最低最悪の魔王が征くのわゆ世界   作:バロックス(駄犬

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前回色々と反響があった千景パパ。まだまだ彼には働いてもらいますゆえお楽しみに。良くも悪くもちゃんと再現できたらしく満足。満足できないぜ。


実は今回の作品で千景パパ書くのは二度目。別時空の千景一家はマダオのお陰で幸せになりましたがこの時空は...んにゃぴ。


11.C・shadowは止まらない

 

 

 大社の管理下にある病院の一室、二人分のベッドがあるその場所には三人の少女の姿がある。

 一人は伊予島杏、残るは土居球子と安芸真鈴だ。

 

 その内の安芸真鈴がベッドにて、土居球子を押さえつけている光景があった。

 

 

「まーすーずー!はーなーせー!」

 

「だーめ」

 

 

 喚き散らす球子を両の肩から押さえつける真鈴。戦線を離脱した彼女らは基本的に外出というものを許可されていない。

 必要なものがあれば、巫女である真鈴を通して物品の調達を行っているが、球子のー不満は単純に病院生活に飽きた、と言うものではない。

 

 

「千景がまだ見つかってないんだろ!タマたちも探さなきゃ!」

 

「球子、あなたまだ絶対安静しなきゃいけないってお医者様に言われてるでしょ?

 今無理に身体動かして、もっと具合が悪くなったらどうするのよ」

 

「そうだよ、タマッち先輩」

 

 隣のベッドに座る杏も真鈴と同意見だった。

 

「私達、あと一か月は安静にしてなきゃいけないんだし。今行っても足手まといになるだけだよ。

 大社の人達と若葉さん達が捜索しているんだからさ、信じて待とうよ」

 

 

 読みかけの小説を手にしている杏の机の上には山積みのように置かれた本がある。

 全て真鈴が彼女の為に購入してきた物だ。入院中は基本的にやることがないので、こういった読書家にとっては大量の本を読む良い機会になる。

 

 

「杏はそれでいいかもしれないけどさー、ずっと恋愛小説だけ読んで頭ぽわぽわさせてればいいけどさ」

 

「かっちーん!今かっちーんてきた!タマっち先輩今私を怒らせたよ確実に!私だってただ小説だけ読んでるわけじゃないよ!ちゃんと勇者の戦闘に関することだって勉強してるんだから!」

 

 

 杏もただベッドで本を読んでいるわけではない。

 真鈴に頼んで購入してもらったのは戦争に関する本。陣形に纏わる本だ。勇者としての戦闘に生かせるならばと、こういった戦略の幅を広げる為に今出来ることを杏は行っている。

 もちろん、息抜きに恋愛小説はしっかり読んでいるのだが。

 

 

「ほらほら、二人とも。どうどう」

 

 

 睨み合っている球子と杏の間に立っている真鈴が彼女たちを諫める。

 

 

「そのくらいにしておきなさい、病院では五月蠅くしないの。……球子も杏も、千景ちゃんが心配なんだよね。

 自分が動けないから、今は何も出来ない事が分かっているから、二人はとてもイライラしてる。本当は、今からでもここを飛び出して千景ちゃんを探しに行きたい、そうよね?」

 

「はい……」

 

「……」

 

 

 杏は言葉を以って、球子は無言で肯定した。

 

 

「精霊の穢れの件もあります。

 長野遠征中にずっと千景さんの様子が変だった理由が精霊の穢れによるものだとしたら、勇者たちの中で一番千景さんが深い影響を受けている筈なんです。

 普段から千景さんは心に何かを抱えていましたから……。

 ゲーム病も患って、そんな精神状態で一人で失踪するのは余りにも危険すぎます……何かが起きてからじゃ遅いんです!!」

 

 

 杏は言う。勇者達が抱いていたここ最近の負のイメージは全て精霊がもたらす穢れが原因だと。

 私的見解ではあったものの、進化体との一戦で後にその危険性を察知していた杏は大社にその重要性を報告している。

 必要なら、大社が対策を打ってくれるのではないかと期待していた杏だが、現状は未だ手付かずであるという。

 

 

「タマはさ……。

 いつも馬鹿なことして、千景にメーワクかけてることもあったから偉そうなこと言えないんだけどさ。

 千景が色々と不安定な部分があるんだってこと、前々から気付いてたんだ。

 でも、それもタマが守ればいいと思ってたんだ。

 アイツが不安にならない位にタマが全力で守って、笑ってて欲しかったから!タマはタマの中で千景を守るって約束したんだ!勝手だけど!一方的だけど!

 

 その約束をさ、勝手にタマが決めたとはいえ、タマが破るのはナシだろ!」

 

 

 球子が言う。

 心の中で陰りを持つ千景を守りたいと、球子はずっと思っていた。それこそ、杏と同じくらいに。

 

 

 二人の想いを、言葉を聞いて真鈴は小さく、ふぅ、とため息をついた。

 

 

「待つだけ、それって一番辛いよね。私もそうだったから……『無事だ』、とか『生きてる』、って言葉を待ってる時って、凄くもどかしいんだよね……うん、うん、わかった。

 

 そんなあなたたちに、こんなものをプレゼントします」

 

「?」

「?」

 

 

 そう言って真鈴が取り出したのは銀色のアタッシュケースだ。

 真鈴が笑顔で箱を開けると、そこに二つのスマホがある。

 

 

 杏と、球子の勇者端末だ。

 

 

「こ、これって……」

 

「タマたちが入院する時に預けてた端末だ!」 

 

 

 重症を負い、入院する際に杏や球子たちの出撃を強制的に制限するために大社は二人の端末を回収していた。

 代替機を二人に与えていたのは樹海化の際に勝手に戦闘に参加させないためである。

 

 それが手元に戻ってきた理由を真鈴が語り始める。

 

 

「今ゲーム病による過度な樹海化現象と戦闘の発生によって神樹様の力が大きく消費されている。

 四国を守ってる壁もこのままじゃ限界を迎えて、壁を突破したバーテックス達が入り込んでくるのは時間の問題とされているわ。

 

 大社は今日付で土居球子、伊予島杏の二名に勇者の端末を返却し、壁崩壊時のバーテックスとの大規模戦闘に備えよ、との通達があったの。

 基本はこの病室で待機、でも壁崩壊を大社で確認できた場合は戦闘に参加する、そこは変わらないわ。言うなれば、これは限定的な外出許可証よ」

 

「でもそれって……」

 

「ええ」

 

 

 それはつまり、負傷兵を強引に戦わせるという事を決定づけた大社の方針だった。

 壁が崩壊して、大量のバーテックスが四国に流れてきた時に勇者が三人ではとても太刀打ちできない。

 傷を負っているが、二人は生きていて、勇者としての力をまだ発現できる。そこらの一般人ではなく、戦える存在である。

 

 

 大きな戦いは出来ないかもしれない、が。最悪敵を引き付ける囮にはなる。そういう事だ。

 

 

 

「ふざけんなって、話だよね」

 

 

 大社としては苦渋の決断だったかもしれない。

 だが何より、この件で一番腹を立てたのはその通達を直接大社から受けた真鈴だった。

 

 

「死ぬ思いをして、やっと帰って来たっていうのにさ。まだ戦える状態じゃないっていうのにまた戦場に行かせるんだよ?最悪、死ぬかもしれないのにさ」

 

 

 進化体との戦闘で傷ついた彼女たちを今日までずっと看病して、傍に居たのは他でもない真鈴だ。

 自分の気持ちに正直になった真鈴はどんな時もずっと二人の面倒を見ると誓っていた。

 そして、怪我が治っていく度に思うのである。もう二度と、戦いに行かないで欲しいと。ずっとここに居て欲しいと。

 

 

「今ここでこの端末を、私が渡さないっていう選択もあるんだよ。戦いには行ってほしくない、これは私の本音だから。

 でもね、会いたい人に会えないでそのままお別れしちゃうってことになったら絶対後悔しちゃう。

 あなた達にはそんな後悔をしてほしくないっていうのも、私の本音」

 

 

 つまり、真鈴の言いたいことは。

 

 

「探しに行きなさい、千景ちゃんを。大事な友達のピンチですもの。

 球子、杏……友達を守って。んで、ちゃんと皆揃って帰ってくるの」

 

 

 真鈴は二人の頭を引き寄せて胸の中で抱きしめる。

 二人の暖かな温もりをしっかりと刻みながら、生きて帰ってきて欲しいという願いを込めながら。

 

 

「で、でも大丈夫なんですか?勝手なことして……」

 

「真鈴、大社に叱られちゃうかもしれないゾ?」

 

「いいんじゃない?勇者にロックもされてない端末を渡した大社の人達が悪いんだし。何かあったら責任は私。戦う勇者達が必要なこの段階で二人を強引に咎めることは出来ないわ

 

 それに?もし大社から追い出されて一般人に戻っても?それでこそキッツイ巫女の修行なんてしなくてもいいし、今までよりも気兼ねなく二人に会いに行くことができるってもんよ」

 

「うわぁ、覚悟ガンギマリだ……」

 

「豪快だなぁ、真鈴……」

 

 

 例え、傷つく可能性がある戦いであっても。大切な人を失うという、後悔だけはさせたくない。

 杏と球子が千景を助けに行きたいと思っているなら、全力で自分はサポートする。

 本来ならば勇者を導く巫女である真鈴だが、この時だけは二人の味方で、姉のような存在だった。

 

 

 

「それと杏、球子。大社の方からもう一つ、いい知らせよ」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

丸亀市内はいつも通りに人々の姿がある。

 買い物に行く人、ゲーム病の受診の為に病院へ行く人、ただ歩いている人。

 

 乃木若葉はそのどちらにも該当しない。

 病棟から姿を消した郡千景の探索を行っていた。

 

 

「千景は……やはりここにはいないか。くぅ……!」

 

 

 制服に身を包んでいた若葉は右腕に走る痛みに顔をしかめた。

 よく見れば、右手の甲部分に小さな切り傷が出来ている。それはつい先ほどまで若葉たち勇者がバグスターとの戦闘から帰還したという事を意味していた。

 

 樹海での戦闘時、レベルが60まで達したバグスター達は精霊を宿した若葉たちに迫る力を身に付けており、その際に負った傷だった。

 

 

「これくらいのことで……!」

 

 

 小さく垂れる血を拭い、若葉は歩く。

 ケガの理由は単に戦闘能力が拮抗してきたという理由だけではない。

 

 ゲーム病の千景がなぜ病棟から抜け出した理由は分からないが、この間にもストレスに晒され続けていると考え、千景の症状が進行することを危惧していた。

 

 

 若葉や友奈は本来なら休むべき時間を千景の探索に充てて、樹海からの戦闘が終わった今も、こうしてノーストップで探索を続けている。

 戦闘のダメージ、寝不足、常人では計り知れない疲労が身体を蝕んだことによって生まれた一瞬の油断を突かれたことによる負傷だった。

 

 

「どこにいるんだ、千景……頼む、無事で居てくれ……」

 

 

 祈るように、若葉は呟く。

 勇者達がどんなに端末に電話をかけても応答はなく、GPS機能を持ちいての探索も読まれているのか電源を切っているためにおおよその場所を特定できずいる。

 声だけでも聴きたい。彼女の肉声が確認できないのであれば、若葉はずっと心に焦燥感を抱いたまま探索を続けることになる。

 

 

 思えば、千景とは意見が合わないことが多かった。

 チームとして年長である彼女を気遣うも、何故か彼女からは拒絶され、怒りを買われることが多く、若葉も対応に困ったこともあった。

 戦闘で衝突した時、大きなケガを仲間にさせた時は物凄い剣幕で怒鳴られたのは今でも忘れない。

 

 

 しかし衝突を繰り返した分、若葉と千景は次第に戦闘で息を合わせるようになっていった。

 長野遠征前の『丸亀城の戦い』では、勇者全員が一丸となって、千景も若葉もお互いを支え合う存在になっていた。

 

 

 その仲間が病に伏し、苦しんでいるのを分かっていたのに、千景がこんな行動を起こすまで、追い込まれていた事を察知できなかった自分が情けない。リーダー失格だ。

 

 

 若葉は一度も千景の病院にお見舞いに行ってはいない。

 自分が見舞いに向かえば、そっけない態度で接する千景の顔が浮かんでいたのだ。

 ゲーム病はストレスが原因で活性化するという。そう考えて、友奈メインで見舞いを任せていたのもあった。

 

 

 悪い思考だと思う。本当の千景はそんな事をする人間ではないのに、若葉の脳内では常に暗い思考がインプットされていた。

 何故かはわからないが、これが精霊を使用し続けることで生じる『穢れ』がもたらす悪影響だというのか。

 

 

「千景……ッ、千景…ッ!」

 

 

 真横を通り過ぎた女性に若葉は思わず声を上げた。

 黒く伸びた髪がどことなく千景に似ていたから。

 

「え、な……なんですか?」

 

 背を向けていた女性の肩を掴むと、振り返ったその顔は若葉も知らない顔だった。

 

「あっ、す、すいません……探していた知人とよく似ていたもので……」

 

 

 はは、と笑って誤魔化すと女性は頷いてその場から離れていく。

 若葉は『らしくない』と思った。全体的に集中力が無くなっている。心の余裕と言うものが無くなってきている、そう感じた。

 

 

「はぁ…はぁ…っ、少し、休まなくては……」

 

 

 ふら付きかけた体を休める為に近くの公園に居た若葉はすぐに目の前のベンチに座った。

 足が重く、息が切れそうになる。

 常に鍛錬をしていて、気概が充実している武士のような乃木若葉がスタミナ切れを起こしかけていた。

 全ては長期化し、高頻度で起こるバグスターの戦闘による疲労と、蓄積された精霊の穢れが原因である。

 

 

 自分ですらこんな状態なのに、被弾数も多い友奈は一体どれほど辛いのだろうか。若葉は思った。 

 

 

「はい、コレ」

 

 

 女性の声が聞こえた。

 俯いていたために眼前に差し出された飲料水のペットボトルが目に入って、思わず手に取った。

 千景を探し回る為にあちこちを歩き回り、疲れていた若葉にとって今一番欲しかったものかもしれない。

 

 

「す、すまない……誰だが知らないがありが―――――」

 

 

 親切な人にお礼を言おうとした若葉が顔を上げてそのまま硬直させたのは視線の先に居る少女が、若葉の知る人物だったからだ。

 

「……なによ、死んだ幽霊を見たような顔して」

 

「ち、ちか……千景!」

 

 

 失踪中で、若葉の探していた郡千景がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったい今までどこにいたんだ千景!急に病院からいなくなったりして!」

 

「悪かったわよ。ごめんなさいね」

 

 

 若葉の隣に腰かけた千景は悪びれた様子で謝っていた。

 しかし、ずっと捜索活動をしていた若葉たちにとってはそれだけの謝罪だけでは決して足りない。もたれかかるように、彼女の両肩に手を掛けて、

 

 

「友奈も、杏も、球子もずっと心配していたんだぞ……!!私だって……!!」

 

 切羽詰まったような声で語り掛ける若葉に千景は優しい笑みを向ける。

 

「……そのようね、本当にごめんなさい、乃木さん」

 

 

 若葉から見れば、まるで憑き物が落ちたかのような晴れやかな笑みを恐らく初めて見た気がした。

 丸亀城に来てからも、戦闘でも私生活ですら今の千景の笑顔を若葉は見たことが無かった。

 

 

 太陽のような笑みが似合うのが高嶋友奈ならば。

 郡千景の笑みは他者を包み込むような慈愛に溢れた笑みだろう。

 それはどこか大人びた風格があった。その表情を若葉は美しく、艶やかだと思い、思わず見惚れていた。

 

 

 そんな呆けている若葉を見て、千景は自らの手で若葉の傷付いた手を取り、肩を抱く様にして一気に引き寄せる。

 前かがみ気味だった若葉の上体は千景の力で引っ張られて、そのまま若葉の顔が千景の胸にすっぽりと埋まった。

 

 

「な、ななな――――ッ!!?」

 

「いくら謝っても足りないわよね、あなたの身体がこんなに傷ついてるのに、迷惑ばかりかけちゃったんだもの……怒ってるわよね」

 

 

 郡千景に抱きしめられている。

 その事実に困惑した若葉が頬を染めながら、脳内では様々な思考を巡らせていた。

 

 

 あの千景が自分を抱きしめている。

 友奈以外に心を許さず、自分の事を果てしなく毛嫌いしていたあの千景が。

 触れることも絶対に許さなさそうな他者を拒絶することの化身が。

 

 

 驚天動地の前触れか、明日は雪でも降るのか、バーテックスが襲来するのか、若葉の心境は複雑だった。

 

 

「怒ってなどいない……た、ただ私はお前が、千景がいなくなったりしたら、不安で、不安で仕方なかったんだ……

 お前が居なくなってしまった日から、ずっと、ずっと探しても見つからなくて、消えてしまったんじゃないかって……」

 

「……ええ」

 

 若葉は続け、千景は黙って若葉の髪を掻きわけるように撫でながら、それを聞く。

 

「いなくなって初めて気づいた……仲間が居なくなるのが、こんな心に来るものだったなんて……知らなかったんだ」

 

「でもお見舞いには来てくれなかったわね。高嶋さんだけ」

 

「そ、それは……その……」

 

 

 返答に困る若葉は言いづらそうに口を開いた。

 

 

「千景は……私の事が嫌いなのだろう?」

 

「違うわよ」

 

「そうか、違うのか……え、ええっ!?違うのか!?」

 

「当たり前じゃない。どうしてあなたのことを嫌いになるのよ」

 

 即答してきた千景に若葉が驚く。

 

「だ、だって、私の事が嫌いで、だからいつもあんなに当りがキツかったんじゃないのか!?」

 

「考えすぎよ。そもそもあなたは何一つ間違ったことを言っていないわ。

 あなたの中にある『正しさ』が、人々と仲間を想う気持ちが純粋で、真っすぐで、あまりにも眩しかったから、つい嫉妬してただけ」

 

 

 本当はね、乃木さん。と千景は続ける。

 

「私はね、憧れていたの。あなたに、乃木若葉という勇者に」

 

「私に?」

 

「ええ」

 

 

 郡千景は思っていた。乃木若葉が気に食わないと。

 しかし、それは目につく嫌悪からくるものではなく、理想や憧れからくるものだった。

 

 

 乃木若葉は勇者として、リーダーとしても完璧だ。

 戦陣では常に勇者達の前に立ち、率先して敵を引き付けてはより多くの敵を打倒し、チーム全体の負担を減らす。

 これまでの武功は一部が杏による作戦の立案が関わっていることもあるが、そもそも若葉は個人としての戦闘能力は勇者随一である。

 

 そして勇者たちを纏め上げ、時に迷う者が居れば手を差し伸べる仲間を想う心を持っている。

 細かな作戦に嫌気を指すことなく、時には折れて応じる柔軟な思考能力を持っている。

 

 

 勇者として、統率者(リーダー)としてこれほどまでの能力を備えた人間はいない。

 

 

 誰もが若葉を英雄視し、真の勇者だと口にする。

 誰もが若葉の周りに集まり、魅了され、付いていこうとする。

 

 

 常に人として正しくて、自分に自信があって、強さを持っている。

 千景はそんな若葉に嫉妬していた。

 それは若葉が千景にとっての勇者像の理想形だから。

 自分がずっとなりたいと思っていた勇者としての姿が乃木若葉だった。

 

 

 必死に追いつこうとして、若葉のようになろうとした。

 しかし、訓練でも戦闘でも努力した千景をいとも簡単に追い抜いていく若葉の姿がどうしても目に入った。

 

 

 疲れているのかと、身を案じた若葉の一言一言すらも煽りだと感じるようになった。下に見られているような気がした。

 彼女はただ、仲間を想い、気遣っていただけだったというのに。

 

 

「色んな気持ちが邪魔をしていて、本当の事が言えなかったのよね。本当はね、私は……乃木さんの事が大好きなのに」

 

「だ、だいすきっ!?だいすきなのかっ!?す、すき、すきっておまえ!ちかげ!ちかげおまえ!!」

 

 

 顔に熱が溜まった若葉の口から、文脈もなっていない言語が流れる。 

 普段から、辛く接されていた分、面と向かって気持ちをストレートに言われることに若葉は慣れていない。それがたとえ好意であってもだ。ましてや相手が千景ならば尚更だ。

 

 

「ふふ……今日の乃木さん、とても可愛いのね。普段は凛々しいのに……そういう動揺した姿も魅力的で、好き」

 

「ふぁあっ!ま、まて千景、お前なんか今日変だぞ!!絶対変だぞ!!おかしいぞ!!」

 

「今まで素直になれなかっただけよ、こうやって話せば何もかも解決するのに、『私』ってば、本当に馬鹿ね……あなたはどうなの?乃木さん」

 

 

 かなりの近い距離で、若葉と千景がお互いの顔を見る。

 深淵のような黒い瞳が若葉の顔を映し、気高い赤色の瞳が千景の顔を映していた。

 

 

「ど、どうって……」

 

「私のこと、どう思ってるの……?」

 

「そ、それは……」

 

 

 目を逸らそうとした若葉の顔を左右から掴んだ千景は離さず、慌てふためいている若葉の顔を見つめ続けている。

  

 

「私が本音を語ったのに乃木さんは語らないっていうのは不公平よ……教えてくれるまで、離さないわ……ずーっと」

 

「え、ぁ、まって、千景―――――」

 

 嗜虐的で誘うような笑みを浮かべながら千景が顔を更に近づけようとした時だった。

 

 

 若葉の端末が鳴り響いた。

 天の救いだ、と若葉が千景の顔から距離を取って振動する端末を確認する。着信の相手は伊予島杏である。

 

 

「あっ、あー!あ、あんずから電話が来てる!そ、そうだ、杏に連絡しなくては。ちょ、ちょっと待っててくれ千景!」

 

 

 顔を赤くしたまま、取り繕ってはいるがうわづいた声でそう千景に言うと若葉は端末の通話ボタンを押した。

 明らかに不機嫌顔な千景は通話を始める為にこちらの姿を敢えて見ないように背を向けた若葉を見て、

 

 

「チッ……シラケることしてくれるわね」

 

 

 そう告げて、自分の身体を光の粒子に変えて消えていった。若葉に一切気づかれること無く。

 そんな事にも気づかず、若葉は電話越しの杏と通話を続けていた。未だに余裕のなさそうな口調ではあったが。

 

 

「もしもし、乃木だ。杏、何かあったのか。こっちは千景を見つけてだな」

 

『ええ!?千景さんが見つかったんですか!!よ、よかったぁ~……』

 

「あ、あぁ。身体の調子も大丈夫そうだし、これから私が病院まで送っていくところだ……しかし、杏はどうして私に電話を?」

 

『そ、そうでした!大社の方で、ゲーム病に対抗する新しい勇者の力の開発に成功したみたいなんです!』

 

「なに!?特効薬が出来たというのか!?」

 

『はい、試験段階の為、まだ一つしか製造出来ていません。詳しくは大社の本部に来てからということで、若葉さんに受け取って欲しいと大社の方から連絡が!』

 

「感謝する杏!……千景!聞いてくれ!今ゲーム病の特効薬が出来たって連絡が……これで千景の病気も治るぞ―――――千景?」

 

 

 通話の最中、若葉は笑顔で千景がいる方を振り返る。

 もうゲーム病に苦しむ必要がない、特効薬が出来たのだと、また一緒に戦おうと言おうとして、

 

 

「千景……?」

 

 

 さっきまでいたはずの千景がまたしても居なくなっている事に若葉はようやく気付いた。

 

 

『若葉さん?千景さんがどうかしたんですか?』

 

「千景が、どこかに行ってしまった……」

 

『ええ!?どうしてです!?』

 

「わ、分からない……だが、今日の千景はなんか変なんだ。おかしいというか、なんというか……」

 

『お、おかしい……?具体的にはどんな感じだったんですか?』

 

 

 

 

「その……千景が普段、しないことを……してきた、というか。その、いつになく口調が優しかったり……」

 

『え』

 

「急に私の事を抱きしめてきたり……」

 

『え』

 

「〝私の事が好きだ〟って、〝憧れてた〟って、〝今まで素直に慣れなくてごめんなさい〟って……」

 

『え』

 

「あ、あともの凄く顔を近づけてきて、だな……」

 

『……』

 

「わ、私はどうすればいいんだ……ん?杏?ど、どうしたんだ。なんか凄く荒い息遣いが聞こえてくるんだが――――」

 

『若葉さん』

 

「ん?」

 

 

『今の話ッ!詳しく聞かせてもらってもいいですかッ!!?』

 

 

「ええっ!?なんでだ!?」

 

 

『は・や・く!!私の理性が溶け切ってしまう前にッ!自分のノートに綴りますからッッ!!!ハリーハリーハリーィィッッッ!!!』

 

 

 

「ええ――――っ!?」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 丸亀市の繁華街にはいくつものゲームセンターがある。

 子供から大人まで賑わいを見せる界隈に、今日は異様なまでに人だかりが出来ていた。

 

 

 ゲームセンター内、ダンスゲームのエリアでは筐体の前で踊る少女に対して周囲の人々が歓声を上げている。

 

 

 バグスターの郡千景が、そこにはいた。

 若葉が電話をしている隙に離脱した後、彼女はゲームセンターへと向かっていた。

 ダンスゲームをプレイするB・千景は目の前の画面から流れてくる譜面通りに身体を足元にある8方向のマスに動かしていく。ものすごい速さで。

 

 

 それは、流れてくる譜面をタイミングよく足で叩くことで得点を稼ぐタイプのゲームだった。

 常人ならば、到底出来ないような譜(踏)面の動きになんなくついていくB・千景のダンス技術に周囲のギャラリーがどよめいている。

 

 

「すげぇ!あの子、高難易度の鬼コースの日本記録、塗り替えたぞ!」

 

「もうかれこれ30分間はぶっ続けでゲーム内の記録を塗り替えてやがる!!」

 

「しかも曲を重ねるごとに動きのキレが上がってるぜ!!プロのダンサーだ、間違いねぇ!!」

 

 

 恐らく、四国の自信あるダンサーの実力を遥かに凌駕するダンスの技術。

 譜面を一心不乱に叩く千景の動きはまるで常に鋭い速さの反復横跳びを繰り返しているような激しい運動であった。

 それほどまでに、B(バグスター)・千景のダンスは周りの人々を魅了していた。

 

 

「ふっふっふ、みーんな私に釘付けね……」

 

『ちょっとッ!あなたッ どういうつもりよッッ!!』

 

「なによ、私が楽しんでゲームしてる時に」

 

 

 譜面の弾幕を苦も無く踏み続けるB・千景は脳内で響き渡る本体の千景の声を聴いた。

 

『乃木さんに変なこと言ってたじゃないッッ 好きだとかッ 憧れてたとかッ 』

 

「本心でしょ?あなたの代わりに乃木さんに本音を言ってあげたんじゃない、感謝しなさい?」

 

『誰が感謝すると思うのよ!! こっちはストレスがマッハで危うく本気で消えかけたわ!!』

 

「あら残念、だいぶ手間が省けると思ったのだけれど……じゃあ今度は夜這いでもかけてベッドに押し倒してあげようかしら」

 

『やめなさいッッ』

 

「でも、これで分かったでしょう?」

 

 

 割とガチのトーンで否定する千景。

 それを聞いて、愉快だ愉快だとB・千景は妖しく笑う。

 汗を流しながらも、しっかりとリズムを刻みながら。

 

 

「あの乃木若葉でさえ、バグスターである私に掛かれば険悪な関係にもならず、ああやって信頼関係を築ける。内気で本心を曝け出せないアナタには決してできないことよ」

 

『そ、そんなこと……っ!!』

 

「ふふ、それだけじゃないわ。 私はアナタと違って、こうやって多くの人々を魅了することが出来る。見なさい、周りの人達の顔を」

 

 

 周囲に群がる人の数は留まることを知らない。

 千景のダンスに誰もが目を奪われている。

 千景が行う一挙一動を誰もが目で追っている。

 子供から大人までがまるでダンスの神様を見るような視線を千景に向けている。

 

 

 

 それは、またしても理想形だった。

 ゲームをする千景が目指していた神プレイ、他者の記憶に残るような衝撃を与えるプレイスタイル。

 

 

『……っ』

 

「アナタには出来るの?」

 

 

 千景は反論できなかった。

 ダンスゲームという身体を直接動かすジャンルがあまり得意でないにも関わらず、大衆を惹きつけている自分の偽物の姿を見て。

 いかに千景が得意なジャンルのゲームであっても、プレイして高得点をたたき出すことを主に置く千景は観客を惹きつけるような『魅せプレイ』が出来ない。

 そして大勢の人の前で、視線を感じながらゲームをするなど、内気な千景では満足なプレイが出来ないだろう。きっと委縮してしまう。

 

 

 

 だが、バグスターである千景は違う。動作の一つ一つが皆に人々に一瞬で見せる表情すらも周りの人々に興味関心を抱かせる。

 弾けるようにゲームを純粋に楽しんでいるバグスターが誰よりも人間らしく見えたことに、本体の千景は歯がゆさを覚えた。

 

 

「お望みとあらば、アナタが得意としてるシューティングでも同じことしてあげるわ。あなたが齧ったことのあるジャンルでも、なんでも。

 郡千景が今まで出してきた全てを塗り替えて、新しいC・シャドウとしてゲーム世界に君臨してあげる」

 

 

 同時に、B・千景の動きがポーズを決めて止まる。ゲームが終了した。

 画面にはまたしても歴代のスコアを大幅に塗り替えた『PERFECT‼』の文字がある。背中に受けるのは割れんばかりの喝采。

 

 

「あなたは負けたのよ、オリジナル。全てにおいて。

 人として、勇者として、そしてあなたの大好きなゲームでさえも、決して私には届かない」

 

 

『私が……ま、け…?』 

 

 

 負け。YOU LOSE。敗北者。

 様々なゲームの画面で何度も見てきた文字が千景の目の前に現れる。

 

 

 

 自分は何をしてもこのバグスターに勝てない。そんな気がして。

 心が沈んでいくのを感じる。これまで積み上げていた何かが音を立てて崩れていくのを感じる。身体が深く、深く泥の中に埋まっていくような感覚がある。

 

 

 人間じゃない存在に人間として敗れ、

 いままでの千景では絶対にできないことを見せつけられた。

 大好きなゲームも、勝てないことを証明された。

 

 

「私が見せてあげる。敗者に相応しいエンディングを」

 

 

 B・千景は本体の千景の心の根元を徹底的に折に来ていた。

 人望も、ずっと仲良くしたいと思っていた友人も、ゲームも何もかも奪われた千景には抗おうとする気力は存在しなかった。

 千景が千景自身を救う手立ては何一つ残っていない。

 

 

 

 終わる。郡千景の人生が

 自分が生きてきた道筋が、自分ではない怪物に乗っ取られる。

 千景は諦めようとしていた。もう自分は助からないんだと。だけど、

 

 

 

 

 

 

 

「ぐんちゃん!!」

 

 

 まだ、いる。

 郡千景を想い、助けたいと、手を伸ばそうとする人は。

 

 

 

 




千景にとっては最後の砦で最後の希望。
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