄妹ですもん」
「ふーん…?」
本気で恥ずかしがる様子のリーファに、フィリアは微笑ましさを感じながら。
「…お互い頑張ろ?」
「ぅ…………はい」
そう、言葉を交わした。
少し間をおいて、互いに笑顔を交わしながら、再びチョコ作りを再開する二人。
その隣で。
「うぅ…難しいです……」
「が、頑張りましょうシリカさん!」
シリカとユイが互いに励ましあいながらチョコづくりをしていた。
はじめはアスナに教わりながらだったのだが、当のアスナがあの調子なので、二人でチョコづくりを再開していた。
とはいうものの、二人にとっては難易度が高かったのか、苦戦をしている様子だが。
「大丈夫?私達もう少しで出来そうだから手伝おうか?」
「ありがとうございますフィリアさん。でも、できればやり方を教えてほしいです…その、自分で作ったものを、渡したいから」
「そっか。じゃ…頑張ろっか」
「はい!」
そんな感じでほのぼのした雰囲気になっていた。
「…いい雰囲気ね、あっち」
「雰囲気ぶち壊しにした元凶が何言ってるのよ…」
その様子を遠巻きに見たシノンが呟き、もう全てを諦めたようなリズベットが溜息交じりにツッコミを入れた。
そんな感じでチョコづくりは続いていく。
今日は2月13日。
彼女らの戦いの本番は、翌日に迫っていた。