ソードアート・オンライン ~戦い続けるは誰が為に~ Extra Stories.   作:アルタナ

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戦場はかくも甘く、暴走す - 後編

翌朝。

 

仮想世界とはいえ、朝の清々しさは現実のそれと変わらない。

 

あるいは、そう作られている、ともいえるのだろうが。

 

それでも人が少ない、静かな時間帯。

 

昼間ほどの人混みもなく、空気も澄んでいて、日が昇るか昇らないかの時間帯。

 

そんな時間に何をするでもなく、ただ宿の傍で宙を見ていた。

 

 

 

 

 

「…おはよ、シグレ!」

 

 

 

 

 

すると、扉が開いて声をかけてきたのは、シグレにとって、恐らく一番聞き慣れた声。

 

 

 

 

 

「……起きたか」

 

 

 

 

 

声のした方を見れば、シグレの想像通り。

 

防具を外して、身軽な私服姿のストレアだった。

 

ただ、シグレにとって若干意外だったのは。

 

 

 

 

 

「珍しいな。ここまで早いのも」

 

「…んー、ちょっと眠いよ?」

 

「なら寝てればいいだろう」

 

 

 

 

 

シグレの問いにストレアは少し考え。

 

 

 

 

 

「今日くらいは、ね。シグレにこれ…一番に渡したかったし」

 

「……?」

 

 

 

 

 

言いながらストレアが取り出したのは綺麗に包装された小箱。

 

それが何かは、普通なら分かるかもしれないが。

 

 

 

 

 

「…何だ?」

 

「シグレに、バレンタインのチョコ…貰ってほしいなって。ダメ?」

 

「……」

 

 

 

 

 

眠くて調子が出ないだけなのか、拒否されるかもという不安からか、弱い口調なストレア。

 

シグレはそんな彼女に溜息を一つ。

 

 

 

 

 

「…貰っておく」

 

「ん…ありがと、シグレ」

 

 

 

 

 

シグレがストレアから小箱を受け取ると、ストレアは静かにシグレに正面から身を寄せ、そのまま寄りかかり。

 

 

 

 

 

「すぅ…」

 

 

 

 

 

そのまま眠りに就いてしまう。

 

シグレは慌てるでもなく体の力が抜けるストレアを支え、やれやれ、と思いながら抱きかかえて宿へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「…ちゃんと、本命…だよ。シグレ……」

 

 

 

 

 

ストレアの寝言を聞き、けれど起こさぬように返事はせず。

 

ベッドに横にさせ、布団をかけてそこから離れる。

 

 

 

 

 

「…たまには、こういうのもある、か」

 

 

 

 

 

そうして外に出ようと一瞬考えたシグレだが、部屋に出ず椅子に腰かける。

 

ふと、先ほど貰った小箱を見やる。

 

本命、というからにはそれなりに拘っているのだろう。

 

せめて起きるまで位は、待つのが礼儀かもしれない。

 

まともに感謝をすることが滅多にないシグレにとっては、それがシグレが示せる、せめてもの感謝の意だった。

 

 

 

 

 

「ん…シグレ……」

 

「…?」

 

 

 

 

 

名を呼ばれ、どうしたのかとストレアを見れば起きた様子はない。

 

単なる寝言のようだった。

 

どんな夢を見ているかは彼女のみぞ知る、といったところだが、彼女に抱きしめられている枕がくの字に曲がっているところを見ると。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ただでさえ両手剣を振り回すほど、なんだかんだで力のあるストレアである。

 

その力であそこまで曲がるほど抱きしめられていれば、ただでは済まないだろう。

 

そんなことを考え、シグレは一つ苦笑を零す。

 

そんな、何気ない時間を過ごしていると。

 

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

ふと、ノックの音が響く。

 

椅子を立ち上がり、念のために装備を整えて扉を開くシグレ。

 

すると、そこには。

 

 

 

 

 

「…フィリアか」

 

「……うん、ごめんね朝早く。今、大丈夫?」

 

 

 

 

 

聞かれ、ストレアが寝ている以外には何も問題がない、と言うシグレ。

 

それを聞いて、フィリアはあぁ、と納得がいったようだった。

 

 

 

 

 

「……昨日、頑張ってたから」

 

「?」

 

「シグレの為に、ね。もう…知ってるでしょ?」

 

「…そうか」

 

 

 

 

 

フィリアに言われ、シグレもまた納得がいったようだった。

 

 

 

 

 

「…ね、ちょっと…外、出ない?」

 

「……構わないが」

 

 

 

 

 

フィリアのその誘いは、ストレアを気遣っての事だろうと考えるシグレ。

 

シグレもまた、その理由が自分にあると思い、フィリアの案に乗るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

そうして、フィリアに連れられ、外に出る。

 

外の噴水広場。

 

多少時間が経ったか、ちらほらと人影こそ見えるようになってきていた。

 

それでも、喧騒よりも噴水の音の方が大きく、静かな空気は変わらない。

 

そんな中、二人はベンチに隣り合って腰かけていた。

 

ただ、何を話すでもなく、ほんの少し、時間が流れ。

 

 

 

 

 

「シグレ…その……これ」

 

「…?」

 

 

 

 

 

小包を手渡され、勢いのままにフィリアから受け取るシグレ。

 

なんとなく想像はついていたが、敢えて言わずに。

 

 

 

 

 

「…感謝する」

 

 

 

 

 

そうとだけ言って、受け取るのだった。

 

 

 

 

 

「ん…」

 

 

 

 

 

恥ずかしいのか、目を逸らしながらも軽く頷くフィリア。

 

 

 

 

 

「…順番だけは、ストレアに負けたかもしれないけど…込めた気持ちの大きさは、負けてない…つもり、だから」

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

そのやり取りが意味するところに、互いに言葉を失くす。

 

そうして、少しばかり静かな時間が流れる。

 

そろそろ戻ろうかと考え始めた矢先。

 

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

ふと、シグレは肩に重みを感じる。

 

見れば、隣に座っていたフィリアがシグレに凭れ掛かっていた。

 

その流れからか、シグレの肩に頭を乗せていた。

 

 

 

 

 

「……やっぱり、悔しいなぁ」

 

「?」

 

 

 

 

 

その状態で、フィリアの口から零れる言葉に、シグレは疑問符を浮かべる。

 

少し考え、ストレアの名を挙げていたことから、彼女に対してだろうか、と考えるシグレだったが。

 

 

 

 

 

「ここにいる誰よりも、シグレの事…知らないから」

 

 

 

 

 

誰よりも、出会ってからの時間が短い。

 

アスナよりも。

 

サチよりも。

 

ストレアよりも。

 

シノンよりも。

 

キリトよりも。

 

 

 

 

 

「…私は、シグレの事…知らない事ばっかりだよ。だから…不安なんだ。どれだけ私が寄り添おうとしても…届かないんじゃないかって」

 

 

 

 

 

それはきっと、フィリアにしか分からない不安なのだろう。

 

そう思い、シグレは何も言わない。

 

というより、言えない。

 

 

 

 

 

「もし…もっと早くシグレと出会えていたら。もっと早く…シグレと知り合えていたら、こんなに不安になったり…皆を羨ましく思ったりは、しなかったかな」

 

 

 

 

 

縋るようなフィリアの問い。

 

それに対し、優しい人なら、慰めるような言葉が出るだろうか。

 

しかし、シグレにはそんな言葉は思いつかない。

 

 

 

 

 

「……さぁな。どう仮定をしたところで…過去が変わるわけでもない」

 

「そう、だよね…」

 

 

 

 

 

事実を突きつけるシグレに、フィリアは力なく返す。

 

事実に対する諦めか、シグレの容赦ない言葉に対するショックか。

 

 

 

 

 

「…俺が過去に殺しをした事実は変わらないように。お前が俺と出会ったのがホロウ・エリアだった事実は変わらない…それは受け入れる以外の方法はあるまい」

 

「うん……分かってはいるけど、やっぱり…ね」

 

 

 

 

 

ごめんね、と苦笑するフィリアにシグレは一つ溜息。

 

 

 

 

 

「一度した後悔は、どうあっても消せない。それが取り返しのつかない物なら、尚更…な」

 

「え?」

 

 

 

 

 

突然のシグレの言葉に、フィリアはシグレを見る。

 

表情は窺えなかったが、どんな表情をしているのだろう、とフィリアは思う。

 

 

 

 

 

「お前の言う後悔は、取り返しようのあるものだろう……俺もお前も、こうしてここにいるのだからな」

 

 

 

 

 

ならせめて、後悔しないように行動すればいい。

 

そう、シグレは続ける。

 

 

 

 

 

「…うん。頑張るよ…ありがとね」

 

「礼を言われるような事をした記憶はないがな…というより、礼を言うのはこちらではないか?」

 

 

 

 

 

先ほど受け取った小箱を見て、シグレはフィリアに尋ねる。

 

その返しに、フィリアはクス、と一つ笑みを零し。

 

 

 

 

 

「そうかも。それじゃ、これはおあいこって事で」

 

「…あぁ」

 

 

 

 

 

そう言葉を交わしたところで、さて、とフィリアが立ち上がり。

 

 

 

 

 

「じゃあ、私道具の調達とかあるから、またね。ちゃんと味わって食べてよね、それ」

 

「…分かっている」

 

「ん、よろしい」

 

 

 

 

 

言いながら、街の中へと歩いて行った。

 

気づけば日は昇り、町の中のお店の営業が開始する時間になっていた。

 

そんな中。

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

 

 

ふと、シグレは思う。

 

先ほどストレアに貰ったもの。

 

そして今しがたフィリアに貰ったもの。

 

よくよく思い出せば、ストレアは本命だ、と言っていた。

 

寝言だろうが、むしろだからこそ、嘘だとは考えにくい。

 

フィリアもまた、負けてないつもり、と言っていた。

 

そこまで考え。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ふと、冷や汗を流す。

 

いろいろと思うことこそあったが、それ以上は考えないことにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

日が昇る頃。

 

 

 

 

 

「…どうするか」

 

 

 

 

 

シグレは時間を持て余していた。

 

というのも、道具や武器の整理は事足りており、今から攻略に行くというのであれば出られる状態だった。

 

それでも、攻略に出ないのは理由があった。

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

以前ホロウ・エリアに一人で向かったこともあった。

 

一人ではなかったとはいえ、ホロウ・エリアを踏破してきたこともあってか、場所を選びさえすれば一人でも問題はなかった。

 

実際、手に入りにくい素材等を入手するなどの事もできたのだが、問題は戻った後だった。

 

ストレアやフィリアにはなぜ一人で行くと怒られ。

 

アスナやサチには心配だったと泣かれ。

 

リズベットには心配かけるなとハリセンで思い切り叩かれる。

 

あれは地味に痛い、とシグレは思う。

 

シノンに関してはたまに放送禁止用語が飛び出していたりするので、考えない事にする。

 

キリトやエギルにはやれやれ、と呆れられ、クラインや黒猫団の皆には爆笑され。

 

もはや顔も知らない攻略組メンバーにすら見慣れた光景だったのか、日に日に笑い声が増えている事実があったりする。

 

理由はどうあれ、そのやりとりを繰り返す趣味もないので、外に出られない、という状況だった。

 

とはいえ、ゆっくり過ごすことに慣れないシグレは暇を持て余していた。

 

そんな時、ふと背後に気配を感じ。

 

 

 

 

 

「シグレ君」

 

「っ…!?」

 

 

 

 

 

後ろから声を掛けられ、軽く前に出て声の主から距離を取り振り返って刀に手をかけ。

 

 

 

 

 

「……アスナ」

 

 

 

 

 

声の主を確認し、臨戦態勢を解く。

 

片手を上げていたあたり、シグレの肩を叩こうとしていたのだろう。

 

その様子に当のアスナは呆れながら。

 

 

 

 

 

「心配しなくても斬りかかったりしません…というより、街中でいつもそんな調子なの?」

 

「…大体は、な」

 

「というより、あんまり警戒されると傷つくんですけど?」

 

「……気にするな。誰に対しても大体こうだ」

 

「はいはい」

 

 

 

 

 

アスナは半分諦めているのか、その点については追及しなかった。

 

半ばいつものことではあるが、今日はアスナにとっては少し違っていたようで。

 

 

 

 

 

「シグレ君」

 

「…?」

 

「今、私はすっごく傷つきました」

 

 

 

 

 

いつもと違う話の流れに、シグレは疑問符が浮かぶ。

 

 

 

 

 

「…シグレ君は、責任を取るべきだと思います」

 

「……?」

 

 

 

 

 

言いながら手を伸ばしてくるアスナに、シグレは何か欲しいものでもあるのだろうかと思うが、見当がつかず。

 

伸ばされた手を不思議そうに見ていると、当のアスナは痺れを切らしたのか。

 

 

 

 

 

「…っ」

 

 

 

 

 

顔を真っ赤にしながらシグレの手を引き、自分と繋ぐ。

 

俗に言う、恋人繋ぎという方法だった。

 

 

 

 

 

「このまま、行きましょう」

 

「…いや、恥ずかしいなら無理にやる必要は…っつ…!」

 

 

 

 

 

顔を真っ赤にして、少し震えてすらいるアスナを気遣うようにシグレは言ったのだが、その気遣いを振り切るようにアスナが歩き出す。

 

突然引っ張られ、それ以上は何も言えず、半ば引っ張られるように街中を歩く事となった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

そうして、76層の街をほぼ一周したところで、リズベットの店に到着し。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい…って、あらあらまぁ」

 

 

 

 

 

店に入ったところで店主のリズベットに声を掛けられ、繋がれた手を見て、面白いものを見たといわんばかりのニヤニヤとした表情。

 

 

 

 

 

「やるじゃん、アスナっ」

 

「…ううぅぅ……揶揄わないでよ、リズぅ…」

 

「揶揄いたくなるような事するからでしょうが」

 

 

 

 

 

リズベットに揶揄うように肘で小突かれながら言われ、いよいよ限界なのか呻き声を漏らすアスナ。

 

街中を歩いていても女性プレイヤーからは冷やかし、男性プレイヤーからは嫉妬と羨望の眼差しを受け。

 

NPCにすら茶化される始末だった。

 

それでも手を離さないのは何故なのだろうと、シグレは思う。

 

当のシグレも割と羞恥心やら何やらでいっぱいだったりするのだが。

 

 

 

 

 

「…そろそろ放したらどうだ」

 

 

 

 

 

シグレが提案するが、アスナの手は離れるどころか、少し力が強くなる。

 

放したくないといわんばかりのそれに、シグレは溜息で誤魔化すので精一杯だった。

 

 

 

 

 

「それはそれとしてアスナ。あんた…渡した?」

 

 

 

 

 

リズベットの問いに、アスナは少し考える素振りの後。

 

 

 

 

 

「………あ」

 

「あんた…何やってんのよ」

 

 

 

 

 

忘れてた、と言わんばかりのアスナに今度はリズベットは溜息を吐く。

 

やがて、冷静さを取り戻してか、手を放す。

 

放れた手は、軽く汗ばんでいた。

 

 

 

 

 

「シグレ君…その、これ」

 

「…あぁ」

 

 

 

 

 

先ほどまでの恥ずかしさが抜けきらず、言葉少なく手渡すアスナに、シグレも言葉少なく受け取る。

 

ストレアとフィリアに貰ったこともあり、それが何かを尋ね返すこともなかった。

 

 

 

 

 

「…ちゃんと、込めたから。私の…シグレ君に対する、気持ち」

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

そんな、甘い雰囲気が漂う鍛冶屋の中。

 

 

 

 

 

「…うぉっほん!」

 

「っ!?」

 

「…」

 

 

 

 

 

リズベットのわざとらしい咳払いにアスナは驚き、シグレも落ち着きを取り戻し。

 

 

 

 

 

「このまま放っておいたら、何おっぱじめるか分からなかったから声をかけさせてもらったわ」

 

「な…何もしないわよ!」

 

「まだ、でしょ?」

 

「っ~~~!!!」

 

 

 

 

 

シグレは二人のやり取りを傍観していた。

 

仲がいいと思う反面、あのまま声を掛けられなければ、どうなっていたのだろうか。

 

それ以上はとりあえず考えないことにしたシグレだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

キリトから話を聞いた時は無縁なイベントだと考えていたシグレ。

 

しかし実際は予想に反し、既に三つ貰っているのだから、分からないものだと考えていた。

 

そんな折。

 

 

 

 

 

「あ…あのっ!」

 

 

 

 

 

呼びかける声が聞こえ、声の方を見ると、見覚えのない女性。

 

シグレの方に体が向いてはいるようだが、誰か別の人物だろうか、とシグレは後ろを見る。

 

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

…しかし、誰もいなかった。

 

人違いだろうか、と歩き出そうとした所、女性はシグレに駆け寄り。

 

 

 

 

 

「シグレさん…ですよね?」

 

「…あぁ」

 

「あの、これ…!」

 

 

 

 

 

シグレの顔を見ずに箱を差し出し。

 

 

 

 

 

「その…キリトさんに渡してもらえませんかっ!?」

 

「…直接渡せばいいと思うが?」

 

 

 

 

 

キリトなら、こういう手合いで断ることはないだろう、とシグレは伝えるが。

 

 

 

 

 

「そ、そうかも…しれませんけど。どこにいらっしゃるか分からないし…その、恥ずかしくて」

 

「……」

 

 

 

 

 

シグレはやれやれ、と思いながら。

 

 

 

 

 

「…分かった。渡しておこう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

嬉しそうにお礼を言いながら去っていく女性に、やれやれと思いながら歩きだす。

 

どこかでキリトに会う必要が出たため、メッセージでも送るかと考えていた矢先。

 

 

 

 

 

「あ、あのすみません。さっきの子に便乗ってわけじゃないですけど、これも…」

 

「すみません、私も…!」

 

 

 

 

 

先ほどの女性が火付け役になったのか、キリト宛のバレンタインの贈り物を受け取り続けるシグレ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

メッセージの前に手提げが必要だな、と思いながら、話半分に受け取り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

そうして、結果として。

 

 

 

 

 

「…随分多いな」

 

 

 

 

 

紙袋二つが一杯になる程度の贈り物の量になり、やれやれ、といった感じのシグレ。

 

とりあえず、キリトに渡さなくてはと思い、メッセージを送ろうとしていると。

 

 

 

 

 

「…シグレ?」

 

「……?」

 

 

 

 

 

声を掛けられ、振り返ればサチの姿。

 

サチはというと、どこか不安げに。

 

 

 

 

 

「それ…貰ったの?」

 

 

 

 

 

紙袋と、そこに入った物を見て、察しがついたのか尋ねる。

 

それにシグレは一つ溜息を吐き。

 

 

 

 

 

「…全てキリト宛だ」

 

「え?…あぁ、そう…なんだ」

 

「今からキリトにメッセージを飛ばそうと思っていた所だ」

 

 

 

 

 

シグレの言葉に、あはは、と苦笑するサチ。

 

シグレはメニューを操作し。

 

 

 

 

 

「……ところで」

 

「?」

 

「…メッセージとは…どうやって飛ばせばいいか分かるか?」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

シグレの言葉に、サチは一瞬呆気にとられる。

 

見れば、割と真剣に悩んでいたシグレ。

 

 

 

 

 

「…え、えーっと…フレンドリストから送りたい相手を選んで…」

 

「フレンドリスト…キリトは、ないな」

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

今まで登録していなかったのか、とある意味で驚かざるを得ないサチ。

 

今となっては誰でも知っていることを知らないシグレ。

 

あれだけ戦いでは凄いのに、とギャップに思わず笑みが零れる。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

笑い声が聞こえたか、言葉に詰まるシグレ。

 

 

 

 

 

「ごめんね。私が送ってあげる…あと、フレンド登録はしておいたほうがいいよ。こういう時のためにも、ね」

 

「…そうか」

 

 

 

 

 

多分登録しないんだろうなぁ、なんて思いながら、サチはキリトにメッセージを送る。

 

それから少しして。

 

 

 

 

 

「…キリト、今はエギルのお店にいるって」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

なら置いてくるか、と思い、立ち上がろうとしたところで。

 

 

 

 

 

「あ、待って」

 

「?」

 

「…これ、私から。何かは言わなくても…分かってくれる?」

 

 

 

 

 

サチから送られ、シグレは簡単な礼で返す。

 

 

 

 

 

「これは私の感謝と、シグレへの想い。ちゃんと…受け取ってね」

 

「…あぁ。俺はこれを持っていくが…どうする?」

 

「私は…今はいいかな。黒猫団のみんなとちょっと、約束があるから」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

サチの言葉を特に疑うこともなく、シグレは紙袋を提げて人混みへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、夕方が近くなる頃にエギルの店にやってきたシグレ。

 

そこでは。

 

 

 

 

 

「ま、まだ今日は終わっちゃいねぇ。きっと…!」

 

「…まぁ、頑張れよクライン」

 

「ケッ。おモテになる方は余裕ですねぇ…っと」

 

 

 

 

 

飲み物を煽るクラインと、そんな彼を宥めるキリト。

 

単純に雰囲気だけ見れば酒を煽っているように見えるが、SAOに酒があるのだろうかと疑問に思うシグレ。

 

それほど重要な問題でもなかったので、溜息を一つ吐いて二人に近づく。

 

 

 

 

 

「…ちょっといいか」

 

「あぁ、シグレか。今たてこんで…はないか。どうしたんだ?さっきサチからメッセージが来て、渡したいものがあるって聞いてたけど」

 

 

 

 

 

キリトの問いにシグレは一つ頷き、紙袋二つを実体化させ。

 

 

 

 

 

「…これは…チョコか?随分また貰ったな…」

 

「俺じゃない」

 

 

 

 

 

キリトの驚きにシグレは一つ否定しながら、それをキリトに差し出し。

 

 

 

 

 

「…お前宛だ」

 

「え?俺?」

 

 

 

 

 

意外そうに受け取るキリト。

 

 

 

 

 

「外にいたら声をかけられてな。キリトに渡してほしい、と」

 

「おうおう、さすが攻略組トップクラスは違いますなぁ?」

 

 

 

 

 

シグレはあったことを淡々と述べ、それを聞いてかクラインが揶揄うように言う。

 

クラインの揶揄いに、キリトは軽く拳を握り。

 

 

 

 

 

「おふっ!?」

 

 

 

 

 

クラインの鳩尾に軽く一撃。

 

圏内なのでHPは減らないが、うまく刺さったのか悶絶するクラインに。

 

 

 

 

 

「…やるな」

 

 

 

 

 

奇麗な一撃に感心するシグレだった。

 

 

 

 

 

「いや、止めろよ!?」

 

 

 

 

 

クラインはやりとりにそう突っ込みを入れるが、シグレはそれには反応しなかった。

 

キリトはそんなクラインを無視し。

 

 

 

 

 

「確かに受け取った。サンキュな、シグレ」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

シグレに礼を言いながら、店の外に出ていくのだった。

 

そんなキリトと入れ替わるように。

 

 

 

 

 

「…あ、先輩。やっと見つけた」

 

「……シノン」

 

 

 

 

 

シノンが店に入ってくる。

 

 

 

 

 

「先輩限定で、ハニーでもいいけど。それなら私もダーリンって呼ぶから」

 

「……絶対に、断る」

 

 

 

 

 

シノンの冗談に、シグレは全力で拒絶するのだった。

 

シグレはふと、シノンが言う自分を想像し、自分の気持ち悪さに軽く鳥肌が立っていた。

 

 

 

 

 

「ちなみに冗談ではないわ」

 

「…なお性質が悪い」

 

「まぁそれは置いておくとして」

 

 

 

 

 

置いておくではなく、捨ててほしいとシグレは思う。

 

口には出さないのは、言っても無駄だろうと思っていたからだった。

 

そんなシグレの諦めを他所に。

 

 

 

 

 

「はい、これ。今日はバレンタインだから」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 

 

 

シノンはラッピングされた箱を取り出す。

 

シグレは差し出されたそれを受取ろうとするが。

 

 

 

 

 

「ん…ちょっと待って」

 

「?」

 

 

 

 

 

シノンは包みを取り、中のチョコを取り出す。

 

一口サイズ程度のそれを手に取り。

 

 

 

 

 

「先輩、ちょっと私に視線合わせてくれる?…そう、そのくらい」

 

「…?」

 

 

 

 

 

シノンに言われ、シグレは視線を合わせる。

 

真正面からシノンを見る形になり、何だろうかと一瞬考えるが。

 

 

 

 

 

「んっ…」

 

 

 

 

 

シノンは手に持っていたチョコを口に加え、そのままシグレの肩に腕を回して抱き着く形になり。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

そのままチョコが口に触れる。

 

所謂、口移し。

 

攻略組の中では実力はまだ下の方と思っていた油断からか。

 

それとも別の理由か、シノンの行動にシグレは反応しきれずだった。

 

 

 

 

 

「ん、ふっ…」

 

 

 

 

 

シノンはシグレの口にチョコを押し付けるようにする。

 

その状態では拒絶をすることもできず、押し付けられたチョコを口に入れる。

 

 

 

 

 

「…どう、先輩?」

 

「……分かるか」

 

 

 

 

 

少し顔を赤くしながら尋ねてくるシノンに、シグレは片手で額を押さえ、俯いて表情を隠しながら答える。

 

 

 

 

 

「味が分からなかったの?ならもう一回…」

 

 

 

 

 

シグレの反応に、シノンが言いかけたところで。

 

 

 

 

 

「ダメー!!」

 

 

 

 

 

バタン、と勢いよく扉を開けて入ってきたのは。

 

 

 

 

 

「あら、ストレアじゃない。どうしたの?」

 

 

 

 

 

声の主はストレアだが、フィリア、アスナ、サチもいる。

 

会話を聞いていたのか、私不機嫌ですオーラを隠しもせずにシノンに詰め寄るストレア。

 

 

 

 

 

「ずるいよシノン、アタシだってそういうことやりたかったのに!」

 

「あら、アスナの提案、私は守ってたわよ?チョコを渡すときは二人の状況になるのを邪魔してない。それに、どうやって渡すかは誰も何も言ってなかったじゃない?」

 

「う、ぅ…!」

 

 

 

 

 

感情的なストレアに、淡々と述べるシノン。

 

アスナの提案、というものをシグレは知らなかったが、要はシノンが言った通りなのだろう。

 

 

 

 

 

「…こういう事に関しては、いかに相手を出し抜くか、だと思うのよね」

 

「シノのん…一回、お話しよ?」

 

「あらアスナ。さっきも言った通り、私はルール違反したわけじゃないけど?」

 

「うー…!」

 

 

 

 

 

そんな感じでシノンvsアスナ、ストレア、サチという明らかにシノンが不利な戦いが始まりそうだったが。

 

 

 

 

 

「……もう知らん」

 

 

 

 

 

武器を取り出す様子でもなく、どこか平和に見えたので放置することにしたシグレ。

 

恥ずかしさが抜けきっていない、というのもあるが。

 

そんなシグレに。

 

 

 

 

 

「…ねぇ、シグレ」

 

「?」

 

「さっきシノンとやってたような事…私も、やって…みたいな」

 

 

 

 

 

フィリアが顔を真っ赤にしながら、上目遣いで縋るように言う。

 

それに嫌と言える程、拒絶ができなかったシグレは。

 

 

 

 

 

「…後でな」

 

「ん…今でも、いいよ?」

 

 

 

 

 

フィリアの言葉に、シグレは視線をクラインに向ける。

 

フィリアもつられてそっちを見れば。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ラグを起こしたのか、はたまた別の理由か。

 

椅子に腰かけたまま、物言わぬ屍のように固まったクラインだった。

 

その様子に、争っている四人は気づいているのかいないのか、言い争いを続けていた。

 

 

 

 

 

「…あれを止めるか」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

溜息交じりのシグレと、苦笑するフィリア。

 

二人は争いを止めるべく、四人に近づく。

 

 

 

 

 

 

 

…その後何があったかは、真っ白に燃え尽きたように床に倒れるクラインが、全てを物語っていた。

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